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最終話:果てしない旅

 元の世界に帰って来た。帰って来れたんだ。自分の家なのに、さっきまでいた所にはないような景色だったから、一瞬どこにるのか分からなかった。そして、


「ここが、あなたの生まれた世界なのね」


 エルダも一緒だった。内心、本当にエルダも来れるんだろうかという不安もあったけど、こうして、一緒に来れた。


「見るからに、ハイドライルとは全く違うわね」


 エルダは辺りを見回すでもなく、一点を眺めながら言った。洗濯機を見ているらしい。


「ああ。エルダの知らないものもたくさんあるから、期待しといてくれ」


「ええ♪」


 さて、帰って来れたはいいけど、どうしようか。と思っていると、足音が聞こえてきた。近付いて来る。


「誰かいるの?」


 声がすると同時に、足音の主が姿を見せた。母親だった。


「とお、る・・・!?」


 当然だけど、いきなり帰って来た俺に驚いてるみたいだ。というか、どれほど時間経ってるんだ。


「ただ、いま・・・」


 とりあえず、これは言っておこう。


「あんた、どこ行ってたの・・・夏休みだからって3日間も連絡なしに」


「え・・・?」


 3日? 何十日も向こうにいたのと比べるとだいぶ短い。かと言って一切時間が経ってない訳でもないらしい。変な体験だったから、そういうもんなんだろうけど。


「あ、いやあ・・・」


 その場で適当に説明しようとは思ってたけど、いざその時を迎えると何て言えばいいか分からなかった。どう説明したもんかと目を逸らして考えていると、母親がエルダに気付いたらしく、顔が動くのが分かった。


「その子は誰? お友達?」


「あ、えっと~・・・」


 どうするよ、どうするよ。エルダは、きょとんとした様子で母親を見つめているだけだった。この場をエルダに任せる訳にもいかず、とにかく口を動かした。


「えっと、山登りに行ったら遭難しちまって・・・」


 幸いにも、電車で1時間ぐらい行ったところに登山客も来るような山がある。そこに行ってルートから外れて進んでたら遭難したことにしよう。


「この子ともそこで会って・・・」


 思い付くままに色々と喋ったから、何て言ったかは細かく覚えていない。偶然見つけた山小屋で一緒に過ごすうちに仲良くなったとか、外国人で身寄りもないらしいとか、家事ぐらいはできるからここに置いてあげて欲しいとか、そんなことを言ってた気がする。


 で、最終的に母親は、


「せっかくあんたにガールフレンドができたのなら、引き離すのももったいないわね」


 と言って折れた。中々にひどいことを言われたけど、男友達と遊んでばっかりだったから仕方ない。


「警察に預けてもロクなことにはならないでしょうし、あんたがちゃんと面倒見るのよ


「うん、分かってる」


 何とか話が着いた。父親も、外国人の女の子が住むことにゴチャゴチャ言ったりはしなさそうだ。


「あなた、名前は?」


 母親がエルダに聞いた。エルダがゆっくりと立ち上がって、答える。


「エルダよ。私からも、よろしくお願いするわ」


 これまでの俺たちの話を何となくは理解していたらしい。いきなり人の親にタメぐち使ったけど・・・こればかりはしょうがないな。


 それでも母親には、思ったよりしっかりしていると映ったようで、好反応だった。


「こんなバカ息子でも良かったら、仲良くしてあげてね。それから・・・」


 母親が指差したのは、エルダの足元。


「履き物は脱いでそっちに置いてね。なんであんたまで土足で上がってるのよ」


「あ・・・」


 エルダも俺も、向こうで使ってたサンダルのまんまだった。


「その辺の面倒もちゃんと見るのよ」


 そう言って母親はリビングに戻って行った。玄関とリビングの間の、流しのそばの廊下に俺たちは残される。とりあえずサンダルを脱いでもらって玄関に置きに行って、振り返るとエルダは自分の手を眺めていた。力を確認するように、閉じたり開いたりしている。


「水操術、なくなってるのか・・・?」


 エルダは俺の方は見ずに、手を閉じたり開いたりする動作を繰り返しながら答えた。


「そのようね。・・・分かるわ。私にはもう、水は動かせない」


 その言葉の割には、あまり寂しくなさそうだった。覚悟を決めてこっちに来たんだろう。試しに蛇口から水を出してみたけど、やっぱり動かせないみたいだった。


「これで私も、この世界の仲間入りね」


 寂しいどころか、エルダは嬉しそうだった。



 その後はエルダも連れて俺の部屋に向かった。久方ぶりの、自分の部屋だ。


「へぇ・・・これは何なの?」


 エルダがてくてくと歩いて向かったのは、ゲームをするために置いてるテレビ。せっかくなので点けて、適当にチャンネルのボタンを押すと、タレントがグルメ旅をしてる番組が映った。


「それは、別の場所で撮れた映像を見せる機械だ。こっちの世界には、目で見た光景とか聞こえる音も保存することができるんだよ」


「へぇぇ~~~っ。そうなの? 凄いわね」


 エルダはテレビの映像に釘付けだ。映ってるタレントとか料理には興味なさそうだけど。俺が向こうで散々言わされた“へぇ~”を、エルダの口から聞けるのは気分がいい。


「他にもたくさんあるぞ」


 俺は机のスマホを手に取った。


「これは離れた場所にいる人と会話したり、文字のやりとりもできる」


 更に窓際に歩いて行って、外の世界も指差す。うちは公営団地の10階だ。


「建物は高いやつばっかだし、」


 ちょうど、ここから見える線路を電車が通った。


「何百人も乗せて走る箱もある」


 エルダもこっちに来て、食い入るように外の景色を見た。


「本当にまるっきり違うのね・・・これは、追究し甲斐がありそうだわ」


「はははっ」


 エルダなら、そうなるか。スマホにしても電車にしても、どうやって動いてるのか調べ尽くすことだろう。分解用の中古品とか買わなきゃいけないかもな。

 あと、プログラミングとか通信技術か・・・全然わかんねぇ。エルダが向こうでやったみたいに俺が説明できないのは情けない限りだけど、文字を教えて、本も買うぐらいはしよう。


「今からもう楽しみだわ。この世界のことを知り尽くすのが」


 早くもそのつもり満々みたいだ。エルダの好奇心なら、不思議に思ったものは原子レベルまで追究されてしまうからな。現役の科学者まで脅かしたりして・・・なんてな。


 こっちでは向こうのように自由に世界一周はできないけど、広い広い知識の海でエルダは旅をすることになるだろう。

 そのうち俺なんかよりもずっと詳しくなって、結局はまた教えてもらう立場になりそうだけど、それでまたエルダと一緒に、色んなことを知っていくのも楽しいかも。


「他にも見せてもらっていいかしら? 気になるものがたくさんあるのよ」


「んじゃちょっと行くか」


 まずは家の中を案内した。俺の部屋のより大きなテレビ、壁際に置いてある掃除機、その上にあるエアコン、父親がよく使ってるパソコン、とにかく色んなものがエルダの目に付いた。これはこういう機械、という程度の説明しかできないけど、とりあえず電気で動いてることも教えると、「電気でこんなこともできるのね」と感心した様子だった。


「外にも行ってみるか?」


「ええ。とっても楽しみだわ」


 山で遭難していたはずのエルダからこのセリフが出たのは母親も首をかしげたけど、大して気にせず流したみたいだ。畳んで置いてあった靴下を履いて、親に声を掛ける。


「出掛けるけど、何か買って来るものある?」


「それじゃあ晩ご飯のおかず適当に買って来て。はい」


 ぱふっ、と財布が投げられた。たまに俺に買い物に行かせる時にいつも渡されるやつだ。


「日が暮れる前には帰って来るのよー」


「分かったー」


 そういえば3日間遭難してたことになってたな。ポケットのスマホも確認して、エルダにアイコンタクトを取って玄関へと向かう。


 外の歩き方も、教えないといけないな。信号とか踏切とか、危険な要素はたくさんある。あと、物を放置すると盗まれるし、女の人が夜1人で歩いてたりすると襲われる。エルダはその辺の成人男性よりも力はあるけど、水操術がない以上、何人にも囲まれたらどうしようもない。しばらくは1人で勝手に出掛けることはないだろうけど、夏休みの間に教えとかないとな。


 あと、その辺の川で泳いじゃいけない。泳ごうと思えるほど綺麗でもないけど。



 玄関に着いてそれぞれ靴とサンダルを履く。エルダは意気揚々とした様子で、トントンと確認するようにつま先で何度か床を突いた。そして、がっしりとかかとまで着けて踏みしめた。


 サンダルはいいとして、服がどこかの民族衣装みたいなのが1着あるだけって状態だから、しばらくは親のを借りるとしても買った方がいいな。どんなのが似合うだろう。今のやつが一番だったりもしそうだけど、ちょっと目立つんだよな。



 こういうのを考えていると、これから新生活が始まるんだなと気分が上がってきた。ずっと住んでた家なのに、エルダ1人がいるだけでこんなに違う。そのエルダも、目の前の扉の先はどうなっているのだろうかと楽しみにしている様子だ。今日は天気もよく、玄関に付いた擦りガラスの小窓からは光が差し込んでいる。



 俺は一歩前に出て、玄関に取っ手を掴んでからエルダの方を振り向いた。


「準備はいいか?」


「もちろんよ」


 いい返事を聞き届けてから前を向いて、扉を開けた。


最後までお読み頂いた皆様、ありがとうございました。


--------

・参考文献

「水の歴史」、イアン・ミラー(著)、甲斐理恵子(訳)、原書房、2016年

「なぜ地球だけに陸と海があるのか」、巽好幸、岩波書店、2012年

「分析化学」、湯地昭夫・日置昭治、講談社、2015年

「新版 現代物性化学の基礎」、小川桂一郎・小島憲道、講談社、2010年

「熱力学」、益川敏英(監修)、東京図書、2019年

「熱力学の基礎 第3版」、森成隆夫(著)、大学教育出版、2020年

「基礎から学ぶ流体力学」、飯田明由・小川隆申・武居昌宏、オーム社、2007年

「火山のしくみ パーフェクトガイド」、高橋正樹(編著)、誠文堂新光社、2019年

「活動的火口湖の地球科学」、高野穆一郎、(一社)日本温泉科学会会誌「温泉科学」第50巻第4号p.161-182、2001年

「ウィキペディア日本語版」、ウィキメディア財団運営、不特定多数による執筆、2001年~

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