019 クローゼット
「こんちわー!」
「こんにちは、おじさま」
「おっ、メルリーちゃん……、ユイナちゃんもいっしょかい!ご無沙汰だね。」
「ごめんねー。最近狩りがうまくいかなくて獣が獲れなかったんだよ。」
「もしかして北の森か?あそこは毎年今時分になると獣が減るんだよ。」
「そうなんだぁ。おっちゃんに聞いてから狩場決めればよかったなぁ。」
「何事も経験。人に頼ってるばかりじゃだめだぞ。」
「うん。それはわかってるけど……」
ユイナとおっちゃんが話し込んでいると
「ほら、ユイナお肉売らないと。」
「そうだ!売らなきゃ」
「おっ?助かるよ。」
2人はお店の中に招かれる。
「これ、どう?」
麻袋に入れておいたさばいた肉をおっちゃんに渡す。
「相変わらずきれいにさばいてるねぇ。いただくよ。」
「よっしゃー!おっちゃんありがとう。うわっ!こんなに!?いいの?」
「なんであんたばっかり喜んでるんだ?さばいたのメルリーちゃんだろう?」
プロが見ればユイナがさばいたのかメルリーがさばいたのかは一目瞭然であった。
「今日は1羽だけ。明日はもう少し持ってこられるといいなって思ってるけどこればっかりはね。」
「そうだな。最近肉の仕入れが減ってるから1羽でも助かるよ。お客さんには申し訳ないけど値段も高くなっちゃって。」
「だから買取も高くなってるんだ。」
「安くしてると他の肉屋に売りに行かれちゃうからね。腕に自信があるとか言ってあぐらかいてたら商売にならないんだよ。」
「お肉屋さんも大変なんだね。」
「別に大変じゃないよ。楽な商売なんてどこにもないよ。開拓者だって大変だぞ。」
「まだ大変さがわかってないから実感ないけどきっと大変なんだろうな……」
「あなたの性格だと……逃げ出すかもしれないし面白がるかもしれない……予想がつきません……。」
「ははは、メルリーちゃんにはすっかり見透かされてるみたいだね。」
「はは……、あっ、毛皮も売りに行かなきゃ!また来るからね!」
「ちょっと待ってください、おじさま、もし少しお時間あったら毛皮も見てもらいたいんですが……アドバイスが有ったらお伺いしたくて。勝手なお願いなんで忙しかったらもちろんすぐに売りに行きます。」
「みりゃわかるだろう。お客さんも肉の仕入れが減ってるの知ってるからそんなに買いに来ないんだよ。高いしね。
どれ、みせてみな。おー……これは……、一撃だね。きれいなもんだ……。」
「えへへ……、そんなぁ。褒められると照れちゃうな。」
勝手に盛り上がってるユイナは狩りの話はすぐに終わってさばく時のナイフの入れ方などについて話している2人に無視されていた。
◆
「毛皮は高く買ってもらえなかったねぇ。」
「ごめんなさい。さばくのが得意とは言っても初心者としては、っていう程度ですから。」
「ちがうちがう、そうじゃなくて、お肉と同じで獣が少ないから高くなってるかもって。」
「仕入れたらすぐに売らなきゃいけないお肉と違って毛皮はこの後加工してですから、数が少なくても買い取りは変わらないんじゃないと……」
「おー……、確かに……。メルリーってやっぱりすごいね。頭がいいっていうか、考えるっていうか……」
「わたしはそれが当たり前だと思っていたんですが……、私から見るとユイナもすごいと思いますよ。」
「えっ!?どこが?どこがすごいの♪」
「えっと、あのぉ……、あれ?」
メルリーは考え込んで
「どこがというわけではないんですが言葉にできないすごさが……あります……」
ユイナのすごいところが具体的に思いつかずに、逃げた。
「これで用事終わりだね。ケイルに転移だっ!」
「……ユイナって……、なんでもないです。お宿でお洗濯!」
「そうだった。忘れてたよ!」
メルリーは「しょうがない人だなぁ」という表情でユイナの手を引いて宿屋に向かう。
「すいません。今日はお洗濯だけお願いしに来ました。」
「いらっしゃい。着替えするなら横の部屋、使っていいよ。」
「ありがとうございます。」
宿屋には更衣室があるわけはなくて、ちょうど人がいなかった部屋で着替えをさせてもらう。
「転移できるとは言っても、2着か3着くらいは着替えを持っていた方がいいですよ。旅に出るときに何着用意してたんですか?」
「最初に着てたこれだけ……。汚れたら買えばいいかなって……。」
「持ってこなかったんですかっ!」
「だって、荷物になるから。携帯食とか水とか下着だけでもけっこう場所とるから服はいっかぁって」
「……ごめんなさい、そうですね。格納持ちだと感覚違っちゃうのかも。」
「しょうがないよ。子供のころから能力は当たり前だもんね。わたしだって転移使えない人のこと時々忘れちゃうもん。メルリーといるときは気をつけるようにするからね。」
ユイナはリュックから家から着てきて昨日洗濯した服を出すがメルリーはあれやこれやと考えている。
「メルリーは何着くらい持ってきてるの?」
「わたしは……、そうですね、お見せします。イメージだけだと決まらなくて。」
「そんなにたくさん持ってきてるんだ……」
「はい、格納がありますから。解放」
「……、はい??」
ユイナは呆然とする。
◆
「な、……、なに?これ????」
「知らないんですか?クローゼットですよ。ユイナの村にもありますよね。」
「そ、そりゃ家にはあるけど……、どうしてメルリーからクローゼットが出てくるの?」
「どうして、って、格納してただけですよ。」
「いや、だから、その、格納持ちの人ってみんなクローゼット持って歩いてるの?」
「別に持ってるわけじゃないですし、他の人のことはわからないですけれど……、マノ族の開拓者さんに「着替えどうしてます?」って聞いたこともないですし。」
「そっかぁーーーー。そうだよね。もしかしたらわたしも同じなのかなぁ。」
「「同じ」って?」
「無意識に他の人からみたらびっくりするようなことしているのかも……」
「それ、「もしかして」じゃなくて確実に何度もしてますよ。どの服にしようかなぁ……。これ?ちょっとピンとこないなぁ……」
メルリーは楽しそうにクローゼットに収納されている服を選んでいる。
あっ、わたしが着てるようなのもあった。そういえば言ってたよね。メルリー、似合いそうな気がするけどそのうち着てくれるのかなぁ。
着替えが終わり今日着ていた服を宿に洗濯に出し
「忘れてませんよね。もう1着か2着は買ってください。荷物が気になるのならわたしが格納します。毎日転移してもらってるんですからそのくらいのことはしますよ。」
「ありがとう。こないだのお店で?」
「いえ、せっかくなので今日は違うお店に行きましょう♪」
自分が着る服を買うユイナよりもメルリーの方が楽しそうなのはなぜなんだろう?
◆
「転移!」
買い物を終え、夕食を済ませて2人はケイルに向かう。
結局ユイナは普段着ているような服を2着と、メルリーの押しについに折れてかわいらしいブラウスとスカートも買った。今日の収入はさばいたウサギ1羽。それを2人で分ける。大した金額にはならない。どう考えても今日1日で考えると赤字である。
買った服は好意に甘えて格納してもらっている。
「ちょっと遅くなってしまいました。ご迷惑じゃないですか?」
「このくらいならまだみんな起きてると思うよ。」
すっかり日が暮れて月明かりだけに照らされた村に降りたって今日のお宿、ユイナの家に向かう。
「こんばんはー。遅くなってごめん!」
「遅くなって申し訳ありません。お世話になります。」
「こんばんは、メルリーちゃん。」
メルリーは家族にお辞儀をする。家族はお辞儀を返す。
「わたしもいるんだけど……」
夕食が終わってくつろいでいる家族に無視をされたユイナはちょっと不機嫌。
「明日はどうする?朝食はうちで食べて午前中狩りをする?」
「朝食までいただくのは申し訳ないような……。」
「それは気にしないで!、ただね……、ここ、こんな村だから朝食も夕食もだいたい毎日毎日同じだよ。たまーにおさかなが出るくらい。たまーにだよ、たまーに。」
「こんな山の中なのにおさかな?川で獲れるんですか?」
「この辺の川はちっこい魚しかいないよ。モザンドから買ってる。転移で買いに行くこともあるし商人さんが干物を持ってきてくれることもあるんだ。高いけど。
だから、ほーんと、たまーにだけ。」
「ここからモザンドって近いんですか?」
「わたしはお父さんに転移で連れてってもらったことがあるだけだからわかんないけど、ニームクメよりは遠いって言ってた。うちのお父さんは行けるけど行ける人は村で半分くらいかなぁ。」
「それでも半分はいらっしゃるんですね。」
「ここ、見ての通り田舎だからね。一番近いニームクメでも歩いて3日。わたしたちは一度行けば帰りは転移できるけど、転移で帰ってこれるつもりで出かけたのに一発で帰ってこれるまで成長してないと悲しくなるし。」
「転移ってやってみないとできるかどうかわからないんでしたっけ?」
「うーん……、たぶん。それに転移不可の場所があるから気をつけなきゃならないんだよねぇ。」
「そうなんですかっ!?どこでもできると思ってました!」
「この辺の森の中にもそういうところあるよ。狭いから気にならないけど、開拓者さんに聞いたら転移不可の場所がずーっとどこまで続いているところがあって、どこまで続いているかわかんなくって開拓してないところもたっくさんあるんだって。」
「そうなんですか。ユイナがどう思うかわからないですが……」
「「そういうところ、行ってみたい(ですね)……」」
不意にハモってしまい2人は笑いあう。
◆
「今のわたしたちじゃ夢のまた夢だよね。転移不可のところも探検できるようになりたいなぁ。」
「どうすればそうなれるのかも全然想像つかないですね。」
「だよねぇ、そうそう、モザンドの話だけど、ケイルにいると自然と遠くまで転移することが多くなるから、行ける人が多いんだと思う。行けない大人は畑仕事専門であんまり外に出たがらない人ばっかりだもん。
うちのお父さんは町で買い物したりおいしいもの食べたりするのも好きだから若い頃はよく遊びに行ってたらしいよ。」
「そうなんですね。転移できるのならいつでも行けますからね。」
「でも、逆にいつでも行けるからときどきしか行かないって言ってた。それこそ夕食を食べにちょっと出かけるみたいなこともできるけど、せっかく行くのにすぐに帰ってきたらもったいないって思っちゃうんだってさ。」
「そういうものなんですね……。わたしにはわかりません。ミヨ族じゃないとわからないのかもしれませんね。」
「そうじゃないと思うよ。わたしだってわからないもん。人によるんじゃないかなぁ。そういえばお母さんが謎なんだよね。一緒に転移したことないんだけど、お父さんが「母さん、実はすごいんだぞ」って言ってたことあるんだ。」
「もしかしたらセイグモルドに転移で行ける力があったりして……」
「それ、聞いてみたことあるけど「できるわけないでしょ」って言われた。本当かどうかはわからないけど……」
揺らめくランプのもと、ユイナの部屋で2人はおしゃべりをしている。昼間一緒に行動をするようになったが、2人で、1つの部屋で夜を過ごすのは初めてだ。たとえそこが見知らぬところの見知らぬ部屋じゃなくてユイナの部屋であってもテンションは上がっていた。
「そうだ!格納したお礼ってわけじゃないけどナイフ砥いであげるよ。昨日の様子を見ると旅に出てから砥いで無かったみたいだし全部砥ぐよ!」
「いいんですか?」
「もちろん!研いだ方が切れ味良くなるから作業が早くなるし、なにより怪我をすることが減るからねっ!大事大事!」
偉そうに言っているが村の大人たちからの受け売りである。
「それじゃ、お言葉に甘えてお願いしちゃいますね。」
メルリーはうれしそうに笑って
「解放」
「………ごめん、メルリー……。やっぱり全部は無理。とりあえず今日は3本でいい?いや、がんばって……5本……」
メルリーの前にずらっと並んだ数十本のナイフがユイナのやる気を秒で削ってしまった。




