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 ストーリー補正 4

わりと王子は人たらしっぽい。


 王子は今まで見せたことのない優しい眼差しをしていた。じっとこちらを見る。

(しまった)

 心の中で呟いた。

 思わず、王子を慰めてしまったことを後悔する。

(好感度をあげて、どうするんだ?)

 自分で自分を叱咤した。婚約破棄を狙っているのに、真逆なことをしてしまった。

 だが、親に構ってもらえなくて寂しいと嘆く9歳男児に冷たくするのは人として出来ない。

 例え好感度を上げることになったとしても、慰めずにはいられなかった。

(これが母性愛というやつか)

 心の中で苦く笑う。

 いくら王子がキラキラで、将来、いい男になりそうだとしても、さすがに9歳に心は動かされなかった。

 見た目は7歳の幼女でも、中身は28歳OLだ。むしろ、母性本能の方が刺激される。

(この王子を賢い王に育て上げ、内戦を上手く回避するというのもありといえばありじゃない?)

 そんなことを考えた。

 小説の物語が始まるまであと10年ある。手を打つ時間は十分にあった。

「とりあえず、王子が私に冷たかった理由は理解しました」

 そう告げる。

「嫌われていなかったことは、単純に嬉しく思います」

 正直な気持ちを話した。

 エチエンヌならきっと喜んでいるだろう。その証拠にわたしの心は軽い。

「では……」

 王子は嬉しそうな顔をした。そんな王子の表情を見るのは初めてで、わたしは戸惑う。

「でも」

 王子が言葉を続ける前に声を上げた。ここで流される訳にはいかない。

「婚約を解消したいというわたしの気持ちは変りません」

 静かに首を横に振った。

「……」

 王子は黙ってわたしを見つめる。

 その眼差しがわたしを責めているように感じた。

「わたしたちの婚約は不幸しか生みません。それがわかっていて、婚約を続けることは出来ません」

 言い訳を口にする。何故か後ろめたい気持ちになった。

「すぐに婚約を解消することが難しいのは知っています。ですから、今なんて言いません。でも本気で婚約解消を検討してください」

 わたしは頭を下げる。一度断わられたくらいで諦めるつもりはない。

「どうして、不幸を生むなんてわかるのですか?」

 王子は静かな声で問いかけた。とても冷静なその声音に、誤魔化すことができないのを察する。

 きっと、嘘では納得してくれない。

 わたしが思っているよりずっと、王子はしっかりしている。普通の9歳児ではなかった。

「未来が見えたんです。夢の中で」

 結局、わたしは予知夢として未来を口にすることにした。夢にしたのは、予知能力があるなんて誤解されたら困るからだ。夢にしておけば、予知してくれなんて依頼を受けることもないだろう。

「10年後、王子は恋に落ちます。そして、わたしのことを邪魔に思うのです」

 わたしの言葉に、王子は眉をしかめた。

「わたしは婚約破棄を言い渡されます。……でも、まあ、それはいいのです。わたしのことはこの際、置いておきます。問題は、婚約破棄した王子に家族が怒り、最終的にそれが内戦に発展することです」

 大真面目に語ったのに、王子はふっと笑う。

(えっ?)

 わたしは戸惑った。

 反応が予想していたものと違う。

「それはただの夢ですね」

 王子は言い切った。

 わたしは目をぱちくりと瞬く。

「何故そう思うのですかです?」

 首を傾げた。王子の反応が解せない。

「その夢は現実的ではありません」

 王子は微笑んだ。

「まず、私が10年後にエチエンヌの言うとおりにエチエンヌ以外の誰かに恋をしたとしましょう。でもその場合も私はエチエンヌとの婚約を破棄したりはしません。貴族の結婚とは愛がなくても成立するものです。私達の婚約も王家と公爵家に利があって成立しているものです。その利益を恋したからという理由で捨てるほど、私は愚かだと思いますか?」

 9歳児に真顔で問われた。

(こういうこと、聞いてくる9歳児ってちょっと嫌)

 わたしは心の中で苦笑する。

「思いません」

 答えた。確かに、目の前の王子なら利益を捨てたりしないだろう。

「でも、恋とは人を愚かにするものです。本気で好きになったら、その人と添い遂げたくなるのではありませんか?」

 質問を変えた。

 理性とは別のところで感情は動く。

「その場合、愛妾として囲うとか側妃として召し抱えるとか、方法はいくらでもあるでしょう。王妃に相応しいのはエチエンヌなので、エチエンヌとの婚約を解消する理由はありません」

 清々しい顔でなかなかのことを宣言された。だが実際、そうなるだろう。愛妻家だった国王さえ、跡継ぎのために何人も女性を側に置いた。それはこの世界では普通のことだ。周りも納得する。

(現代日本人のわたし的にはそれはナシだけど)

 心の中で呟くけれど、それは勝手なわたし個人の感情だ。

「そして最後に、例えエチエンヌとの婚約を破棄しなければならない状況になったとしても、その時は公爵家が納得する十分な保障をいたします。それを不服と思って反旗を翻されるような真似、間違ってもいたしません」

 真っ直ぐに目を見て言われた。

(ソウデスヨネー)

 わたしは心の中で同意する。

 小説では諸々の事情でそういうことにしたが、本来、勝手な理由で一方的に婚約を破棄する王子は十分な償いを用意するべきだ。実際にそういうことになれば、王家と我が家で何度も協議が開かれる事になるだろう。そしてたぶん、我が家の要求はほぼ通る。

「そういうわけで、エチエンヌの見た夢は予知夢でも何でもないただの夢です」

 論破された。

 わたしには返す言葉がない。

 9歳児に言い負かされた自分に、わりと凹んだ。

「でももう、わたしはお妃教育を受けたくありません」

 ため息交じりに呟く。

「勉強したくないと言うことですか?」

 王子は尋ねた。

「いいえ」

 わたしは首を横に振る。

「勉強はしたいです。でもやりたいのは領地経営とかそっちの方で、作法とかダンスとか刺繍とかそういうのではないのです。わたしは経営を学び、家の役に立ちたいのです。兄達はちょっと……、人が良すぎるので」

 言葉を選んでそう言った。

 父も兄たちも優しすぎる。祖父が亡くなった後の家の事がわたしは心配でならなかった。

「確かに、ロベルトは人が良すぎるところがありますね」

 王子は頷く。

「私はロベルトのそういうところを気に入っていますが、公爵家のことを思うと少々不安ですね」

 心配な顔をされる。

「ええ。なのでわたしは家に残り、兄たちを助けたいのです」

 ベッドに横になりながら、わたしはそんなことを考えていた。後で祖父に直談判しようと思っている。

「それは無理ですね。エチエンヌはわたしの妻になりますから」

 にっこり笑って言われた。しかしその笑顔はどこか黒い。

「いえ、最終的には婚約は破棄される予定なので大丈夫です」

 わたしは言い返した。

 にこやかに微笑む。

「エチエンヌはこういう性格でしたか?」

 王子は首を傾げた。

「熱を出して寝込んで以降、性格が変ったように見えるのは気のせいですか?」

 ずばり核心についたことを問われる。

(やりすぎた。もう少し引いておけば良かった)

 ついむきになってしまったことを反省した。

「それは死にかけて、目が覚めたからです。人間、いつ死ぬかわかりません。それなら、後悔しないように生きた方がいいでしょう? わたしはもう、我慢することを止めたのです」

 もっともそうなことを口にしたが、納得してくれるかは微妙だと思う。

「今まで、我慢していたのですか?」

 王子は妙に優しい口調で聞いてきた。突っ込まれるかもと身構えていたわたしはちょっと拍子抜けする。

「ええ。嫌われたくないからと何も言わずに黙ったり、家族に失望されたくないから辛いことを誰にも言わずに頑張ったり。我慢して、無理もしていました」

 言葉にすると、胸がずきずきする。

 頑張っていたエチエンヌにわたしは切なくなった。

(でもこれからはわたしがエチエンヌを幸せにしてあげるからね。小説の中で幸せにしてあげることは叶わなかったけど)

 そんなことを考えていたら、テーブルの上に乗せていた手が握られた。

(えっ?)

 驚いて、王子を見る。

 王子は微笑んだ。

「もう無理しなくて、いいですよ」

 そんなことを言われた。

「では……」

 婚約を解消してもらえるのかと、嬉しくなる。

「そのままのエチエンヌで構いません」

 しかし王子はそう続けた。

「えっ……?」

 今度は疑問が口をついて出る。

「そのままのエチエンヌがわたしは好きですよ」

 可愛らしく小首を傾げて、王子は囁いた。

 王子様オーラがキラキラ輝いて、仕事をしている。

 9歳児相手にちょっとときめいてしまい、そんな自分に戦いた。

 これももしかしたらストーリー補正かもしれない。

 エチエンヌは王子を好きになるというスパイラルに嵌まっている気がした。




王子様はきらきらが半端ないようです。

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