第9話:狩猟日
翌日。
船を出して、ゾナ湿地林とは逆方向に走らせた。左にクロスルートの街が見える中を、南に進む。
「やっぱ広いんだな~っ」
車ぐらいのスピードは出る船だけど、1分や2分で縦断するのは無理で、山の斜面を登る方向に続いてる奥行きはもっとありそうだ。
そして相変わらず、水虹管は街中に巡らされている。外から見てもどうなってるか分からないぐらいに入り組んでて、迷路みたいだ。あれがゴルフボールサイズの水虹結晶を繋げて作ったというのが、信じられない。
10分ぐらいしたところで、街が終わって森になった。
「最初にある川から入っていくわよ。岸に近付いてね」
「おう」
船を左にカーブさせ、斜めに進んで岸へと向かう。ハーバー湖に行くための川はすぐに見えた。
「あれか」
そのまま川に入って、ハーバー湖を目指してのぼって行った。感覚としてはゾナ湿地林と変わらないぐらいの高さまでのぼったところで、到着。
「おぉ~~~っ」
木に囲まれてて少し暗かったゾナ湿地林に対して、こっちは湖が広くて見晴らしがいい。遠くには林みたいなのも見えるけど、湖のすぐそばは黄緑の草だけだ。
「ハーバーベアも他の動物も、船から人間に狙われやすい湖に昼間は近付かないわ。湖から川がいくつか出ているから、それに沿って探しに行くわよ」
「支流に入って行くような感じか」
「ええ。せっかくだし、あなたが行きたい方向に船を進めて、見つかった所に行きましょうか」
行き当たりばったりってことか。船を進めて、川を探す。すぐに見つかった。
「って、小さいな・・・」
幅は2メートルもなく、船で進めそうにはない。
「こういう川もあるわ。船が通れる川は獲物が出にくいし、ここに行きましょう」
「しかない、か」
船を降りて、川に沿って歩く。湖から離れるにつれ、背の高い草や木が増えて森のようになってきた。まともに遠くが見えるのは川沿いぐらいだ。目を凝らしながら進んでいると、少しした所で遠くに何かが見えた。
「シカね」
遠くて分かりにくいけど、シカが水を飲んでいるみたいだった。ウサギほどじゃないけど殺すのをためらってしまうな・・・でも、そうも言ってられないか。
「シカは警戒心が強い上に逃げ足も速いから、気付かれないうちに」
ピッ。
エルダが手首を返して指を振ると同時に、水面から水が飛んでシカの体を貫いた。シカは、そのまま倒れた。
「行きましょう。クマに横取りされてしまう前にね」
「マジか」
走るほど急ぐ必要はないらしく、そのまま歩いてシカのもとへ。近くまで来ると、体が濡れてるのと血も流れてるのが見えた。狩猟社会だから、しょうがないよな。家畜を育てる様式にしたって、俺が見ることがないだけで誰かが殺さなきゃいけないことは変わらない。
「よい、しょっ、と」
エルダは水操術でシカを水ごとシャボン玉みたいに宙に浮かせて、それを連れて歩き始めた。
「大丈夫なのか?」
水操術の使いっぱなしは疲れるはずだ。
「これくらいなら平気よ。池の水を割くことと比べれば軽いものだわ」
「ああ・・・」
その返事で納得したけど、やっぱ池の水を割いて落ちて来ないようにキープするのは、かなりの労力なんだな。
「それじゃあ、次はあなたにお願いするわね」
「うし」
そのまま川に沿って進む。また2~3分ぐらいで次のシカが見つかった。
「えっと、ここからだな・・・」
近付いたら逃げるって話だし。水虹銃を取り出して、遠く離れたシカに向ける。当たってくれよ。と思いながら、俺はゆっくりと引き金を引いた。
ポァァン!
大きな音が鳴り、猛烈な勢いで水が飛んだ。獲物のシカはと言うと、ハッとした様子で顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回し始めた。外したか・・・!
「続けて撃って。逃げられるわよ」
こうなったらもうヤケだ!
ポァァン! ポァァン! ポァァン!
3発撃ったところで、命中したみたいでシカは倒れた。
「お見事♪ やったわね」
エルダは、大変よくできましたと言わんばかりに笑みを浮かべている。初日のイノシシはエルダが動かせなくした状態でトドメを刺しただけだったから、自分だけで狩ったのはこれが初だ。確かにちょっと、達成感はあるかも。
「一発で仕留められなかったけどな」
無邪気に喜ぶような歳でもないから、そう答えることにした。
「最初はそういうものよ。その調子でどんどん行きましょう」
俺がこう答えることが分かってたのか、やけに返事が早かった。すっかりもう先生って感じだな。
仕留めたシカのもとに行き、それもエルダが水で浮かせて先へ。しかし次に見つかったのは、シカじゃなくてクマだった。
「うお・・・」
明らかに2メートルはある。それと、すぐそばにはシカが倒れていた。
「獲物を仕留めた直後のようね。あっちも頂いてしまいましょう」
軽く言うなよ・・・エルダは慣れてるんだろうけど。
「一発撃ってみたら? 彼は逃げ出したりはしないわよ」
だから軽く言わないでくれ。逆に言えばクマは、銃でも逃げ出さない相手ってことなんだろ?
水虹銃を取り出して両手で構え、少しずつクマに近付いていく。両手で構えてクマに向けた。さすがにまだ、当てきれるほど近くない。
こっちに気付いたクマが顔を上げて、口を大きく開けて威嚇してきた。
「彼らは横取りされるのをひどく嫌うから凶暴性が増すわよ。気を付けて」
「なんで怖くなるようなこと言うんだよ・・・」
「注意喚起のつもりよ。私も協力するから、大船に乗ったつもりでいなさい」
船からの狙撃だったらどんなに良かったことか。でも、エルダがいるのは心強い。外しても逃げられることがないんなら、一発撃ってみるか。撃たなきゃ狩りは始まらない。俺はゆっくりと、引き金を引いた。
ポァァン!
大きな音が鳴り、猛烈な勢いで水が飛んだ。上手く、クマに当てることができた。だけど横腹をかすめた程度だし、聞いてた通り一発では倒れない。それどころか怒った様子で、完全に俺に狙いを付けて走り出して来た。
「やべっ!」
ポァァン! ポァァン!
百発百中で当てきれるほどの腕は俺にはない。クマみたいな大きな獲物でも半分も当たらない。そしてクマはその巨体を、犬みたいなスピードで動かして迫って来る。
「すまん! 助けてくれ!」
「いいわよ。前はちゃんと見ててね」
一応は俺も頑張ろうと、迫って来るクマ目掛けて水虹銃を撃ち続ける。しかし、
「あ」
弾切れした。やっべ、カートリッジ、カートリッジ・・・!
「しょうがないわね。はっ!」
俺がもたついてる間に、後ろから槍のように何本もの水が飛んで行って、その全部がクマに刺さった。
「グォォォォ・・・!」
クマは転げるように倒れ、巨体を揺らしてもがき始めた。痛そうにはしてるけど、まだ元気があるように見えるな。エルダの攻撃は水だったからもう弾けて消えている。
「トドメだけでもあなたが刺す?」
「いや、頼む・・・」
充填する暇はあるけど、不規則な動きをされそうで近付くのは怖い。あの様子だと銃じゃまだ一発や二発では死なないだろう。
「それじゃあ、私がやるわね」
エルダの方を振り向くと、さっきのより太い槍が1本、構えられていた。それが、エルダが手を動かすと同時に、ピュゥゥーーーーンと一直線に飛んで行き、クマの胴体を貫いた。
「オォォォォ・・・!」
クマがまた苦しみ出す。まだ生きてるのか。でももう暴れる力は出せないみたいで、少しずつ動きが小さくなっていき、やがて力尽きた。
「すげぇな・・・」
思わず感心して、エルダをじっと見ていた。本人にとってはいつものことのようで、何事もなかったかのような顔をしている。
「水虹銃で戦うには頭や喉を的確に狙う必要があるから、腕を上げてね」
「そうだな・・・」
急所を狙うどころか、慌ててパンパン撃って外しまくるんじゃ話にならないな。それはそうと、
「疲れたぁ~~~」
クマと向かい合ってた緊張から解かれたことで腰の力が抜けて、俺はみっともなく地面に座り込んでしまった。
「あっはははっ。休憩した方が良さそうね。一旦船に戻りましょうか」
「面目ない・・・」
せめて船までは歩くかと、立ち上がる。エルダは2頭のシカにクマも加えて水に浮かべ、それを悠々と運んで来た。
生活費には余裕があるからと、休憩は長めにしてくれた。適当に船を走らせて散歩したり、街に回す水を採取する設備を見に行ったりもした。
結局半分以上ピクニックみたいになったけど、ちょくちょく狩猟はやって、今日の収穫はハーバーベアが4体にシカが7匹、イノシシ2匹にウサギが10匹になった。俺が自力で狩ったのはシカだけだったけど。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか。今日はご馳走ね」
「おっ」
ご馳走の言葉に偽りはなく、獲物を換金したあと市場ではなくちょっと良さげな店まで行って高級食材を手に入れた。レストランっぽい店もあったけど、「ああいう所は窮屈だから」とエルダが宿屋で調理した。めっちゃ美味かった。弱点がないのかエルダには・・・。
「さ、明日からはゾナ湿地林に戻るわよ。後3日で終わるから、頑張って」
「エルダもな」
「あら。ありがとうね」
「っ・・・」
もっと淡々とした反応が返って来る思ったら、エルダはニコリと笑みを見せた。調子狂うな・・・。
そんなこんなで、シカを仕留めることはできたもののクマにはビビって何もできなかった俺の狩猟デビューは終わった。体と銃の腕もだけど、度胸も鍛えなきゃいけないみたいだ。
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次の日からはまたゾナ湿地林へ行き、池の底調査の続きをやった。エルダの言った通り3日で端っこまで制覇したけど、収穫はなかった。
「やっぱり、あの石板1枚だけだったな」
「1枚あっただけでも十分よ。昔の人が明確な意志を持って手放した技術が存在する。これが分かっただけでも大きいわ」
エルダは強がりでも何でもなく、あの石板1枚の成果に満足してるみたいだった。宛てもなく穴掘りを続けるだけだから、ダメ元だったんだろうな。
「明日からはどうするんだ?」
「池以外の場所は最初の頃に見て回ったし、可能性も薄いから次の場所に移りましょう。同じところが続いても飽きが来るでしょう?」
「そうだな・・・」
自分でも分かるほどゲッソリした口調になってしまった。
「モチベーションの維持も大事よ。次にここに来るのが何十日先になるかは分からないけれど、ここにこだわり過ぎても何十日と経ってしまうわ」
「うげ」
単位が“何十日”っていうのが、もうな・・・。でも、一番近い街でも船で数日掛かるみたいだから、一度離れたらそれぐらいは戻らないか。元の世界に帰れるのは、いつになることやら。
「次は、北の方にあるランデス湖群に行くわよ。数日は船で寝泊まりすることになるから、明日で支度をして2日後に出発しましょう」
「船かぁ」
移動そのものが日単位だからしょうがないけど、本当に船で寝るんだな。
「寝る時ぐらい陸に上がらないのか?」
テントぐらいこの世界にもあるだろうし。
「イノシシに襲われてもいいのなら、どうぞ。夜通しで見張りなんて私はしないわよ?」
「船で寝ます・・・」
そういうことか。考えてみれば、屋根付きの部屋もあるし野宿よりマシか。船の床は腰に優しいものだといいなぁと思いつつ、石の固さがほぼ直で伝わってくる薄っぺらい布団の上で眠りに着いた。
次回:クロスルートを離れて