↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/32

10 星読み台、初めての

 建国以来初めてやって来た降臨祭、人々は心弾んで催し物に旅行にと出かけているが、その影で普段以上に働いている人々もいる。

 夏は暑ければ暑いほど商品が売れるように、商人にとって降臨祭はまさに天からの贈り物、過熱してくれればくれるほどいい。世間ではとにかく精霊と名付けられていれば宝飾品にお菓子、枕まで売れるわけで、それは何かまちがっているのではと文句を言う勢力も別にないわけだった。

「仕官室はどうだった」

「保冷室みたいでした」

 ただ降臨祭の主催者である星読み台は、カテリナが一見して過熱しているようには思えなかった。それどころか星読み仕官たちはお互い言葉を交わす様子もなく、カテリナが国王陛下の命令で部屋を覗きに行ったときもほとんど無反応だった。

「保冷室か。その表現は悪くない」

「どうしたんでしょうか。忙しい時期だと伺っていたのですが」

 国王陛下の本日の所定の公務、星読み博士との会談はとっくに終わっている。ところがギュンターは夕方になっても星読み台の一角に滞在し、しかもどうやら宿泊もするつもりでいるらしい。

「相変わらず苦戦しているらしい」

 ギュンターは苦笑して独り言のように告げると、首を傾げたカテリナに告げた。

「カティ、今晩君に夜勤を命じる」

 完璧主義、納得するまで絶対に良しを出さない国王陛下だったが、実はカテリナに夜を徹して仕事を命じたことはなかった。

「はい。お言葉通りに」

 カテリナはきょとんと目を丸くしながらも即答したのだが、それを扉の外で聞いていた近衛兵たちはこっそり色めき立った。

 近衛兵は陛下の部屋に夜のお相手を招くのも平常業務だったが、彼らの勤勉な上司は夜になればなるほど一人で仕事をする御方で、今までその重大な職務を果たさせてはくれなかった。

 ついに一線を越えられるのですね、陛下。私たちの中では今夜が降臨祭最終日でもいいですよ。ちょっと涙ぐんで、近衛兵たちはお互いの肩を叩きあった。

 夜勤に備えて仮眠を命じられたカテリナは、いつもより三割増しほど優しい近衛兵たちのまなざしに見送られて部屋を出た。

 星読み台は夜に仕事をするのが常で、仮眠室は王城に比べても充実していた。個室で鍵もかかって、王城の宿直室なら誰が来ても平気なように身構える必要があったが、今日は髪も解いて服も少し緩めてベッドに入ることができた。

 カテリナは誰にともなくおやすみなさいとあいさつして、短い仮眠についた。

 夢の中で、熱心に星読み台に通っていた子どもの頃を思い出していた。

 満点の星空に目を輝かせて、大きくなったら星読み博士になると父に言って大反対されたわけなのだが、その理由というのが結構入り組んでいた。

 単純に、女の子は星読み博士になれないのだと言ったのかというと、実はヴァイスラント公国では少数だが女性の文官がいる。父はそういうところで嘘をつく人ではなく、そのために墓穴を掘る人でもあった。

 だめ、カテリナちゃん。星読み仕官と結婚するくらいなら、パパのいる騎士団に入りなさい。

 うん、お父さんと同じお仕事する。きらきらした目で将来の夢を決めたカテリナに、父はちょっと泣きたそうな顔をしていた。

 力はあんまりないから士官学校の頃から騎士に向いていないのはわかっていけど、でもこの仕事に就いたことに後悔はしていない。

 たとえば誰かに、もう要らないと言われるときまでは騎士でいられたなら。カテリナはそんな淡い期待を持つ自分を知っている。

「僕なんて誰も要らない」

 ふいに真っ暗な声を聞いた気がして、カテリナは心の奥をぐさりと刺された思いがした。

 飛び起きると、辺りはすっかり暗がりに沈んでいた。けれど隣の部屋で窓が開いて、誰かが外に出た気配を感じた。

 カテリナは胸に迫る感情のまま、自分も窓を開けてベランダに出た。そこから屋根に向かって梯子が掛かっていて、誰かがそこを上る音が聞こえていた。

 星を見るための暗闇が、本来の闇色で世界を染めているように見えた。カテリナは何かを考えたつもりはなく、梯子を上ってその人を追っていた。

 人の顔も定かでなく、もしかしたら聞き間違いなのかもしれないけれど、駆け寄って屋根の端に立つその人を力いっぱい捕まえる。

「だめ! だめったらだめ!」

 誰かが息を呑んで反射的に体を固くした。カテリナは子どもがわがままを言うように叫ぶ。

「お腹いっぱい食べて、嫌になるくらい寝ようよ! それでも元気にならなかったら、次の日も同じようにしたらいいじゃない!」

 その人は誤解だとも言わず、カテリナを振り払うこともしなかった。聞こえていると信じて、カテリナはぎゅうぎゅう抱きしめて言う。

「明日ご馳走するから、今日は寝よう!」

 果たしてカテリナの現在の手厳しい上司が及第点を出すかは不明だったが、その言葉は一応誰かの耳には届いたらしい。

「……うん」

 子犬がしゅんと頭を垂れるような声でカテリナに返して、その人はそろそろとカテリナの腕を離した。

 背格好からいくと少しカテリナより背が高いくらいで、そう年も変わらない少年のようだったが、すぐに踵を返したから顔をじっくり見る時間はなかった。彼は大人しく梯子を下って、仮眠室に向かってくれた。

 カテリナも後に続いて梯子を下りながら、よかったと胸を撫でおろして……ふと普段は隠している胸のふくらみに気づく。

 そういえば個室だからと安心して、髪も解いて下ろしていた。ついでに先ほど思いきり抱きついてしまっていた。

「寝るよ」

「あ、うん。そうだね。じゃ」

 これ以上顔を見られたくなくて、急いで自分の仮眠室に引っ込もうとしたカテリナに、彼が振り向いて言った。

「ありがとう」

 たぶん言葉と同時に、カテリナの唇に柔らかい感触があった。

 温かいような、少しくすぐったいような、それが彼女にとって初めてのキスだとまだ頭が追い付いていないカテリナだった。

 彼は暗がりの中で身を離して部屋の中に入っていったが、カテリナはしばらくの間ベランダに立って、自らに起きた大事件に打ち震えていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。