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「ニンニクチーズハンバーグ展開じゃん」

作者: 平之和移


放課後のマックにて。二人の快活男子中学生が話していた。かたや野球少年、かたや爽やかな少年。


彼らの手には中古屋で買ったマンガがある。国民的大人気マンガで、知らない人間はいないほど。そんなマンガのとある話について、二人の話題は燃えていた。


「このニンニクチーズハンバーグってやつ、旨そうだよな」


と言うのは野球少年。刈った頭には少しの汗。


爽やかな少年が答える。


「こりゃ罪深いよね。ニンニクに、チーズに、ハンバーグ。不味いワケないよ」


「食べてぇなぁ」野球少年はカウンターをチラリ。「マックにもあればな。ニンニクチーズバーガーみたいな」


「いずれ売られるでしょ。だってあのマンガだし」


ビックマックとポテトを食べ終えた。二人はそれぞれの帰路につく。爽やかな少年はベッドを求めて急いだ。


一軒家の我が家に着くと、母親はすでに帰宅していた。調理に取り掛かっており、ひき肉をこねている。


「今日の晩飯なに?」


少年が聞くと、子に似た笑顔で母は答える。


「ニンニクチーズハンバーグ!」


「マジ!」


やはり親子。二人の目は冒険に満ちている。母親は上機嫌のまま少年に言った。


「うん、マジ。だから勉強してよね」


だから、と繋げるには関連性が乏しい。しかし少年は肩を落としつつも了解し、自室へ。スマホの誘惑に何度も苛まれつつ、シャーペンを動かす。ニンニクチーズハンバーグと勉強に繋がりがないと気付く頃、晩の時間となる。


母に完成を知らされダイニングへ行く。ニンニクの香ばしさとチーズの甘い香りが混ざり合う。それは食欲を叩き起すのに充分だった。少年は笑みを抑えきれず席に着く。


ちょうど、父が帰宅した。彼はテーブルに並ぶものを見て感嘆をこぼす。


「これは、もしかしてニンニクチーズハンバーグ?」


すぐに見当がつくのも無理はない。白い皿に乗ったハンバーグには、さらにニンニクチップがかけられ、白いチーズが垂らされている。肉汁によってパンパンに膨らみ、故に中身の黄色いチーズが漏れている。少しかけられたコショウが、見た目にアクセントを添えている。


「いただきます」


あいさつもそこそこに、少年は食事を開始。父は急いで着替え、母も待ちきれないと食べ始める。


少年の口に運ばれたハンバーグが、美味の軍団となって舌を襲う。まずはあふれる肉汁がハンバーグの味を伝え、ニンニクとチーズの匂いが嗅覚を楽しませる。細やかな肉と、それを包むチーズが、米を求める。


少年は耐えきれずご飯を進めた。白米の消費は激しく、腹回りを気にする両親もおかわりをした。


こんなにも旨いのだから、次の日には世間で大ブーム。マックのメニューにも追加され、放課後の少年二人が楽しんでいる。ブームへの追従は激しく、レストランでニンニクチーズハンバーグがないほうが珍しい。


料理サイトも一時、ニンニクチーズハンバーグ、略してニンチーに支配された。それを爽やか少年の母はキッチンで笑って伝えた。反発があって当然のところ、アンチはニンチーの味で黙ってしまった。


それだけでなく、元となったニンチー回そのものが面白い。高評価から高評価への再評価が行われた。


さて、野球少年と爽やか少年のコンビは、大手古本屋に赴いていた。誰にもはばかられずマンガの立ち読みをする。


野球少年は同士の肩を叩く。


「なぁこれ、ニンチー展開じゃね?」


「あ、マジじゃん。ニンチーだ」


そのマンガは昔のものだが、若き思考力の前には関係ない。


彼らが示すように、「ニンチー展開」という言葉は実に便利になった。野菜も魚もある多様な物語を、ニンチーの枠にはめる人が社会に多々。あるコメンテーターは映画に対して。あるインフルエンサーは教科書の小説に対して。ある若手大作家は古典に対して。全てがニンチー展開となった。


それは最早個人に留まらない。社会全体にニンチーは拡大。映画の広告には「衝撃のニンチー展開!」という煽り文が横に走る。ゲームのCMでは「この面白さ、ニンチー級」という文言を大物声優が言う。政治に対しては「ニンチー政治」「ニンチー政策」と言いたい放題。これを言った新聞社にはお咎めなし。それほどまでに浸透してしまった。


あの学生二人も、新しく見つけた配信者に対し、


「ニンチーで面白いよな」


と口にしていた。


そんな社会へ苦言を呈する者がいた。爽やか少年は友人にスマホを見せ、その投稿を見せる。


「最近ではいかなることもニンチーと呼ばれ、日本語の衰退を危惧している。あのマンガには悪いが、まさにニンチーと言わざるを得ない」


しかし、少年少女はこの専門家をバカにするのだった。


言葉としてのニンチーはSNS、ネット、あらゆる媒体で拡散した。どんな病よりも速く日本を制圧したその単語は、ボキャブラリーの収奪に忙しい。かつて世にその名を広めた「ヤバい」という言葉は死んだ。それ以上の「ニンチー」が人々の舌となった。


あの二人がまた古本屋にいた。


「ニンチー!」野球少年が言う。


「ニンチー?」少年が問う。


「ニンチー!」同じ言葉で返した。


これでも会話であった。まるで鳴き声だと近くの老人は思う。彼はその時、「ニンチー……」と呟いた。


もうすでに、ニンチーはただの単語からは脱皮していた。名刺、形容詞、動詞、助動詞、目的語、主語などなどを、たかが「ニンチー」のひとつでまかなっていた。


政治の場でも、ニュースの中でも、人はみんな「ニンチー」ひとつで話していた。かつて、複雑さを一種の誇りとしていた日本語は、もういない。




あるマンガ家が、事務所での缶詰を終え出版社へ向かい始めた。


彼はネットも断ち、物語を紡ぐことに注力していた。そうしていたら社に呼び出された。何を隠そう、彼こそあのニンチーのマンガ原作者なのだ。


久々の外は太陽が眩しい。だが変わることなく騒々しい。マンガ家は少しの安心を伴って道を進んでいた。だが耳は異変に気づいている。道行く人の言葉にバリエーションがない。猫が「ニャー」としか鳴かないような、リコーダーが「ソ」以外に吹いていないような。


会社に着き、編集者が目の前。彼は何やら怒りに顔を赤らめていた。だが発する言葉としては「ニンチー」しかないもの。マンガ家は何と返せばいいか判らず黙りこくっている。


だが彼の持つ原稿を見て、創作者特有の勘が働く。原稿には「ニンニクチーズハンバーグ」以外の文字がなかったのだ。


なるほど、ニンチー回が人気とは聞いたがここまでとは。


編集はマンガ家を車に乗せ、近くのファミレスへ。メニューにはニンチーしかない。編集はそれを頬張りながら、今後の展開について話しているつもりのようだ。


もちろん何を言っているかは知らない。周りの客もみんなニンニクチーズハンバーグを食べている。そしてニンニクチーズハンバーグと言っている。


こうなることを知っていたら、あの回の飯はクレープにすればよかった。甘党のマンガ家はそう考えた。

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