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第46話:最後の鍵(後編)

「水操術のことは分かったから、あとは水虹がどこから来ているかだけね」


 エルダは、シンクタニアの伝承にもないものを築き上げたにもかかわらず、“1つ片付いたから次ね”といった様子だった。けど機嫌がかなり良さそうで、それは顔に出てる。


 水虹がどこから来ているかも、ほとんど決着が着いている。火口湖で見た火山ガスや噴火したての溶岩の水虹密度が高かったことから、この星の中心から湧き上がって来ているという予想を立て、サランさんもそれを否定しなかった。明日、伝承のある場所を案内してくれるらしい。


 そのサランさんはあれから終始、放心状態一歩手前の魂が抜けかけた状態だった。申し訳ないけど見ててちょっと面白かった。エルダから聞いた話をシンクタニアに持ち帰って共有してくれることだろう。


 今日は、それぞれの思いを胸に抱き就寝。明日、答え合わせだな。


 --------------------------------


 次の日は朝食後、まず船に乗って移動。サランさんの案内に従い、一旦イグニフォールから西へ下り、谷を通ったあとまたのぼり。イグンマウンテンの一歩西にある山だ。大半の人にとって鉱石採取といえばイグンマウンテンだから、伝承を隠すなら別の山ってことか。


「こちらです」


 半日かかったけど昼の2時ぐらい。目的地周辺に着いたらしい。あるいは、川がここで終わっているから徒歩移動があるのか。


「ここから15分ほどです」


 良かった。大した距離じゃなかった。エルダとサランさんがそれぞれ水の入ったタルリュックを背負い、岩場を進む。ちなみに俺の荷物は非常食の類だ。


 時々振り返ると、イグンマウンテンの姿が見える。イグニフォールは小さすぎて見えない。望遠鏡があれば見えるかも知れない。

 そして奥には海が広がっている。このあいだ行ったオリエン海溝って、どの辺なんだろうな。水平線の向こうであることは間違いないけど。


 よそ見していると、がつっと何かにつまづいた。


「うおっとっと」


「何をしているのよ」


「悪ぃちょっとよそ見してた」


 そんなことがあったりしながらも、道のない道を進む。

 すると、ちょっとした急坂を上った先で、3メートルほどの崖下に広めの平地部分があった。むしろ微妙に下りか。クレーター、と呼ぶにはあまりにゴツゴツしすぎているな。


「この辺りは・・・」


 エルダが呟いた。それにサランさんが反応。


「はい。かつて小集落があった場所です。ご存じということは、集落があった事実だけでも誰かが本に記したのかも知れませんね。

 私たちの先祖が、伝承を遺す場としてここへやって来て、集落を作ったのですね。今では散り散りになり、イグニフォールやオンラヴァに住む人も少なくないですが」


 ということは、例の災いを経験した後の話か。街から姿を消すと決めたシンクタニアが、この山に行き着いたのだろう。


「もうすぐそこですよ。ここをおります」


 崖とは言っても直角ではないし、手足を掛ける部分は十分にある。後ろを向き、手も使って、足元に気を付けながらおりる。荷物が軽いはずの俺が一番遅かったけど。


 比較的穏やかになった足場を歩く。そろそろ15分経つけど、この辺りなんだろうか。あちこちに目を向けながら歩いてみても、洞窟は見当たらない。どっかに穴でも開いてるんだろうか。


 と思っていたら、何もないところでサランさんが立ち止まった。


「こちらです」


 サランさんが指差したのは、地面。視線を落としてみると、1枚の石板があった。ゾナ湿地林のと同じく、50型テレビぐらいだ。えっと・・・これ? 何も書かれてるようには見えないけど。


「反対側に書かれています。裏返しましょう」


 なるほど。重かったけど、3人で何とか持ち上げて、またゆっくりと下ろした。今までと同じように、文字が刻まれていた。


「・・・・・・」


 読み上げるよりも前に、エルダが一瞬ピタッと固まった。


「どうかしたのか?」


「・・・読んでみるわね」


 聞けば分かるってことか。


「・・・“この世の虹、地の底より湧き上がる。空から来るものはなく、地の底の虹尽きれば、我らは滅びへと向かう”」


「え・・・滅び?」


 前半は、予想通りのものだった。水虹は、地中奥深く、多分この星の中心から湧き上がって来ている。空から来るものがないのも、まだいい。


 けど、最後。“滅び”。もちろん水虹には限りがあるのだろうし、惑星の核だって有限だ。それこそ、隕石でも降って来ない限り資源は増えない。


「っ・・・」


 エルダが軽く息をつきながら立ち上がる。


「当然、と言えば当然ね。太陽光と共に空から降り注がれるというのも、誰かが勘違いしたものを私が読んだだけでしょう」


 下からの湧き上がりを知らなければ、そう考えるのが自然だしな。


「空からやって来るものが無ければ、いつかは尽きてしまうわね」


「だよな・・・やっぱり、防ぐ方法はないのか?」


「水虹結晶を作らないようにしたとしても、私たち生物が水虹を取り込むわ。発汗や排泄、死んで土に埋まっても全ては帰らない。生体反応での消耗はゼロではないから」


 そっか・・・滅亡を避けるには、生物が絶滅する必要があるのか。本末転倒だな。


「けれど、水虹とは関係なく、惑星はいつか滅びるものだから。どっちが先になるかという話でしかないわ」


「あー・・・」


 言われてみれば、俺たちの住む地球だっていつかは滅ぶ。この世界の、水虹による滅亡が大差ないならいいけど。


「生命体の数を制限すれば、寿命は延びるかも知れないわね。けれど、そんなことをするよりは自然に繁栄した方がいいでしょう。もちろん、人類が勝手に他の動植物を減らす訳にもいかないわ」


 そうだな。10億年後に滅ぶものが20億年後に延ばせますって言われても、そのために人口を制限するのかって話だ。滅亡までのトータルの数は変わらない。だったら、同時期にたくさんの人で生きた方がいい。悪意を持って不自然に人口を増やしまくるような真似も、誰もしないだろう。


 話がひと段落して、エルダがサランさんの方を見た。


「ありがとう、もういいわ。戻しましょう」


「はい」


 再び3人で、石板を裏返して元に戻す。


「それにしても、よく何百年も文字が残っているわね。補修をしているの?」


「はい。ここで保管しているものは、定期的に確認して薄れてきたら補修するというのを、代々繰り返しています」


 それもそうか。裏返してたって、雨が降ったりすれば削れる。


「水虹は、いつまでこの世界にあり続けるのかしらね」


「分かりません。そればかりは、自然の成り行きに任せるしかないでしょう」


 ちょっと切ないな。いつか滅亡することが分かってるまま生きるのは。


「この世界を離れようとしているのが、申し訳ないわね」


 そうだな。俺たちは、少なくとも水虹消滅による滅亡がない場所に、行くつもりだ。


「いえ。あなたの功績は十分すぎるほどです。ご自身の人生の歩んでも、誰も文句は言わないでしょう」


「ありがとう」


 これもまた、エルダが故郷を離れた時と一緒か。“やりたいことがあるから、みんなごめん”。けどエルダはもう、それを言うのが許されるぐらいのことをしてきたと思う。あとは、元の世界に帰るだけだ。


「でも、どうやって帰るんだ?」


 一番の問題はここにある。どうやって帰るんだ。しかしエルダは事もなげに言った。


「返してもらいましょう。ツーツリウム合金を作ることで災いは回避したわ。あなたはそれに協力したのだから、お役御免のはずよ。この世界も納得してくれるわ」


 世界が納得って・・・でも、一方的に呼び出されたからな。帰してくれって念じれば、意外と帰してくれるのかも知れない。俺がツーツリウム合金作りにどこまで協力できたかは疑問だけど。


「ホットスポット、の話は覚えているわよね」


「あ、ああ」


 中心の核から熱を受け取ったマントルが、上がってくる場所。そこは水虹密度も高い。


「反対に、コールドスポットと呼ばれる場所もあるわ」


「マントルが下りていく場所か」


「ええ。上昇しきったマントルは横に移動して、向かい側からやってきたマントルとぶつかると、そこで下降するの。ホットスポットで水虹を地上に供給した後も、一定の割合は残っているはずよ。それはコールドスポットでまた奥深くへと帰って行くの」


「なるほど・・・」


 上がって来た水虹も、全部が全部放出される訳じゃないのだろう。ある程度はマントルに残ったまま、また核に向かって戻っていくのか。核との境界に行き着いたらまた横に移動してホットスポットから上昇、の循環だな。


「コールドスポットに行ってみましょうか。元の世界に帰してくださいってお願いするのだから、特別な場所に行かなくちゃね。ついでに、私の体にある水虹もそこにプレゼントするわ」


「おぉぉ・・・」


 エルダも、意外とそんなことを考えるんだな。でも、いいかもな。水虹がこの星の中心に帰っていく場所に行って、元の世界に帰してもらう。


「それがいいと思います。あなたたちの望みなら、きっと聞き入れてもらえるでしょう」


 サランさんもこう言ってくれた。実際に聞き入れてもらえるかは分からないけど、行ってみないことには始まらない。


「で、コールドスポットってどこにあるんだ?」


 なんか、2人とも知ってる風に話をしてるけど。


「あなたも行ったことがあるわよ。海溝よ」


「海溝・・・!?」


 オリエントルカに連れてってもらった、海底で谷になってる部分。


「マントルと一緒にその上の地殻も沈み込みながらぶつかるから、その部分が谷になるのよ」


「そうだったんだな。じゃあまたオリエン海溝か?」


「変えましょうか。あそことは別の場所に、世界で最も深い場所があるから」


「おぉぉ~~っ」


 なんか、感動した。どこかに確実にあるものなんだけど、世界で一番深い場所。そこに、これから行くのか。


「それはどこなんだ?」


「ここからは南の方よ」


 南か。


「この大陸の西にはオクシデ海溝、東にはオリエン海溝があるのだけれど、それらは大陸のずっと南で内側にカーブして合流するの。そこから南はアウェルサ海溝と呼ばれる1本の海溝が伸びているわ。

 これら3つの海溝でYの字ができているのだけれど、その中心点が世界で最も深い場所よ。スタートレンチと呼ばれているわ」


「スタートレンチ・・・」


「スター、と、トレンチね。トレンチは海溝という意味だから」


 じゃあ、星の海溝って意味か。Y字だからそういう名前にしたんかな。


「オリエントルカたちに、またお願いしないといけないわね」


 エルダはお茶目に笑いながら言った。彼らも懐いてくれてるから、多分大丈夫だとは思う。


「それじゃあ、街に帰りましょうか」



 石板の場所を離れて、船に戻って来た。


「それでは、私はここで」


 サランさんとはここでお別れだ。


「今日はありがとう。もう会えないかも知れないけれど、元気でね」


「はい。エルダさんも、トオルさんも、お元気で。向こうの世界に帰れるよう、祈っています」


「ありがとうございました」


 俺もサランさんに挨拶を返し、別れ。船に乗り込んだ。


「とりあえず山を下りましょう。今日は船で寝ることになると思うけれど、明日にはオンラヴァまで行きたいわね。それから、」


「・・・それから?」


「スタートレンチに行く前に、故郷のフォルゾーンに寄ってもいいかしら。最後ぐらいは、親に顔を見せてから行くわ」


 そうか。俺の住む世界の方に行ったら、エルダはこっちには戻れない。それでも来てくれるというのは嬉しいけど、複雑だな。でも俺どころか親が止めたって、エルダは止まらないだろう。


「もちろんだ」


 まずはオンラヴァを目指して、船を走らせた。

次回:平野の街フォルゾーン

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