020 初めての実験
シャーコ、シャーコ
刃物を研ぐ音が少女2人の部屋に響いている。
「ユイナっていっつもにぎやかな人だと思ってたんですが、ナイフを研ぐときとか狩りをするときって落ち着いているんですね。
やっぱり一緒に行動するようにしてよかったです。酒場でお話しするだけじゃわからなかったです。」
「そう?わたしは別にそんな風には思ってないけど……」
「そういうのって自分ではわからないものなんじゃないですか?」
「そういうもんなのかなぁ。よしっ!今日は3本!少なくてごめんね。」
「いえ、今使っている3本だけでも十分です。」
結局使うことが多いウサギの解体に使う3本のナイフを研いで今日の作業は終了。
「遅くなっちゃったね。明日も早いしそろそろ寝よっか。」
「ですね。なかなか寝付けないかもしれないですけど。」
ユイナの部屋には布団が2組。それほど広くはないけれど十分な広さである。
「明日は2羽、できれば3羽狩れるようにがんばるね。」
「無理しないでくださいね。それに運次第ですよ。」
「確かにねぇ。いい狩場でも1羽もいないことあるからね。うん。後は明日!」
「おやすみなさい。」
「おやすみー。」
ランプを消して少女たちはしばしの眠りにつく。
◇
「よっしゃー!3羽目!今日はついてるっ!っと、耳持っちゃダメ耳持っちゃダメ……」
「すごいです……。」
「うん!今日はほんとラッキー!こんな時間に3羽なんて月1回あるかどうかだよ。お昼前に3羽だったらもう十分ラッキーなのにさ。」
「そうじゃなくて、絶対逃がさないじゃないですか。それがすごいなって。」
「そんなことないよ。メルリーが見てる時にはまだ逃がしてないけど逃げられちゃうこともあるよ。」
「その「こともある」っていうのがすごいです!わたしなんて逃げられる方が多いですよ。」
「まぁ、転移があるからね。それだけでずいぶん違うと思うよ。」
今日狩った3羽のうち1羽は王道の後ろから急襲で仕留めたが、あとの2羽は「転移の無駄遣い」で葬り去った。残念ながら初日のように一撃というわけにはいかず毛皮も高く売れる状態では仕留められなかった。
「ねぇ、おっちゃんのところに売りに行こうよ。午前中に行くと喜ばれるよ?」
「そうですね。行きましょうか。お昼も向こうで。夕方まで何しましょう……。」
「ニームクメの町の外も歩いてみる?もし獣がいたらラッキーだしいなくても構わないし。」
「いっそ何も決めずに行きましょうか。町の中にもまだ行ったことが無いところありますから。」
「そうしよう!あっ、その前に畑によって一声かけさせて
そうだ、あと試したいことがあったんだ。メルリー、今日は格納してみてよ。」
「3羽ですよね。たぶん無理ですけど……失敗すると恥ずかしいんで笑わないでくださいね。」
「笑わない笑わない。使わないと成長しないからさ。失敗しても気にしなくていいよ!」
「わかりました。では……」
「格納」
「格納」
「格納」
「3羽仕舞えました!」
「最高記録!?やったじゃん!」
「はい!成長しているみたいです。すっごくうれしい。」
「わたしも毎日狩りがんばるからね。」
ユイナがふと気がついて。
「そうだ、ちょっと思いついたことがあるんだけど試してみてもいい?」
「はい、いいですよ。」
「それじゃー……」
しばらくすると上機嫌の2人はニームクメに転移していく。
◆
転移場所からいつもの肉屋に向かって2人の少女が麻袋を抱えて歩いている。
「この作戦、どう?」
「いいかもしれません。成長したかどうか実感できそうです。」
「だよねだよねっ!わたしだって時にはいいこと思いつくんだよ。」
ケイルから転移をする前、メルリーは一度格納したウサギ3羽を解放した。そして改めて格納。それを10回以上繰り返す。最後のターンで2羽は成功したが1羽は格納失敗したところで実験はおしまい。もう一度ウサギを解放してみる。結局今日狩った3羽全部を外に出したところで実験を終えた。メルリーはぐったりしてる。
「解放っていうのも能力だよね。格納よりは持ってかれないのかなぁ。」
「そんな気がします。クローゼット出せたのに仕舞えなくてゼシュシモのお世話になったこともありますから。今も格納はできなかったけど解放はできました。それに……「持ってかれる」?ってなんとなくはわかりますが……、ああ、でも、なんかそれいい表現かもしれません。確かに「持ってかれる」感覚になることはあります。」
格納と解放を何度も繰り返すことによって今のメルリーの限界を測ることができた。
「はい、ゼシュシモ。まずいけど噛んでおいた方がいいよね。」
「ありがとうございます。そんなにまずいですか?」
「わたしはにがてー。」
ユイナのようにくちゃくちゃ噛むのではなくメルリーは上品に味わうように薬草を噛んでいる。
「そういえば、ユイナって狩りをした後にゼシュシモは噛んでませんでしたよね。」
「うん。それがなにか?狩りでゼシュシモ噛むなんて1日中狩った時くらいだよ。」
「それって実はすごいんじゃないですか?狩りで能力使った後、私と一緒に転移してるんですよ?」
「すごい、すごいのかぁ。えへへ、照れちゃうなぁ」
などといいながらも
「うーん。気にしたこと無かった。それに狩りの後、長い距離転移するなんて開拓者になってからだからなぁ。」
「もしかしたら自分が思っているよりも能力が成長しているのかもしれませんよ。」
「だったらいいんだけど……」
自分たちの成長には懐疑的な少女たち。本人たちに自覚は無いが自分を過信しないというところは開拓者向きなのかもしれない。
「メルリーちゃん、さばいてくかい?」
「いえ、今日はおじさまにお願いします。」
「悪いねぇ。気ぃ使ってくれてるんだろう?暇なんだよ。ぶっちゃけアルバイト代出してさばいてもらうより暇つぶしに自分でさばいた方がいい。」
「そうだ、おじさま、一つお願いしてもいいですか?」
「なんだい?」
ユイナとメルリーは肉屋に来ていた。さばいていないウサギを売ったあとメルリーは頼みごとをしている。
「こんなことでよければいつだって。普段通りやっていいんだよな。だったら遠慮なく。」
おっちゃんの前には今2人が売った3羽のウサギ。その横にはメルリーがさばくときに身に着けている黒い服を着た2人の少女。
「お願いします。勉強させてください。」
肉屋のおっちゃん、あるいはおじさま、その名はシルベルは真剣な目つきになり研ぎ澄まされたナイフを持ち
「……シュッ、……」
「す、げ、ぇ……」
ほとんど音を立てずにものすごい速さでウサギをさばいてく。
「すごいでしょ?私が初心者だってことがよくわかります。」
2人はシルベルの邪魔をしないように小声でささやきあう。
「終わったよ。えーっと今日は、肉は高く買えるけど毛皮はちょっとな。もしなんだったらうちで肉だけ買い取って毛皮は嬢ちゃんたちが持っていくかい?一撃だったらさすがにできないけど今日のは傷が多いからそれでもいいよ。」
「いいんですか!?だったらそれでお願いします!」
「他の連中には言うなよ。嬢ちゃんたちなら特別だ。」
「「ありがとうございます!」」
ウサギの場合、さばく「腕」が出るのは肉よりもむしろ毛皮である。価値が高いとは言えない傷ついた毛皮とはいえ熟練の技でさばかれたものは自分たちがさばいたものよりも雑貨屋で高価買い入れしてもらえることは容易に想像がつく。
「おじさま、ありがとうございます。これからもできる限りこのお店で売るようにします。」
「ほんとうにありがとうございます!シルベルおっ、おじさま!」
「なんかわかんないけどユイナちゃんにおじさまって言われると鳥肌たつんだけど……」
良かれと思って慣れないことをしても周りからは受け入れてもらえない。
「そういえば、わたしたち毛皮を売ってばかりですけどセイグモルドを目指すなら1着は持っておいた方がいいですよね。」
「あー……、確かにセイグモルドってこの辺よりずっと寒いらしいね。でも、毛皮なんて暑いときには荷物に……って、そういうこと!?」
「気がつきました?クローゼットが有れば運ぶのには苦労しないんですよ。」
「あーあ、目標資金がどんどん遠くなるーー」
「ですね。しばらくは狩りで稼がないと……」
「あっ、あそこウサギの毛皮売ってる!」
「ふかふかであったかそうですね。かわいいし欲しくなっちゃいます♪」
と言いながらも服にはこだわりがないユイナですら目を輝かせて毛皮も取り扱っている店に入るが……
「わたしが間違えていました。」
「うん……。無理だね。」
「もしかするとこの辺りだとそれほど寒くならないから贅沢品扱いで高いのかもしれません。セイグモルドの人たちが全員お金持ちだとは思えません。」
「そうだったらいいね。そうだったら……」
店で売られていたウサギのもこもこ毛皮には2人が一瞬気を失うような値札が付いていた。




