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 内緒の話<M>

こっそり話します。





 あたしは真っ直ぐ、王宮に連れて行かれた。待ち構えていた侍従にエチエンヌの私室に連れて行かれる。

 案内されたのはあたしだけだった。ロベルトもロイズも取り次ぎを待つ間の待機部屋に残る。

 二人にはお茶が用意された。

 後であたしを神殿まで送り届けてくれるため、待っていてくれるらしい。

 ちなみに、神殿にあたしの誘拐の件は伏せられているそうだ。到着していない件でエチエンヌが問い合わせしたが、その後、行き違いで無事に着いたから安心してくれと連絡してあるらしい。何もなかったように振る舞って欲しいと、ロベルトに頭を下げられた。

 ロベルトが頭を下げる必要はないとあたしは答える。

 むしろ、いろいろ迷惑を掛けている自覚があった。こちらこそ、申し訳ないと思う。

 あたし達は馬車の中で、互いに頭を下げ合う結果になった。




 エチエンヌは私室のソファに座っていた。

「真希」

 あたしを見て、声を上げる。立ち上がろうとしたが、隣に座るジークフリートがそれを止める。

「座ったままで失礼するよ」

 そう言って、エチエンヌが立ち上がることを許さなかった。

 それがエチエンヌへの気遣いであることはあたしにもわかる。

 エチエンヌの顔色はよくなかった。

 あたしの件でだいぶ心配してくれたのだろう。

「座ったままで大丈夫です」

 あたしは頷いた。

 二人に向かい合って、座る。

 エチエンヌは上から下まで、あたしを眺めた。

「怪我がなくて本当に良かった」

 泣きそうな顔をする。

 あたしは努めて、にこやかな顔をした。エチエンヌを安心させようとする。

「乱暴な事は何もされていません。……たぶん」

 状況を説明した。気付いたら、ベッドに寝かされていたことを話す。

「そう。ベッドに……」

 エチエンヌは何か言いたげな顔をした。

 一人、考え込んでいる。

「何かあったのですか?」

 あたしは聞いた。

 エチエンヌは隣に座るジークフリートを見る。

 ジークフリートは頷いた。

「実は……」

 エチエンヌは少し迷ってから、口を開いた。

 今回の誘拐の目的について口にする。不自然な事が多すぎると言った。

 あたしは黙って、エチエンヌの話を聞く。

 誘拐しておいて何も要求しないことや、見張りが一人もいなかったことなど、確かに不自然な事が多かった。

 全てがデモンストレーションなのではないかと自分たちは疑っているとエチエンヌは話す。

 確かに、それなら納得出来ることは多かった。

 それでも……と、あたしは思う。

「そこまでして、あたしと王子の恋の噂を盛り上げる理由ってなんなのですか?」

 あたしは首を傾げた。あまりにもバカげている。

 エチエンヌはなんとも微妙な顔をした。だが、覚悟を決めたように一つ息を吐く。

「それがストーリー補正だとしたら?」

 渋い顔であたしを見た。

「それは……」

 あたしは言葉に詰まる。

 本来のストーリーに戻すために恋をしているという噂が必要だと言われたら、言い返す言葉がない。

 納得するしかなかった。

「一体、誰が……」

 あたしはため息を吐く。

「それがわかったら、苦労しない」

 ジークフリートがやれやれという顔をした。

「わからないの」

 エチエンヌは首を横に振る。

 例の夫人の様子は水晶で観察していた。だが、何の変化もない。夫人は毎日、ただ淡々と日々を送っていた。

 誰とも接触しない。それは友人とか知人とかにもだ。

 夫人は案外、寂しい生活を送っているのだと知る。

「もしかしたら、内戦を起こしたい連中と繋がっているというのはこちらの勝手な思い込みなのかもしれない」

 エチエンヌは不安を覚えていた。

「このまま黙って観察を続けるべきか、それともいっそのこと揺さぶりをかけるべきなのか。とても迷っているわ」

 正直に、打ち明ける。

 その気持ちはあたしにも理解できた。一つ間違えば、全てを台無しにしてしまう選択だ。慎重になるのは当然だろう。

(だったら……)

 あたしは自分の手をぎゅっと握りしめた。

「揺さぶりをかけるなら、あたしにやらせてください」

 自分で買って出る。

「えっ……」

 エチエンヌは戸惑った顔をした。

「ただでさえ、誘拐で怖い思いをさせてしまったのに。そんな危険なこと、真希にさせられないわ」

 エチエンヌは首を横に降る。

「逆です。エチエンヌ様」

 あたしは穏やかに否定した。

「あたしにしか、これは出来ないことです」

 苦く笑う。

「あたしは今までは、どこかで安心していたんです。きっと、酷い事にはならないと。この世界は、ヒロインのあたしには優しいだろうと信じていた。でも、そんなことあるわけないですよね。この世に、絶対なんてものは一つもない」

 あたしの言葉に、エチエンヌもジークフリートも黙っていた。

 10年前に転生したエチエンヌの中の人と違い、あたしはこの世界に来たばかりだ。ここが小説の中で現実ではないのだという認識が心の中の片隅に残っている。だから危機感が薄かった。それが、油断に繋がったのだと思う。

 だが今回、ここはあたしにとって現実であることを強く意識した。ここでのあたしはヒロインではないし、現実はあたしに都合良く動いたりもしない。自分の身を守れるのは、自分だけだ。そのために必要なことは何でもしようと、決める。

「夫人にもう一度会って、今度はちゃんと話を聞いてきます。お二人は、その様子を水晶で眺めていてください」

 あたしは微笑む。

「でも……」

 エチエンヌは迷う顔をした。心配してくれる。

「あたしが一番、適任です」

 どう考えても、この面子で夫人と話を出来る人は他にいないだろう。

「……わかったわ」

 エチエンヌは納得する。

「でも、何かあった時に助けにいける手筈だけは整えさせて」

 頼むように言われて、あたしは頷いた。





実は事態は全く進展していないのです。

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