美馬と季節はずれの転校生
「おはよー茜ちゃん」
「美馬ちゃんおはよっ!」
教室に入るなり茜ちゃんと挨拶を交わす。
「朝練あしたからだっけ?」
「そうなんだけどさ。美馬から教えてもらったお店の『きびまんじゅう』食べたよ……」
「どうだった?」
「めっちゃ美味かった。アンコがやばい。いくらでも食べられる悪魔的お菓子」
「でしょー!?」
「体重増えたんだけど、どうしてくれる」
「うひひ、作戦どーり」
「もー!」
スレンダーな茜ちゃん。体重増加作戦の達成に満足しつつ、他の友人やクラスメイトたちとも挨拶を交わしてゆく。
あたしの席は念願の窓際後ろから三番目。
と、クラスメイトのなかでも煩いと言われる男子が、あたしの席に座っていた。前の席にいるアホ男子と何やらゲラゲラ騒いでいる。
「……」
どけよ。
無言で睨みつけながら近づいて、机の上にどんっと、リュックを置く。
「馬子、こえー」
「うっさい」
「ブス」
小学生並みの捨てぜりふを残して立ち去った。男子の脳みそなんてそんなもんだけど。
馬子とは男子たちの間でのみ流布されているあたしのアダ名。だけどまったく気にしていない。
というか、男子の存在を無視している。クラスの男子はアホでエロガキで、しょーもない奴が多い。ゆえに不要だとあたしは常々思っている。
クラスには女子さえいればいい。
女の子同士でおしゃべりしていると楽しいし、可愛い女子を見ているだけで幸せになる。
あたしたち女子だけなら、きっと幸せな楽園が築けるのに。神様は試練をお与えになったのだろう。
「よっと」
ようやく窓際の席に腰かける。
念願の窓際、後ろから三番目。ここは「主人公席」という位置らしい。確かに窓側の壁に背中を預けて眺める教室は、広くて明るい。
廊下側の席からだと窓側の席は逆光で眩しい。真ん中は賑やかだけど四方八方を囲まれて気が抜けない。
その点、窓側の特別感ときたら……!
中学二年になって幸先の良いスタートである。
「美馬ちゃん、すごいね」
「そんなことないよ、ふつー」
後ろの席の女子、結葉さんが感心したように声をかけてきた。優しくて大人しい保健委員さん。いつも騒がしい男子が苦手らしい。
「私なんか何も言えないよ」
「何も言ってないし。睨んだだけ」
「うふふ……あ、先生がきた」
「はいみなさんおはよう」
菊池先生が教室へやって来た。教壇に先生が向かうに合わせて、椅子と机がガタコトと音を奏でる。
ザワついていた教室も静かになる。起立、礼、着席と日直が無感情に役割を果たす。自然と姿勢を正し、前を向く。
菊池先生は若い女の先生で、地味で化粧っけがない。それでも男子はもちろん女子にも人気がある。
あたしが通っている中学は各学年のクラスがひとつしかない。だから二年に上がっても先生は同じだった。
実はあまり菊池先生が好きじゃない。クラスで問題が起こると、途端に事無かれ主義になるからだ。
「はい、今日はですね……新しいお友だちを紹介します!」
明るい声でそう言うと、開けっぱなしだった教室の扉の方を手招きする。
教室がざわつく中、静かに生徒が入ってきた。
私たちとは違う制服を身に着けた女の子。
色白で首も手も脚も細い。肩で切り揃えた黒髪が朝日を浴びて艶やかに輝いて見えた。
すっと教壇の横で止まりこちらを向く。
小顔で色白で、目が大きい。メガネと髪型のせいだけじゃない。とても綺麗な顔をしていた。
透明感のある美少女とはこのことか。
あたしは、息をのんだ。
「お……!」
「おぉおおお……!?」
「かわいくね?」
「やべっ! やべーッ」
獣のように興奮する男子。何がやばいんだ、黙れ男子ども。
しん、と静まり返っていた教室が、一転。歓声と興奮につつまれる。
「はい、しずかに!」
先生がぱんぱんと手を打ちならす。
「親御さんの仕事の都合で、遠野に引っ越してきました。今日からこの二年一組の一員となります」
菊池先生がさらっと説明をして、さぁと黒板を指す。まずはチョークで名前を書けということだ。
カツカツと女の子は名前を書いた。
――栗林白子
「くりばやししろこです。東京から来ました。でも祖母の家は遠野でこのあたりです。よろしくおねがいします」
ぺこりと頭を下げた。緊張した感じで、それでも一生懸命に言葉を紡いでいるのがわかった。
必死さというか、最初が肝心、ちゃんと言わなきゃ、という覚悟みたいな感情が伝わってきた。
「色白っ」
「制服が違うんだね」
「都会ってブレザーなんだ、いいよね」
女子の反応は様々だ。純粋な言葉だけじゃなく、やっかみや、興味本位、あえて制服だけを話題にしたりもしている。
けれど、あたしは名前を聞いた瞬間、遠い夏の記憶が甦った。
「知ってる……」
「美馬ちゃん?」
白くて、弱々しくて、まるで蚕のような印象の女の子に、あたしは出会っていた。
ほつれた結界の境界で、どこからか迷い込んできた女の子に。
「シロ……ちゃん?」
あたしは席から腰を浮かせていた。
ざわめく教室が静まり、視線があたしに集まるのもお構いなしに、白子という女子生徒にむかって。
「あたし、美馬だよ……! シロちゃんだよね? ほら、小学生のころの夏休みに……」
「あ……! あぁ! うそ、みまさん!?」
白子さんは驚いていた。両手をもちあげて、ふらふらさせたり、ほっぺたにくっつけたりしながら。
間違いない。
あたしたちは出会っている。
互いの存在を知っている。
「あら、美馬さんと知り合い? それはよかったわ! じゃぁ席は隣にしましょう」
「はぁっ!?」
あたしのとなりの男子、充希君がすっとんきょうな声をあげた。
事無かれ主義の先生は、季節外れの転校生が上手くクラスに溶け込めるきっかけさえあれば、男子の席順なんてどうでもいいのだろう。
でもこのときばかりは先生に感謝。
古くて新しい友達があたしのとなりに来てくれたのだから。
「よ、よろしくね……」
「うんっ! 白子さん」
なんというか、美少女だった。
とび色の瞳に淡いさくら色の唇。
色白の肌を引き立たせる綺麗な髪。
あたしが男なら、きっと速攻で好きになってしまいそうな。
既に何人かの男子たちが、熱にほだされたような視線を向けてきている。
あたしは「シャー!」と猫のように威嚇した。