15 お仕え事と、はみ出た時間
午前で国王陛下の私的な反省会は終わり、午後からは王城の一室にて公的な対策会議が開かれた。
ダンスの相手を決めるのに偉い人たちが集まって会議を開かないといけないなんて大変だなぁとカテリナは思ったが、事は精霊との約束で、国の命運をかけたものなのだから、そろそろ真剣に考えようというのだ。
陛下も周囲も、わりとアリーシャがダンスの相手を引き受けてくれると信じ切っていた。ところが降臨祭もじきに折り返し地点となって今回の事態、焦らないといったら嘘になる。
国王陛下と二人の弟妹殿下、主要な大臣や将軍が集まる会議室のすぐ外で、カテリナは直立不動で待機しながらも心の中では陛下の次なるお相手のことで頭がいっぱいだった。
どうして今まで気づかなかったのかカテリナ自身も不思議だが、ローリー夫人は陛下の元婚約者で、今も私的な話を打ち明ける特別な相手だ。ご結婚はされているがご夫君はすでに二年間行方不明で、あとこれが何より大事なことだが、最後のダンスの相手は「最愛の人」であればそれでいい。
マリアンヌ王妹殿下が選んだ三人の姫君のうち二人目、それはローリー夫人に違いない。最後の一人がどなたかわからないのは気がかりだが、この際時間もないことだし、傍目に見ても好意を抱いているローリー夫人にダンスのお相手をお願いしてはどうか。
「カティはいつから休暇を取るんだ?」
問題はそれをどう陛下に提案するかだと、ボードゲームを組み立てるように熱く考えていたカテリナに、騎士団長の随行で来ていたウィラルドが声をかけた。
カテリナの脳裏に浮かんだのは、若い頃に奥様を亡くされて現在独り身である騎士団長が、ローリー夫人に求婚しているという噂だった。
「戦いに勝つまでは休暇は取れません」
つまりはライバルだと、カテリナは燃えたぎる目でウィラルドを見上げた。ウィラルドは一歩たじろいだものの、そこは数日前まで上官だった経験で、カテリナが何かにこだわって熱意を燃やしているのはわかった。
「何の戦いかはわからないけど、降臨祭は国民の祝日だろう? この五日間休みなしじゃないか。近衛兵だって交代で休みを取ってるんだから、カティもそろそろ休暇をもらえないか訊いてみたらどうだ?」
ウィラルドはカテリナが直属の上司である国王陛下に遠慮しているのなら、自分が上官を通じて話をしてみようかと提案した。
それは今の彼の仕事ではなく、カテリナを心配しての提案だと気づいてしまうくらいには、カテリナは周りの感情に敏感だった。
「すみません。気を遣っていただいて」
「そ、そりゃ気にするさ。降臨祭が終わったら、また一緒に仕事をするんだし」
ウィラルドが慌てて告げた言葉に、カテリナは少し感傷的な気持ちになった。
性別を偽って働くことに限界を感じ始めていて、降臨祭が終わったら騎士をやめようと思っていることを口にしようか迷った。
先回りして突っ込む割に時々潔すぎるくらいにあきらめがいい。国王陛下にも言われたように、カテリナは今までの自分にしがみつくつもりはない。
でもカテリナが決めても決めなくても、あと六日で降臨祭の終わりがやって来る。ギュンターの下で働くことの終わりは確実にやって来るのを考えたとき、なんだか子どもがわがままを言うように抵抗したくなった。
どうしてなんだろうと思ったとき、会議が終わったらしく扉が開いて、王族に大臣たち、国の中枢を担う方々が出てきた。カテリナは慌てて端に走って敬礼を取った。
カテリナが壁と一体化してお見送りをする中、王弟シエルと王妹マリアンヌが何事か小声で言い交わして、カテリナの方を見やった気がした。カテリナは壁が首を傾げては変だと思ってもちろん微動だにしなかったが、そのときには二人は後から出てくる国王陛下の方を振り向いていた。
カティとギュンターに呼ばれて駆け寄ると、なぜか彼は難しい顔でカテリナを見て言った。
「調子でも悪いのか?」
「いいえ。どうしてですか?」
国王陛下のダンスの相手を検討する会議だったはずなのに、どうして自分の体調のことを尋ねるのか不思議に思ってカテリナが問い返すと、ギュンターはばつが悪そうな顔をした。
「ならいいが。マリアンヌが、きちんとカティに休暇を取らせろと」
先ほど元上司にも訊かれたことを今上司にも訊かれると、なんだか悪いことをしているような気持ちになってくる。
「どうにか間を縫って休みを取ります」
カテリナが苦し紛れに約束したが、ギュンターはすでに自分の頭の中でカテリナの労務管理を計算しているようで、「とりあえず戻るか」と言った。
陛下の自室に戻った後、いつものように書面仕事を言いつけられたが、陛下の仕事の進捗状況は目に見えて悪かった。時々上の空で何か仕事ではないことを考えているようで、カテリナは心配になった。
「陛下こそ、体調でも悪いのでは」
そっと席を立って陛下の執務机に近寄ると、ギュンターははっと考え事から目覚めた顔でカテリナを見やった。
「そうじゃない。四六時中いたら心配になるのは当然だ」
ギュンターは言い訳するように告げて、決めたくはないが決めざるをえない仕事の前にいつもそうするように、ブロンドの髪を手でかき混ぜて言った。
「今日は帰っていい。なんだったら明日は休みを取ってもいい」
唐突な休暇命令にカテリナは戸惑ったが、確かにそろそろ夕食の時間で、カテリナの勤務時間は終わりだった。上官から仕事の終わりを命じられた以上、退出しないわけにもいかない。
日が落ちて夕方の涼しい風が窓から入り込んできていた。カテリナは書類を片付けてカバンを肩から下げると、椅子から立ち上がる。
失礼しますと言いかけて、またこちらを難しい顔で見ている陛下と目が合った。
なぜかはわからない沈黙、精霊が通り過ぎたような時間が流れて、先に口を開いたのはカテリナだった。
「陛下はどなたに最後のダンスを申し込むおつもりなのですか?」
勤務時間はもう終了していて、訊かれていないことを訊くのも仕事の域を超えてしまうことで、しかもこの場合は陛下の感情にも触れるかもしれない危うさがあった。
「君には関係……」
案の定陛下も反発しようとしたようだったが、彼は一度息をついて前言を覆した。
「……関係ない、はずはないか。君はそのためにここで働いているんだからな」
呼ばれて執務机に近寄ると、ギュンターはカテリナに机の前の席に座るように勧めた。そこは隅にあるカテリナの書き物机の椅子ではなく、来客用の椅子というには陛下に近すぎる。実際、カテリナもその椅子に掛けている人は見たことがなかった。
「会議で私は、最後のダンスの相手はローリー夫人に頼むつもりでいると提案したんだ」
こくんとカテリナが素直にうなずくと、ギュンターは目を伏せて首を横に振る。
「だが妹のマリアンヌが、「今陛下の御心にある方とは違いますが、よろしいのでしょうか」と言った」
カテリナは息を呑んで目を瞬かせて、思わず問い返す。
「そうなのですか?」
「いや、私は嘘をついたつもりはない。ローリー夫人がふさわしいと本心から思った。ただ……」
ギュンターは言葉に詰まって沈黙した。彼自身も自分が言いかけた言葉の続きを迷っているようだったが、ふいにこぼした言葉はきっと本音に近いものだった。
「違うと、マリアンヌに言い返すこともできなかった」
深い息をついてから、ギュンターは窓の外を見やった。
「マリアンヌは、「夫人にダンスを申し込む前に、もう一人だけ陛下に会っていただきたい令嬢がいらっしゃいます」と言うんだ」
ギュンターはふとカテリナを見て笑う。
「降臨祭は残り何日だと思う? たった数日で最愛の人になるなんて可笑しい。それこそ精霊の、性質の悪いいたずらだと思うが」
それはカテリナも初めてマリアンヌから話を聞いたときから思っていた。王妃にふさわしい方ならとっくの昔に陛下に引き合わされていて、長い付き合いの後、来るべくして最愛の人となっているはずだと。
まさか降臨祭の十日間でなければ出会えない人なのだろうか。そんなことをちらと思って、カテリナも首を横に振った。
「ローリー夫人の方にも準備が必要だ。私は明日にでも、ローリー夫人にダンスを申し込もうと考えているが」
同意しようとして、カテリナはギュンターの目に映る感情に気づいた。
そこにアリーシャやローリー夫人に寄せるような好意はない。まだ出会ってもいない令嬢を愛するはずもないのだから、それは当然のことだ。
でもヴァイスラントに住む者なら誰でも精霊の奇跡を心のどこかで信じている。幸運と出会う日を、誰もが望んでいる。
カテリナが奇跡も否定できないまま沈黙に身を任せると、ノックの音が聞こえた。
ギュンターが仕事の顔をまとって、いつものように穏やかに返事をすると、その人は扉を開いて入ってきた。
「お話を聞いていただいていいかしら。……カティさんも、ここにいて」
現れたローリー夫人はどこか哀しい表情で、二人に告げたのだった。




