「こんなの俺でも書けるわw」とラノベを馬鹿にしてきた同級生と小説対決をすることになったので、無名なろう作家の俺が実力で理解らせてみた〜え?あれだけイキっていたのにこの程度って冗談だよな?〜
「うぇーいwオタクくん、何読んでんの?w」
「べ、別に大したものじゃないよ……」
教室の右後ろの方から二年三組の昼休みの平穏を乱す声が聞こえてきた。
机に突っ伏して昼寝をしていた俺は、まぶたを擦りながら顔を上げる。
オタクくんと呼ばれて面倒くさい絡み方をされていたのは、クラスメイトの真島くんだった。
絡んでいるのは別のクラスの男子。
顔を何度か見たことがある程度で話したことはないし名前もわからない。
真島くんが読んでいた本を閉じてカバンの中に入れようとすると、そいつは、
「ちょっと俺にも見せてみろってw」
と言いながら、真島くんの手から本を無理やり取り上げた。
「えーと……は?なんだこれwタイトル長すぎwキッショいなあw」
「か、返してよ沼川くん!」
「なにテンパってんだよw別に盗らねえってw」
沼川と呼ばれた男子は、真島くんの言葉を無視して紙製のブックカバーを乱暴に剥がした。
表紙に描かれている赤髪の美少女イラストが露わになった。
最近発売された人気ラノベシリーズの新刊だった。
「あっ、ちょっと……」
「うっわwいかにもオタクくんが好きそうな媚びててキッショい絵って感じw確かこういうのラノベって言うんだっけ?wどれどれ……」
沼川は本の表紙イラストを周囲に見せびらすように腕を高く上げた状態でページをめくり始めた。
慌てる真島くんの反応を見てケラケラと笑い、満足そうな笑みを浮かべる。
いったい何がそんなに面白いのだろうか。
「へえ、最初の方は普通に漫画みたいだな……うわっwこの女乳でかすぎwグロ画像かよwてかほぼ全裸じゃんwあ、だからさっきテンパってたのかwもしかしてオタクくんって、いつもこんなのオカズにしてシコってんの?w」
「おい、いい加減にしろよ」
さすがに堪忍袋の尾が切れた。
俺は沼川の腕を掴む。
「あ?誰お前?」
「か、神崎くん……」
「ふーん、オタク仲間って感じか」
沼川は俺の手を払い除けると、つり上がった両目で舐め回すようにジロジロ見てきた。
まさかと思うが、そっちの気があるんじゃないだろうな……。
「なんだよ」
「いや別に?w高校生にもなって絵に発情するキッショい趣味で生きてて恥ずかしくないのかなーwって思ったら心配になってさw」
「それを言うなら、人が嫌がることをやって楽しめる性根の腐ったお前の方がよっぽど恥ずかしく見えるけどな」
「あれ?w本当のこと言われて怒っちゃった?wそれに嫌がるってなんのこと?w俺は元クラスメイトにラノベについて教えてもらってただけなんだけど?w」
「教えてもらっていた?気持ち悪い絵だと馬鹿にしていただろ」
「気持ち悪いものを気持ち悪いといって何がいけないんですかー?wてか、そんなに見られたくないなら学校に持ってくんなよwなんでわざわざ持ってきたのか理由教えろってwどうして?wねえどうして?w」
「……」
……眩暈がしてくる。
こいつは本当に俺と同じ高校二年生なのだろうか。
どうやら煽り癖があるようだが、だとしても精神年齢が幼稚園児以下……いや、こんなのと比べたら全国の幼稚園児に失礼だ。
それほどまでに俺は沼川の幼稚な言動に心の底から呆れ果てており、これ以上相手をすることが馬鹿らしくなっていた。
オタク文化を馬鹿にして見下したいという欲望が先走りしすぎて、逆に自分が恥を晒しているだけだということに全く気付いていない。
「あーあ、黙っちゃったw本当は泣きたいのに我慢でして偉いでちゅねw」
はいはい、わかったわかった。
お前もおめでたいハッピーな頭で都合のいい解釈ができて哀れでちゅね。
「しかしまあ、ちょっと見ただけでもわかるキッショい文章wこうやってオタク喜ばせとけば金稼げるんだから楽な商売だよなあwこんなの俺でも書けるわw」
「なら書いてみたらどうだ」
「え?」
突然聞こえてきた野太い声。
真島くんでも沼川でも、もちろん俺でもない。
声の主は沼川の背後に立っていた。
「岩谷部長!?」
沼川の顔から一瞬にしてニヤけが消え、背筋をピンと伸ばした。
「こんなもの俺でも書ける、と言ったな」
「そ、そうっすね」
「口で言うのは簡単だ。だからこそ、何事においてもまずは実践して証明するべきだと俺は思うが」
「も、もちろん余裕っすよ。俺昔から漫画とか結構読むし国語の成績もめちゃくちゃいいんすよ。ま、まあ部活とかバイトとか忙しいから書く時間ないだけで本気出せばーー」
「ん?お前バイトしてたのか?」
「あ……えっと、これから探そうかなあって……」
沼川の態度はさっきまでと打って変わり、まるでどうやってこの場を切り抜けようか、どうやって誤魔化そうかという思考になっているように見える。
さてはこいつ、内心すごく焦ってるな?
マウントを取りたいがために強がりで言った嘘を部活の先輩、しかもとても怖そうな部長に問い詰められることになるなんて考えもしなかっただろう。
しかし俺としては好都合。
こんな絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。
軽く挑発してみるか。
「なんだ、やっぱり口だけかよ」
「……あ?」
沼川が俺を睨みつける。
こんな安っぽい挑発でも幼稚な精神の持ち主には効果的面のようだ。
「そりゃそうだよなあ。だっせえマウントとった程度で喜ぶガキみてえな奴なんかに小説が書けるわけないよなあ。ま、俺は余裕だけど」
「……そこまで言うなら神崎、お前も書け。で、俺より下手くそでキッショい文章だったら、お前ら揃って土下座しろ」
「ああいいよ。ハイファンなら負ける気がしない」
「はいふぁん……?」
「ハイファンタジー。お前が馬鹿にしたこのラノベのジャンル……って、え?まさかそんなことも知らずにイキってたのか?」
「オタクのキッショい言葉なんか知るかよ!と、とにかく負けたら土下座だ土下座!自分が言ったこと忘れんじゃねーぞ!」
よし、概ね狙い通りに話が運んだ。
さすがに誘導があからさますぎた気もするが、いずれにせよ結果オーライだ。
沼川は俺が小説を書き慣れていることを知らない。
ラノベを侮辱したことを絶対に後悔させてやる。
その日の放課後、岩谷先輩が対決のルールを考えてきてくれた。
ハイファンタジーという言葉すら知らない沼川が納得できるルールを考えるとなると、それだけで骨が折れそうなので、この采配はとてもありがたい。
その肝心の沼川だが、サッカー部の準備や雑用を優先させたということなので、ひとまず俺と真島くんの2人で話を聞くことになった。
【対決ルール】
①期限は再来週の金曜日の放課後
②ジャンルはハイファンタジー
③5万字以内で完結させること
④ネット小説投稿サイト『文豪になろう』に作品を投稿する
⑤総合評価ポイントで勝敗を決める
「このルールは岩谷先輩が考えたんですか?」
「いや、文芸部の部長をしている友人が考えた。普段部活動のディスカッションで使っているルールを調整したものだそうだ」
文芸部だって?
なんだか大事になりそうな予感がしてきた……。
隣で真島くんも不安そうにしている。
「余計なお世話だったかな?」
「そんなとんでもないです。文芸部部長が考えたルールなら沼川も納得すると思います。でも二つだけいいですか?」
俺が聞くと、岩谷先輩が頷いた。
「まず一つ目ですが、ポイントだけで勝敗を決めるのはあまり良くないと思います」
「理由は?」
「小説投稿サイトのポイントというのは、あくまでどれだけの人数に読んでもらえたかという目安で、必ずしもポイントが高ければ面白い、低ければつまらないというわけではないんです」
「そう……なのか?ネット小説には疎くてな……」
岩谷先輩はいまいちピンと来ていない様子だ。
俺も初めて聞いた時はよくわからなかった。
そこで、以前解説動画で見たとある例を使って説明することにした。
「これは極端な例ですけど、通販サイトでサッカーボールを買うときに、100人が星1評価をした平均星1のボールと、20人が星5評価をした平均星5のボールがあったとします。値段が同じだとしたら岩谷先輩はどちらのボールが高品質だと判断しますか?サクラの可能性は今回なしで」
「まあ……そこまで差があるなら、さすがに評価の高い方を選ぶな」
「俺もそうします。だけどこれが総合評価だと話は変わって、100人の星1評価と20人の星5評価は、どちらも合計すると星100になって全く同じ評価という扱いになってしまうんです。基本的に星1でも付けられ得ななで、マイナス評価というものはありません」
「要するに、総合評価ポイントだけでは優劣を決める判断基準としては不十分ということか」
「はい。一応詳細を確認することもできるし、全く参考にならないわけでもないですけどね」
このあたりの仕組みは、ランキング至上主義の風潮が強いネット小説投稿サイトにおいて長所でもあり短所でもある。
無名の新人がいきなりランキング入りを狙うことができる一方、「どうしてこんなものが?」と首を傾げたくなるような作品が大量のポイントを獲得していることも珍しくない。
そして、大量の作品が全く評価されずに埋もれているという悲しい側面を生み出している原因の一つでもある。
ランキングに載るためにポイントを稼ぎ、ポイントを稼ぐためにランキングに載る、とはよく言ったものだとつくづく思う。
「二つ目ですが、書くジャンルを自由にしたほうがいいと思います。沼川はハイファンタジー、というより小説についてあまり詳しくなさそうなので」
「確かにあいつは漫画は読むらしいが、活字は目が痛くなるから苦手だとよく言っていた。しかし、君は結局ハイファンタジーを書くのだろう?」
「まあ今のところそのつもりです」
「それだと沼川だけが得をするんじゃないか?」
「そうかもしれません。だけど俺だっていきなり歴史小説を書けなんて言われたら困りますし、それに沼川が負けたときにネチネチと言い訳をされるのも面倒くさいので」
「ほう、既に勝ったつもりとは大した自信だな」
「あ、いえ、別にそういうわけでは……」
すると岩谷先輩は「冗談だ」と言って軽く笑った。
運動部の部長は冗談が通じずひたすら怖くて厳しいイメージがあったので拍子抜けする。
きっと優しさと厳しさを上手に使い分けることのできる人なのだろう。
しかしその強面だと冗談に聞こえない。
なんて、さすがに口が裂けても言えなかった。
俺の一つ目の改善案は採用され、評価ポイントによる勝敗だけではなく文芸部員4人の審査も行い、合計5票を争奪する形に決まった。
結局、文芸部を巻き込む形になってしまった。
まあこれはこれで沼川の逃げ道を塞ぎやすくなったという考え方もできる。
この変更に伴って執筆するジャンルはハイファンタジー固定のままになった。
異なるジャンルの読み比べは審査が困難になるからだそうだ。
帰宅した俺は早速執筆を開始した。
なにせ期限がたった二週間しかない。
大まかな流れを決めたらとにかく書き進めなければとても間に合わない。
ポイントを稼ぐためには読者が好む設定と展開にするのは当然として、1人でも多くの人に見てもらうためにSNSやネット掲示板を利用した作品の宣伝が最も重要になってくる。
この点において俺は沼川よりも圧倒的有利な立場にいることは間違いない。
普段使っているアカウントで投稿と宣伝をすれば、これまでの活動で獲得してきた読者による一定のポイントが約束されている。
少なくともポイント勝負で負ける心配はないはずだ。
だが、今回はこの方法は取らない。
不正だ、イカサマだ、俺をハメやがって。
このようないちゃもんを沼川がつけてくる姿が容易に想像できるからだ。
確かにフェアとは言い難いのも事実ではある。
あいつはラノベを見下して侮辱した。
気持ち悪いイラストだと嘲笑った。
一切の言い訳を許さず、実力差を理解らせてやらないと俺の気が済まない。
それともう一つ。
学校の知り合いに俺のなろうアカウントがバレるのが嫌だから、という個人的な理由もあった。
あっという間に二週間が経過した。
俺は真島くん、そして小説対決の結果を見届けたいという物好きなラノベ愛読者の友人たちと共に文芸部の部室を訪れた。
一度深呼吸をしてから、
『どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません』
と書かれたポスターが貼られている扉を開けた。
入り口付近のパイプ椅子に座っていたのは、青い眼をした化け猫……ではなく人間だった。
「君が神崎くんかな?」
「はい。今日はよろしくお願いします。全員入っても大丈夫ですか?」
「もちろん、さあみんな入って入って。もうパイプ椅子しか余ってないけど我慢してね。部室内は飲食厳禁だから喉が乾いたりお腹空いたら一旦廊下に出てね」
文芸部部長の木戸先輩は、ポスターの言葉に偽りがないことを証明するかのように、今回の対決に関係のない友人たちも快く受け入れてくれた。
部室内には20人ほど集まっていた。
意外にも眼鏡率はあまり高くない。
知っている顔も数人おり、俺と目が合うと手を振ってきた。
それにしても、審査をするのは4人と聞いていたのに、この人数はいったい……。
「あの、なんか人多くないですか?」
「そうだねえ。僕が入部した時は三学年合わせて5人しかいなかったから、随分賑やかになったよ」
木戸先輩は懐かしむように目を細めた。
俺が知りたかった事と違うけど、まあいいか。
きっとギャラリー的なあれだろう。
「よお遅かったなw負けるのが怖くて逃げ出したかと思ったぜw」
沼川のいかにもやられ役が言いそうなセリフの不意打ちをくらって思わず吹き出しそうになる。
よくもまあ恥ずかしげもなく大声で言えるものだと逆に感心してしまう。
仮に狙ってやったのなら、こいつのギャグセンスは相当高い。
俺は改めて部室内をざっと見渡した。
天井まで届きそうな高さの本棚、積み重なったダンボール、大きな移動式ホワイトボード。
部屋の中心には2つの長机がくっつけられて置かれており、それを囲む形で部員たちが座っている。
小さな図書室のような雰囲気で結構好みだ。
「さて、みんな注目!」
全員が話をやめて木戸先輩の方を向く。
「昨日も告知した通り、今日はいつもと少し趣向を変えたディスカッションをやろうと思います。審査員はハイファンタジーの執筆経験がある、前田くん、二ノ宮くん、柊さん、あとは……林道さんにやってもらおうかな」
指名された4人は「えー」「めんどくせー」などの文句を一切言わずに「はい」と素直に返事をした。
文芸部部長のカリスマ性が垣間見える瞬間だ。
「では早速、沼川くんが書いた作品のタイトルから教えてくれるかな」
「俺が書いたのは『超武勇伝説』っす」
木戸先輩がホワイトボードに
沼川:『超武勇伝説』
と書く。
当たり前だが、俺たちの執筆した作品に実物は存在しない。
そのため各々が自分のスマホで作品タイトルを検索して読むことになる。
「神崎くんが書いた作品のタイトルは?」
「俺が書いたのは……長いので自分で書きます」
俺はペンを借りて自分が執筆した小説のタイトルをホワイトボードに書く。
長いタイトルにしていたので2行になってしまった。
「キッショい名前w陰キャの妄想丸出しw」
「おっと沼川くん。きちんと読んだうえでの感想や批判なら大歓迎だけど、ただの悪口は御法度だよ」
「へへっ、さーせんw」
注意する木戸先輩の口調はとても優しい。
そのせいで沼川は軽いノリで言っただけで反省の色が全く見えない。
「……はい、2人の作品が文豪になろうサイト内に投稿されていることを確認しました。5万字以内で完結のハイファンタジーという条件もOK。それじゃあ先に評価ポイントの結果発表をします」
よし、いよいよだ。
できれば幸先よく先制点を取りたい。
「まずは沼川くんから。沼川くんの作品が獲得したポイントは……316ポイント!」
これは驚いたな……。
現在、文豪になろうサイト内に投稿されている作品の半数以上は100ポイントにも届いていないと言われている。
そんな激戦区の中、初執筆初投稿で三桁ポイントも獲得しているとは思わなかった。
これくらい俺でも書けると大口を叩くだけの実力はあるということか。
既に勝ちを確信しているのか、足を組んだ沼川はニヤニヤと笑っている。
だがーー。
「続いて、神崎くんの作品が獲得したポイントは……2672ポイント!」
悪いな、俺の勝ちだ。
さすがに普段よりもポイントはだいぶ低いが、それでも十分な数字だった。
「なにいいいいいいいいいいい!?!?!?」
沼川の絶叫が部屋中に響き渡る。
「後で詳しく解説するけど、神崎くんの作品には本文以外のところで『読んでもらうため』の工夫が散りばめられているね。連載形式を選択したことの他にパッと見ただけでも、興味を惹くタイトル、わかりやすいあらすじ、人気要素を取り入れたタグ設定、投稿時間もよく考えられている」
「……」
「誰でも同じようにすれば必ず読んでもらえるわけではないし完結ブーストによる影響も大きいとは思う。だけど、こういった基礎がしっかりできているからこその結果だと僕は思うな」
「……」
「もちろん短編は短編で連載形式にはない強みがたくさんあるから、決して沼川くんの選択が不利だったというわけではないよ。でも、だからこそ一つ一つのテクニックに2人の知識差が如実に表れてーー」
「……ふ、ふざけるなっ!」
自分のスマホ画面を食い入るように見ていた沼川が勢いよく立ち上がった。
「こんなのテクニックでもなんでもない!なにが知識差だ!オタク共が喜びそうなキッショい言葉をずらずら並べただけじゃないか!」
あーあ、言い訳なんかしてみっともないなあ。
読まれるために読まれるための工夫をするのは当たり前のことなのに。
しかも俺の使ったテクニックに特別な技術が必要なものは一つもない。
ちょっとネットで調べればやり方なんていくらでも出てくるし、むしろ無知無策でこの場に臨んでいたことに驚いているくらいだ。
「不正だ!イカサマだ!俺をハメやがったな!?」
ついには聞き分けのない子どものように駄々をこね始めてしまった。
「不正だと?」
「そうっすよ部長!こいつは最初からまともに勝負する気なんてなかったんだ!自分だけが有利になるキッショい裏技を何個も使うなんて反則だ!」
「それを言うなら沼川、自分の評価ポイントをカサ増しするよう友人に頼むのは反則ではないのか?」
岩谷先輩から不穏な言葉が飛び出す。
「な、何の話っすか……?」
「既に勝敗が決まっている以上、問いただすつもりはない。だが、複数アカウントを使った不正評価だけではなく、無関係の友人や後輩まで巻き込んだのは感心しないな」
「うっ……」
問いただすもなにも、それはもうほとんど言っているようなものでは?
どういった経緯で岩谷先輩が不正の事実を知るに至ったのか俺にはわからない。
しかし口ぶりからして明確な証拠を掴んでいるのは間違いなさそうだった。
「それにね沼川くん。仮に隼人が気付かなかったとしても、僕は……いや、文芸部のみんなも、このポイントは何かしらの工作によって不正に獲得したものだと判断していたと思うよ」
追い討ちをかけるように木戸先輩も口を開く。
「……どうしてっすか?」
「この前も教えたけど、作品ページでは評価ポイントやブックマーク数以外にも色々な情報が見れてね。君の作品が獲得した316ポイントに対してPV、つまり閲覧数があまりにも少なすぎる。これはネット小説投稿サイトの性質上まずありえないことなんだよ」
俺も『超武勇伝説』のアクセス解析を確認する。
ユニークアクセスは76人。
なるほど、確かにこれは不自然すぎる。
自分の浅はかさを自覚したのか、沼川は無言で天を仰ぎ始める。
相変わらず自業自得なやつだ。
「さて、沼川くんの不正行為が発覚したけど……」
木戸先輩が俺を見る。
勝負を続けるかどうかの判断を委ねているようだ。
このまま沼川の反則負けを望めば、審査員による審査を行わずに俺の勝利で終わるだろう。
評価ポイントで大差をつけて勝ったとはいえ戦績としては1-0に過ぎない。
万が一沼川の作品が「全く評価されずに埋もれている良作」だった場合、審査員全員の票を独占し1-4で逆転される可能性だって十分あり得る。
しかし、俺は少し考えてから、
「このまま続けてください」
と答えた。
「不正していなくても結果は変わらなかったわけですし、きちんと中身で決着をつけたいです」
「うん!よく言った神崎くん!」
嬉しそうな木戸先輩。
何故が拍手が巻き起こる。
俺が続行を望んだことで審査、もとい読書タイムが予定通り行われることになった。
自分の書いた作品を目の前で読まれるという初めての経験に少し緊張する。
審査員だけではなく部室内にいるほぼ全員が自分のスマホ画面を無言で見つめている。
側から見るとなかなか異様な光景だ。
唯一、沼川だけが不貞腐れたような目つきで俺を睨みつけていた。
そんなことをしたところで不正をしたという事実は変わらないのに本当にみっともない奴だ。
しかしまあ、このまま睨めっこをしながら待っているのも退屈なので、俺も沼川の作品を読んでみることにした。
『超武勇伝説』
舞台は中世ヨーロッパ風異世界の城下町。
人気のない路地裏で1人の少女をチンピラたちが取り囲んでいた。
そこに偶然通りかかった主人公があっという間に全員を倒す。
少女の正体は城を抜け出したこの国のお姫様。
助けてくれた主人公に一目惚れして行動を共にする。
街でデートを楽しんだ後、暗くなる前に主人公はお姫様を城まで送り届ける。
翌日、王様から褒美を貰えることになった主人公は、お姫様を嫁にしたいと望む。
王様とお姫様はこれを快く承諾。
2人は結婚して幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
要約するとこのような内容になる。
話自体は良く言えば王道、悪く言えば何度も見たことのあるテンプレ展開。
しかし……。
ずぎゃ!
ばきっ!
俺はこいつの顔を殴った。
「ぐわあ!」
「このガキ!」
俺は別の男に蹴りをいれた。
「はあ!」
「うぎゃ!」
男が倒れた。
「こいつ強い!?」
「ふんっ、この程度かよ」
これくらい俺でも書ける、と大口を叩いたとは思えない稚拙で残念な文章力が披露されていた。
一応これでも全く伝わらないことはないし、ある意味わかりやすさを極限まで追求した表現と捉えられなくもないが、さすがに限度というものがある。
最初から最後まで画面の右側はほとんど空白。
文章というより箇条書きに近い。
字下げも一切なく、そのうえ行間を空けずに詰め詰めで書いてあるせいで非常に読みにくい。
……とまあツッコミどころが多いとはいえ、軸となるストーリーはシンプルでわかりやすく、露骨な文字数稼ぎや誤字脱字が随所に見受けられつつも5000字近く書いている。
初めてにしてはよく頑張った方だろう。
「みんな読み終わったみたいだから投票に移ろう。まずは、沼川くんの作品の方が面白いと思った人は挙手してください」
「……」
4人の審査員は誰も手を挙げない。
沼川の反応を見てみると、膝に置いた両手が震えており、今にも泣きそうな顔になっていた。
「続いて、神崎くんの作品の方が面白いと思った人は挙手してください」
全員が手を挙げた。
最終結果は、ポイント評価と合わせて5-0。
文句なしで俺の完勝だ。
「主人公がかっこよかった」by前田くん
「敵がやられるところがスカッとした」by二ノ宮くん
「スラスラ読めてわかりやすかった」by柊さん
「読んでいて楽しい気分になった」by林道さん
審査員の人たちから一言ずつ感想をもらう。
普段の活動で感想が書かれるのとはまた違った嬉しさと、面と向かって褒められた気恥ずかしさが入り混じっていた。
「さて、沼川」
岩谷先輩が立ち上がった。
「負けたら土下座をする。これはお前が言い出しことだ。当然、忘れていないな?」
あー、そういえばそんなこと言ってたっけ。
すっかり忘れていた。
沼川も岩谷先輩に言われて思い出したのか、それとも無かったことにしようとしていたのか、悔しそうに歯を食いしばる。
「沼川」
「……わかってますって」
沼川は吐き捨てるようにボソッと呟く。
そして俺の目の前で正座し、腰を曲げて両手を床につけた。
「おい、違うだろ。謝るのは俺じゃなくて……」
俺は真島くんを手招きした。
「えっ、僕?べ、別にいいよ土下座なんてそんな……」
「そうはいかない」
岩谷先輩が首を横に振る。
「土下座は沼川が言い出したこと。ただでさえ人の趣味を嘲笑ったんだ。自分の言葉にしっかりと責任を持たせるのも本人のためになる」
「くっ……」
沼川の肩が小刻みに震える。
自分が逃げられない状況にいることをようやく悟ったのかもしれない。
正座をした状態で近くに来た真島くんの方へ体の向きを変えた後、改めて頭を床にくっつけた。
「……す……ませ……した」
「声が小さい!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ずみまぜんでじたあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
何故かまたしても拍手が巻き起こった。
その直後、
ゴンッ!
「ぐぎゃっ!」
鈍い音と同時に沼川の口からふみつけられたカエルのような声が漏れる。
一瞬何事かと思ったが、どうやら顔を上げた時に長机の角に後頭部をぶつけてしまったようだ。
最後までとことん不運な奴。
ま、これに懲りたらできもしないことをできるなどと見栄を張らないことだ。
こうして、小説対決は俺の勝利で幕を閉じーー。
「さてと、一段楽ついたところで今日の分析会を始めよう」
「……分析会?」
「週末の恒例なんだ。うちは読書部じゃなくて文芸部だからね。物語を読んだ、面白かった、だけで終わらずに、どこがどういう風に良いと感じたのか、この表現方法はこういう意図があるんじゃないか、のような意見を交換して自分の作品に活かすのが目的」
「あ、それすごくわかります。俺も小説を書き始めるようになってから、今までなんとなく読み流していた地の文の書き方とか場面の表現方法とか、前より注意して見るようになりました」
「分析会だと堅苦しく聞こえるけど、要は読書感想発表会みたいなものだと思ってくれたらいいよ。このあと時間があるなら2人とも是非参加してほしいな。作者本人の解説も聞きたいからさ」
そういうわけで、俺たちは分析会に参加することにした。
沼川は「絶対に参加するものか」と嫌そうな顔をしていたのだが、こっそり帰ろうとしていたところを岩谷先輩に見つかり渋々参加することになった。
「まずは惜しくも負けてしまった沼川くんの『超武勇伝説』から見ていこう」
大きなホワイトボードの前に立つ木戸先輩はまるで学習塾の新人講師みたいだ。
「全体的な流れとしては主人公の成り上がり系に近いね。物語開始時点ではただの平民だった主人公が路地裏で襲われている少女を助けるところから始まり、紆余曲折あって最終的には助けた少女、つまりお姫様と結婚してハッピーエンド。短編の題材としては、お姫様と結婚するという明確なゴールが決まっていて書きやすい部類だと思う。このストーリーを起承転結で分割してみると、起に該当する部分がーー」
このあとめちゃくちゃ分析会した。
その後、沼川の作品はネット上で有名になった。
Twitterでハイファンタジーランキング日間26位になっている『超武勇伝説』と、その内容のスクショが添付されたツイートが大バズりしたのだ。
ツイートを投稿したのは、深夜アニメやラノベレビュー動画で有名なユーチューバーだった。
もちろん工作は当然のようにバレており、
『底辺なろう作家、ポイント工作が下手すぎるw』
『不正でランキングに載ったなろう小説があまりにも酷い件w』
『ネット小説のレベルはここまで落ちた!?』
などの見出しと共に、他のユーチューバーや多くのまとめサイトでもすぐに取り上げられた。
沼川はすぐにアカウントごと作品を削除したようだが、これが逆に火に油を注ぐ結果となり余計におもちゃにされた。
そして学校内でも今ネットで話題になっているクソラノベの作者であることが知れ渡った。
情報の発信元はポイント工作に手を貸した誰かではないかと俺は予想している。
学校一の有名人となった沼川は卒業するまで「サッカー部のイキり工作作家」と揶揄されて大いにイジられることになるのだが、それはまた別の話である。