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002 旅立ちの日?

 

「ふわぁーーー……。おはよっ!あれお母さんだけ?」

「お父さんとキャムは畑だよ。コリーヌはもう勉強しに行ってるよ。」

「えーー?みんなとお別れしていこうと思ってたのに……なんで起こしてくれなかったの?」

「だってさぁ、いちおうは家で過ごす最後の日ってことだから思う存分寝かせてあげようって話になったのよ」

「そっかぁ。それはそれでうれしいけどなんだか複雑だなぁ」



 山に囲まれたそこそこ広い平坦な土地。そこを流れるきれいな川。その川から水路を伝って導いた水が潤す豊かな畑。

 ケイルの町、いや村といった方がいい規模の集落は、この世界のどこにでもありそうなのどかな場所である。

 どこにでもありそう、確かにその通りではあるがこの村はこの世界でここ1か所っきり。そこに住む人、そこを訪れる人にとっては唯一無二の場所であることをケイルの住民たちが意識することはあまり無い。

 そのことを意識できるのは他の場所を知っている人だけである。



「やっぱり明日にしようかなぁ。みんなに挨拶しないで行くのもなぁ」

「そんなこと言ってると一生行けませんよ!そういう人いるの知ってるでしょ?」

 母と一緒に食事をしながらもユイナの表情は冴えない。

「そうだよね。今日って決めたのはわたしだもんね。予定通り今日にするよ。」

「うん。それがいい。忘れ物して5分で戻ってきたりしないようにね。」

「わかったー。荷物確認したら出かけるね。」

「あんまり遅くなるんじゃないよ。夕食は用意しとくから。」

「はーい。ありがとう!」

 長髪をなびかせて近所に散歩に出かけるような気軽さで少女は家を出て行った。




 ◆




 ユイナは15歳になった。この世界では成人である。立派な大人の女である。

 大人の女ではあるが……15歳になったばかりではまだ子供、少女として扱われることがほとんどのはずだ。

 その少女は決意をして家を出ることとなった。たとえ夕食を家で取ることになっていても大きな決意であることに変わりはない。はず。



 ユイナは開拓者になる道を選んだ。




 ◆




 開拓者。



 それは未知の場所に行き、拠点を築き、自活をし、産業を興し、人口を増やす。つまり、新しい村や町を作る仕事。町を作るのでではなく、今まで行き来が無かった町と町の間に新たに街道を整備したり、そこで生活している人たちだけでは気がつかない新しい産業を興したり見出したりするなど、町の人たちの力だけではできないことをお手伝いすることもある。

 この世界では尊敬を集める職業の一つである。そして子供たちからの人気は一番と言ってもいい。

「ぼくは大きくなったら開拓者になって大きな鉱山を見つけてやる!」

「わたしは住んでる人みんなが毎日おいしいものをたくさん食べられる大きな町を作りたい!」

 集落に住んでいる元開拓者や旅の途中に立ち寄った開拓者は子供たちから大人気。開拓者だと一言いえば話をせがまれるのはケイル以外でも普通にみられる光景である。



 しかし、成人する頃になると開拓者を目指す人はほとんどいなくなる。

 それにはいくつか理由がある。その中の大きな理由として……、開拓者は自分の子孫を残せなくなる可能性が高いのだ。

 開拓者はその仕事の性質上一つ所に長くいることが少ない。別の種族とグループを作って旅から旅へという生活を送ることがほとんどだ。

「相性がいい種族で気の合う仲間を見つけられれば開拓者として半分成功したようなもんだ」などという極論を言う人もいるくらいである。

 気の合う仲間ということは、もしそのグループに男女がいれば、いい関係を築いて子孫を残せるのではないかと思うのだが……。




 この世界では、種族が違う男女で子孫を残すことができたという記録はどこにもない。




 別の種族同士で一緒に住んでいる男女の世帯はどんな小さな集落にも1件はあるくらいありふれているが、その世帯が自分たちで子をもうけたという例は無い。

 そういう世帯で子供がいるところは、不慮の事故や病気で両親を失った子供を引き取っているような場合だけ。

 この世界の住民たちは成人が近づくと自然と自分の子孫を残すことを意識し始める。生物としてそれは当たり前で正しいことなのだろう。

 しかし、これもまた当たり前のことではあるが、中には自分の子孫を残すことよりも大事なことがあるのではないかと思ってしまう人もいる。

 見知らぬ世界を見てみたい。気の合う仲間と長い間旅をしてみたい。自分で自分の居場所を作ってみたい。思いは人それぞれだがそういう志を持つ人にとってもこの世界はとても優しい。



 他の人とはちょっとだけ違う「変わり者」。一言で言えば開拓者という仕事を選ぶ人はそういう人ということになる。そしてユイナはその「変わり者」の一人だった。




 ◆




「今日はどこまで行けるかなぁ。お父さんに川沿いに景色がきれいなところがあるって聞いたけどちょっと頑張らないと2日目になっちゃうみたいなんだよねぇ。

 1日目でそこまでいければたぶん3日目には町に着けるらしいけど……」

 成人したばかりの少女の一人旅。危険が無いとは言えないが、ユイナが知らない別の世界には有ってもこの世界にはほとんど存在しない危険もある。

 この世界の住民はみんな生きることには苦労をしていない。豊かな世界なのだ。だから、生きるために他の人を貶めたり他の人から奪ったり他の人を殺めたりする者は皆無と言っていい。

 極めてまれにそういうことに手をそめる輩がいないわけではないが……。警察組織や軍隊もないこの世界では、そういう輩はそういう組織が無いからこそ排除される。自然と排除される。

 ユイナはまだ排除される現場を見たことが無い。話を伝え聞くだけではあるが、できることなら一生その現場を見ないでいたいと願っている。



 のんびりと歩くユイナが注意をはらっているのは獣たちと天候だ。獣たちは生きていくための食料にもなるが生きていく上での敵にもなる。馬や牛のように飼いならされて集落の中にもいつく獣もいるがほとんどの獣は人とは通じ合えない。

 時にはお互いの命をつなぎとめるために戦うこともあるし、手軽に現金収入を得るために倒すこともある。そしてユイナには一人で小さな獣を倒す力はもう備わっている。しかし、初めての道を一人で歩くユイナはできることなら戦わずにやり過ごしたいと思っている。

 天候はもちろん気になる。雨が降ると歩きづらいし気分も萎えてくる。服の上からかぶる防水性のある生地でできたカッパはリュックに入っているができれば使いたくはない。



「だんだん道が心細くなってきた……そろそろ1回転移でもど……、いや、もうちょっと、行ってみよう。これだとまだ5ヘトスくらいかなぁ。この距離転移したこと無いんだよなぁ。できるかなぁ。」

 ……

「やっぱりもうちょっと行こう。早く町に着きたいけど急いでも3日はかかるんだし。町に行ったらすぐに仲間が見つかるといいなぁ。」

 誰もいないのに独り言を言ったり、くたびれるとリュックサックの中から水や干し肉を出して補給しながら単調な道を歩いて行くと両側から山が迫ってくる。

「へー!こんな風になってるんだ!すごいなぁ。もう10ヘトスくらい歩いたよね。お父さんの話だともうちょっと頑張ればきれいな場所があるんだけど。あっ、誰に言ってるんだ?これ??」

 おしゃべりなユイナは一人でいるときもついついしゃべってしまう自分に気が付いた。



 ケイルには2本の道が通じている。1本は今ユイナが歩いている道。ケイルから北東に向かう道。もう1本は北西に向かいなだらかな山を越える道だ。

 両方ともユイナが名前を知っている中では一番大きな町であるセイグモルドから西に延び、大きな湖のほとりにある美しい街を結ぶ街道に通じている。

 ケイルを経由すると道が険しいうえに遠回りなのであまり使う人はいないが、交易をしている商人や、遊びに来る現役引退両方の開拓者、そして時にはケイル住民とそれなりの数の人は通るから最低限の整備はされている。ユイナの父も年に何度かは整備の仕事に駆り出されている。




 ◆




「おっ、おお、おおおおおっ!」

 少女は歓声をあげる。両側の山はぎりぎりまで川に迫って来てそれに押しつぶされるように道は狭くなっている。

「そっかぁ。この幅じゃ荷車通れないもんね。だから商人さんはみんな西の山を越えて来るんだぁ。聞いてはいたけど実際見てみると全然違う!」

 家を出てまだ1日目なのに今まで見たことが無い景色に目を輝かせる。

「どのくらい来たかなぁ。ずいぶん歩いたしおひさまは……っと、そろそろかな?転移失敗するとつらくなるし。あーーーーっ、やっぱり不安だぁ……」

 別に道の真ん中で転移をしてもかまわないけどなんとなくもう少し広いところで……と贅沢なことを考えていると。

「えっ!ここ何?ここ?ここなの?お父さんが言ってたところ!」

 道がある側の山が少し遠慮して下がったところに久しぶりのまとまった広さの平地ができていて、そこには時期が良かったのかいろいろな色の花が咲いている。



「ここしかないよね!絶対ここ!明日も来るんだもん!」

 花畑の真ん中に立って、必要もないのに両眼を閉じて叫ぶ。



「転移!」




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