023 意味もなく祝杯
「おや、いらっしゃい。もう戻ってきたの?」
「ジンキューまで行けませんでしたー……」
「出発が遅すぎたみたいです。初日ですし無理をするのはやめました。」
「うんうん。それがいいよ。周りから笑われるくらい慎重な方がいいよ。正直言ってもう少し資金を貯めてから出発した方がいいと思ったんだけどねぇ。それはあなたたちが決めることだから口出しはしないよ。」
「ありがと、おばちゃん。部屋と洗濯をお願いっ!」
「はい、毎度。これからも毎日戻ってきてくれるとありがたいねぇ。」
「うーん……まだ決めてないけどそうしちゃうかも。」
思い返してみるとニームクメのこの宿にはずいぶん泊っている。しかも2人は何度も何度も大声を出してロビーでどーでもいい話をしている。常連客と思われない理由はどこにもなかった。
それは別にユイナとメルリーが特別扱いされているというわけではない。宿屋を切り盛りしているような人は、常連客がどういう人でどういう能力をどのくらいの力で持っているのか、聞き耳を立てるわけでもないのにだいたい把握しているのが普通だ。
かける言葉を選んだりもするが、推測が外れていても別に問題はない言葉を選ぶから何の問題もない。
2人はこの宿がすっかり居心地いい場所になっていた。
食事は相変わらず別の店でしているが……
贅沢を覚えてしまうと人はどんどんダメになる……
◇
「今日はどうする?ジンキューまでにする?」
「それだと短すぎるような気もしますが、慌ててもしょうがないのでそうしましょう!わたしもニームクメより東には来ていなかったのでジンキューは初めて行くんです。」
昨日到達したところまで転移をし、昨日の続きで街道を東に歩いて行く。
「昨日も思ったけど、街道ってやっぱり人が多いんだね。わたし、ケイルからニームクメまで歩いた時、途中で誰にも会わなかったんだ。」
「そうなんですか!?」
「うん、うちの村ってミヨ族が多いから大概転移使うんだよね。他の種族の人もミヨ族の人と一緒に転移する人が多いから、村から町まで歩く人って少ないの。1回だけ歩けばあとは転移だもん。」
「他の種族の人のこと、勉強はしていたんですが実際にお話ししないとわからないものですね。」
「そうそう!昨日のあれ、トイレ、あれなに?格納使いってみんなあんなの持ってるの?」
「みんなかどうかわからないですが、町に来たマノ族の開拓者に「あると便利」って聞いてたんです。だから故郷で頑張って手に入れておきました。そんなに高いものではありませんし。」
「わたし、人が少ないところしか知らないから……、トイレなんて……、あっ、今のは忘れて。」
「はい、特別に忘れてあげます。」
町育ちのマノ族と村育ちのミヨ族、この2人の経験や知識はあまりかぶっていない。
理想的なパーティーの一つの形なのかもしれない。
◆
「おっーーーーーー!町だぁ!!結構大きい!!!!」
「ここがジンキューですかね?ニームクメに比べると落ち着いた雰囲気です。」
ユイナにとって自分の足で到達した2つ目の知らなかった町。しかも転移で来たことのない町。初体験である。テンションはガンガン上がってしまう。
「まだ全然早いから一通り見て回ろうよ。お昼持ってきたけどもしいいお店があったらここのお店で食べるのもいいかも。」
「賛成ですっ!ユイナもたまにはいいこと思いつきますね。」
「たまにっ!?……たしかにたまにかも……」
種族としての才能はわからないけれど楽しいことを思いつく才能はメルリーの方が上かもしれない。
ただし、お金はかかる。
「思ったより小さい町だったね。」
「ニームクメは街道の途中で一番大きい町らしいですから。セイグモルドまではこのくらいの町しかないのかもしれません。」
到着して1時間くらいぶらぶらし、食事するところを見つけてがっついて、また1時間くらいぶらぶらし、2人は町の中を一通り回り終えた。
「このまま帰ってもいいけど……すぐ南側に森があるから少し狩りをしてく?」
「今日は冴えてますね!ただ、でも、どういう獣がいるかわからないから……」
「だよねぇ。深くは入らないし、ヤバそうだったらすぐに転移するから大丈夫だよ、きっと、たぶん」
「たぶん、ですか……。でもこれから開拓者になるのなら何も情報がないところで狩りをすることもありますよね。経験しておきましょう。」
「OK。狩りの方は任せてね!ウサギ3羽まではいけるから4羽以上狩ると袋に入れなきゃいけないのか。」
「そんなに狩るつもりなんですか?」
「いっつも5羽くらいは狩るつもりでいるよ!実際には1羽も狩れなかったりするけど……」
「初めてで何も知らない場所ですから仕留められなくても構いませんよ。やっぱり狩りって緊張するのでそれに慣れるだけでもやっておいた方がわたしはありがたいです。」
「うん!じゃ、行くね。いきなりウルフが出てきませんように……」
「不吉なこと言わないでください。」
狩場に着くまでは少女たちは賑やかである。獣は逃げて行ってしまうのではないだろうか。
◆
「やったね!」
森に少し入ったところで2人の少女がハイタッチをしてる。
「すごいです。初めてのところなのに……」
「思ったほどじゃないけど、十分だよね。」
「はい、それに2羽とも一撃でしたし。十分です!」
「どうする?ジンキューで売る?それとも……」
「おじさまのところに持っていきましょう。ここのお肉屋さんも上手かもしれませんがおじさまなら間違いありません!」
「メルリーもそう思う?だったらそうしよう!町に戻るのもめんどくさいね。ここから行っちゃってもいい?」
「はい、かまいません。よろしくお願いします。」
メルリーも転移にすっかり慣れて、少し返り血を浴びて生臭くなってるはずなのに当たり前のようにユイナに寄りそう。
「転移」
楽を覚えるというのはこういうことだ。自分たちにとって居心地がよく、自分たちを暖かく迎えてくれる人がいることがわかっているところに戻ってしまう。
この子たち、本当に開拓者なのだろうか……
◆
「今日のは高く売れたねぇ。」
「大きさもですが、仕留め方もすっごく褒めてくれてましたね。」
「狩り、上達してるのかも!、ってそんなことはないんだよなぁ。たまたま運よく2羽とも一撃で首の急所にナイフが入っただけだもん。」
「もしかしたらそういう風に体が勝手に動くようになってきたのかもしれませんよ。狩りの達人が書いたっていう本を読んだことがあるんですがそんなこと書いてありました。」
「そう?そうなのかも。達人かぁ。照れちゃうな。」
成人したてのユイナが達人に肩を並べていることなどあるわけはない。
「ねぇ、久しぶりにお酒飲みに行かない?」
「今日のユイナは本当に冴えてますね。行きましょう!」
宿に戻り、狩りで汚れた服を洗濯に出してもまだ夕食までには時間がある。
最近ご無沙汰しちゃってた、2人が初めて言葉を交わした酒場の扉を開ける。
「「かんぱーい!」」
「うーん!なんかいつもよりおいしく感じます!」
「わたし、ここでぶどう酒飲むの初めてなんだけど、村で飲むのとなんか違う……麦酒は同じだったのに。」
「お酒って造っているところによって味が違うらしいですよ。村ではお酒は造ってたんですか?」
「んーん、町から買ってた。そっか、麦酒はこのお店と同じところからでぶどう酒は違うところからなのかも。」
「もしかしたらそうなのかもしれませんね。そういえばヒツレングで飲んでいたお酒も少し味が違いました。」
「ヒツレング???」
「あれ?言ってませんでしたっけ?わたしの故郷です。ここほどには大きな町ではありませんが、ジンキューよりは大きな町ですよ。」
「そっかー。いつかわたしも行くからね。そうしたらメルリーもいつでも帰れるようになるよ。」
「漏れなくユイナもついてきますけどね。」
「そうだね!」
「そういえばジンキューでは行きませんでしたけれど新しい町に行ったら酒場には行ってみましょうか?」
「たしかに!開拓者と言えば酒場、だもんね。明日さ、いきなりニームクメに戻ってくるんじゃなくてジンキューの酒場に寄る?それとも、一回宿に戻ってからジンキュー行くのもいいかも……」
ユイナはいつもより少し強いお酒を飲んでハイになっていた。酔っぱらってるとも言う。
メルリーもユイナの見事な狩りを見て、獲物も高く売れたことでハイになっていた。酔っぱらってるとも言う。
2人はまだ15歳。自分たちではイマイチわかっていないが人目を引く容姿である。この世界では成人とは言えるが、今現在酒場にいる客の中ではとびぬけて若い。
なのに……飲んだくれへの道を歩んでるように見えてしょうがない……。
「……」
「おっかわりー!」
メルリーはいつものように優雅に目くばせをし、ユイナもいつものように元気に大声を上げておかわりの注文をする。何を祝うのかはわからないけれど祝杯に酔いしれる2人であった。
◆
他の世界のとある時代のとある場所では、その日稼いだ金はその日のうちに使うのが美徳とされているのかもしれない。
しかし、幸いにもこの2人はそういう美徳は持ち合わせていないようで、3杯飲んだところで酒場を切り上げた。
「ふー、酔っぱらっちゃたかもーーー」
「いつもは麦酒でしたもんね。ぶどう酒、いかがでした?」
「すっごくおいしかったけどやっぱり強いんだなぁ。次は1杯だけにしてあとは麦酒にしようかなぁ。」
「1回で飲むのは同じお酒でそろえた方がいいらしいですよ。大人がそう言ってました。」
「ふーん、そーなんだぁー。次は麦酒にしよ!その次はぶどう酒、その次は……」
「わかった!わかりましたから!」
酔っ払いのたわごとを遮って
「わたしも次は麦酒を飲んでみますね。あのお店ではまだ飲んでないので楽しみです。」
「うん!またこよーね!」
足元がふらついてるユイナは自分より背の低いメルリーに支えられるように歩いて、昼のうちに予約をしておいた少し豪華な夕食を取れるお店に向かう。
「お嬢様、ご予約いただいた時にお伝えせずに申し訳ありませんでした。当店はお酒飲まれている方はご入店をお断りしております。本日は別のお店にしていただきませんでしょうか。お酒を飲んでらっしゃらない時のご来店お待ちしております。」
「「…………、わかりました……」」
丁重に断られてしまった……。お店の人の対応に不備があったことは確かだが、決して責められないだろう。この2人が酔っぱらって店にくるなんてことはなかなか想像が……。
今まで利用したときは「たまたま」酒場に行かなかった日だったことも良くなかった。最初に予約したタイミングで見た目に騙されてうっかり伝え忘れ、2回目以降は常連扱いなので説明をしなかった。それだけのことである。
「このお店で食べたいときは酒場に入る前に来なきゃね。」
「はい……、お店によっていろいろあるんですね。勉強になりました……」
少し酔いが醒めて別のお店で食事をする2人。そのお店も2人のお気に入りでとてもおいしいのだが……おいしい、のだが……
「……なんかさ、食べようと思っていたものが食べられないとなると……」
「すっごくわかります……。なんかもったいないですね。今日はお宿の夕食でもよかったかも……」
また一歩大人への階段を上った2人であった。




