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 閑話:変化

王子サイドの話です。



 ジークフリート・ユーザリアが婚約者が寝込んでいる事を聞いたのは半月ほど前のことだ。

 実際にはその何日も前からエチエンヌは熱を出して寝込んでいたらしい。少し体調を崩しただけと周りは思っていたが、熱は引くどころかますます上がり、生死に関わるほどに悪化した。その時点で初めて、公爵家から王家に連絡が入る。王子の婚約者が死ぬかもしれないことを黙っているわけにはいかなかった。

 話を聞いて、シークフリートは胸の奥がもやもやする。

 エチエンヌとの関係は良好とは言い難かった。一方的に自分が冷たくしている自覚はある。

 人前では優しい婚約者を演じることは出来た。自分を偽るのは得意な方だ。偽りの笑顔と偽りの優しさにたいていの人間は騙される。

 だが二人きりになると、嘘でも優しく出来なかった。

 それが子供じみた嫉妬であることは自覚している。自分が欲しいものをエチエンヌは全て持っていた。

 それが羨ましくて妬ましくてならない。


 最初の嫉妬を覚えたのは、5歳の頃だ。

 母を亡くしたばかりの自分に、末娘として家族の、特に母親の愛情を一身に受けているエチエンヌは妬ましかった。

 貴族に女の子はなかなか生れない。だからこそ生れたら大切にされる。エチエンヌの母は待望の女の子にとても喜んでいた。可愛くて仕方ないのが傍目で見ていてもわかる。

 そしてエチエンヌは愛されることを当然のように受け止めていた。

 今にして思えば、それはただの無邪気さだったかもしれない。だがその時のジークフリートにはそれが傲慢に見えた。

 エチエンヌとの間に見えない壁が出来る。

 母が生きていた頃は何度か訪れた公爵家をその日以来、一度も訪れなくなった。


 次に嫉妬したのはエチエンヌとの婚約が決まった7歳の時だ。父を取られたと感じる。

 母が亡くなってから、父王は離宮にやってこなくなった。最初はただ、仕事が忙しいのだと思っていた。もともと、そこまで頻繁に父は離宮に来ていたわけではない。国王が多忙なことは理解していた。

 だが、ジークフリートは使用人達の話を聞いてしまう。息子の髪と目の色を見て、亡くなった王妃のことを思い出すのが辛いと父の足が遠のいていることを知った。そんな父がエチエンヌの事は気に入り、自ら公爵家に会いに行ってまで婚約を決めてきたらしい。

 自分よりエチエンヌの方が父に愛されているのだと、思ってしまった。そしてそれを裏付けるように、父は頻繁に王宮にエチエンヌを呼び出す。2人でお茶をしているようだ。もちろんそこに、ジークフリートが呼ばれることはない。


 エチエンヌが悪いわけではないことはわかっていた。それがただの八つ当たりであることも理解している。だがどうしても優しく出来なかった。

 そしてそんな自分に、何か言いたそうにしながら何も言わないエチエンヌに苛立つ。文句の一つでも言えばいいのに、じっと我慢している姿になんともいえず嫌な気分になった。


 だから熱を出したと聞いて、後ろめたさを覚える。自分のせいかもしれないという思いがあった。

 熱が下がったらせめて見舞いに行こうと思う。そして出来れば、今までのことを謝りたかった。

 だがそんなジークフリートの気持ちを逆なですることが起る。

 父王はエチエンヌのことをひどく心配し、見舞いに行かないジークフリートのことを婚約者として失格だと叱った。

 見舞いに行くつもりだったジークフリートは理不尽な叱責に苛立つ。弱っている時に見舞いに来られたら、それはそれで迷惑だろう。婚約者とはいえ王族だ。寝たままという訳にはいかないだろう。そう気を遣って見舞いに行くのを先延ばしにしていたのに、それで叱られるのは納得出来なかった。

 だが、シークフリートは反論はしない。王子として、そうあるように教育されていた。理不尽さをぐっと飲み込む。

 見舞いには行ったが、それは自分の意思ではなかったし、謝罪する気も失せてしまっていた。

 どうせ、エチエンヌも何も言わない。


 だが、見舞ったエチエンヌは人が変っていた。

 見た目はそのままで、少しやつれていたくらいで変わりはない。だが、中身は全く違った。

 ずばずばと言いたいことを言ってくる。本当にこれが、いつも言いたいことを飲み込んで、黙って唇を噛みしめていた少女なのかと自分の目を疑った。

 だが外見は間違いなくエチエンヌだ。ジークフリートから見てもかなりの美少女で、こんな美少女そうそういないだろう。偽物を用意するのは不可能だ。

 エチエンヌは自分を嫌いだろうと、ずばり聞く。

 本当は違った。むしろ、初めて会った時は好ましく思った。まだ母が生きていた頃、母は公爵夫人と仲良しでよく公爵家に連れて行かれた。

 お茶の席で、エチエンヌに初めて会う。人形のように綺麗な子で、瞬きした時には驚いた。生きているのだと、びっくりする。

 エチエンヌは3歳になるかならないかの頃だ。おそらく、本人は覚えていないだろう。

 そしてそんな言葉を今、口にしても意味がないこともわかっていた。

 嫌われていると、エチエンヌが誤解する態度を自分はこの2年、取り続けている。

 謝罪の言葉さえ、烏滸がましいと思った。許されたいなんて言えない。

 黙っていると、エチエンヌは婚約解消を持ち出した。

 正直、動揺する。エチエンヌからそんな言葉が出るなんて考えていなかった。

 頭が真っ白になる。エチエンヌを止める言葉さえ、出てこなかった。

 そんな自分に代わって、側近のロレンスがエチエンヌを止める。

 だが、エチエンヌは引かなかった。

 忠誠も誓うし、援助もするから婚約を解消したいと訴えられる。

 そんなものは求めていないと、叫びそうになるのを懸命に堪えた。心の中で数を数えて気持ちを落ち着かせる。

 感情的になっては駄目だと思った。

 冷静に婚約を解消したい理由を問うと、訳がからないことをエチエンヌは言い出す。不幸を生むと言い張った。

 熱の影響で、頭が朦朧としているのかもしれない。今日のエチエンヌは何もかも可笑しかった。

 だが、いつもの黙って耐えている姿よりは、言いたいことを言っている方がずっといい。

 ああいう態度を取られると、どうにも居たたまれなくなった。エチエンヌのことを見るのも辛くなる。

 いろいろ聞きたいことはあったが、その日は疲れたとエチエンヌに追い出された。


 それから三日、ジークアリートは足繁く公爵家に通う。どうしてもエチエンヌが気になった。

 少し元気になったのを確認して、安心する。

 婚約を解消したいと言われたのに、むしろ、ジークフリートはこの婚約をどうにかして継続したいと思うようになっていた。

 今のエチエンヌとなら、温かなものが2人の間に築ける気がする。

 それをエチエンヌが望んでいないとしても、シークフリートにせっかく掴んでいる婚約者という立場を手放す気にはなれなかった。






しっかりしていても王子もまだ子供なのです。

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