会議は踊る 2。
とっても空気は重いです。
殺伐とした空気の中で会議は始まった。
召喚者が現われたことが告げられる。文官が報告書を読み上げた。
ざわざわっと動揺が広がる。
だが、驚いた様子を見せたのは半分くらいだ。残りの半分はすでに知っていたという顔をしている。
現時点で、真希の存在はトップシークレットだ。召喚者の存在は国にとって毒にも薬にもなる。扱いが難しかった。
しかし貴族達はそれぞれが独自の情報網を持っている。日々、情報収集は欠かさなかった。召喚者が現われたことを掴んでいても不思議ではない。
召喚者が現われたことは当然、居合わせた人間には口止めされていた。しかし、人の口に戸が立てられないのは世の常なのだろう。
一部では中庭の噴水の上に人が現われた事が伝わっていた。
その話を聞けば、勘のいい人間は召喚者だと気づくだろう。
わたしは驚いている人間と平然としている人間を密かに確認した。だいたいの情報収集力がわかる。
王族に近い方に座っている有力貴族の中には動揺している人間が少なかった。
祖父も我が家のライバルだと言われているルステイン公爵も初めから知っていたという顔をしている。
「召喚者が現われたというのはどういうことですか? 誰かが、勝手に召喚術を行ったということですか?」
不安げな声が響いた。
召喚術は勝手に行うことが禁止されている禁術の一つだ。
誰かが内緒で行ったとしたら大問題になる。心配するのはもっともな話だ。
「いや、それはない」
ジークフリートは否定する。即座にその不安を打ち消した。言い切ることで、周囲に安心感を与える。
「召喚術は術者が近くにいないと行えない術だ。それは皆も知っているだろう。召喚者が現われたのはこの王宮の中庭だ。見晴らしがいい場所で、近くに誰かいたら直ぐに気づく。だが、異変に気づいた近衛が駆けつけた時、近くには誰も居なかった。その時、召喚士達がどこにいたのかもすでに確認が取れている。誰も召喚者を呼んではいない」
丁寧に説明した。こういう時は包み隠さず伝えた方が相手の信頼を得やすくなる。
ジークフリートはそれを知っていた。
(出来る男に育ったな)
わたしは心の中で満足する。
だが、悦に入っている場合ではなかった。
召喚士は国で管理されている。常にその所在が確認できるようになっていた。万が一何かあった時に疑われるのはわかっているので、召喚士の方も所在確認には協力的だ。
真希が現われた時、神殿長は直ぐに国王に報告した。召喚士達の居場所が即座に確認される。少なくとも、国に登録されている召喚士は召喚に関わっていないことがすぐに証明された。
「呼んでいないのに来るというのはどういうことだ?」
困惑の声が上がる。
会議室の中がざわついた。
(そうだよね~)
心の中で、わたしは同意する。
どちらかといえば、呼んでいないのに来る方が怖い。不安に思うのももっともだ。
だが、ここで躓かれては話が先に進まない。今日、話し合うのはそんな内容ではないはずだ。
場の空気を変えたいとわたしは思う。しかし、自分が何か言うのは微妙だと思った。
迷っていると、国王の声が響く。
「静粛に」
ぴたっとざわめきが止まった。
さすがだと感心する。
「召喚者は真希という名の少女です。現在は神殿預かりとなっています。今日はこの少女の処遇について皆様に話し合っていただく予定です」
文官の声に貴族達は一様に渋い顔をした。
沈黙が続く。誰も口を開かなかった。
発言し、自分がその言葉に責任を持つのが嫌なのが見て取れる。
誰かが何か言うのを待っていた。
だが、ずっと黙っているわけにはいかない。それはみんなわかっていた。
わたしは祖父を見る。祖父はやれやれという顔をした。
「その少女は魔力を持っているのですか?」
祖父が聞く。
ぴりっとした緊張が室内に走った。
みんなが知りたいと思いながら、誰もそれを口に出来なかったことを祖父は口にする。
真希が魔力を持っているか否かで、彼女の価値は大きく変わった。誰もが、自分にとって真希が有益なのかを考えている。
ここにいる人間は自分の損得しか考えていなかった。
「持っていることは確認しています」
ジークフリートは答える。神殿に会いに行って、確認したことを話した。シークフリートは鑑定眼を持っている。相手の魔力や種類を測定できた。わざわざ神殿までジークフリートが自ら足を運んだのは、彼が鑑定眼を持っているからだ。しかし鑑定眼のことは公にはしていない。
「それなら、魔法学校に入れるのが適切ではないか。あそこには寮がある。住む場所にも困らないだろう」
そう言ったのはルステイン公爵だ。
ごく当たり前のことを言っているように見えるが、思惑が透けて見える。
神殿は基本的に中立だ。しかし、神殿長のアレクセイは我が家の親戚になる。その神殿に召喚者を置いておくのは嫌なのだろう。
(アレクセイ兄様はどこかに肩入れしたりはしないのに)
心の中で、わたしは呟いた。
後ろ暗いところがある人間ほど、他人を信用できないのだろう。何も無いのに、無駄に疑っている。
魔法学校なら、誰からも反対が出ないとルステイン公爵は思っているのだろう。一見、誰にも利害が発生しないように見える。
しかしわたしはその魔法学校に、彼の息子の一人が在学していることを知っていた。魔法学校に真希が入れば、彼の息子はすぐに近づくことだろう。
「そうだな。魔法学校なら……」
彼の派閥の人間が直ぐに同調した。反対する理由は誰にもないように見える。
だが、そんな流れをわたしは作らせるつもりはなかった。
「それはどうでしょう?」
わたしは口を開く。
「魔法学校に彼女が入れば、学校に子弟が在籍している貴族は彼女に接触しやすくなりますよね? 公爵のところも息子さんが在学中だと記憶していますが、違いますか?」
わたしは尋ねた。にっこりと公爵が抜け駆けしようとしていることをばらす。
ざわっと会議室に剣呑な空気が流れた。
鋭い眼差しがルステイン公爵に沢山向けられる。
貴族は自分の利益を害する相手に敏感だ。それは高位の貴族が相手であろうと変わらない。
表立って何か言うことは無くても、裏ではいろいろ言われるだろう。
ルステイン公爵は気まずい顔をした。
わたしはさらに言葉を続ける。
「異世界からやってきた、この世界の常識を何も知らない少女を集団生活の中に放り込むというのも感心できません」
首を横に振った。
「しかし、他に方法が……」
ルステイン公爵派閥の別の人間が公爵の顔色をちらりと窺いながら、魔法学校を推した。明らかに、公爵に対して点数稼ぎをしている。
「ありますよ」
わたしはにっこりとその言葉を否定した。
「現在、少女は神殿で不自由なく暮らしています。神殿は中立です。どこの派閥にも所属していません。神殿から彼女を引き離す理由は何もないのではありませんか?」
わたしの言葉に、祖父が微妙な顔をするのが見える。
何も打ち合わせしていないので、わたしが何をしようとしているのか祖父は知らなかった。わたしを心配してくれているのだろう。
(大丈夫よ)
わたしは心の中で呟いた。
だがもちろん、それは祖父にも誰にも聞こえない。
「しかし、魔法を学ぶためには学校に入るのが一番いいのではないですか?」
ルステイン公爵は真っ直ぐにわたしを見た。それは開き直ったようにも見える。
だが、学校が一番手っ取り早いのは事実だ。
「その件でしたら、問題ありません。彼女にはわたしが魔法を教えます」
わたしは言い切った。
今日はそれを押し通すためにここにきた。
「えっ……」
貴族達はざわつく。
「しかし、それでは……」
反論しようとする声が上がった。
わたしはそれを最後まで言わせない。
「わたしが召喚者を取り込み、自分の派閥に入れるつもりだと考えているのでしたら、誤解です。むしろわたしは、召喚者がどこか特定の派閥に入ったり、誰かに嫁として囲い込まれることを望みません。召喚者の力は国のためにのみ使われるべきです。特定の派閥、人物に属するべきではないと考えています」
自分の意見を述べる。
だが、わたしの言葉は半分も信用されていないのはわかっていた。
自分でも説得力に欠けると思う。ルステイン公爵達を納得させるのには弱かった。「ですが、わたしがそのように言っても信用できない方もいらっしゃるでしょう。ですから、いつでも、どなたでも、自由に見学や参加が出来るような形を考えます。わたしが召喚者を取り込むのではないかと不安に思っているなら、見に来てください。いつでも歓迎しますわ」
わたしはにこりと笑う。
それはほとんど思いつきだ。だが、自分たちもその場に居合わせる事が出来るなら、印象はだいぶ変わるだろう。
「それは、参加した人間にもエチエンヌ様が魔法を教えてくれるということですか?」
ルステイン公爵に問われて、わたしは少し戸惑った。
そんなつもりはなかった。だが、結果としてはそうなるだろう。
「ええ、まあ。そうなりますね」
頷いた。
答えながら、何か失敗したかなと焦る。思っていない方向に話が進んでいる気がした。
「ああ、それならぜひ参加させていただきたい」
そんな声があちこちから上がる。
(なんかわからないけど、失敗した気がする)
わたしはなんとも微妙な気分になった。
しかし、わたしが真希に魔法を教えることは認められる気配を感じる。
(当初の目的は果たしたのだから、よしとしよう)
わたしはそう自分を納得させた。
なんか話が思っていない方向に進んでいます。
魔法教室を開く的な感じに……。




