美馬の手作りお菓子チャレンジ
◇
「え!? 美馬姉ぇがお菓子作り……?」
「そんなにびっくりしないでよ、トウタ」
「いや、だってさぁ。いっつもボクの作ったお菓子を食べるだけだったのに……。どういう吹き回し?」
座敷ワラシのトウタが不思議そうにあたしの顔を覗き込む。不思議なのは君のほうだよ。
「友達に手作りのお菓子をあげたくて……。明日の午後に遊びに行くから、そのときまでに作れないかなーって」
白子の家に遊びに行く。
明日の朝練のあとに。となると手ぶらじゃいけない。何か美味しい食べ物を持っていきたい。
白子からは部活で作ったというクッキーをご馳走してもらったし。そのお礼もかねて。
「明日の午後ぉ!? もう夕飯の前だよ。今からじゃ材料とか買いにいけないじゃん」
驚きと呆れの入り交じった顔をするトウタ。
見た目は子供な座敷ワラシのくせに、意外にも大人っぽくて常識的なことを言う。
確かに外はすっかり夕暮れ色に染まり、じきに暗くなりそう。もうすぐお母さんもお父さんも仕事から帰ってくる。流石にそこから買い物を頼むわけにもいかない。買い物をするには、車で三十分もかけて町までいかなければならないのだから。田舎の最奥地の集落の不便さを今さらながらに思い知る。
「そこをなんとか……! いつもお菓子作ってくれるじゃないのー」
あたしはトウタに泣きついた。ぎゅっと抱きしめて頭を撫でる。姉として精一杯の色仕掛け。
「……あのね、たしかに美馬姉ぇのためにって、ときどきお菓子作ってるけど……。その材料を買っておいてくれるのは、お母さんなんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ!」
知らなかった。
「てっきり妖術的なパワーか何かで、小麦粉やお砂糖を取り寄せているものとばかり……」
「そんな都合いい話は無いよ!? ボクはね、美馬姉ぇやお母さんやお父さんが、必要としてくれるから実在できる曖昧な存在なの。だけどお菓子作りはリアル! 材料費とか時間とか手間とか、そういうものがかかるわけ。わかった?」
「うぅ……納得です」
トウタにお説教をされるあたし。
あやかしに材料費と手間のことを言われるとは思ってもみなかった。
現実の厳しさを改めて思い知らされる。
幻界を行き来し、ふわふわと生きていたのはあたしなのかもしれない。
「まぁ……でも、美馬姉ぇがそこまでいうなら」
トウタはしばらく考えていた。台所を見回して、やがて何か思いついたみたいな表情をした。
「そうだ……。今ある材料で出来るかな」
「なにか作れるの!? このまえみたいな雑穀クッキーとか?」
「そこまでの材料は無いから無理だけどさ。もっと簡単なおやつぐらいなら」
「おやつ? あたしでも作れる?」
「美馬姉ぇでも、だいたい」
「やる! 作りたい!」
「うーん、美馬姉ぇってお料理できたっけ?」
ジト目のトウタ。
「なにも……できないです」
焼き菓子、ケーキ、お饅頭。どれも大好きだけど作るなんて無理。そもそもオーブンを使ったことがない。水で粉を練るぐらいなら出来るかもだけど。
お料理は不得意というか、やっても上手くできない。お母さんには努力不足と言われるけど。
「いきなり焼き菓子系はハードルが高いでしょ。そこで」
「そこで?」
「『豆すっとぎ』なんてどうかな」
「あー! それ好き! 美味しいよね」
『豆すっとぎ』とは『豆しとぎ』とも呼ばれるご当地スイーツ。このへんにしかない食べ物だと知ったのはつい最近。見た目や大きさは「緑色のコロッケ」っぽい。淡い緑色をしているのは、ずんだ餅の「あんこ」を羊羹にした感じだから。
豆の緑色が鮮やかで、ほんのり甘くて、枝豆みたいな風味が美味しい。たまにお母さんが作ってくれる、素朴なおやつ。
「『豆すっとぎ』って焼かないの?」
「焼かないよ。青豆をお湯で茹でて、すりつぶして……まぁフードプロセッサーでもいいけど。あとは白玉粉を少しとお砂糖お塩、それらを熱湯で混ぜて練って、冷やして完成」
「……それだけ?」
「それだけ」
「簡単じゃん! あたしにもできそう」
お豆を茹でるくらいなら流石に出来る。それをフードプロセッサーで挽いて、あとは白玉粉とお砂糖とお塩を混ぜて、こねるだけ。一発でレシピを覚えられるほど簡単だったとは。
トウタは早速、戸棚から袋入りの大豆を取り出した。袋には「岩手県産青豆」と書いてある。
「緑色なのに青豆なのね」
「信号だって緑なのに青信号って言うじゃん。最近は青色LEDだから本当に青いけどさ」
座敷ワラシの口から青色LEDとか……。
「なるほど。その青豆を茹でるのね」
「そうだよー」
トウタの指示通り、お鍋にお水を入れて、青豆をザラザラと入れた。
「ストップ。茹でるのは一晩水に浸けてから。水を吸わせて膨らませなきゃ。だから今夜はこれでおしまい」
「おしまい?」
「そう。明日の朝、ゆでで、挽いて」
「わかった! ありがとトウタ!」
お母さんが帰ってきた音がした。
お菓子作りの続きは、明日の朝のお楽しみ。
けど、あたしの手作り『豆すっとぎ』を白子は食べてくれるだろうか。
マンガで「手作り無理なんだ」とかいう男がお菓子を目の前で拒否し、ヒロインが涙する展開が思い浮かぶ。
いやいや、白子は大丈夫。あたしに手作りお菓子をくれたくらいだし。
◇
翌朝は五時に起きた。
快晴で、台所には朝日が差し込んでいた。
「おはよー、早いね美馬姉ぇ」
「うん! じゃぁ茹でるね」
「んー、二十分ぐらい。中火で」
寝ぼけ眼のトウタがやってきて指示を出す。パジャマ姿がかわいい。
あとは順調だった。茹でて柔らかくなったら青豆をザルにあけてお湯をきる。
「鮮やかなグリーン……!」
「普通の大豆は熟すと黄色いけど、青豆は青いままなんだ。黒豆は黒いまま」
「知らなかった」
フードプロセッサーに入れてゴウゴウと粉々にする。ペースト状になった青豆を今度はボウルにうつす。
「そこへ白玉粉をいれて繋ぎにする。砂糖をたっぷり入れて……こねる」
「うんやっ!」
あたしはこねた。食品衛生に配慮してビニールの使い捨て手袋を装備。こねて、味見して、塩を少々。
「なんか、すでに美味しい……!」
「あとはハンバーグの要領で手のひらサイズにして」
「ハンバークの要領の意味がわからない」
「もー」
トウタがお手本を見せてくれた。パンパンと叩いて空気を抜いて、平べったくする。それで完成。
小さな欠片を食べてみると……なるほど、美味い!
濃縮されたずんだ餡の味がする。
「あとは冷蔵庫で冷やしておいて完成ー」
「やったね、ありがとうトウタ!」
ハグをしてすりすり。
「じゃぁボク、寝るね」
「二度寝するの?」
「モノノケだから朝はよわいの」
ふわ、とあくびをして奥の間へと向かうトウタ。そこはモノノケ設定なのね……。
◇
早起きは三文の徳。
三文ってなに? と思ったけれど、いつもより走りの調子はよかった。朝早く起きると良いことがあるという意味なのだろう。
朝練でひとしきり走って、汗を流す。
全身に血が巡り、パワーが漲る。
大地を蹴る爪先、脈打つ心臓、肺に流れ込む冷たい空気。生きているって感じがする。
時間は過ぎて11時半。
朝練も終わり、あたしは部活メンバーとのおしゃべりもそこそこに、バスに飛び乗った。
いつもの道すがら、車窓から白子の家がある集落を横目に通りすぎ、その奥の終点へ。
家についたのは丁度お昼すぎだった。
お父さんとお母さんは仕事。
トウタは縁側で見慣れない男の子とふたり、トレーディングカードを並べていた。
「トウタ、そこにいたんだ」
「美馬姉ぇおかえりー」
「おじゃましてまーす」
青い絣の着物を着た坊主頭の男の子だ。開け放した縁側に座るふたりの男の子。庭先に下駄が脱ぎ捨ててある。
「ふたりで遊んでるの?」
「うん、綾織から遊びに来たの」
トウタは、相手の子が場に出したカードを見つめながら言った。
「レアだべ」
「すげぇ」
坊主頭の子が自慢げに微笑む。
互いの手には流行のトレーディングカードゲーム。お父さんが仕事帰りのコンビニでお土産に買って帰ってきたものだ。お父さんはトウタにはとても甘い。
「その子……座敷ワラシ?」
「んだよ」
坊主頭の子がうなづく。「んだ」とはこの地方の方言で「そうだよ」を短くした言い回し。
トウタの友達が一山越えた向こうから遊びにきたらしい。まぁトウタは夏になると河童と水遊びをし、秋は「寒戸の婆」(※1)と焼きいもを食べ、冬は雪女と雪遊びをしている。少々のモノノケなんて今さらの光景だ。
※1、遠野物語で語られる山に消えた女性。強い風の吹く寒い日に老婆の姿で戻ってくる。怪異というよりは山人伝説に分類される。
「おねーちゃん、いまから出掛けるから」
「んー、いってらー」
トウタは友達とのカードゲームに夢中みたい。
あたしは家に入り、お茶漬けと香の物でさっさとお昼御飯を済ませた。冷蔵庫を開けると『豆すっとぎ』がよい具合に冷えて固まっていた。
準備万端整ったので、これでお土産もバッチリだ。
「よし!」
あたしはお風呂場でシャワーを浴びた。
汗を流してさっぱり。
「……」
ついでにあちこち念入りに洗う。なんとなく。なにがあってもいいように。
部屋にバスタオルのまま戻ったところで気がついた。
「何を着ていけばいいの!?」
いつもジャージと制服で暮らしているせいで、普段着をあまり持っていない。家にいるときはだらしないスエット姿だし。
かわいい他所行きのワンピースもあるけど、去年の夏に買ってもらったばかりなのにサイズ的に厳しい。
なんてこったい、服が縮んでいるぜ。
タンスを探し、ジーンズ生地のキュロットパンツを発見。辛うじてスカートっぽいデザイン。上着はオレンジ色の薄手のシャツに、白いパーカ。
一歩間違えれば男子っぽい。
「うぐぅ、ダサイ……」
でもどうせヒラヒラのついた乙女な服は似合わないし。白子の家に行くのだからこれでいいや。
髪は……。
「あぁもうこんな時間!?」
一時過ぎには行くと約束していたのに、髪は乾かしっぱなし、下ろしたままだ。
自転車の風でボサボサになることうけあいだし、さらさらストレートにもできそうもない。
手っ取り早く左右二つに緩くわけて、耳の下あたりで結う。
「……似合う」
カントリー結いがしっくりくる自分が悲しい。
お土産を包み、背中のミニリュックにいれる。
「いってきまーす!」
「気を付けてー」
トウタの投げやりな声を背に、自転車を漕ぎ出す。
ママチャリで坂道を一気にくだり、目指すはバス停いっこさきの集落だ。
<つづく>