第44話:地底の奥にあるもの
採取した溶岩を溶かすべく、イグニフォールの街に行って前借りたのと同じ工房をまた借りることにした。噴火してまだ3日だから街には王国関係者っぽい人しかいなかったけど、追い出されたりすることもなかった。作業を見たいとのことでサランさんも一緒だ。
「そういや、溶かさないと水虹密度が分からないのか?」
「ええ。固体のままだと粘度が高くて、水虹を感じ取りにくいの。動かせるかどうかは別として水操術を働きかけることによって調べてるから」
「固形物だとウンともスンとも言わないってことか」
言われてみれば、何となくはイメージできる。
「でも粘度って粘り気だよな? 石ってガチガチだけど粘度があるのか?」
「あるわよ。水のようにサラサラだと粘度が低い、これは分かるわよね?」
「ああ」
それはそのまんまだな。反対に、ドロッとしたソースは文字通り粘度が高い。
「つまり粘度というのは、物質の変形しにくさの指標なのよ」
「変形? ああ~~。つまり、ガチガチに硬いと押しても変形しないから粘度が高いってことか」
「そういうこと。物質は押し潰すと横に広がろうとするけれど、粘度が低いと小さな力でも大きく広がる。実際に、液体なんかは重力程度の力で変形してしまうからね」
なるほど。で、粘度が高いもの・・・マヨネーズなんかは指で押さないと変形しないよな。で、石は・・・あれ?
「石って、変形するというより割れないか?」
聞いたら、エルダはあっさり答えた。
「ええ。粘度とは別に機械的強度の問題があるから。その限界以上の力を加えると割れてしまうわ」
うわ・・・色んな要素が混ざり合ってんだな。
「けれど、人間の目では捉えづらいというだけであって、割れる直前にはしっかり横に広がって変形しているわよ」
「ああ~~・・・」
あれか、スロー映像とかでよくあるやつか。割れたせいで横に広がってるように見えてる気もするけど。
「で、何の話だったっけ」
「溶岩の水虹密度を確認するために溶かして粘度を下げるのよ」
「そうだった。悪ぃ悪ぃ」
いきなりエルダの講座が始まるもんだから話の流れを忘れちまう。俺が聞いちまうから講座も始まるんだけど。
一口に溶岩と言っても、見た目だけの判別でも何種類かあって、とりあえず似てるやつを1種類だけ選んでまとめて釜に突っ込み、3メートルはあろうかという長い石の棒でエルダがぐるぐると混ぜ始めた。高い位置から、3人で釜を見下ろしている。
石は、最初のうちはジャラジャラ音を立てて混ざるだけだったけど、やがて赤く光り出して、少しずつ原型をとどめなくなっていき、やがてドロドロになった。
「やっぱり・・・」
「これは・・・」
エルダとサランさんが同時に声を出す。反応からして、噴火したての溶岩は水虹密度が高かったらしい。
「凄いですね・・・」
「通常の岩石の2~30倍、と言ったところかしら」
「私も伝承で知っているだけでしたから、実物で感じたのは初めてです・・・」
2人はちょっとした盛り上がりを見せている。俺だけ水操術が使えないから疎外感が凄い。強引にでも会話に混ざろう。
「やっぱり、って感じか?」
「ええ。これは随分と水虹密度が高かったわ。鉱物とは思えないぐらいにね」
「ってことは・・・」
と俺が呟いた続きを、エルダが言った。
「地中奥深くの岩石は水虹密度が高いということになるわね。溶岩はそれらが液化して噴出したものだから」
そういうことになる。地中奥深くで海からの水分を吸って液化したものがマグマ、それが噴火して表に出てきたものが溶岩。考えられるのは、深い場所では地面か海水の水虹密度が高い。って、あれ?
「マグマって水分を吸って液化したものだから、水の方が水虹密度が高いって可能性はないのか?」
「オリエン海溝で確かめたわ。ただ深いというだけでは水虹密度は変わらない」
そうか、エルダは行く先々で水の状態を調べてる。オリエン海溝の底まで行った時も当然調べてるか。
「え、オリエン海溝へ潜ったのですか?」
俺たちの会話に驚いたのはサランさんだ。当然っちゃ当然だ。あんなところ人力で行くなんて不可能だからな。
「連れて行ってもらったのよ、メイミスのお友達のオリエントルカたちに」
「そう、ですか・・・彼らが」
シンクタニアだからか、オリエントルカが俺たちに協力したことにも驚いてるみたいだ。だけど、
「なるほど。あなたたちであれば、それも不思議ではないでしょうね」
納得したみたいだ。何だか、認められたような気がしてちょっと嬉しい。
「話を戻すけれど、単に深いというだけでは自然にある水の水虹密度は高くならないわ。一方で、ランデス湖群の火口湖は、海溝よりもずっと浅いにも関わらず、火口付近では水虹密度が高かった」
「そっか!」
そういえばそうだった。そもそも、噴火したての溶岩を調べようとなったのは、それがあったからだ。
「では、水虹密度が高いのは火口からの噴出物ということになりますね」
サランさんもエルダさながらに予想を立てる。というか、シンクタニアだから知っているのか。つまり、エルダの考えに間違いはなかったと。
「となると、」
エルダが、続きを話す。
「地中深くに行くほど、つまり、惑星の中心に近付くほど鉱物の水虹密度は上がることになるわ」
「え、惑星?」
いきなりそんな単語が出てきたものだから、素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな俺を余所に、エルダは予測を続けた。
「もしかすると、水虹は太陽から降り注ぐだけではなく、この星の中心からも湧き上がって来ているかも知れないわね」
「マジか」
あー、でも不思議なことじゃないのか? 地球だって中心から湧き上がって来るエネルギー的なのがあるかもだし。中心の核はめちゃくちゃ熱いって話は聞いたことがある。
「となると、気になるのは・・・」
呟くようにエルダが言った。何かに気付いたみたいだ。サランさんも、それを悟ったように目を軽くつぶる仕草を取った。
「ホットスポット、ね」
ホット・・・スポット? 何だそれ。聞いてみるか。サランさんに、エルダの考えを否定する様子はない。
「何なんだそれ?」
「地中ずっと深くにあるマントルが上昇してくる地点よ」
「マントル?」
また違う単語が出てきたぞ。堂々巡りで専門用語が出て来る流れだ。
「この惑星の構造から話した方が良さそうね」
確かに・・・水虹が中心から上がって来るって話だからな。言われてみれば、地球とかの惑星の中心って何があるんだ?
「そもそも中心には何があるんだ?」
「惑星によっても変わるけれど、ここハイドライルは中心から、内核、外核、マントル、地殻の4層構造になっているわ。
さっき言ったマントルは、地殻の1つ内側の層。地殻というのは、私たちがいま立っている地上や、海底のことね」
「ああ」
「実は地殻は非常に薄くて、この惑星の半径6000キロメートルに対して、大陸でも30キロメートル、海底だと5キロメートルほどよ」
「え、じゃあもう表面だけじゃん」
俺たち人間からすればこんなゴツゴツしてるのに。1/200の薄皮かよ。
「だから大半はマントルと核よ。マントルの厚さが2500キロメートル、外核は2000キロメートル、中心にある内核の半径が残りの1500キロメートルほどと言われているわ」
「マントルは薄皮じゃないんだな」
「ええ。むしろ体積比で言えば8割を占めるわ」
8割もか。一番厚いし、核よりも外側にあるからな。
「それで、中心には何があるかという話だったわね。ここハイドライルの中心の核は、6000度の金属よ」
「金属・・・!」
6000度は、まあいい。けど、金属。この星の中心って、ただの金属の塊なのか。あ、いや、塊?
「6000度なら溶けないのか?」
「圧力が高いから」
「圧力?」
「圧力が高いと融点が上がるのよ。海は深くに行くほど水圧が上がるわよね。固体も同じで、深い場所ほど圧力が上がるわ。内核の圧力は350万倍だから、6000度の高温でも固体を保っているのよ」
「350万って・・・」
それだけあれば融点が6000度超えてくるってことか。
「で、何の金属なんだ?」
6000度の金属の塊ってことは分かったけど。
「スタビリウムとツーエイティウムの合金よ。割合としては15:1ぐらいね」
スタビリウムは、あれか。水虹と反応しないから鉄板代わりに使ってるやつ。それとツーエイティウムってやつの合金なんだな。
「じゃあ、そこはめちゃくちゃ水虹密度が高いんだな。スタビリウムだから反応しないんだろうけど」
「そうね。ツーエイティウムもそんなに反応性が高いものではないから、安定して存在できてるんだと思うわ」
なるほど。これで、この星の中心、内核については分かった。
「外核はどうなんだ?」
区別してるぐらいだから違うやつだと思うけど。
「外核もスタビリウムとツーエイティウムなのだけれど、液体なのよ」
「液体!?」
は・・・液体の層があるのか?
「マントルってのは固体なんだよな?」
「ええ。だから、外核は固体に挟まれた液体の領域よ。イメージとしては、溶鉱炉の中でドロドロになっているようなもの」
マジか。今も釜の中では溶かした溶岩がドロドロで赤やオレンジに光ってる。こんなのがずっと奥深くにあるのか。
「外核は内核と比べて圧力が下がるから、それで融点が下がって融解してしまうの」
そういう理屈か。核とひとくくりにすれば金属の塊で、内側の方は圧力が高いから固体、と。・・・って、あれ?
「じゃあ内核って、ドロドロの外核の中に浮いてるのか?」
「そうなるわね。惑星の中心だから、そこに沈んでると言った方が良いけれど」
そっか、重力の向きがそっちなのか。
「圧力が高いということは質量密度が高いから、お互いに強い力で引っ張り合うのよ。質量を持つもの同士には引力が発生するから」
あれか、万有引力ってやつか。
「惑星の誕生そのものが、隕石同士の衝突だから」
「それで、隕石がどんどん集まっていって1つの大きな星になったってことか」
「そういうことね。隕石には非金属成分、酸化や水酸化された金属に、ケイ素なども含まれるけれど、それらは質量密度が低いから外側に追いやられるの。それが最終的には金属から分離して、水や酸素という形になって表に出るわ」
「へぇ・・・」
いつも飲んでる水が隕石から抽出されたものって言われても、実感が持てないな。
「きっとそれで、水虹も一緒に上がって来ているのでしょう。水と、自然には存在しないけれど水素もかなりの水虹密度になることが分かっているから」
「じゃあ、水素に付いて来てるってことか」
「でしょうね。地表にあるものでは分からないけれど、マントルの深くでは純金属と水酸化金属の間に水虹密度の差があるかも知れないわ」
マントルってのは、外核と地殻の間の層だったよな。
「で、マントルを経由して酸素とか石が上に上がって来てるってことか」
「“マントルを経由して”、と言うと少し違和感があるわね。隕石の衝突を繰り返して大きな塊になったあと、安定に向かう過程で層が分かれたのよ。イメージとしては、水と油を混ぜても放置すれば分離するのと同じ」
「そっか、初めからマントルがあった訳じゃないんだな」
ああ、難しい。
「と、とにかく、軽い成分がどんどん上に上がったってことだよな」
「簡単に言うとそうなるわね。内核はかなりの純度のスタビリウム・ツーエイティウム合金で、外核の非金属成分は10%ほど。
一方で、マントルは半分以上は非金属だし、地殻は酸素とケイ素だけで75%。大気はもちろん気体しかないわ」
へぇ~~。外側ほど軽いっていう構図なんだな。
「じゃあ、マントルには何があるんだ?」
半分は金属じゃないって言ってたけど。
「ケイ素、トゥエルビウム、酸素で大半を占めるわ。酸素は、ケイ素酸化物や金属酸化物として存在する形になるけれど」
「その、酸化物ってやつがいまいちイメージできないんだけど」
「一言で言えば岩石ね。オズパーシーで見た宝石なんかもそうだけれど、外で転がっている石なんかも、酸化ケイ素よ」
「なるほど、分かった」
そりゃ金属とはえらい違いだ。俺も何度も見てきた。理屈はちょいちょい忘れるけど。
「それで、ホットスポットの話ね。惑星は内側ほど温度が高いのだけれど、マントルは固体だけれど流動していて、深い場所から上昇してくる地点を私たちはホットスポットと呼んでいるわ」
「へぇ~~~」
なるほど。深い位置ほど熱いから、それが上がってくる場所がホットスポットか。って、ちょっと待て。
「マントルが流動って言ったか? 岩なんじゃなかったのかよ?」
「岩よ。固体よ。固体だけれど、流動するの」
「は・・・」
ワケわかんねー。
「さっき、固体は粘度が高いという話をしたわよね? 固体は形がしっかりしているけれど、非常に粘土の高い流体と考えることもできるのよ」
「はあ」
岩が、流体。そんなことを言われてもな。
「理解できないって顔をしてるわね。無理もないわ。私たちにはとても体感できないほど遅い流動だから。
イメージとしては、鍋の底で温められた水が上昇するのと同じだと考えればいいわ。核に近い部分のマントルは核から熱を受けて、上昇する。そして、私たちの立つ地殻との境界付近まで来ると、横に移動を始めるの」
「なるほど・・・」
あっためられた部分が上がってって、表面に着いたら横移動。それ自体は分かる。でも、地面の下にある土台みたいなのが動いてるて言われてもなぁ・・・。
「どれくらいのスピードなんだ? 体感できないほど遅いって言ってるけど」
「年間で数センチメートルという説があるわ」
「1年で数センチ・・・!?」
そりゃ、見てても分からんわ。1ヶ月で1ミリそこらだろ・・・?
「むしろ何で分かったんだよ」
「地形の変化から推測したのではないかしら。400年前の人が作った地図と、今の人が作った地図を見比べれば海岸線に変化が出ていてもおかしくないわ。それにこの世界には、長いこと伝承を受け継いでいる民族がいるのだし」
エルダがサランさんを見る。サランさんは目を閉じてゆっくりと首を縦に振った。つまり、その通りだと。
「シンクタニアがその辺も調べてきてたってことか・・・」
ホントに凄い人たちだな。フィンデルの言った“世界を監視している”という言葉には、こういうのも含まれてるんだな。
「じゃあその、ホットスポットに行けば、水虹密度の高いものが手に入るってことか」
「そのはずよ。手に入れたところで使い道があるかは別問題だけれど」
「確かに・・・」
もう、スチミウムを使うことによる水虹減少の問題は解決した。しかも話を聞く限り、ホットスポットとやらは地の底か海の底だ。地の底だって深海レベルで掘り進めなきゃいけないだろうから現実的じゃないし、海の底に行くにはオリエントルカの協力が必要だ。元の世界に帰る手掛かりはあるかも知れないけど・・・どうするか。
ここで、これまで俺たちの様子を見守っていたサランさんが、口を開いた。
「自力でここまでのことを調べ上げるなんて、凄いですね。シンクタニアでも、できる人はもういないでしょう」
いきなり褒められた。
「それは・・・どうも」
エルダもちょっと反応に困ってる様子だ。
「お2人に、お見せしたいものがあります。今日はもう遅いですが・・・明日、お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
サランさんの口から出たのは、そんな申し出だった。フィンデルやオリエントルカと同じように、言い伝えのある場所を案内してくるってことか。それに対するエルダの返事は・・・、
「お言葉に甘えるわ」
了承だった。シラミ潰しで山の中を歩き回っても、仕方ないからな。
「それなら、」
今度はエルダから申し出があるらしい。
「あなたも今日、ここで一晩過ごすと良いわ。一旦別れて合流するのも手間でしょう」
何を言うんだろうと思ったらそういうことか。サランさんも一瞬だけ目をぱちくりさせたけど、すぐにいつもの穏やかな顔になった。
「では、私もお言葉に甘えさせて頂きます」
次回:最後の鍵(前編)