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第41話:精錬の街オンラヴァ

「見えてきたわね。あそこがオンラヴァよ」


 オンラヴァは山脈の南端だが、海沿いでもあるのでイグニフォールからの移動も一旦海に出てからになった。山脈を右手に南下を続けていると、街が姿を見せた。


「結構デカいんだな」


 鉱山労働者の出稼ぎ先って感じだったイグニフォールとは違い、こっちは普通に街だった。マリンダースよりちょっと小さいぐらいか? オズパーシーと同等の規模はある。


「イグニフォールで採れた鉱石の多くはここに運ばれて来るからね。加工工場が多いのよ。金属の精錬はもちろん、機械とか家具の組立てもね」


「そっか。イグニフォールはちょっとした工房が並んでるだけだったもんな」


 火山も近かったし、量産はこっちでやってるんだろう。


「そういうことだから、作ったツーツリウム合金を売り込みに行くわよ」


「だな」


 800度でも錆びない金属。これによりイグニフォールで実証した掘削機械はもちろん、船とかもパワーが上がると同時に、水虹が結晶となって内部に留まり無虹水が排出されるのも防ぐことができる。人類の未来にとっては後者の方が重要なんだけど、宣伝文句には前者の方がインパクトになる。


 周りにもいくつか船があるなか街に向かう。イグニフォールとオンラヴァの間は交流が盛んなのだろう、交通量が多く、貸し切り状態にはあんまりならなかった。ここまで街が近付くと、近所の採掘場からの帰りなのか、その辺の川からも船が出て来るようになって交通量が増えた。港がすぐそこまで来ると、南側からも船が来るので往来が激しくなった。


「よぅ! 調子はどうだい?」


 港が近付くと船同士も近付くので、世間話を吹っ掛けられる。


「それはもう、絶好調よ」


 エルダが上機嫌で答えた。マジで、絶好調もいいところだからな。


「はっはっは! 若いのにやるじゃねぇかアンタら。んじゃまたな」


 とは言っても向かう先は同じなので、会話が終わるだけで並んで走るのは変わらない。お互いに船の同乗者との会話に戻る。


「これがオンラヴァかぁ」


 近くで見てもやっぱりデカかった。クロスルートみたいに街自体にも傾斜はあるけど、あそこと違って街の敷地内はせいぜい三合目止まりで、海のない側は全部山に囲まれている。鉱石が採れる場所も多いワケだ。


 街の雰囲気としても、港町って感じではあんまりない。工場なのか大きい建物が多いし、高い煙突も目立つ。金属を溶かすための温度を上げる手段が炭を燃やすことじゃなくて金属と水虹の反応だからか、煙突から出てる煙は白くて、街の空気が汚いとかもなさそうだ。


「ひとまず食事にしましょうか」


 イグニフォールからオンラヴァは1日あれば来れるが、温泉に寄り道したので途中で1泊して、今はちょうど昼前だ。



 昼食後。


「それじゃあ、ツーツリウム合金の売り込みに行きましょうか」


「売り込むって、どうやって?」


「のみの市よ」


 市場に到着。色んな人があちこちにテントとかゴザを張って、絵とか壷とか手作りの小物とかを売ってる。特にイベントとかでもなく、毎日やってるって感じの雰囲気だ。


「さ、私たちもやるわよ」


「でもゴザもテントもないぞ?」


「そんなものは買えばいいのよ」


 買った。なんか、商売もせず酒盛りしてるオッサンたちがいたから金渡したら彼らが使ってたテントをそのままくれた。


「のみの市に店出すための場所を買うって何なんだろうな」


「別にいいわよ。目的はお金稼ぎではないのだから」


 そうだな。ツーツリウム合金を使ってもらわなきゃいけないからな。合金そのものと、それを使ったミニ掘削機械と、ツーツリウム合金作りのレシピ(これはタダ)を並べて、商売開始。


「ツーツリウム? ツーツリア結晶からわざわざ精錬したのかい?」


「ええ。それで更に合金にすることで、800度の蒸気でも腐食しないものにしたの」


「800度!? おいおい、そんなのがあったら世界が変わるぞ」


「変えるつもりでやったから」


 エルダは自信満々に言った。それが却って胡散臭そうにも見えるけど、


「そうか・・・じゃあまずそっちの小さいのを頂くとするよ」


 ものは試し、という言葉もある。石コロぐらいのサイズのツーツリウム合金を買ってくれた。その人は指2本でつまんだ合金を色んな角度からじろりと見ている。


「にわかには信じがたいが・・・やってみれば分かるか」


「ありがとう」


 早速売れた。値段はぶっちゃけその辺の金属よりも高いけど、「性能があるのだからあまりに安いと敬遠されてしまうわ」ということでの値段設定だ。


「ツーツリウムの精錬? 本当にできるなら大したものだぞ」


 半ば半信半疑で、ご自由にお取りください状態になってるレシピを持って行くだけの人もいる。ツーツリア結晶自体は俺たちが売らなくても普通にあるし。でも構わない。俺たちの目的はこの合金を使ってもらうことにある。


「さ、この調子でどんどん広めていくわよ」


 その日のうちに、俺たちは噂の的になった。これまでを大きく上回る温度に耐える配管材料は、蒸気で動力を得るこの世界ではかなりの進歩になるみたいだ。スチミウムの持つポテンシャルをより多く引き出すことができるぞと、みんな喜んでいる。

 夕方にもなると、朝に合金を買った人が自分でも試したのか、もはやその噂に疑問を抱く人はいなくなった。ここオンラヴァが、イグニフォールで採れた鉱石が集まる街であることも助けとなった。工場の職人はもちろん。行商人にも詳しい人が多い。広い街だからどこまで浸透したかは分からないけど、少なくともこの市場近辺では、住民の意識はツーツリウム一色になった。



 興奮冷め止まぬ夜に、その辺の店で食事。あちこちのテーブルから、ツーツリウムについて話してる声が聞こえてくる。


「上手く行ったみたいね」


 エルダは満足した様子で、それでして少しホッとしたような笑みを見せて言った。


「ホントだよな」


 こうもトントン拍子に進むなんてな。エルダが生み出したツーツリウム合金が世に広まるのも、いい意味で時間の問題だ。明日はまた場所を変えて売り込みに行くし、多くの行商人の手に渡るから他の街にだって広まるだろう。


「今日はごちそうね」


 金も結構入った。本来の目的ではないと主張したいが、入りに入ってくる金を見てテンションが上がったのも事実だ。モチベーションは、大事。


「肉食うぞ肉!」


 ご褒美も、大事。毎日のように金属を溶かしてブレンドする日々は、地獄そのものだった。全部エルダがやってたことだけど。


「よぅ姉ちゃん。アンタだろ? ツーツリウム合金を作ったってのは」


 お、話しかけてきた。普通に顔出して商売してたからな。


「ええ、そうよ」


 エルダ自ら受け答え。この世界の文化ってのもあるだろうけど、エルダって割と見ず知らずの男に話しかけられても気前よく接するよな。ただそれと同時に、どこか隙のなさそうにも見えるけど。けどまあ男の方もサバサバしたのが多くて、ねちっこいキモオヤジとかはいない。


「まったくありゃ凄ぇぜ。どうやって編み出したんだ?」


「ちょっと前に、ツーツリア結晶の精錬をやったことがあって、その時にツーツリウムが腐食に強いことも分かったのよ。後はもっと良くできないかって思って、色々と混ぜ物をしてみたの」


 “混ぜ物”っていうのは、合金のことか。あの気の遠くなるような日々を、よくもまあその一言で片付けるよな。


「ツーツリア結晶を精錬しようって時点でおかしいっての」


「そこはまあ、飽くなき探求心から来るものね。金属の酸化物であることは明らかなのだから、意地でもそこから純金属を取り出したいと思うじゃない?」


「はははっ。違ぇねぇ」


 その“違ぇねぇ”が俺には分からないんだよなぁ・・・。目の前のクリスタルは金属の酸化物です。ならばそこから金属を取り出したいですよね? とはならんだろ普通。俺がおかしいのか?


 その後もぽつぽつと色んな人に話しかけられた。がっつり合金トークが始まることもあって、もはや俺は蚊帳の外だった。一番困るのは、エルダと一緒にいることで俺も詳しいと思われて声をかけられることだ。俺がド素人だと分かった時のあの、哀れむでも落ち込むでもない微妙な表情が結構心にクる。助手のじょの字にしかなってなくて申し訳ない・・・肉食お、肉。


 ある程度したらそれも落ち着いた。


「大変だな」


「別にいいわよ。多くの人が興味を持ってくれたのなら」


 そうだったな。あの合金の普及率を上げるには、作れる人に増えてもらうしかない。話しかけてくる人がいなくなっても周囲の話題は専らこれで、注目を浴びるのは気恥ずかしい部分もあるけど、自分たちが話題になってること自体はなんだか気分がいい。あの地獄のような日々が報われたと実感できる。


 気分よく、周りのテーブルの声に耳を傾ける。さすがにいつまでも合金ばかりではなく、やがて違う話題をするテーブルが出てくる。


「そういえば、そろそろ噴火の時期か?」


 噴火? 今、どっかのテーブルから聞こえてきたな。エルダに聞いてみるかと目を合わせると、それよりも先にそのテーブルの会話が続いた。


「ああ、もう調査隊は山に入ってる頃かもな」


 調査隊、か。エルダに聞いてみよう。


「噴火の時期が近付くと、予兆を観測するために火口付近に調査隊を派遣するのよ」


 結局聞く前に言われた。


「そうなんだな」


 そりゃ噴火に巻き込まれたら危険だしな。


「“噴火の時期”って言ってるけど、そんな定期的にあるものなのか?」


「そうね・・・小規模なものだと100日に一度くらいかしら」


「そんなにか!」


 噴火ってだけで大騒ぎになりそうなのに、みんな落ち着いてるのは慣れてるからか? 年に3回か4回っていうと、台風直撃ぐらいの頻度かな。台風と違って季節は関係ないだろうけど。


「予兆ってのはちゃんと分かるんだよな?」


 それが分かるから、普段はイグニフォールにいて直前にオンラヴァに避難する作戦を採れるんだろうけど。


「2日か3日前には分かるはずよ。たまに前日になることもあるけれど、そういう時は噴火の規模が小さいわ。反対に、規模が大きめの時はもっと早くに分かるわよ」


「おぉ、それは良いな」


 そういうものなんだろうけど、そういうことなら安心だ。


「噴火が近いようだし、それまではここで過ごして、落ち着いたら固まった溶岩を見に行きましょうか」


「え、行くのか!?」


「落ち着いたらよ。最初の噴火から2~3日は何度か起こるから、その後で」


「あ、そういうこと」


 地震の余震みたいな感じで、噴火も何日か続くっことか。それが収まるのを待つのは幸いだけど、ちょっと怖いな。それでも、


「火山が噴火すると、地中深くの岩石が外に出るから、それを調べたいの。ランデス湖群で、地下から湧き上がるものほど水虹密度が高いことが分かったから。けれど乾いた溶岩が雨とかで水を吸うと、それが揮発する時に失ってしまうわ」


 なるべく早い方がいいってことか。


「そういえば、年に何回も噴火して街は大丈夫なのか?」


「360度ある斜面のうち街は一部だけだし、一応は街の上部に防御壁も設けてあるから、直撃は免れることが多いわ。それでも数年に一度は、火砕流が街に直撃して復興が必要になることもあるみたい」


「やっぱそうなのか」


 年に何回も噴火してりゃ、そりゃあな。


「とりあえず、しばらくは合金売りながら休憩ってことか」


「噴火しないことには動きようがないから、それまではね」


 サラッと噴火することを前提にしないでくれよ。この世界の住人は慣れてるんだろうけどさ。



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 それから2~3日は、日ごとに場所を変えてツーツリウム合金を売り続けた。3日目にはもう、俺たち以外でもツーツリウム合金を売る人が現れた。レシピを真似て作ったんだろう。パクられた気がしなくもないけど、レシピをタダで配ったのはこっちだし、普及させることの方が目的だから我慢だ。

 売り上げも落ちたけど、もう十分に儲けも出てるし、自分たちが作ったものが色んな人の手に渡っていくのは嬉しいことで、何だかスッキリした気分にもなってる。これが人類のためにもなってるんだから尚更だ。


「そろそろ、旅支度の方を始めましょうか」


 エルダももう、自分の役目は終わりという顔をしている。ひとつの場所でじっとしてるタイプでもないからな。噴火したての溶岩という興味の対象も待っている。合金のことはもう、この街の人や行商人に任せよう。


 街でもツーツリウム合金の話題は落ち着いてきて、というよりはすっかり浸透しきって、噴火の単語の方を聞く頻度が増えてきた。

 実際、この数日でイグニフォールから大半の人が戻って来たようで、街の雰囲気が少し変わった。鉱山労働者は顔つきが少し違うから分かりやすい。家族を残して単身で行ってる人も多いから、久々に再開したんだろうなって家族も結構見かける。お盆とか年末に親戚一同が集まるやつにちょっと似てる。そういや俺、いつ元の世界に帰れるんだろ。



 ちょうど、合金の販売を終えた次の日のことだった。


 カンカンカンカン! カンカンカンカン!


 鐘がけたたましく鳴った。


「なんだ!?」


 まるで、“敵襲ーー!”という叫び声が同時に上がりそうな鐘だ。


「来たみたいね」


 エルダが呟いた。ってことは・・・。


「噴火だ! イグンマウンテンが噴火したぞ!」


 誰かがそう叫んだ。ついに噴火したらしい。年に何回かあることとは言え、さすがに街の人たちも足を止める。


 カンカンカンカン! カンカンカンカン!


 鐘はまだ続いている。


「なあ、どうすればいいんだ!?」


 そろそろ噴火することが分かってて、それを待ってた訳でもあるんだけど、いざ噴火するとどうすればいいか分からなかった。


「特にすることはないわ。500キロメートルは離れているから平気よ」


「ほっ。そうなのか」


 500キロと聞いて肩の力が抜けた。そうだよな。船でブッ飛ばしても半日かかる距離だもんな。街の人たちも、最初の数秒こそ足を止めてたけど、もう既に動き出していた。確かに、特に慌ててる様子はない。“お、やっと噴火した”って感じの雰囲気だ。


「それじゃあ、あと2日待って、3日後に出発しましょう」


 エルダはエルダで、“噴火したから行きましょう”ってノリだし。


「500キロ離れてるのは良いんだけど、どうやって噴火してるって分かるんだ?」


「海から観測しているのよ。噴火が確認されたら、発煙筒で信号を送ってリレーしているわ」


「そんなことしてんのか」


 前の人が打ち上げた煙が見えたら自分のを発射して次の人に知らせる、でリレーしてるのか。船走らせるよりは確実に早いだろうけど、なんか花火大会みたいだな。500キロで発煙筒リレーって、どんだけ人を動員してんだろ。でも、お役所側は噴火を軽く見てないみたいで安心した。


 やがて鐘は止まった。街の様子は、噴火したからと言って特に何かが変わった訳でもない。けど今思えば、噴火前までは“いつ噴火するんだ”みたいな感じでソワソワしてる部分もあって、噴火したことでむしろ落ち着いた気もする。案外、街のみんなも噴火を軽く見てた訳じゃなかったみたいだ。噴火したことに対するリアクションが薄かったってだけで。


「さ、旅支度を続けるわよ」


 噴火したての火山に行くんだよな、俺たち・・・。

次回:再び火山へ

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