3 理想の令嬢
各地で一斉に鳴り響いた鐘の音とともに白い鳩が放たれ、祝祭は始まった。
今日からは建国以来の長い祝日が続き、日頃は稼ぎに精を出す人々も財布のひもを緩めて美食に旅行にと出かけていく。
かく言うカテリナも夜に宿直を引き受けたものの、最終日は一日自由に過ごす予定でいた。せっかくのお休みなんだからパパとケーキを食べに行こうよとごねた父に、日頃は故郷にも帰れない同僚が多い中で、こういうときこそ実家まで徒歩圏内の自分が役に立つんだよと力説したのだった。
お父さんケーキ食べてるかな。たぶん最終日のためにパティシエを呼んで待機しているんだろうなと思いながら、結局カテリナは初日から仕事だった。
「カティ、君の作ったこの集約文書だが」
「まちがっていましたか」
陛下の執務机に歩み寄ってカテリナが問いかけると、彼は眉間にしわを寄せて言った。
「まちがってはいない。ただ、なぜこう書いたか意図が伝わらない」
カテリナの仕事はギュンターを最愛の人に導くことのはずだが、半日顔を突き合わせているうちに書面仕事を言いつけられるようになっていた。
「公平に偏りなく意見をまとめたのですが」
「その割には行間に厚みがありすぎる」
カテリナが彼の言葉の意味を考え込んで黙ると、ギュンターはその書面を脇に置いた。
「これは後にしよう。先にこっちをまとめてくれ」
はいと書類を受け取って、いつの間にかカテリナの席になった隅の書物机で作業をする。
カテリナは人よりは事務仕事に自信を持っていた。士官学校では一生懸命勉強したし、武術はともかく学問に関しては優秀な成績を治めた。もちろんまだ士官学校を卒業して三年で、経験が浅いことは十分承知しているが、昨日までの職場ではそれなりに評価されていた。
「これも却下。外には出せない」
ところがここに来て、およそギュンターが良しとした書類は一枚もない。駄目出しの嵐に、いくら仕事とはいえちょっとめげた。
ただそれが自分の本務ではないのだし……とは欠片も思わないのが、カテリナの堅物さだった。
何がいけなかったのか、行間とは何なのか、とんでもない致命的な穴が開いていたのか? カテリナは書類に穴が開きそうなほどみつめて、カリカリとペンを走らせた。
「……ィ、カティ。手を止めろ」
真剣に書類に向き合っていたので、そばにギュンターが立っていることに気づかなかった。きょとんとして顔を上げると、彼は横から手を出して書類を引き抜く。
「違う。足りないと言ったんじゃない。それは後だと言ったはずだ」
後だとは言われたがやらなくていいとは言われていない。カテリナの不満はたぶん目に現れていて、ギュンターの灰青の瞳も不機嫌に細められた。
「細かいところにこだわりすぎるな。いいか、俺が言いたいのは……」
彼が何か言いかけたとき、ノックの音が聞こえた。ギュンターは一つため息をついて、外向きの朗らかな国王の顔をまとった。
「入ってきなさい」
ギュンターが穏やかに声をかけたとき、カテリナにはそこから軽やかな風が入り込んだように感じた。
「陛下、だめよ。祝祭の間はお仕事しないって約束じゃないの」
現れたのは、柔らかそうな亜麻色の髪を持つ令嬢だった。シフォンの青いドレスが星をまとうように似合い、声も足音さえも聞き心地のいい、彼女が精霊といわれたら信じてしまいそうな甘い風貌だった。
「アリーシャ、違うよ。ここでの私は身の回りのことを片付けているだけで、仕事をしているわけじゃない」
「嘘。陛下の嘘ってすぐわかる」
彼女はくすくすと笑って、戸口からカテリナを覗き見た。
「お気に入りの部下をみつけると、手元から離さなくなっちゃうんだから。……ごめんね、新しい士官さん。お疲れ様」
年はカテリナと変わらないくらいだったが、いたずらっ子のような邪気のない笑顔を見ると、同じ女性のカテリナでも照れくさくなって下を向いた。
目を逸らしながら、カテリナは想像を少しずつ確信に変えてきていた。彼女の存在は王城の末端で働くカテリナにも聞こえてきていた。
「理想の令嬢」アリーシャ、サロンでも国王と対等に冗談を言い合う姿はよく噂されている。
「困ったね、アリーシャ。何をねだりにきたの?」
「あら、心外。祝祭が始まったのに、陛下ったら自室にこもったまま出てこないから。マリアンヌさまも心配なさっているわ」
ギュンターの腕をぎゅっとつかんで、アリーシャは笑った。
「お仕事は今すぐ終わり。でなきゃ、もう陛下とダンスを踊ってあげないの」
この方が一人目なのだろう。腕を振りほどかずに苦笑したギュンターに彼女への好意を見て、カテリナはこれからやって来る未来を探ろうとしていた。




