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第45話:最後の鍵(前編)

 地中奥深くから湧き上がってくるものは水虹密度が高い。エルダの手によって確かめられたこれは、シンクタニアであるサランさんからのお墨付きももらえた。そして明日、言い伝えが書かれてる場所に連れて行ってくれるらしい。


 今日は今日で、まだ釜の中で石がドロドロに溶けてる状態だった。


「あれも水操術で動かせるのか?」


「う~~~ん。少し、ほんの少しだけ手応えがありそうなんだけれど、質量密度が高いから鈍いわね。直接手を入れて動かしたいぐらいだわ」


「直接って・・・」


 相手は1000度の溶岩だぞ。そりゃあ直接触ってた方がやりやすいんだろうけど。と考えたところで、“あれ?”って思った。水操術って、いつも遠隔で動かしてるじゃん。


「エルダってたまに、水操術使う時に水に手ぇ突っ込んだりするよな? やっぱりその方が動かしやすいのか?」


 聞いてみた。使ってる本人に聞いた方が手っ取り早い。


「ええ、それはそうよ。直接触れていた方が、あ・・・」


「ん? どうした?」


 いきなり、何かに気付いたようにハッとしたけど。


「・・・・・・」


 エルダが手を顎に当てて考え始めた。何に気付いたんだろ。


「あなたの言うように、水に直接触れていた方が水操術はしやすい。具体的には、疲労が溜まりにくくなる」


 感覚としては妥当だな。そんなもんなんだろう。なんて返事しようかと考える間もなく、エルダはぶつぶつと呟き続けた。


「距離が関係している・・・? いえ、3メートルの空気を隔てるよりも、水続きなら30メートル先の方が楽に動かせる。

 ということは、動かす対象との間にある物質の影響が大きい。動かしにくいもの、つまり水虹密度の低いものが間に入ると、対象に水操術を働きかけるのに苦労して体内の水虹循環が乱れる」


「お、おい、エルダ?」


 声を掛けてはみたけど、止まらない。サランさんはと言うと、真剣な様子でエルダを見ていた。


「水虹循環は主に血液。もちろん脳や神経、皮膚にも水虹はある。水操術を使うという信号を脳が出すと、それがまず体内を巡り、更には体外の物質中の水虹を経由して対象まで伝わっていく・・・?」


 おーーい。エルダさーーーん。


「その線が強そうね・・・試してみようかしら・・・」


「なんか試すのか?」


 ずっと呟いてた中身はほとんど理解できずに俺の耳から出て行ったけど、何かを試してみようと言ったのは分かった。

 エルダは、それまで俺を無視して自分の世界に入ってたことなど無かったかのように普通にこっちに顔を向けてきた。


「ええ。少し、手伝ってもらえる?」


 --------------------------------


 もう日も暮れる頃だというのに、街を出た。そこで、ちょっと大きめの洞窟に、エルダが入る。中には深い水溜まりもあって、その水を使ってエルダが洞窟の入口を潰すと言う。自ら生き埋め状態になるのだが、エルダだから更に壊して脱出もお手の物だろう。生き埋めになって何を試すのかは知らないけど。


「それじゃあ、やるわよー?」


「おーーう!」


 俺とサランさんは外で待機だ。2分もあれば終わるらしいから大人しく待っていよう。早速エルダが洞窟内の水を使って内側から入口を崩した。当然、土砂崩れみたいな状態になる。


「どうするつもりなんだろ」


 呟いてみるも、サランさんは終始無言で、ただただエルダのやることを見守っていた。


 10秒もしないうちに、そばの川に停めてる船が浮き上がるのが視界の端に映った気がして、振り向いたら川の水に押し上げられる形でその噴水の上に船がいた。エルダがやってるみたいだ。


 眺めてると、10秒ぐらいで噴水は止んで元に戻った。何がやりたかったんだろ。



 またエルダが洞窟内で水操術を使ったのか、塞がれてた入口が復活してエルダも出て来た。


「どうだった? 川の水が動いたと思うのだけれど」


「動いたぞ。太い噴水みたいになって船が浮き上がった」


「そう、良かったわ。ふぅ・・・」


 なんか、あの程度のことだけでちょっと呼吸が大きくなってるな。


「まさか、洞窟の中からやったら疲れやすくなってたとか?」


「そのまさかよ」


 マジか。言われてみれば、直接触れるの触れないのとかいう話からきたことだけど。


「じゃあ、なんだ? 固形物に囲まれてたら外にある水を動かすのに体力、っていうか水虹の乱れ的な感じで何かを消耗するのか?」


「そのようね。恐らくだけれど、働きかけた水操術の力は、実行者と対象の間にある物質を伝わって伝播しているわ」


「えっと・・・」


 デンパ? 信号が伝わっていく、的な意味だったっけ。


「声に例えると説明しやすいかしら」


「声?」


「ええ。声は声帯を震わせて、空気か振動する形で伝わるのだけれど、水操術もきっと、手を伸ばした先の空気から順に、空気中の水虹を通して伝わってる。それで最終的に対象が動くのよ。

 声も、別に声帯を震わせることを意識はしないでしょう? 水操術も同じで、それこそ手足のように動かすことができるわ。それが延長して離れた位置にある水も動かせるだけで」


「なる、ほど・・・」


 で、空気は水虹密度が低いから動かない、と。


「でも、それなら動かしたい場所の手前にある水は全部動いちまわないか?」


 水操術で動かせない空気を伝わるならともかく、池に手を突っ込んだ状態で池の中心だけ水を打ち上げるとかもできるのは、何でだ?


「コントロールが効くわ。私たちハイドライルの人間は、動かしたいと思った箇所の水だけを動かすことができる。さっき“手足のように”と言ったけれど、まさしくその通りで、神経が水虹を通して延長されているのよ」


「マジか・・・!」


 ヤバくないか? それ。 そりゃあ、水操術なんてない世界の俺からすれば水を自在に動かせるって時点でヤバいから、その理屈がヤバいのも当然なんだけどさ。


「じゃあ、同じ水を2人で動かそうとした時は・・・」


「神経を2人で共有することになるわね。そして、主導権を握った方がその水を意のままに操れる。オリエントルカは、本当に厄介だったわ」


 おいおい、おいおいおいおい・・・!!


 待て。落ち着け。やってることは綱引きかデカい箱を押し合ってるのと同じようなもんだ。だけど、神経が水まで延長されて、それを他人と共有とかヤバすぎるだろ。


 これは合ってるのか? と思ってサランさんの方を見ると、サランさんは目を見開いていて、口までぽかーーと開けた様子だった。かなり驚いている。ここまで突き止めてしまうとは、という感じだろうか?


「他人と共有って、もしかして人の体の水分とかも動かせるのか?」


 聞いた瞬間、思い出した。これ、前にも聞いた気がする。


「それはできないわ。自分の体内のことさえコントロールできないの。恐らく、水操術の力よりも生物としての生体作用の方がずっと強いのね。人間に限らず、生命体は無意識下で強い力を働かせているのだと思うわ。

 水操術を使うと疲れるのは、体内の水虹をも経由して外のものを操ろうとするから、生体作用による無意識下のコントロールが乱れるのだと思う」


「そういやそうだったな」


 でもなんだか、とんでもない話になったぞ。手足のように水を動かせるのは、実質的に神経の延長でした、ってか。もう魔法の領域だな。水を自在に操れること自体ほぼ魔法なんだから、そういうもんだと思うことにしよう。


「これで、どうかしら?」


 エルダが、サランさんに問いかける。サランさんはしばらく固まったのちに、絞るように乾いた声を出した。


「え、ええ・・・」


 歯切れが悪いな。ただ、反応を見る限り、エルダの言ったことはデタラメって訳でもなさそうだ。


「私たちシンクタニアの間でも、水虹密度の低い物質が間に入ると体内の水虹が乱れやすいというのは共通認識となっています。特に先ほどあなたがしたように、質量密度の高いもの、岩石などの遮蔽物があると極端です・・・」


 そうだよな。エルダだって、あれしきのことで呼吸が乱れた。

 ただ気になるのは、サランさんの様子がちょっとおかしいことだ。シンクタニアでもない人間がまさかここまでやるとは思ってなかったのだろうか。


「ですが、先ほど仰られた、神経の延長や水操術の伝播については、私たちの知識にはありません・・・」


「ん・・・?」


 サランさんは、頑張って脳内の情報を整理しているように何度か表情を変えて、最終的にちょっと自信のなさそうにエルダを見て言った。


「っ・・・今のお話は、離れた位置にある水を動かす際、その間にある空気や遮蔽物内の水虹をリレーしながら、“あの箇所の水を上に動かす”という意思が伝わっているということですよね・・・」


 顔が青ざめつつあるサランさんに対し、エルダはいつものように淡々としている。サランさんの様子がおかしいことは気にしてるみたいだけど。


「ええ、そうよ。目で見てなくても、動かせるものに行き着いたら感触で分かるわよね。対象の正確な位置が分からない時は、空気や遮蔽物に水操術の力を働きかけながら、暗闇で手探りするように進んでいるのよ。さっき私がやったのがそうだったわ」


 エルダはさっき、出口を塞いだ洞窟の中から川の水を動かした。ある程度の距離は元から分かってただろうけど、そういうことか。動かそうと思って動かなければ空気か岩。動けば水。上に上げようとして何かが乗っていれば、船。それでさっき、船のある場所にピンポイントで噴水を上げたのか。


 これ自体は誰もが無意識のうちにやるだろうし、エルダも前、池の底のぬかるみに埋まってる石板を探すときは、“動かせないものを探す”ということをやった。だけどこれを、神経の延長だとか水操術の伝播だとか考えた人は、いなかっただろう。


「っ・・・・・・凄いですね・・・」


 サランさんは、お手上げと言わんばかりに、肩をすくめた。


「私たちの言い伝えにも、そのようなことは書かれていません・・・ですが・・・」


 サランさんは、川の方に手を伸ばし、バレーボール大の水を浮かせた。


「それが真実のような気も、してきましたね・・・」


 水を川に戻して、改めてエルダの方を見る。


「私たちの知っていることだけが、全てではありません・・・」


 脱帽。サランさんの表情を一言で表すと、これだった。その様子を見て、これまでずっと真顔だったエルダがようやく「ふふ」と笑った。そして、無邪気な子供のようにこう言った。


「それじゃあ、これが新しい理論ということで良いのかしら?」


 理論・・・? 教科書に、書いてあるようなやつのことだよな。もちろんあれも、昔の人が発見したもので、人間のやったことだ。長い歴史の中で、誰かがやる。


 それを、エルダが作ったということか・・・? 少なくとも、現時点で否定材料はない。サランさんも、しばらく呆気に取られたあと、


「はい・・・」


 と呟くことしかできなかった。


 エルダのやつ、新しい合金を作ったことに飽き足らず、理論まで作り上げやがった・・・。

次回:最後の鍵(後編)

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