第48話:水虹の帰る場所、スタートレンチ
船着き場に来ると、何やらザワザワしてる様子だった。何だろ。
「見えづらいわね」
そこまで人が密集してる訳でもないから、前には進めた。で、人だかりの理由も分かった。
「メイミス・・・!」
何でこんな所にいんだよ・・・! しかも、オリエントルカに乗った状態で。更に2頭いるのと、よく見たら船着き場の外の海で10頭はスタンバイしてる。こりゃ騒ぎにもなるわ。
「何をしているのよ」
「君たちを迎えに来たんだ。行くのだろう? スタートレンチに」
知ってたのか・・・!
「よっぽど好かれているみたいだねえ。この子らが、いきなり大移動を始めてね。最終的にここに行き着いたという訳だ」
つまり、こっちから頼みに行く前に、オリエントルカが何かを察知して来てくれたってことか。
「一応は陸地にも寄ってね。シンクタニアから話を聞いた。凄いじゃないか」
サランさんと別れてからはもう何日か経ってる。シンクタニアの間で共有してくれたのだろう。
「なるほどね・・・そうよ、スタートレンチへ行きたいの。案内してもらえるかしら」
「それはこの子らが決めることだが、」
キュゥ~~ッ。
見た目に反して可愛い鳴き声が、聞こえてきた。
「聞くまでもないようだね」
街の人たちの妙な視線を感じながら、船に乗り込み、メイミスやオリエントルカたちと共に海へ。船は彼らが動かしてくれている。街に背を向けたまま、南の方へと向かって行った。
「いや~~。まさか、こんなことになっていたとはね」
メイミスが船に上がって来た。話をするためだろう。
「案の定、マリンダースの船と同じようなのが陸でも使われていた訳かい」
「そうよ」
まあ、俺でさえ、スチミウムがイグニフォール産って聞いてから嫌な予感はしてたからなあ・・・。
「よもや、新しい合金を作ってしまうとは、大したものだ」
「まあね」
エルダって、こういう時あんまり謙虚にもならないよな。元々大きなリアクションを取るようなタイプでもないけど。しっかしあれは大変だった・・・思い出しただけで、俺に学者は無理だって思えてしまう。
「それに、水操術が神経の延長? 面白いことを考えるじゃないか。私にもその考えはなかったぞ」
あれもヤバかったなあ・・・。離れた場所にある水を動かせることに、理屈を付けちまうなんて。俺なんて、自分の体の中の神経がどうなってるかさえ突き止めようとしないぞ。
「そうだ」
いきなり、ぽん、という音を立ててメイミスが左の手のひらに右手をグーで縦にして乗せた。何だろ。
「君たちに、最後にひとつ教えてあげよう」
「え?」
“え”と言ったのは俺だ。エルダは黙ってメイミスを見てる。何を教えてくれるのか察しが付いてるんだろうか。
「“我らの生活を変えしもの、我らに災いをもたらす。我ら、これを西の彼方に沈め、災いの再来を封じる”」
メイミスが読み上げたのは、ゾナ湿地林の石板に書いてあったやつだ。それがどうかし・・・ああ、“西の彼方”ってどこだ?
「封印されたものは、知っての通り水虹結晶の生成器だ。我らシンクタニアの手でこれが作られたことより、水虹菅の建設は一気に進んだが、低水虹症で多くの死者が出てしまったんだ。人間のみならず、動植物も含めてね」
「うお・・・・・・」
改めて聞くと、“災い”って感じだな。しかも、人間のやったことで動植物にまで影響が出てる。これは、封印して然るべきだろう。
「水虹が短期間で多く減った時に無虹生物がやって来るようだが、・・・」
メイミスはそこで止めて俺たちを見回した。
「またしても、別の手段で解決してしまったという訳か。それも、なんと無虹人は子孫も残さず帰ろうとしている」
「う゛・・・」
それを言われると、なんか申し訳ないな。あと、エルダもいる前で言わないでくれよ。
「だが、それも咎められないほどの功績を残したと言えるだろう。私らに止める権利もない」
良かった。許してもらえた。許すつもりがないんだったら、メイミス抜きでオリエントルカだけが来てるだろうけど。
「だからきっと帰れるよ。残された時間を、大事に過ごすといい。もう海しかないがな」
最後メイミスは、冗談交じりに言った。ついに、帰れるのか。こっちでの生活にも十分になれたから、実感が湧かないな。色々とやんなきゃいけないことがあるんだろうけど、上手く考えられない。もう、向こうに帰れてからでもいいか。
「よっ、こいせと」
メイミスが立ち上がった。
「スタートレンチまでは7日掛かる。この子らとも遊んでやってくれ」
そしてメイミスは、いつも乗ってるであろうオリエントルカの上に戻った。7日あるんだから船に乗ってればいいのに。でも、オリエントルカの上の方が居心地がいいのかも知れないな。
船は、南へ南へと進んでいく。
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6日目の夜。
「いよいよ、明日ね」
エルダも、もう勉強することはないから、寝るタイミングが重なる。6日連続でも未だに緊張するけど・・・向こうに帰っても一緒だから慣れないとな。さすがに、親に部屋は分けられるかも知れないけど。
「正直なところ、」
エルダが、何か話すらしい。俺の方は見てなくて、腕を頭の後ろで組んだ仰向けの姿勢だ。目は開いている。
「このハイドライルで、あなたと暮らしていくのも悪くないと思っていたわ」
「・・・・・・」
・・・だよな。水操術は使えるし、狩猟社会だから金にも困らない。俺の住む世界への興味もあるだろうけど、それだけで故郷を離れるという決断は、そうそうできない。
「あなたがこっちに残ると言えば、私もそうしたでしょうし」
「っ・・・・・・」
それを言われると照れるな・・・メイミスのいる時に言われなくて良かった。でも、俺といたいから故郷を離れることにしたと言ってもらえたのは、素直に嬉しい。エルダの場合、弟みたいなもんだと思ってるだけかも知れないけどな。
とか考えていると、
「言っておくけれど、」
少し強めの口調で、エルダがそう言った。何だろ。ちょっと怖くて視線を外す。エルダは動かないから、相変わらず頭の後ろで腕組んで仰向けのままだろう。
「あなたが思っているほど、私はあなたに無関心ではないわよ」
「え?」
バッ、と、エルダの方を見てしまった。当のエルダは仰向けのまま目を閉じていて、いつもと変わらずクールな顔だった。無関心ではないって、どういうことだ・・・?
「二度は言わないわ。おやすみなさい」
それでエルダはゴロンと俺に背中を向けてしまった。ええぇぇぇ。どゆことよ・・・でも、わざわざそのセリフを言ったってことは・・・わっかんねー。思わせぶりなことだけ言いやがって・・・。
いいや、寝よう。
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翌日。メイミスの話だと、今日でスタートレンチに到着する。7日掛かっただけあって、随分と遠くまで来た気分だ。オリエントルカが運んでくれたから楽だったけど。
外に出ると、エルダがオリエントルカに話しかけていた。
「おはよう。最後までよろしくね」
「キュゥゥ~~~」
何度見ても、微笑ましい光景だな。あと、この7日間の間に、明らかに100を超えるオリエントルカが集まっていた。海底に向かうために水操術を使うからだろう。
「俺からも、よろしくな」
今日も、オリエントルカに乗ったり、一緒に泳いだり、彼らが獲って来た魚を食べたりして過ごした。こいつらと過ごせるのも、今日で最後か。ちょっと、寂しいな。
昼飯を終えてから2時間ぐらい経った頃のことだった。
「着いたぞ」
近付いて来たメイミスが、そう声を掛けてきた。ついに、帰るのか・・・。
「心の準備はいい?」
「エルダこそ」
「はははっ。2人とも十分みたいだな」
メイミスが笑いながら船に乗って来る。彼女が乗っていた1頭は、群れの中に混ざった。
「では、ゆくぞ」
メイミスがそういうと、ゆっくりと船が沈み始めた。少しずつ加速して、あっという間に全体が水面よりも下になる。もちろん水は落ちて来ない。オリエントルカたちが水操術で壁をキープし続けている。
オリエン海溝に行った時と同じように、下へ下へと進んでいく。青空はもう、ずっと遠い。両側にそびえる海の壁だけが伸びていく。ずんずん、ずんずんと進み、外の世界は遠い点、やがては光が届かなくなった。もう、あの上に出ることは、ないのか。
真っ暗のまま、下に進んでいく感覚だけがする。音は、水を割いて進んでるだけあって決行する。
「私も、海底まで行くのは久しぶりだな」
メイミスの声だ。ちょっと下よりから聞こえてくるから、座ってるみたいだ。
「あなたにしては律儀ね。見送りに来てくれるなんて」
「無虹人が自分の世界へと帰り、更にはハイドライルの人間がここを去る瞬間だ。誰も見たことのないものだぞ」
「あなたも一緒に来れば、私たちの想像を超えるものが見られるかも知れないわよ」
「やめておくよ。私は、この子たちと離れたくないのでな」
「んふふ。それは仕方ないわね」
暗闇の中で聞いてるのに、2人がどんな顔をしてるのかが想像できる。もうすぐでメイミスとも二度と会えなくなるけど、お互いに相変わらずの調子で喋ってるな。この2人らしいと言えば、この2人らしい。
10分ぐらいしたところで、船は止まった。海の底に到着したらしい。
「明かりを点けましょうか」
エルダが電気を点けて、少し明るくなった。オリエン海溝の時は、船のスペース分と洞窟だけだったけど、今回は広い範囲で水がよけられていた。
「あれが、海溝・・・」
確かに、溝と呼べるものだった。2枚に分かれた海底の板が重なり合ってて、谷を作るように中央が沈んでいる。穴が開いてる訳じゃないけど、境界線はくっきり見える。そして、それを1本の海溝として、3本の海溝がYの字を作るように合流していた。
「降りようか」
船のあるところにも水は残っていない。オリエントルカたちが良い具合に船を岩場に引っ掛けて止めてくれたようだ。
まずはメイミスが海底に降り立って、エルダと俺も続いた。
「船は、お願いしてもいいのかしら」
あ、そうだ。忘れてた。俺もエルダも行っちまうなら、船は置き去りだ。
「ああ。街で売ることにするよ」
売られるのか・・・でも、海に住んでてオリエントルカに乗ってるメイミスには必要ないもんな。海底に放置されないだけありがたい。
「この船にも、大陸1周に付き合わせてしまったわね」
そっか。故郷のフォルゾーンを出発して、俺と出会ったのがクロスルート、そして、ぐるりと1周回って、海溝なんかにも行ったりして、最後もフォルゾーンに寄った。思えば、船にとっても壮大な旅だったことだろう。
「お疲れさま」
エルダはそう言いながら、船の側面を右てで軽く撫でた。何十日とお世話になったこいつとも、ここでお別れか。ありがとな。
「行きましょう」
向かうのは、3つの海溝が交わるところ、スタートレンチ。同時に、コールドスポットとも呼ばれ、水虹を携えた大地がこの星の中心へと帰っていく場所だ。ここで俺たちも、元の世界に帰らせてもらう。
近付くと、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
と、足場にしてる海底が動き出して、スタートレンチの場所に穴が開き始めた。まるで、俺たちを待っていたかのようだ。この瞬間、俺は、元の世界に帰るんだなと確信した。エルダも、そうだろう。
穴のそばまで着いて、覗き込む。海底に開く穴なんて暗いはずなのに、そこには虹の混ざる白い光が見えていた。この世界を離れる、俺たちへのはなむけなのかな。そうだと嬉しいけど。
最後の別れを告げるべく、メイミスの方を振り向く。周りには、水が近くまで寄せられていてオリエントルカたちもいた。彼らは何も喋らないけど、100頭は居るから賑やかな見送りだ。
「本当に、行くのだな?」
メイミスが聞いた。彼女は彼女で、エルダのことを同志だと思ってたりするんだろうか。
「ええ、行くわ」
エルダはあっさりと答えて。迷いもなさそうだった。さすがにここまで来て、ノーとは言わないだろう。
「水操術は使えなくなるぞ。いいんだな」
「構わないわ。水操術のない世界というのも見てみたいし、何より、水操術よりも手放したくないものが見つかったから」
そう言いながらエルダは笑みを見せて俺の方を向いた。う・・・反応に困る。
「そうか」
メイミスも、軽く目を閉じながらゆっくりと微笑んだ。
「お前が羨ましいよ。私には、水操術しかないから」
そう言ったメイミスの表情は、少し儚げだった。何も言えないでいると、
「キュゥ~~ッ」
鳴き声が聞こえた。オリエントルカのものだった。メイミスが目を開けて、周りを見渡す。何頭かが水から少し顔を出していた。
「そうだな。私には、お前たちがいるな」
メイミスは少しだけ顔を上に向けながらそう言った。それに応えるように、オリエントルカたちがキューキューと声を上げる。
「水操術とお前たちと、どちらかを選べと言われたら・・・」
上を向いたままの姿勢で、メイミスは優しく言った。
「私も水操術を捨てるよ」
メイミスの心情は、その背中からは推し量れない。元々つかみどころのない人物だ。ただ、彼女は彼女で、何年も一緒に生活しているであろう彼らを大切に思ってるのは間違いない。どんな優しい顔をしてるんだろうかと思ったけど、こっちを振り向く頃には今まで通りのメイミスだった。
「すまないな。時間を取った」
「大丈夫よ。かわいい家族たちね」
「そうだろう」
メイミスが軽く目を閉じながら自慢げに言う。彼女がどれくらい水操術を使えるかは分からないけど、彼女のもつどんなものよりも誇れるものだということは、ありありと伝わってきた。
「それじゃあ、行くわ」
「ああ。達者でな」
2人の間にある妙なシンパシーに割って入るのは気が引けたけど、メイミスの方が俺を見た。
「こっちの世界の都合で、世話を掛けたな」
「え・・・?」
正直、そんなことを言われるとは思ってなかったから驚いた。
「いや、帰れなかったらどうしようとは思ったけど、今になってみたらすごく楽しかったよ。こんな体験、もう絶対にできないしな」
「そうか。・・・それは何よりだ」
メイミスはメイミスなりに、俺が一方的にこの世界に連れて来られたことを気にしてくれてたみたいだ。単なる無虹人への興味、かも知れないけど。
「こっちこそ、最後に世話になったな」
「気にするな。言ったろう、無虹人の帰還の瞬間を見に来ただけだ」
「はははっ、そうだったな」
興味本位の見物ついで、ってことで。
「メイミスも元気でな」
「ああ」
別れだ。後ろを向きつつ半身の状態で手のひらを見せると、メイミスは笑みを見せる形で応えた。エルダも俺たちの様子をにこやかに眺めながら、俺にタイミングを合わせメイミスに背を向け始める。最後に2人でオリエントルカたちに手を振って、完全に後ろを向ききった。
足元の穴は、虹の混ざる白い輝きを見せている。ここに飛び込めば、元いた世界に戻る。
エルダが俺の手を取った。
「行きましょう」
「ああ」
応えるように左手に力を入れたあと、たん、と地面を蹴って、2人揃って光へ飛び込んだ。
光に包まれると同時に、水に入ったような感覚もした。でも濡れた時みたいな不快感は一切ない。ちょっとした浮遊感はあって、それと同時にエレベーターのように下に向かっている感覚もした。こっちの世界に連れて来られた時は水で流されてたっけ。それとは打って変わって、案内されるように光の中を下りていく。
どっちからという訳でもなく、繋がれた手に力を入れる。その手の先には、もちろんエルダ。目を合わせ、頷き合う。このまま、一緒に帰れるんだ。
俺にとっては帰り道だけど、エルダにとっては新世界への入口。水操術はないけど、エルダの知らないものがたくさんあることだけは絶対だ。こっちの世界で世話になった分、楽しんでもらわないとな。
光の先に、ひときわ強い輝きが現れた。どちらかと言えば、ずっと放たれていたその輝きに俺たちが近付いてるみたいだ。
辺りは白を基調としながらも、ところどころに虹が混ざっている。七色にくっきり分かれてる訳じゃなくて、周りの白との境界線もはっきりしない淡いグラデーションのレインボーだ。
その中で、俺たちが向かっている強い輝きは真っ白だった。それがどんどん、俺たちが近付くという形で広がっていく。少しずつ、元の世界に向かってるんだなと実感できた。
虹の混ざる光は後ろに押しやられていき、もうすぐ俺たちは真っ白の光に包まれる。水の中に虹のある世界から、それのない世界へ。水虹や水操術とは、ここでお別れだ。
視界が完全に真っ白になった瞬間に、全ての感覚を失った。
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「ん、ん・・・・・・」
気付いた頃には、どこかに手足をついていた。重力も感じる。目を開けると、見慣れない光景が広がっていた。きれいなフローリング、収納スペースのある白い陶器の洗面台、タイル模様の壁紙。
見慣れた光景だった。ここは、俺の家だ。
それに気付くと同時に、左手で何かをつかんでいる感覚も思い出す。この時の、左手が握り返された感触を、俺は一生忘れないと思う。
「ここが、あなたの生まれた世界なのね」
次回(最終回):果てしない旅




