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 お祖父様

ちまちまと進んでいます。


 さらに二日経ち、わたしの体調はだいぶ回復した。

 ベッドの上では身を起こせるようになる。

「今日一日様子を見て、大丈夫でしたら明日はベッドを出てもいいですよ」

 朝、診察した侍医にそう言われた。

(やっと許可が出た)

 退屈していたので、嬉しい。寝過ぎて、夜に眠れないくらいだ。

 にこっと笑うと、先生も微笑んでくれる。

 熱があるときは気づかなかったが、先生もなかなかイケメンだ。父や兄たちのような派手さはないが、すずやかな目元のいわゆる醤油顔で、日本人としてはこちらの顔立ちの方が親しみを覚える。

(白衣とか似合いそうなのに、この世界の医者に白衣を着る習慣がないのが残念)

 そんなことを考えていたら、必要以上に笑顔を振りまいてしまった。

「エチエンヌ様は相変わらずお美しいですね」

 少しばかり頬を赤らめて、先生はそんなことを言う。誉められた。

 7歳の子供にかける言葉ではないが、本音なのはわかる。

 エチエンヌはかなりの美少女だ。


 目覚めた後、自分の顔が見てみたくてわたしは鏡を所望した。

 父や兄達を見る限り、かなり期待できると思う。軽い気持ちで頼んだら、大事になった。

 使用人が2人がかりで姿見を運んでくる。手鏡のつもりで頼んだのに、大きな鏡が来た。小さいサイズの鏡はないらしい。

 せっかく持ってきてもらったので、わたしは自分の顔を見た。

 少し顔色が悪いが、半端ない美少女がそこにいる。

(まさしく尊い)

 天使の輪や羽がないのが不思議なくらいだ。銀髪も瞳の色も父親譲りで、なにより色白だ。

(こんなに綺麗で、賢くて、性格もいいエチエンヌを嫌うなんて、王子はバカだな)

 心の中で、王子に文句を言う。

 エチエンヌはお嬢様育ちで甘やかされて育ったが、わがままではなかった。わがままなんていう必要がないほど、周りがエチエンヌの要望を汲み取り、希望を叶えてくれる。

 5歳の頃まで、エチエンヌはただただ可愛がられていた。


「夕方にまた来ますから、大人しくしていてくださいね」

 先生は言い聞かせるように、囁く。

「はーい」

 わたしは軽く返事をした。

 先生は笑う。

「エチエンヌ様は少し変られましたね」

 そんなことを言われた。

 内心、ドキッとする。

 だがそれを面には出さなかった。

「どう変りましたか?」

 尋ねる。

「熱を出す前は根を詰めている感じが見受けられましたが、今は丁度良く肩の力が抜けた感じがします」

 先生は答えた。どうやら、いい方向に受け取られているらしい。

(さて、どう答えるのが正解かな)

 わたしは少し考えた。

「熱を出して、生死の境を彷徨って。今までのわたしは一度死んだんです。この先の人生は自分の思うように生きたいと思っています」

 死生観が変ったことを話す。先生はわたしが死にかけたことを誰よりも理解している。これで多少の変化は納得してもらえるだろう。

「そうですか。アルバートン家としては少し困るかもしれませんが、エチエンヌ様個人としてはいいことだと思います。7歳の女の子が熱を出すくらい追い詰められるなんて、普通ではありません」

 先生の声には怒りが滲んでいた。わたしを心配してくれているのがよくわかる。

 どうやらわたしの熱はストレス性のものらしい。原因はなんとなく察しがついた。

「それでは、お大事に」

 そう言って、先生は部屋を出て行く。

 わたしはその背中を視線だけで見送った。






 言われた通り横になっていたら、祖父がやってきた。

「体調はどうだ?」

 気難しい顔で問う。

 祖父と父は顔立ちが似ていた。だが父が柔らかで穏やかな印象を与えるのに対して、いつも険しい顔をしている祖父は近寄りがたい雰囲気を醸し出している。父も兄たちも、祖父には少し距離を置いていた。

 だがわたしは本当は優しい人であることを知っている。

 まだ熱が下がりきらない頃、夜中に目を覚ましたら枕元に祖父が居た。心配そうにわたしの顔を覗き込み、汗を拭いてくれる。そのまま、明け方近くまで看病してくれた。そして誰にも見つからないうちに自分の部屋に帰っていく。

 不器用な人なのだと、気づいた。優しくするのが下手らしい。

 それを知ってから、わたしは祖父が怖くなくなった。エチエンヌは厳しい祖父のことを少し苦手に思っていたようだけれど。そういう記憶がわたしの中にあった。

「大丈夫です、お祖父様。今日一日安静にしていたら、明日はベッドを出てもいいそうです」

 先生から聞いているかもしれないが、自分の口からも説明する。

「そうか、良かったな」

 祖父が安堵の息を吐いた。

「お祖父様」

 そんな祖父にわたしは呼びかける。

「一つ、お願いがあります」

 切り出した。

「なんだ?」

 祖父は静かに問う。

「わたしの婚約を白紙に戻してはいただけませんか?」

 思い切って、口にした。

 熱が下がって頭が回るようになってからずっと、わたしは自分の破滅エンドを回避するには何をすればいいのかを考えている。

 順風満帆だったはずのエチエンヌの人生が、どこで狂ったのか真剣に検討した。

 その結果、そもそも王子の婚約者であることが問題なのではないかと気づく。

 王子の婚約者でなければ、王子がヒロインに恋をしても何の問題もない。好きにすればいいと思う。

 婚約者だから、王子とヒロインの恋を邪魔しなければならないのだ。そしてそれによって王子に嫌われ、婚約破棄を穏便ではない形で突きつけられることになる。

(婚約を白紙に戻せたら、全ての問題は解消するんじゃない?)

 それに気づいて、テンションが上がった。


 王子との婚約はそもそも、国王からのゴリ押しで決まった。

 エチエンヌが5歳の誕生日を迎える直前、国王かわざわざお忍びで公爵家を訪れ、両親と話を纏めてしまう。

 祖父が仕事でいない間の出来事だった。

 後から思えば、祖父のいない留守を狙って国王は公爵家を訪れたのだろう。祖父がいれば簡単に婚約は成立しなかった。

 王子との婚約に祖父は乗り気ではなく、国王からの要請をのらりくらりと躱していたらしい。それに業を煮やして、国王は自ら動いた。


 王子はたった一人の国王の後継者だ。

 長い間、国王は子宝に恵まれず、何人も側室を娶う。しかし誰も懐妊しなかった。身篭らない側室達を国王はさっさと王宮から追い出す。貴族の女性は貴重だ。国王のお手つきであろうと、娶りたい貴族は少なくない。

 そんな世知辛いことが何年も続いた後、王妃が懐妊した。

 国王はことのほか喜ぶ。王妃のために、新しい離宮を作った。その離宮で王妃は王子を産み、王妃と王子はそのまま離宮で暮らす。忙しい国王は時間がある時に離宮に通った。だが王妃が亡くなって、その頻度が減る。1人息子の王子のことを国王は愛していた。しかし、王子は王妃に似ている。同じ髪色と瞳を持つ王子の顔を見るのが、妻を亡くした王には辛かった。王妃が亡くなって数年、王子と顔を合わせることを国王は避ける。

 だが愛情はあった。せめて良い婚約者を選ぶことで、親としての愛情を示そうと躍起になる。そしてエチエンヌに白羽の矢が立った。

 エチエンヌは王子より二つ年下だ。家柄的にも問題ない。

 だが祖父はそんな国王の行動を危惧していたようだ。大事な孫を王宮のごたごたに巻き込みたくなくて、婚約を回避しようとする。だが一歩、遅かった。祖父が別の婚約話をエチエンヌのために纏める前に、国王がエチエンヌの両親を丸め込んでしまう。人のいい父に国王の申し出を断るなんて出来るはずがなかった。

 正式に婚約が決まり、それは即座に発表される。撤回出来ないよう、国王は手を打った。


 祖父は婚約の解消を願うわたしの顔をじっと見た。

「何故、白紙に戻したいのだ?」

 静かで落ち着いた声が問う。

 それが簡単なことではないのはその声音からよく伝わってきた。

「王子はわたしを嫌っています」

 わたしは告げる。

 それは予想外の言葉だったようで、祖父は驚いた顔をした。




その角度から来るとは思っていませんでした。

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