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白子の結界、美馬の幻界

「白子……!?」

「美馬、いっしょにいて」

 それは一瞬の出来事だった。

 あたしは気がつくと、白い(まゆ)に囚われてた。突然のことに言葉を失う。

 上も下もわからない空間は、閉ざされた(まゆ)の中という表現がぴったりだった。けれど明るくて温かい。狭いようで閉塞感がない。優しい手のひらで包まれているような安心感が全身を満たしてゆく。

 そう、心地よいのだ。

 甘い蜜のような香りがする。

 まるで天日干しによりお日様の良い匂いがする布団の中にいるようなまどろみ。あるいは、子宮で浮かぶ胎児のような感覚、とでもいうべきか。

 ――あ……やばいこれ、気持ちいい。


 明らかな異常事態。なのに、うっとりとして意識が溶けてしまいそうになる。

 あたしは今の今まで、白子の部屋にいた。二人でベッドではしゃぎながらいちゃついていたはずなのに……。不思議な状況への疑問と好奇心が、かうじてあたしの意識を繋ぎ止めた。

「これ……白子がやったの?」

「……わからない。けど……美馬とずっと一緒にいたいって願ったの。ここは、たぶん私がいつも見ていた夢の中と……同じだと思う」

 白子は眠そうな、とろんとした眼差しでつぶやいた。長い(まつげ)がゆっくりと閉じる。

「だめ、起きて!」

「このままが……いい」

 よくない。

 このまま眠りに落ちたらどうなるの?

 まるで腕枕をしているような状態で、白子があたしに抱きついていた。

 はっと息を飲む。人形みたいな顔が間近にあった。というか白子が密着している。息がかかるほど近くて、おでこがあたしの肩にくっついている。さらさらの黒髪があたしの頬に触れる。いい香りがして思わずうっとりするけれど、ようやく事態が飲み込めた。

 あたしたち服を着ていない……!?

 お互いの素肌が密着している。白い艶めかしい肌が吸い付くように絡みつく。お腹や胸が押し付けられて、熱を帯びてくる。触れ合う肌の感覚に心臓が暴れだす。

「ちょっ……!?」

 白子の柔らかな身体と絡み合っていた。互いの体温を感じるなんてもんじゃない。(とろ)けるような感触で身体の境界線が曖昧になっている。背中と首筋にまわされた白子の腕と指先がずぶずぶと沈みこむ。

「んっ……美馬」

「やばい、これって」

 あたしは金縛りにあったように、身動(みじろぎ)きができなかった。

 確かに白子の近くにいたい、もっとよく知りたいと思った。

 それは白子も同じだったと思う。もっと近くに、ずっとこれからも仲良くしたいと望んだ。

 でも、これはちょっと違う。近すぎる。全裸で抱き合うなんて、一線を越えちゃっている。

 互いの境界線を溶かし、完全に一体化しようとしている。まるで消化吸収されてゆくかのように。

「まって、このままじゃまずい」

「うーん……いい。このままで……」

 白子の意識は朦朧としていた。意図してやっていることじゃない。

「ダメ、ダメだってば白子!」

 あたしは気がついた。周囲の白い空間は、白子の身体から立ち昇る細くて白い糸状のものが絡み合って構成されていた。それが折重なり、あたしたちを包み込み、夢のような世界に閉じ込めたのだ。

 まるで(かいこ)の糸だ。細くて透明で白い糸。

 白子から感じたお(かいこ)様のような印象は、この力ゆえだったのだ。

 これが何なのかようやく理解できた。

 ――結界……!

 それも内向きの、閉じた(・・・)結界だ。

 皆が抱く結界のイメージ、漫画やアニメに出てくるような『結界』とは少し異なる。外敵の攻撃から身を守るためのものじゃなく、自らの存在を世界から閉ざす(・・・)ためのもの。

 部屋のなかでひとり、夢想に耽りながら見る夢。

 それが外界を遮断し、ひとりだけの世界を構築する。

 閉じた内向きの世界を。あたしはその白子の結界に囚われた。


 白子はぎゅっと腕や脚に力をこめて密着し、ますます一体化するように絡みついてくる。

 

 白子がこんな力を秘めていたなんて。驚くと同時に、力の解放というきっかけ、暴走の引き金をひいたのはあたしにちがいない。

 人に慣れていない白子。ずっと孤独だった彼女を受け入れて、あたしは友達になった。

 その嬉しさが、照れ臭さが、そして白子の独占欲がこの結界を生み出したとしたら……。

 

「ありがと。白子」

「美馬……?」

 すべてが腑に落ちた。

 白子につきまとっていた怪異は、この秘められた力に惹き寄せられていたのだ。

 ずっとこのまま包まれていたいような、とても心地よい結界。憂いも、悩みも、何もかも感じずに済む優しい世界。

 ここに囚われたくて、癒やされたくて。

 だから名もなき、姿かたちを持たない怪異たちは白子の近くに現れる。

 わかった。

 受け入れてあげる。

 これも全部受け止める。

 幻界や怪異やモノノケが存在してあたりまえ。白子とは運命に導かれるように出会い、そして今ふたたびこの町に来た。

 あたしのところへ導かれるように。


「ここは白子の大切な、秘密の場所なんだね」

 あたしの腕が動いた。白子の頭をそっと撫でる。指先に髪の感触が心地よい。

「……うん」

 幼子のように頷く白子。目蓋は閉じている。


「気持ちいい。ずっとここにいたい」

「いようよ、ずっと……いっしょに」

 白子がぎゅっと、しがみつく。

「いるよ」

「やっと見つけた……私の友達……。あたりまえに受け入れてくれた……美馬……好き」

 安心したように顔をあたしの胸に埋める。

「うん、あたしも好きだよ」

 抱き寄せてつむじに囁く。

 白子もきっとあたしと同じ。

 幼い頃から怪異を感じ、見えていたのだろう。

 理由は、おそらく祖父母が遠野の人間だからかもしれない。けれどそれは白子にとって負担で、恐怖でしかなかったのだろう。怪異が見えてしまうことで誤解され、誰にも理解されず、排除と嫌悪の対象となったのだろう。友達と馴染めず一人っきりとなり、引きこもってしまった……。

 この結界は白子の心そのものだ。閉じこもり、外を拒絶し、他人を排除する。優しいまどろみの中で自分を守るための。

 あたしは光栄にもここに招かれた。

 結界の入り口は、おそらく寝床だ。ふわふわのベッドに潜り込めば、そこはもう誰にも邪魔されない聖域。閉じた結界そのものだから。

 でも――

「でもね、ずっとここにいたらダメだよ」

「……どうして?」

「みんなが待ってるから」

「そんなのいらない……! 私には……美馬がいれば、それでいい……」

 白子が目を開けた。すがるような視線が心をえぐる。

 白子はとても不器用で、他人との距離のとりかたがわからない、苦手なのだろう。

 自分を受け入れてくれるあたしという相手と、それ以外の他人という敵と。世界はその二つに分かたれている。

「閉じ籠っても世界は変わらない。でも、これからはあたしがいる。白子とずっといっしょだよ」

「……いっしょ……」

 しずかに頷く。白子のおでこにキスをする。


「……あたしは結界なんだ」


 あたしの小さな、誰にも理解されない秘密を明かす。

 似た者同士、友達だもの。


「美馬が……?」

「見えないふたつの世界を隔てるもの、幻界を護る結界。それがあたし」

「どういう、こと?」

「昔から誰かがやっていたの。人ともののけが同じく暮らせるように、受け入れて、受け止めるの。なんていうのかな……世界を好きになるってことに似ているかも」

 あたしは意識を開放した。

 外向きの結界を展開する。

 途端に光が溢れた。白一色の世界を内側から押し破り広げてゆく。

 それは心の成長にそっくりだ。

 両親しか知らない赤子だったあたしが、やがて他人の存在を知る。同じく、もののけや怪異の存在を知った。小学校に行って、いろいろな友だちがいることを知り、みんなにも同じように家族がいて、同じように暮らしているという、ごく当たり前のことを理解していった。

 そこには、怪異やもののけを否定する人も、見えなくても信じて、理解する人もいた。理解したり、拒絶したり。時にはぶつかって傷ついたり。

 それでもいい。

 いろいろな人がいる。

 理解し受け入れることを知った。

 あたしの認識が広がるほど、結界はますます強く、確実なものになった。

 座敷ワラシのトウタ。それに他のモモノケたちも、明確に存在できるほどに。


「だから、白子も大丈夫」

「美馬……やだ、怖い……ここから出たくない」

「平気。一緒だから」

 あたしは怯える白子の手をとった。手を強く握り、色彩の向こうに視線を向ける。光は絵の具のように白い繭を突き破り、部屋を越え、家を飛び越えて、世界の景色を広げてゆく。


 不意に、心地よい風が顔をなでた。

 

 身を起こし目を開けると、あたしたちは白子の部屋にいた。

 ベッドの中だ。頭まで毛布と羽毛布団をすっぽりかぶっていた。あたしは溺れた人みたいに顔をだしだ。

「っぷは……」

「あ……あれ?」

 寝ぼけまなこの白子が、あたしの腕枕のなかでキョトンとした顔をしていた。

「おはよ、目が覚めた?」

「えっ!? 美馬……はっ、はわわ……!?」

 ふたりで起き上がる。あたしは少々名残惜しいけれど白子を解放した。

 白子はいつのまにか二人で、寝床で抱き合いながら眠っていたことに赤面しまくった。もちろん服は着たままだった。髪の毛がぐしゃぐしゃになっている。


「……お腹すかない?」

「空いた……」

「手作りだけど、おやつあるよ」

「ホントに!?」

 開け放たれた窓の外は、見慣れた山並みに囲まれた集落と青い空が広がっていた。


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