ジークフリート。
10年、手塩に掛けて王子を育てました。 笑
出迎えに出ると、ジークは嬉しそうに寄ってきた。
初めて”わたし”が出会ってから10年。
19歳になった王子様のキラキラ具合は半端ない。まさしく、物語の王子様だ。
その王子様が自分にメロメロなのがちょっと信じられない。
(自分にと言っても、正確にはエチエンヌにだけどね)
そう思うと少し腑に落ちる。
17歳になったエチエンヌは自分で言うのもなんだが、かなりの美少女だ。
前世では手を抜き捲くったわたしだが、推しのエチエンヌのために今回は頑張った。スキンケアも美容も運動も。
結果、もともとの良さにさらに磨きがかかる。
それはもう半端なくモテルようになった。13歳くらいから自分でもびっくりするくらいのモテ期が到来する。
貴族は女性がもともと数が少ない。だが、魔力を持った貴族の女性でなければ魔力を持った子は生れない。そのため、一族の繁栄のためにどの貴族も必死だ。
一夫多妻ならぬ一妻多夫が貴族の間のみ、認められている。女性は複数の男性と婚姻もしくは関係を持つことが可能だ。さすがに王族に嫁いだ女性はそこから外れるが、実際に結婚するまでは可能性がないわけではない。わたしは婚約中だったが、婚約が破棄された時には自分にもチャンスがあると考えた男性がたくさん寄ってきた。
そのせいで逆に結婚が早まることになったのだが、それはとりあえずおいておくとしよう。
とにもかくにも、小説のストーリーとは違いわたしはジークフリートとかなり仲良しだ。
「ただいま」
ジークフリートに抱きしめられる。
「お帰り」
そっと抱きしめて返したら頬にキスをされた。手を握られる。
「何もなかった?」
歩きながら、聞かれた。
たった数時間留守にしただけなのに、ジークフリートは過保護だ。わたしを心配する。
「何もないわ。予定通り真希がやって来て、お茶を飲んで帰っただけよ」
わたしは答えた。
ジークフリートはわたしを見て、微笑む。
その笑顔に少しだけ心が痛んだ。
今から、その笑顔が消えるようなことをお願いしなければならない。
「そのことで話があるんだけど、ちょっといい?」
切り出した。
シークフリートの眉がぴくりと動く。
嫌な予感がするようだ。
(その予感、あたりです)
心の中で、わたしは呟く。
「……いいよ」
それでも、ジークフリートは頷いてくれた。
わたしたちが向かったのは夫婦の部屋だ。
ソファに座ると、隣にシークフリートが腰を下ろす。向かい合うつもりだったわたしはちょっと苦笑した。だが、そのままにしておく。むしろ甘えるようにしなだれ掛った。露骨に機嫌を取る。
「明後日、真希の今後について決める会議が開かれるでしょう? それにわたしも出席したいの」
強請った。
「何のために?」
当然の質問をされる。
(当然、聞くよね)
わたしは心の中でぼやく。
シークフリートは誰が見てもわたしにメロメロだ。だが、それで王族としての仕事に支障はきたすことはない。公私はきちっとわけていた。そこがわたしが小説の中で書いた王子とは違う。
ジークフリートはちゃんとしていた。
「真希の力になりたいの。今日、わたしたちとても仲良くなったのよ」
わたしはにこやかに微笑む。
嘘は吐いていない。だが、本当でもない。
「エチエンヌ」
静かな声がわたしを呼んだ。
「本当のことを話してくれ」
懇願するように言われる。
何もないのに、わたしがお願いするわけがないことをジークフリートは知っていた。
「真希に魔法を教えたいの」
わたしは打ち明ける。
しなだれ掛っていた身体を起こし、真っ直ぐにジークフリートを見た。
「その必要はない」
ジークフリートはきっぱりと言う。
「真希は恐らく、魔法学校に入ることになるだろう。そこで魔法を基礎からしっかり学んでもらう予定だ」
そう続けた。
(ああ、小説の通りだ)
わたしは心の中で呟く。
この国には魔法学校がある。王都にある国営の学校で、魔力を持った貴族の子息のみが入学を許可された。地方の貴族も通うので寮があり、小説のストーリーではエチエンヌと真希はそこで出会う。
召喚された真希は魔法を基礎から学ぶため、魔法学校に入学することになった。神殿から学校の寮に移る。そのことは二日後に開かれる貴族達の会議で決まるだろう。
小説の中ではエチエンヌは生徒総代を務めていた。本来ならわたしはまだ学校の生徒であるはずだ。そして真希の世話を頼まれる。
総代として、転入生の面倒を見るのは不自然なことではない。その転入生が、召喚者であり、国にとって重要ならなおさらだ。
だが王子はそれを不安に思う。エチエンヌが何かするのではないかと勘ぐった。真希を心配し、すでに自分は卒業しているのに魔法学校を度々訪れるようになる。
そんな王子の姿は直ぐに噂になった。それは好意的なものではない。貴族は女性が少ないので結婚や婚約において、女性の方が圧倒的に立場は強い。婚約者であるエチエンヌを蔑ろにする王子の姿は特に女子の反感を買った。男子もよくは思わない。公爵家の令嬢を独占しておきながら、他の女に色目を使うことを軽蔑した。
エチエンヌは王子の立場を気遣う。学校にはもう来ないように進言した。それは自分のためではなく王子のためだったが、エチエンヌに対して捻れた感情を拗らせまくっていた王子は素直にそれを受け取れない。むしろ、反感を覚えた。エチエンヌと王子の溝はますます深まる。その反動のように、王子はヒロインと親しくなっていった。
そして、最悪な形で婚約は破棄される。多くの人を巻き込んだ不幸の引き金は引かれてしまった。
(どう考えても、王子が愚かなだけだけど)
わたしは苦く笑う。
だが、今はそんな変ってしまったストーリーのことを考えている場合ではない。
「学校で、みんなと一緒に学ぶのでは遅すぎます」
わたしは首を横に振った。
「どういう意味だ?」
ジークフリートは尋ねる。目が少し険しくなった。何かあると察したらしい。
「昔、わたしがどうしても婚約を破棄したいと話したことを覚えていますか?」
わたしは尋ねる。
「あの温室での話だろう? 覚えているよ」
答えるジークフリートの手はわたしの腰に回った。まるで、離さないと言っているように感じる。
そっとわたしはジークフリートに凭れた。今度は媚びるためではない。
「あの時、わたしは全てを話したわけではありません。自分が大事だなと思うことだけを口にして、言わなくていいことは秘密にしていました。その言わなくていいことの中に、真希が召喚されてくることがあります」
わたしの言葉に、ジークフリートは息を飲んだ。何を言いたいのか、伝わったらしい。
「つまり、エチエンヌが見た予知夢は当たっていると?」
眉をしかめた。深く考え込む顔をする。
「……はい」
わたしは頷いた。
「全部がそのままではありません。例えば、ジークが恋に落ちるはずの相手は真希でした。でも実際は、ジークは真希に恋しなかった。真希の方も同様です。夢ではわたしはまだ学校の生徒で、総代を務めていました。そして、学校に転入する真希の世話をすることになるのです。でもわたしはもう学校の生徒ではない。ジークの妻であり、妊婦です」
話の流れは大きく変っている。わたしがこの10年、いろんな事をしたからだ。
「でも、本筋の大きな流れは変っていないのかもしれません。誰も召喚していないのに真希はやってきました。それはつまり、内戦だって起こる可能性はないわけではないということです」
わたしの言葉をジークフリートは重く受け止める。
「……」
黙り込んだ。
「だから、真希には少しでも早く魔法を使いこなせるようになって貰わなければ困るのです。学校なんて悠長なことを言っている場合ではないのです」
わたしは訴える。
「わたしに真希を任せてください。一月で魔法を使いこなせるようにしてみせますから」
大風呂敷を広げた。本当はそんな自信、まったくない。だがそのくらいのことを言わなければ、納得してくれないだろう。
「……」
ジークフリートはさらに考え込んだ。
だがこの沈黙は悪くない予兆だろう。
(もう一押し)
わたしは手応えを感じていた。
妻にはメロメロでも甘くはない。




