世界の終わりに流れ星を見に行こう
「ねぇ、流れ星を見に行こうよ」
そう言って彼女は笑った。
「直ぐに準備するよ」
僕は、そう言って彼女が出掛ける準備をする。
夏も終わりに近づき、最近は秋の足音が聞こえ始め夜となれば涼しいではすまない。
彼女のお気に入りのフード付きパーカーをクローゼットから引っ張り出し、折りたたんでいた車椅子を広げる。
「ほら、もう外は寒いから」
「ちょいちょいちょい!ちょい待ち!」
ベッドの上の彼女にパーカーを着せようとしたら激しく抗議された。
「いやいや彼氏さんよ」
「何?」
「これから可愛い彼女とお出かけなわけよ」
「まあ、そうだね」
「その可愛い彼女の服装がパジャマの上にパーカーってどうなのよ?」
「着替えたいと?」
「当たり前でしょうが!!私は乙女だよ!
パジャマで外出とか無いわ~」
まったく…
顔だけは可愛いがワガママな彼女さんだ…
「ついでにメイクもよろしく~」
「はいはい」
こんな人里離れた場所じゃ外に出ても誰にも会わないだろうに、オシャレが必要なんだろうか?
そう思いつつも優しい彼氏の僕は彼女の着替えを用意するわけだが。
「ほほうミニスカートですか~?」
僕がクローゼットから持ってきた服を見て彼女はウェヒヒとイヤらしい笑みを浮かべる。
「えっち」
「はぁ…」
見せる生脚なんて無いだろって言葉を僕は呑み込んだ。
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僕たちが暮らす家…というか宿泊小屋?を出て僕は彼女が乗った車椅子を押す。
大昔は、この辺は山のキャンプ場だったらしい。
でも、今のご時世キャンプなんかに勤しむ人間なんて居ないから僕と彼女が静かに暮らしているだけだ。
山のキャンプ場とかいうコンセプトのはずの場所でも客の利便性を考えて道は舗装されているから車椅子でも問題なく進める。
「頑張れ少年~」
車椅子上の彼女はお気に入りの髪飾りを着けた銀髪の頭を振りながら上機嫌。
「はいはい頑張るよ少女」
山頂にあるのは、とっくの昔に廃業したレストラン兼土産物屋。
そこの駐車場まで車椅子を押して行き、僕らは夜空を見上げた。
「うわぁ~綺麗~」
彼女は夜空を横切る無数の流れ星に歓声を上げた。
「そうだね」
僕も同意する。
見た目だけなら本当に綺麗だ。
中身が見た目の美しさに伴っていないのは彼女と同じだが…
「本当に綺麗、あれで世界が滅びるなんて信じられないくらい」
あ~あ…それ言っちゃう?
ここはロマンチックな地球最後の夜を楽しむべきじゃないの?
「うーん…あと8時間くらいかな」
彼女が、そう言うならそうなのだろう。
あの流れ星…いや大気圏に突入して摩擦熱で発光する戦略攻撃型人工衛星群が地上に落ちれば人類の歴史は終わる。
いや宇宙空間のスペースステーションに住む人たちだけは助かるか…何人だったかな?
どちらにしろ人類を存続させるのは不可能な人数だし、地球からの支援なしに宇宙空間に住み続けるのは無理があるから、早いか遅いかの差で人類は滅ぶわけだけど。
「コーヒー、ブラックでいいだろ?」
「おっ!用意がいいねぇ!」
彼女は楽しそうに笑う。
僕は魔法瓶に入れてきたコーヒーをカップに注いだ。
そして、もう両腕が無い彼女のためにカップを口元に持っていった。
本当は、ストローを使う方が飲ませやすいのだけど。
それは風情が無いと彼女には不評だから仕方ない。
「ねぇ」
「何?」
温かいコーヒーが入ったカップが空になり、彼女は流れ星を見上げたまま聞いた。
「エッチも出来ない女と一緒にいて満足だった?」
あの戦争で彼女は両腕と両足を失った。
そして彼女の下腹部には大きな傷跡が残り…まあ、そういう事だ。
「別に…女を抱きたけりゃ風俗でも行けばいいし」
「は?」
空気が変わった。
大気の温度が3度は低下した気がする。
「風俗だ…と?
いつ行きやがったーっ!!」
彼女は、ほとんど残っていない四肢の残滓を振り回して怒りをあらわにする。
「ずっと君と一緒に居て、風俗なんか行く暇があったと思う?」
「うーむ…」
全く…人類が作った最高の有機コンピューター様が、その程度の事に気づかないのか?
「確かに無いね」
その程度の演算に5秒もかけるなよ。
「ねぇ」
「何?」
僕は彼女とロマンチックな満天の流れ星を見上げながら返事をする。
「気づいてるよね?」
あ~あ…それ言っちゃう?
ロマンチックな夜が台無しだよ。
はいはい気づいてますよ。
僕たちを包囲してる光学迷彩付き装甲強化服歩兵の存在なんて。
「彼女とデート中なんでデバガメは遠慮して貰えますか~」
僕の声に光学迷彩は無駄だと悟った歩兵たちが姿を表す。
人数は1個中隊かな。
あの戦争で再生産も整備も出来なくなった装甲強化服を1個中隊分用意するだけで大盤振る舞いだ。
僕としては遠慮して欲しかったけどね。
頭に角が付いた指揮官型が外部拡声器で叫び、その名を口にした。
「Y·A01!!」
よし殺そう。
僕は、そう決心する。
その名で彼女を呼ぶヤツを生かしておく理由は無い。
残念だったね、こんな所まで来なかったなら、あと8時間も長生き出来たのにさ。
「お前ならば地球を救えるはずだ!」
そうだね。
それで?
それがどうかしましたか?
「お前を作ったのは我々人類だ!我々のために働け!」
我々と申しましても、貴方でも貴方の所属する組織でも…
多分、人類統一連合か、地球同盟軍か、その辺でしょうけど。
とにかく貴方たちが彼女を作ったわけじゃないですよね?
彼女を作った霧宮機関なんて、あの戦争で滅んじゃってますし。
今さらクソッタレな人類のために彼女が働く理由があるんですか?
「コーヒーおかわり」
「はいはい」
僕たちを取り囲む装甲強化服歩兵が見えないかのように彼女はコーヒーのお代わりを要求する。
その様に歩兵の指揮官が再び叫ぶ。
「このままだと貴様も死ぬんだぞ!」
だろうね。
僕も彼女も8時間後には死んじゃうだろうね。
で?
それが何かな?
「子供を押さえろ!」
うん、僕を人質にして彼女を脅すつもりかな?
現状では最善の選択かもね。
まあ、意味ないけど。
「いいよ、殺っちゃって」
僕が言った瞬間。
衛星軌道上に残されたままの彼女の半身。
地表の物体を誤差3ミリ以内で撃ち抜く軌道レーザー砲台から発射されたレーザービームが140ミリ滑腔砲にも耐えるという触れ込みの装甲強化服を撃ち抜き1個中隊を皆殺しにした。
本当、僕たちをほっといてくれたら死なないですんだのにね。
「冷えてきたし帰ろうか」
結局、最後の瞬間まで人類なんてクソのままだったなぁ…
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宿泊小屋に戻った僕は彼女をパジャマに着替えさせた。
「ねぇ」
「何?」
「今夜は一緒に寝たい」
「いいよ」
そして僕らは一緒にベッドに入った。
「電気消すよ」
「うん」
暗闇の中で彼女が顔を寄せる気配がする。
「ねぇ」
「何?」
「キスして」
そして僕らは口付けを交わし、きっと二度と目覚めない眠りについた。