第47話:平野の街フォルゾーン
サランさんに石板を見せてもらった次の日のうちにオンラヴァに着いて、その翌朝にはエルダの故郷フォルゾーンを目指して出発した。海岸に沿って南西に進み、最南端の岬を通ったあと北西に向かうと、海沿いにフォルゾーンがあるらしい。
オンラヴァを出てしばらくは、イグンマウンテンのある山脈がずっと続いていて、海岸線は崖が多かった。それでも進むにつれて地形の凹凸は緩やかになっていき、ある程度すると山脈と呼べるほどではなくなってきた。
船の交通量は、イグニフォール・オンラヴァ間ほどではないけど多い。フォルゾーンの更に北西には首都のクロスルートがあるからだろう。貸し切り状態には、滅多にならない。
まだ最南端の岬には着いてないけど、日が暮れてきた。
「今日はここまででね」
「明後日ぐらいには着きそうか?」
「そうね。このペースなら明日には南の岬に着くでしょうし、そこからフォルゾーンも1日よ」
まあ、のんびりと船旅をするか。こうしてエルダと船でドライブできるのも、もうすぐできなくなるかも知れないし。
「泳ぎましょう」
「ああ」
海なら元の世界に帰ってもあるけど、こんなに綺麗なのは旅行にでも行かないとないな。エルダ、飛行機見たらどんな反応するんだろ。
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エルダの予想通り、次の日には南の岬に着いた。だからって何かがある訳でもないけど。その岬もオズパーシーの所ほどは細くなかった。現実世界で言うならアフリカに近い輪郭かな。
とにもかくにも、この岬で一泊だ。同じことを考えてる人は多いみたいで、海岸には船がたくさん並んでいた。あと、みんな泳ぐの好きなんだなあ・・・崖登りしてる人もいるけど。
俺たちは断然泳ぐ派で、今日も今日とて海に飛び込んだ。
夜は鉄板バーベキュー。元の世界に帰ったら、これもできなくなるのか。水虹が無い以上は、火は頑張って起こす必要がある。それもアウトドアの醍醐味ではあるけど。
そういやこの板の正確な材料名はスタビリウムだったな。向こうは金属の名前も全然違うけど、エルダはまずそこから覚え直さなきゃいけないのか。問題は俺が全然金属に詳しくないことだけど、エルダなら本とネットを与えれば勝手に覚えてくれるだろう。今の段階で既に、向こうでの生活が楽しみになりつつある。
親には何て話そうか・・・そもそも向こうで時間が立ってるかも分からないし。とりあえず、外国人を拾ってきたことにするのは決定だ。家事の手伝いでもしてもらえば置いてくれるかも知れないな。うちの親、適当なトコあるし。俺もバイトでもしよう。どのみちエルダに戸籍はないから、警察に預けてもロクなことにはならん。
ここでふと思った。俺、もしかして明日、エルダの親に会うことになるのか・・・?
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次の日も朝から出発。海岸に沿って北西を目指す。中央山脈も通り過ぎたことで、地形はみるみるうちに穏やかになっていった。昼飯を食うぐらいの頃には、見上げるような崖はなくなって森だけになった。
その森も、進むにつれて密度が減っていき、やがて広大な平原になった。
「フォルゾーン平野よ。名前の通り、この平野部にフォルゾーンはあるわ」
いよいよ、エルダの故郷フォルゾーンか。と言ってもまだまだ姿は見えない。地平線の向こうだ。進行方向正面を見ると、海岸線の左が水平線、右が地平線のコンビネーションになっていた。こんなの初めて見たな。
日も傾き始めたかというその頃、
「おっ! あれか!?」
地平線の先から街が姿を見せた。
「ええ。あれがフォルゾーンよ」
ついに到着かあ。まだ地平線に見えたばかりだけど、水平線とか地平線というのは、意外に近い。車ぐらいのスピードが出るこの船なら、5分もあれば着く。
そして、すぐに近くまで来た。水虹菅は、モンス・コリスみたいに街の外から引っ張って来てるみたいだ。平野とはいえ川が流れる程度の傾斜はある。
街に入ってすぐに、湾状になってる船着き場があったけど、
「3つ目の所までお願い」
エルダんちの最寄りに停めるのが妥当だな。エルダの実家かあ・・・俺、船に乗ったままでもいいのかな。
などとひよっているうちに、3つ目の船着き場に到着。
「あの辺りに行って頂戴」
エルダの家があると思われる方向が指差され、そっちに進む。20秒もしないうちに着いた。船を完全に止めるべく手元のレバーを操作していると、通行人が1人立ち止まったのが見えた。
「え・・・エルダ・・・!?」
見ると、その人は驚いた様子でエルダを見ていた。そりゃ、何ヶ月も帰ってなかったやつがいきなり来たら驚くか。当のエルダは涼しい顔してるけど。
「あらシブロ、久しぶりね」
やっぱり知り合いだった。そうでなくとも、エルダって多分有名人だろうし。
「あ、トオル。この人、弟よ」
「あ・・・!?」
弟!? 今度は俺が驚く番だった。いや、でも弟ぐらいいるか。俺が1人っ子ってだけで。むしろ、これまでのエルダのお姉さん感からすれば弟がいる方が自然だ。
「どうしたの、急に」
と言って弟は、俺の方を見た。
「もしかして、嫁ぐから最後の挨拶?」
「ぶほっ・・・!」
何を言いだすんだこの弟。とも思ったけど、冷静に考えれば普通だ。成人してる姉が家を飛び出して数か月後に男連れで帰って来たら、誰だってそう思う。で、エルダの返事はと言うと・・・、
「まあ、そんなところね」
うおっとぉ~・・・でも、今度は噴き出さずに済んだ。こう返事をするしかない。実際うちに住んでもらうことになるし、細かい事情を話したって、無虹人がどうとかはシンクタニアでもない限り分からないだろう。
「へぇ・・・冗談のつもりだったのに」
それで弟はまたこっちを見た。
「こんな姉だけど、よろしくお願いするよ」
「ど・・・ども」
よろしくお願いされちゃったよ。
「それじゃあ行きましょう。あっちよ」
弟と遭遇してこんな話もしちゃった以上、船に残るという選択肢はなくなった。何ということだ・・・両親に挨拶に伺う新郎って、こんな気分なんだろうか。
エルダの家には2分で着いた。何の変哲もない、淡いグレーの石造りの家だった。エルダが悠々と扉を開け、その後ろを、弟さんに道を譲られて恐る恐る歩く。中に、両親の姿はあった。狩りかどこかから帰ったばかりなのか、荷物の整理をしている。
「ただいま」
エルダの声に、2人が反応。玄関が開いたことに無反応だったのは、弟だと思ったのだろう。両親は、2人とも作業中そのままの姿勢で固まっていた。5秒ぐらいでフリーズが解け、動き出す。まず声を出したのは母親だ。
「エルダ、あんた・・・!」
母親が数歩エルダに向かって足を動かし、その後ろで父親も立ち上がる。
「帰って来たのか・・・」
父親が呟いた。そりゃあ、こういう反応しかできないよな。エルダだけがいつも通りの様子で、
「またすぐに出ちゃうけれどね。多分もうここへは帰って来ないと思うから、別れを言いに来たの」
ここへは帰って来ないといった“ここ”は、この家のことなのか、この世界のことなのか。いずれにせよ、両親は前者としか思わないだろう。エルダが親不孝な発言をしたからか、両親も少し調子を取り戻したようだ。
「全くアンタは・・・旅をするのはもう止めないけど、たまには帰って来なさいよ」
「それは無理よ。だって、この人と一緒にいる方が楽しいんだもの」
「え?」
そこでエルダはいきなり横に動いて俺を指差した。同時に、俺と両親の間の障害物は何もなくなる。両親はと言うと、エルダが帰ってきたインパクトで俺のことには気付いてなかったみたいだ。で、ようやく今、認知された訳だ。
「まぁ・・・いい人が見つかったのね。けど・・・、」
その続きは父親が言った。
「帰って来れないことは無いだろう。年に一度でもいいから顔は見せなさい」
当然、そう言われるわな。ここで俺が、“たまには帰って来るようにするんで”と言えればいいんだけど、元の世界に戻れたらそれができないから、言えない。みっともないけど、ここはエルダに任せよう。
「どうかしらね。もう帰って来ないと思ってもらった方が、いいわ」
こういうのを、ためらいもなく言えるってのは凄いな。無神経だとか言ってる訳じゃなくて、単純に勇気がいる。適当に“じゃあ3年に一度は来るから”とか言えば楽なのに、それでまた会えると思わせたまま姿を消すのはエルダの中で潔くないのだろう。
親ともなればエルダの性格は熟知しているようで、2人とも、不機嫌な表情は隠さないまま呆れ気味に鼻で溜め息をついた。
「今はそのつもりでも、気が向いたら帰って来ていいからな」
お父さん、かっこいいな。
「ありがとう。今日はもう日が暮れるし、ここでひと晩過ごしてから行くわ」
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俺にも「ゆっくりしていくといい」とお言葉を頂き、エルダの両親と弟により、晩ご飯がふるまわれた。
「よくもまあ、こんな娘を選んでくれたわねえ」
「あ、はは・・・」
親の前で失礼ながら、とんでもないやつだと思ってるのは確かだ。平気でいきなり水かけてきたりするからな。
でも何でだろうな、本当に、エルダと過ごすのは楽しい。これでエルダ抜きで元の世界に帰ったら、1週間は魂が抜けて何もできない自信がある。大人になっても引きずるぞ、間違いなく。
「まさかエルダが先に結婚相手を見つけるなんてね」
そう言ったのは弟だ。まあ、自分が先になる、というよりはエルダが結婚するなんて思ってもなかっただろう。
それはいいとして、事情が事情だから結婚ってことにした方が楽なんだけど、言葉にされるとむずがゆいな。エルダに気にしてる様子がなさそうなのもなんか悔しい。
「シブロにもきっといい人が見つかるわよ。旅でもしてみたら?」
「そんなことしたら家が父さんたちだけになっちゃうじゃないか。この街でもいい人は見つかるよ」
ホント申し訳ないです・・・弟だけでも親孝行者で良かった。
その後も、エルダは昔からこうだったとか、オズパーシーの鍾乳洞は良かったとか、そんなことを喋りながら過ごした。いい家族だな。手放してもらうには、もったいないぐらいに。
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次の日も、いつものように朝食後の出発になった。エルダの家族は狩りの準備があるらしく、玄関で見送ってもらうことになった。
「それじゃあ、元気でね」
と、お母さん。俺の方にも顔を向けてくれた。
「本当に、こんな娘だけど、よろしくね」
相変わらずむずがゆいけど、エルダは二度と帰って来ないんだ。ちゃんと返事をしよう。
「はい」
ちゃんと、頼もしく聞こえるように言えただろうか。
「健康に過ごすんだぞ」
3回も4回も“気が向いたら帰って来い”とか言わないのが、本当に凄いよな。エルダにその意思がないから、二度と会えない前提の挨拶にしてるんだろう。
「この街のことも任せてよ。もうエルダがいなくても大丈夫だから」
「んふふ・・・それは何よりだわ」
街で一番の稼ぎ頭だったって話だからな。けど、“いなくても大丈夫”、か。言われる側からすれば、安心するのか、頼られなくなる寂しさが残るのか。エルダは、ジョークをジョークで返したような、そんな様子だった。
「それじゃあもう行くわ。みんな、さようなら」
エルダが肩の横で軽く右手を振る。普通は家族との別れは死別だから、面と向かってこんなことを言うことも、そうそうないだろうな。俺はただ、その姿を眺めていることしかできなかった。
「ああ」
「それじゃあね」
「うん」
家族3人も、同じように軽く手を振りながら応えた。それを見届けたあと、エルダはゆっくりと家族に背を向けて、俺の方を見た。
「さあ、行きましょう」
「ああ」
後ろの3人の視線を感じながら、俺たちは歩き出した。
次回:水虹の帰る場所、スタートレンチ




