二人だけの秘密
「美味しい……!」
「よかったー」
白子はあたしの作った豆すっとぎを美味しそうに食べてくれた。
うぐいす色の「ずんだ餡」的なお味は、素朴がゆえに好きな人は好きになってくれると思う。
「美馬が手作りしたなんて、すごいね」
「いやぁ、それほどでもー」
茹でてすり潰して練って固めただけなんだけどね。
二人で食べて、冷たいお茶を飲んで、一息つく。
白子の部屋でくつろいで、しばらく他愛もない話に花を咲かせた。
「で、さっきのことなんだけど……」
白子が恐る恐るといった様子で口を開いた。さっきベッドの中で起きた一件について、話題にしないわけにはいかないだろう。
「白子の夢的な結界のことね」
「美馬は驚かないんだね。私のこと変だとか、怖いとか思わない?」
「ぜんぜん、別に思わないよ」
「白い繭みたいな場所は……夢だと思ってた。辛いことがあるといつも逃げ込んでいたの。居心地が良くて、そのまま丸一日眠ったまま過ごしていたり。だから学校を休んだり、家から出られなくて……」
「なるほど、そんなわけがあったんだね」
「わかってくれるの?」
「だいじょうぶ。あたし慣れているから。怪異もモノノケも、結界的なやつにも」
「そう、なんだ」
ほっとした様子の白子。テーブルを挟んで向き合っていたいけれど、これを機会に座布団をずらして、白子の横に移動する。
なんとなく肩を寄せあい並んで話す。
「そうそう。去年なんてさ、霊能者みたいな人が雑誌記者と一緒に東京から来てさ。そのひとたち『座敷わらしやカッパ、妖怪の正体を暴く!』とかなんとか騒いで……帰るまで大変だったんだから」
あっけらかんと話すと、白子は興味を持ったらしく目を瞬かせた。
「そ、それで、どうなったの?」
「あたしが結界を強くしたの。なんていうのかな、つまり『こっち見るな』的な『あっちいけ』的な、拒絶の結界を強く張ってやったの。この集落のモモノケや怪異を全部隠すためにね。結局その人達は何も見つけられずに諦めて帰ったみたい。でも時々来るんだって。遠野って不思議な場所だって思い込んだ人たちが、興味本位で」
「そんなことも、あたりまえにあるものなの?」
「あるある、かな」
遠野市が整備している観光スポットを巡り、お土産を買って帰ってくれる分には大歓迎。
だけど本当の秘密、長い歴史と文化の中に隠された秘密は、守りたい。
座敷わらしや河童は、人々が営む暮らしとともにある。
見せびらかしたり面白がったりするものじゃない。
そこに興味本位でズカズカ入り込んで来る人は、寄せ付けない。穢したり、存在を認めたりしない人たちが足を踏み入れることを、よしとしない。
だからお母さんはネットワークを駆使していろいろな情報を教えてくれる。
怪しげな観光客が来たとか、どこぞの民俗学者が学術調査にきただとか。そういう類の噂もふくめて耳に入ってくる。
「私はここにいても平気なの?」
「うんもちろん。大丈夫、むしろあたしと同類!」
「同類……」
白子はすごく嬉しそうにして、唇をきゅっと結んだ。
横顔が可愛い、抱きしめたい。
それにしても白子にあんなすごい能力、結界を展開する力があったなんて驚きだ。内向きに閉じた結界なんて初めて体験したけれど、あたしとは位相の異なる結界なのだろう。
白子のお祖母ちゃんがこの土地の生まれなら、能力が白子に遺伝していても不思議じゃない。詳しくは八幡様の神主さんあたりに調べてもらえばわかるかもしれない。怪異を内側に封じ込めたら浄化することなんかもできるかもしれない。
あたしは秘密を打ち明けることにした。
白子はあたしの同類確定なのだから。
「白子、少し聞いてくれる? この地にまつわる秘密、あたしたちの話」
「あたしたち?」
「そう。あたしも白子もそんなに特別な存在じゃないんだよ」
「美馬と私みたいな子が……他にも?」
「そ」
頷くと、白子はあたしの言葉に耳を傾けた。
どこかまだ不安げな様子なのは無理もない。怪異が見えることで友達からはイジメられ、制御できない白い繭結界のせいで夢から醒めらず……。引きこもり気味になってしまったのだから。
今日はあたしが悪ふざけをしたせいで、白子は力を制御できずに暴走させてしまったみたいだし。
「これは最近、教えてもらったんだけど」
「うん」
ひそひそ話をするみたいに、頭を寄せて。
現世と幻界が交差する場所。モノノケたちの存在しうる聖域は各所にあるらしい。
そして遠野の各地には結界の要となる、結界少女が何人かいて、それぞれの地区で幻界、あるいは霊場を護っているらしいということを。
綾織の鶯崎、土淵の初音、六角牛山の来内、達曾部の糠森、そして裏附馬牛のあたし。
他にも、お屋敷の氏神様を護っていたり、無意識のうちに力を発揮していたり。そういう事例は数知れないのだとか。
あたしは差し障りのない範囲で、白子にかいつまんで話して聞かせた。
不思議な告白にも白子は真剣に耳を傾けてくれた。
それは同時に、白子自身が特別であっても、決して孤独ではない。
結界に類する力について、理解しあえる、あたしのような「仲間」がいること。
それらを察して、理解してくれたみたいだった。
「わかった。美馬、ありがとう」
「これはあたしたちの秘密ね。ブログやSNSにアップしても誰も相手にしないから。注意したほうがいいよ」
「しないよ、そんなこと」
「だっ、だよね!?」
「美馬……もしかしてアップしたことあるの?」
「あっ、あるというか、なんというか。もののはずみ、若気の至りといいますか。スマホを買ってもらった嬉しさからつい……」
思わず墓穴を掘るあたし。
「あるんだ」
白子はジト目ながらも噴き出しそうに、微笑みをうかべる。
「あります」
「美馬ったらダメだよっ!?」
「うぅ……ごめんなさい」
まさか白子に怒られるとは。
実は出来心で、スマホでトウタと一緒に自撮りして『座敷ワラシと一緒♪』とタグをつけ、SNSに投稿したことがある。
もちろん目の部分は黒く塗りつぶして、身バレしないようにして。
当然、ほとんど誰も目にすることもなく反応は皆無だった。
けれど数日後、『本物では?』と反応してきたひとがいた。その人のアカウントを辿ると、自称霊能者のサイトが開いた。あたしは慌てて投稿もアカウントも消した。
「秘密どころか世界中に知られちゃうし。危ないよ」
「二度としません」
なにはともあれ。
あたしと白子は秘密を共有する友達になった。
「とにかく、今日のことは二人だけの秘密ね」
「うん、秘密にね、美馬」
あたしたちは、そっと小指の先を絡めあった。
まるで契のように誓いのように。
「なんだかドキドキする」
「嬉しい」
白子とこつんと頭をくっつける。
体温が伝わり一つになったみたい。
秘密の共有は、あたしたちをより強く結びつけてくれた。
まるで、ここから二人の物語が始まる――みたいな。
そんな気分にしてくれるには十分なほどに。
次回、最終回となります