第40話:新合金実践
「私たちも、混ぜてもらっていいかしら?」
配管と羽根車のセットは本当に1日でできた。試運転して錆びないことも確認して、「いきなり大きい物を作ってしまいましょう」ということでデカいドリル車に合わせて作った。俺とエルダの分で2台。そしてその825度駆動ドリル車を携えて、集団労働の集合地点へと乗り込んだところだ。
「構わんぞ。自分で機械を持ってるとは珍しいな。それを使うのか?」
俺たちがドリル車に乗って登場したからか、この場の監督っぽい人はそんなことを聞いてきた。20日ぐらい前に大量のツーツリア結晶を積んで来て船着き場で注目を浴びたはずなんだけど、さすがに覚えてないか。
「ええ。少し改造して、より高い温度と圧力で動くようにしたの。良かったらみんなにも使ってもらおうと思って」
「何だって?」
エルダは自信満々に言い放った。無理もない。試し打ちの段階で明らかに従来品よりも高速回転できたからだ。岩を削る時は、回転にとっては障害物たる岩に対して強い力で削りに掛かることができるから、掘削のスピードが上がる。
“少し改造”の中身はもちろんツーツリウム合金の使用とスチミウムの増加だ。ところが監督っぽい人は、鼻で笑った。
「ハンッ。どうせスチミウムを増やしたとかだろう。知らんのか。これ以上やると部品が腐食するんだぞ」
妥当な反応だ。スチミウムを増やしたのは合ってるけど、配管の材料まで変えたってのはさすがに想像できないみたいだ。
「腐食も起こらないようにしたわ」
「何だってぇ??」
今度こそ本物の、“何だって?”だった。
「嘘だと思うなら、後で分解して確かめてもらって構わないわ」
ここまで言える根拠が俺たちにはある。確かに最初は思い付きでスチミウムを増やそうとしただけだったけど、そこでぶち当たった壁も乗り越えてここまで来た。後は結果を示すだけだ。
「にわかに信じられんが・・・好きにしろ。劇的に作業が進むようなら現場監督員が気付くだろう」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
この人が付いて来ないのはちょっと残念だけど、しょうがない。何はともあれチャンスはもらえた。
ある程度人数がまとまったところで出発になった。特に集合時間とか勤務シフトが決まってる訳でもなく、来た人から送り出される感じだった。来なければその日のお駄賃が入らないってだけだろう。俺たちは自前の、他のメンバーは与えられた機会に乗って、先頭を走る現場監督の後に続く。
現場には10分もしないうちに着いた。簡単な指示を受けた後、作業が始まる。俺たちが監督の目に留まるまでに、そう時間は掛からなかった。なんせ、明らかに倍以上のペースで進んでいるからだ。労働者にも作業を止めてこっちを見てる人がいる。
「他の者は自分の作業に集中しろ!」
監督の一言でまた動き出したけど、ちらりちらりと視線が送られるのは嫌でも分かった。別に嫌ではなかったけど。
「これは・・・・・・」
ドリル車の轟音の中、監督は腕を組んでこっちを見てるだけだった。今は俺たちの邪魔はせず、後で話を聞こうとか思ってんのかな。俺の凡人生活に初めて光が差したような気がして、テンションが上がった。言うまでもなく全部エルダのお陰だけど。
カンカンカンカンカンカンカンカンと、休憩を知らせる鐘がやかましく鳴った。作業を止め、子供が遊ぶように掘りまくったトンネルを引き返して外に向かう。その途中の、多くの人と合流するポイントで監督に止められた。エルダもいた。
「お前たち、それは何だ。確か自分らで用意したものだったな」
自前のに乗って来てたのを見ててくれたようだ。なら話は早い。錆び上等でスチミウム入れまくってると思われるのも癪だ。街で集合地点の監督にしたのと同じような説明をこの場でもした。もちろん俺じゃなくてエルダが。
「そうか・・・生憎詳しくはないが・・・腐食は後で確かめてもらう。今日のところはこのまま続けろ」
「はい」
「わかったわ」
今日のところはこのまま続けた。夕暮れが迫って街に帰ると、現場監督は街の監督のもとへ行き、何やら話し始め、数分後にはそこに4~5人が集まっていた。やがて全員がこっちに向かって来た。口を開いたのは、朝から世話になった現場監督。
「もう一度見せてもらいたい。いいか?」
「もちろんよ」
監督陣を引き連れて再び採掘場へ。このタイミングでの逆走が珍しいのか、街へ帰る人たちは例外なく、すれ違いざまに俺たちの方を見た。
採掘場に着くなり俺とエルダは揃ってドリル車を動かした。どうせなら比較用に従来のやつがあって欲しかったけど、それでも毎日見てる人には一目瞭然だったみたいで、ドリル車が壁を削る轟音の中でも、後ろから感心したような気配が伝わって来るのが分かった。これ以上やる必要はないと判断し、ドリルを止める。
後ろを振り返ると、5人のうちの1人、まだ一度も喋ったことない相手が前に出て来た。
「その機械の実力はよく分かった。それで、腐食がないというのは本当だな?」
「本当よ。この場で見せてあげましょうか」
「この場でだと?」
性格には、一旦この洞窟を出てからだった。エルダはいつものタルリュックを持っていて、こうなることを想定していたのか、大量の水を用意していた。水さえあれば、エルダに切れないものはない。
「まさか・・・」
これはこれで驚き、といった様子で監督陣が見守る中、エルダはドリル車をバラし、ついには配管も切り開いた。これまで通り、一切の錆びは無かった。
「おぉ・・・」
「なんと・・・」
正直もうちょっとデカいリアクションを期待してたけど、衝撃を受けてる様子なのはよく分かった。
「そんなことが・・・!」
1人が動いて、エルダが切り開いた配管の中を覗き込むように見る。他の面々も動き出し、おかしいところがチェックするようにあちこちを見て回った。
「ここはどうなっている」
指された場所をエルダが開ける。
「何か細工があるのか?」
「いいや、見当たらない」
監督同士でもあーだこーだ言い合っている。タネも仕掛けもない訳じゃないけど、イカサマでも子供騙しでもなくて、エルダの努力の結晶で作り上げた合金だ。
「おい、お前」
「何かしら」
「“腐食も起こらないようにした”と、確かにそう言ったな」
朝の集合場所で声を掛けた監督だ。
「ええ。言ったわ」
「どうやったんだ」
「材料を変えたわ。持ってみてもらった方が早いと思う」
「何だって?」
エルダは、配管の一部を完全に切り落としてそれを拾い、その人に渡した。そう。俺も昨日エルダに言われて手に持ってみたら分かった。このツーツリウム合金は・・・、
「軽い・・・?」
合金がというよりは、純粋なツーツリウムがそうだったんだけど、今まで使われてた金属より軽かった。倍ぐらいの差はあったと思う。監督陣の間でも受け渡して確かめ合い、軽い軽いという言葉が漏れてくる。これも比較対象がこの場にないんだけど、大きさに対する重さが完全に染み付いてるのか、監督たちは分かるみたいだ。
「おい、これは何なんだ」
色だけならそこいらの金属と変わらない。でも、軽い。そうなるとやはり、この金属は何なんだという話になるらしい。ここでようやく、俺たちは答えを明かすことができる。
「ツーツリウムの合金よ。ツーツリア結晶から取り出して、サーテニウムとツースリウムを特定の割合で混ぜたもの。まだまだいくらでも作ることができるし、作り方を教えることもできるわ」
エルダは真剣な目つきと口調で言った。この材料を使った機械を広めれば、水虹がこの世界から減るのを食い止めることができる。その話は一切出さなかったけど、これまで以上の温度と圧力の蒸気を作り出して機械のパワーを上げた。作業効率が上がることも、もう実証済みだ。
監督たちの反応は、顔色を伺うまでもなく2つ返事だった。これまでの倍以上の掘削量が採れて、丸1日使っても錆びない。それだけで十分に試す価値があるらしい。しかも数十日、何百日ともつ可能性だってある。この日のうちに監督陣を工房に案内し、エルダが事細かに作り方の説明をした。たまにエルダの脳みそでしか分からないようなこともあってハテナマークが飛び交うこともあったけど、とにかくやり方だけは覚えてもらったようだ。ツーツリア結晶自体は珍しいものではないから、今後積極的に採っていくそうだ。
最初はぶっきらぼうだった監督たちも、帰る頃にはみんな顔が綻んでいた。朝に声を掛けた集合地点監督なんて、“腐食することを知らないのか”とエルダを鼻で笑ったことを恥じた。エルダは気にしてなさそうだったけど、ああいう早とちりは恥ずかしいみたいで監督が異様にヘコンでたのが面白かった。
今日いたのがこの5人だったというだけで、詳しい人は他にもいて、工房を構えてる中には機械のプロもいる。これから先のことは任せて欲しいとのことだった。もちろん残ってくれるなら有難いとも言われたけど。
けど俺たちはこのツーツリウム合金を引き連れて、南にある街オンラヴァに向かうことにした。ここイグニフォールに出稼ぎに来てる人たちの言わば実家で、イグニフォールほどではないけど周辺には鉱床もあるし、オンラヴァにも鉱石や金属は集まるから、イグニフォールまでは来ずにオンラヴァを拠点にしてる行商人も少なくない。俺たちの目的はツーツリウム合金のいち早い普及にあるから、ここの事はここの住人に任せて、俺たちは次の日にはオンラヴァを目指してイグニフォールを発った。温泉に寄り道したけど。
次回:精錬の街オンラヴァ




