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第4話:街の外へ(前編)

 街の外に出る門の手前まで来た。目的地のゾナ湿地林が北にあるから北寄りで宿を取ってたらしく、近かった。


「街の外には水虹管ってやつはないんだな」


 街中で建物の上に張り巡らされていた透明の水道管(この世界では水虹管と呼ばれている)は、外には伸びてなかった。


「川がいくらでもあるからね。海岸沿いは海が交易路だけれど」


「ああそっか、海でも移動できるんだもんな」


 すぐ左には海だ。海岸沿いは基本的に港で船が並んでるのと、沖では実際にいくつか行き交っている。


「私たちの一番の武器は水だから、水場を進むことになるのよ」


「なるほどな」


 街を出る門の先は草が刈られて土が見えてるだけの道だけど、ずっと海沿いみたいだ。エルダは武器1つ持ってないし、武器を持ってる人にとっても水があれば水操術が使える。海とか川に沿って道を作るのも当然か。


「それで、クマとかイノシシが出るんだっけか」


 この水虹銃ってやつを試してみたいな。クマとイノシシは怖いけど。


「ハーバーベアはハーバー湖周辺だけよ。この辺りはイノシシとウサギだけど、街に近い場所だと人間を警戒してるから、こっちから狩りに行かないと出て来ないわよ」


「“狩りに”って・・・」


 ここでは狩猟が当たり前なんだろうけど、物騒な言葉だな。あと、ウサギも狩りの対象なのか・・・。


「行きましょう。こっちよ」


 早速出発になったけど、エルダが指差しながら向かったのは正面の門じゃなくて海の方だった。


「外に出るんじゃないのか?」


 いきなりイノシシと戦うのは怖いし、銃の試し撃ちなら海にぶっ放すのでもいいけど。


「歩きたいのなら止めないけれど」


「は?」


 素っ頓狂な声を上げてエルダを見ていると、彼女は並んでいる船のうちの1つに乗り込んだ。


「エルダ、船持ってたのか?」


「それはそうよ。今日は近場だけれど、歩いてたら着く頃には真っ昼間よ」


「そんな離れてたのか」


「ええ。街を移動しようとしたら、一番近い所でも船で数日は掛かるわ」


「マジか!」


 船持ってるのが当たり前みたいな言い方だし、大抵は船で移動するんだろうな。船は木製で、特に塗装とかもないからフローリングみたいな模様になってる。家の床みたいなツルツル感はないけど。

 面積は4トントラックぐらいで、真ん中に屋根付きの部屋があるのと、船尾には、エンジンかどうかは分からないけど、機械仕掛けの箱みたいなのがある。


「よっ、と」


 コトンと足音を立てながら、30センチぐらいの隙間を跨いで船に乗った。当たり前だけど揺れる。普通の船って初めて乗ったけど、木で出来てる以外は海水浴で乗ったゴムボートとそんなに変わらないな。


「ふ~~ん」


 真ん中の部屋の中には、質素な机と椅子、そして柔らかくなさそうな布団があった。寝室兼書斎といった感じだ。一番近い街でも数日とか言ってたし、船で寝ることもあるんだろうな。あとはスコップとかツルハシとかの道具も置いてあって物置にもなってる。


「なあ、あのドアは何だ?」


 部屋の奥の壁に、ドアが2つあるのが見えた。あの奥にも空間があるらしい。


「開けてみていいわよ。大したものではないから」


「それじゃあ・・・」


 部屋に入って布団を踏まないように奥まで行って、それぞれ開けて中を確認した。確かに大したものじゃなかった。けど、大したものだった。トイレとシャワーだ。ここで寝ることもあるんなら、ないと困る。


「もういいかしら? 出発するわよ」


「ああ」


 部屋から出て外へ。エルダが、陸地の杭みたいなのに巻き付けてあるロープをほどき始める。


「自動で動くのか?」


 オールみたいなのは見当たらない。森に向かうなら川を上ることになるから漕ぐのはキツいぞ。


「ええ。水がいくらでもあるんだから、人力でなんてやらないわ」


 エルダは船のフチの部分に腰掛け、真下の海を指差しながら言った。漕がなくていいのは安心だ。


「やっぱり水操術なのか?」


「機械仕掛けだから水操術を使う訳ではないけど、海水にも水虹はあるから、それを取り込んで駆動するのよ」


「へえぇ~~っ」


 船尾の箱をじろじろ見ながら半周回って、エルダがいる方に移動した。エルダはレバーみたいなものに手を掛けていて、


「行くわよ」


 それをぐいっと引き上げた。グォォォォッと、下の方から音が鳴り始める。


「うおっ!」


 船が進み出して揺れて、バランスを崩して後ろの方に体が傾いた。


「っとぉ~~」


 体を180度ひねり、フチに手を着いて間一髪助かった。あっぶね、いきなり落ちるとこだった。でもフチに腹打ったから痛ぇ・・・。


「あっははは。あなたは落ちても荷物は落とさないでよ?」


 おい。


「いってて・・・動くなら言ってくれよ」


「言ったじゃない、“行くわよ”って」


「言ったけどさ・・・」


 エンジンかけた瞬間動くとは思ってないじゃん。つってもそれはこっちの常識だと言われて終わりか。慣れないとな。


 そういえば荷物を背負ったままだった。エルダが減速してくれたので、立ち上がって真ん中にある部屋のそばに置いた。エルダのタルみたいな木箱と比べると2/3ぐらいのサイズな上にワラ製で、我ながら情けない。


 船が少しずつ陸を離れていき、横に並んでいた他の船よりも前に出たところで右にカーブ。寝室の部屋にも前の方にもハンドルは無いから、それも船尾の箱のところにあるらしい。エルダが手元を動かしてる。


 部屋の壁は全面、上半分以上はガラス張りになってるから視界に問題はない。エルダが座ってる船尾のフチの部分もそれなりに高さがある。


「うおぉ~っ、気持ちぃな~~っ」


 カーブも終わって落ち着いたところで、エルダは加速を始めた。揺れはするけど、バランスを取れないほどじゃない。船が進むことによる向かい風を、俺は全身で受ける。


「あなた、船にはあんまり乗らないの?」


 音もあるから大きめの声で、エルダが言った。俺の声も自然と大きくなる。


「ああ。こっちは車輪付けて陸上を走らせるんだ。川の無い場所にも人は住むから」


「そうなの? ここでも陸を走る機械がない訳ではないけれど、近距離用ね。水を積むのも面倒だし、馬で引くことが多いわ」


 そうか。何でもかんでも水が原動力なんだよな。そりゃ水の上を移動したくもなる。地球にガソリンの川があったところでそれを使うかは別問題だけど。


「なあ、部屋の電気もそうだけど、どうやって動いてるんだ?」


 俺はもう1回エルダのいる方に行った。今度はフチを背もたれにして座って。


「水虹を金属と反応させる、と言ったのは覚えてるかしら?」


「ああ」


 電球と発電機が一体化してるようなもん、みたいなイメージだけど。


「金属にも、水虹と反応しやすいものとそうでないものがある」


「ふんふん」


「それで、レバーを引くなどして水を通し、水虹と反応しやすい金属に当てるの。この船の場合、その反応熱で水を蒸発させてタービンを回して、同じ軸で繋がっているスクリューも回すのよ」


 あぁそうか、そもそも船だと発電機がいらないのか。スクリュー回せば進むんだから。金属に水ぶつけるだけでスクリュー回るレベルの蒸気って、水虹ってやつは凄いな。


「どういうのが反応しやすいんだ?」


「空気中に純度の高い状態で存在できる中では、トゥエルビウムね」


「トゥエルビウム?」


 聞いたことないな。


「金属の呼び名は、あなたのいた所とは違うみたいね」


「みたいだな・・・」


 金属だけはこの世界オリジナルのもの、か。


「トゥエルビウムは水虹と反応しやすくて、さっき買った水虹銃にもその合金が使われているわ。発射用の水と蒸気生成用の水に内部で分けて、蒸気生成用はトゥエルビウムと反応させて、パンってね」


「へぇぇ~~っ」


 思わず水虹銃を眺めてしまう。水に金属を触れさせるだけで、銃を発射できるほどの蒸気か。恐ろしいな。


「それで、電球はどうやって点いてるんだ?」


「照明器具は大きく2つに分かれていて、1つは、水虹との反応時の発光をそのまま利用するもの。もう1つは、電離という現象を用いるもの」


「デンリ?」


 何だそれ。


「一部の金属は水に浸けると、水虹との反応によって電気を帯びる。正確には、物質中の荷電粒子、電気を帯びた粒子が、普通は正負の2種類が釣り合うように存在しているのだけれど引き離されて、取り出せるようになるの」


「それで、電気が取り出せるって訳か」


「ええ。取り出せるのは決まって負の荷電粒子で、電子と呼ばれるものよ」


 電子ってのは学校の授業で聞いたことあるな・・・原子核の周りをぐるぐる回ってるんだっけ。


「えっと・・・本来は電子がいて中性だから、それが水虹との反応で引き離されるから自分も電気を帯びるってことか?」


「そうよ。それで電子が取り出せるから、あとは水と照明器具の間を、行きと帰りの2本の金属で繋いであげれば完成」


「ふ~~~ん」


 じゃあ、電球と発電機が一体化してるって言っても、ガラス玉の方は普通の電球で、尻尾みたいな部分に水を通してるだけなのか。


「けれど注意しなければならないのが、行きと帰りの2本の金属のうち片方は、電離しにくいものを選ぶ必要があることよ」


「そうなのか?」


「両方とも電離して電子を手放してしまうと、電子の受け取り手がいない。水と照明器具の間を繋ぐ環状のルートを電子が巡ることによって照明は点くから、電離させるのは片方にして、もう片方にそれを受け取ってもらわないといけないの」


「ほーん・・・」


 あー難しくなってきた。そういうもんだと思うことにしよう。


「行きと帰りのどっちを電離しにくいやつにするんだ?」


「考え方が逆よ。電離しやすい金属は電子を手放し、その電子は照明器具を通ったあと電離しにくい金属を経由して水へと戻って来る。必然的に、電離しやすい方が往路になるわ」


「あぁそっか。現象が先にあるのか」


 それでも、これ以上はマジでそういうもんだと思うしかなさそうだけど。


「そういうことね。水を流し続ける限り、その循環が続くわ」


 水虹があるから、か。時計は水の補給が必要そうだったけど、部屋の電気は水道みたいに流し続けられるからな。


「水に浸けるだけで電気ができるなんて、凄ぇな・・・」


「そこまでできる材料は限られるけれどね。大半は発熱反応になるから」


「熱になりやすいやつと電気になりやすいやつがあるってことか」


「そんなところね。見せてあげましょうか」


「え?」


 ちょうど、森の方に向かう川が見えてきて、そばまで行ったところでエルダは船を止めて立ち上がった。あのヒラヒラの民族衣装にもポケットがあるようで、巾着袋みたいなのを取り出した。


「トゥエルビウムと、酸化させたツーフォリウムの混合粉末よ。発熱も電離も強力になるように整えているの」


 エルダが袋を開けてこっちに見せた。銀の粉と黒い粉が7:3で混ざってるような感じのものだった。


「これをこうして、」


 エルダは袋からその粉を左手でひと掴みして、


「水も準備して、」


 右手を軽く上げる動作で海水をバレーボールぐらいのサイズで取り出して、


「こうよ」


 パァッ、と左手で粉を投げた後、右手を前に振って水を飛ばした。すると、


 ジュワッ。


 海水は一瞬で蒸発しきって、


 ジィジジジジジジリリリ・・・!!


「うお・・・っ!」


 実際には音はしてないけど、赤紫の電気がジリジリ出てプラズマボールみたいな感じになった。エルダが飛ばした水はバレーボールぐらいだったのに、1メートルはあったぞ今の。


「すげぇ・・・」


 電気が消えた後も、俺はしばらく固まってた。


「・・・水操術って、こんなこともできるんだな」


「金属を使って発熱や電離を招くことは、水操術と呼ばないことが多いけれどね」


 どっちにしたって、水と金属さえあればここまで出来るんなら凄すぎる。


「今の、飛ばした水より電気の方がデカくなったけど、どうなってんだ? 粉が広がってる範囲に電気も広がるのか?」


「広がる、と言うよりは、私が水操術を使って広げたの」


「水操術で広げた? 電気の範囲をか?」


「正確に言うと、広げたのは水が気化した後の水蒸気。水をぶつけた瞬間から発熱も電離も起きるけれど、まず私たちの目に見えるのは水の蒸発。水蒸気になっても水虹が多い状態だから、水操術で広げることができるの」


「水蒸気を動かせば一緒に水虹も動く、ってことか」


「そうよ。広げると空気も混ざってしまうけれど、それでもトゥエルビウムが電離するぐらいの水虹密度はあるわ。酸化ツーフォリウムを混ぜてるのは、反応を促進させるためよ」


「ほーん・・・」


 やばい、もう分からん。それでもエルダは話を続けた。


「もちろん発熱も同時に起こっていて、局所的にかなりの高温になることで水蒸気は酸素と水素に分解されて、更にはそれが電離もする」


「は? 酸素もデンリするのか?」


「するわよ。空気中に含まれてる窒素も一緒にね。それで周辺蒸気も電離している状態になるから、さっき見たようなことが起こるのよ」


「うへえ・・・凄ぇな・・・」


 水を動かすだけでも恐ろしいのに、エルダのやつ、こんなことまでできるのか。逆らえねえじゃん・・・。


「あなたもやってみる?」


「え、できるのか?」


「できるわよ。私が投げた粉末に、水虹銃を撃つだけだから」


「あ、ああ」


 そうか、あの粉に水ぶつけりゃできるのか。


「その前にこれ普通に撃ってみていいか? なんか怖いんだけど」


「いいわよ。海にでも向けて撃ってごらんなさい」


「ぃよっし・・・」


 なんか緊張するな。水鉄砲みたいなもんだとは分かってるんだけど、石砕くぐらいだからな。


 銃口を斜め下、海水面に向けてから、ゆっくりと引き金を引いた。


 ポァァン!


「おわっ!!」


 前に伸ばしていたはずの手が、一瞬で耳の横ぐらいまで来た。


「・・・マジかよ、これ・・・」


 マジで銃みたいじゃんかよ。すっげぇ・・・。


「それじゃあ、こっちの方をやってみましょうか」


 エルダが袋に手を突っ込んで粉をつかむ。


「待った待った待った! もう1回練習させてくれ」


「え? 構わないけれど・・・」


 不思議そうな顔してるのがなんかムカつくんだけど・・・。


 ポァァン!


「・・・うし」


 分かってれば反動も大したことないな。両手で持ってやったけど。


「準備はできたかしら?」


 “心の準備はできたかしら”って言われてる気がしてならない。その通りなんだけど。


「いいぜ、頼む」


「それっじゃあ行くわよ。はい」


 エルダが粉を投げた。よし。


 ポァァン! ジリリリ・・・!


 まばたき1つしないで見ていたつもりだったけど、一瞬で終わったし小さかった。でも確かに、飛ばした水が蒸発して赤紫のプラズマホールは見えた。


「マジで出来るのな。エルダのと比べたらショボかったけど」


 さっきのやつを見た後だったせいか、感動が薄い。


「水虹銃だと勢いが強いのと、あなたは水操術がないから水蒸気を広げるどころか留めておくこともできなくて、通り過ぎてしまうわね」


「あ~・・・そうなんだな」


 でもなんか凄ぇな。粉に水撃つだけで電気ジリジリか。


「・・・なあ、これってこの世界の人みんなできるのか?」


 めっちゃ怖いんだけど。


「水蒸気を広げると空気が混ざって水虹密度が下がるから、人によってはあまり大きくできないけれど、この粉末さえあれば大抵の人はできるでしょうね」


「それ、武器屋とかで売ってたりするのか?」


「まさか。こんなものを売っていたら牢獄行きよ。これは、私が自分で作ったものよ」


「は? エルダが作ったのか?」


「ええ。旅に出る前も、鉱石を採りに行って金属を取り出すことはやっていたから。試行錯誤は必要だけれど、作り方次第で電気メインにもできるし、火にもできるし、熱気を作るだけということもできるわよ」


「ふぅぅえ・・・」


 誰も彼もができる訳じゃないっていうのは安心したけど、余計にエルダが恐ろしく思えてきた。かなりヤバい奴なんじゃないのかこいつ・・・。


「安心なさい。主に研究用だから基本的には水でやるわよ。粉末を作るにも結構な手間が掛かるしね」


 その“基本”さえも十分に怖いんだけどな・・・。


「さ、森へ行くわよ」


 エルダが船を動かし、川の流れに逆らうように上り始めた。川は、片側3車線の道路ぐらいに広い。岸辺には至る所にロープをくくり付けるための杭みたいなのがある。それと、狩りをしている人だろうか、イノシシやウサギの死骸を乗せた船とすれ違うこともあった。マジでウサギも狩ってんだな・・・。


 狩猟帰りの人は見かけるけど、


「なあ、動物いなくないか?」


 全くと言っていいほど動物がいない。


「街から一番近い狩場だから川に近付いて来ないのよ。仕方ないわ」


「ああー」


 なるほど、人間に殺されるからか。


「だから、こっちから行きましょう。あなたに狩りの練習をしてもらわなくちゃね」


 ちょうど、斜め前からこの川に流れ込んで来る小さな川との合流地点の近くで、エルダは船を停めた。杭にロープをくくり付けて、岸に上がる。


「ここからは歩きよ。船がすれ違えないような狭い川は通らないのがルールになっているの」


「そっか」


 他に帰り道がない以上は、一方通行にする訳にもいかないからな。小さい方の川に沿って、森の中を歩き始めた。


「こっちの川には動物も来るのか?」


「動物たちも水は必要だからね。支流には居ることがあるのよ。川を離れた方が獲物が多いのは確かだけれど、私には武器がないわ。荷物の中にある水は非常用だから、普段は使ってないの」


「それもそうか」


 何リットル持ち歩いてるのかは知らないけど、箱だけでも重いのに水まで持ち運ぶなんてタフだな。


「ほら、いたわよ」


 エルダが指差した先で、遠いけどウサギが川の水を飲んでいた。


「申し訳ないけれど、」


 エルダは手のひらを上にして右手を前に伸ばした。


 ピッ。


 エルダが、指は伸ばしたまま手首を使ってピッと軽く上げると、ウサギは倒れた。


「・・・今のは、水操術で・・・?」


「ええ、そうよ。水虹銃1発よりも少ない量だけれど、勢いを付けて、体を貫通させた」


「貫通・・・」


 威力だけはある銃で撃ったようなもんか。凄ぇな。


「さあ、行きましょう」


 ウサギの所まで歩いた。もちろんウサギは倒れたままで、腹と背中から血を流している。


「途中ですれ違った人にあげましょうか。湿地林の調査に行くには邪魔になるから」


 エルダはウサギを拾い上げて、左脇に抱えた。


「それじゃあ、次はあなたよ。進みましょうか」


「ああ」


 けど、ウサギって何か殺しにくいなあ。かと言ってイノシシは怖いし、複雑な気分だ。


 しばらく進んでいると、カサカサカサ、と草の揺れる音がした。


「来たわね。イノシシよ」


「イノシシ・・・」


 立ち止まって、音のした方を見る。


「うおっ・・・」


 確かに、イノシシがいた。けど、


「襲い掛かっては来ないんだな・・・」


 それはそれでホッとしたけど、こっちから近付く勇気なんてないぞ?


「イノシシは人を見ると襲って来ることが多くて、実際そうだったのだけれど、私、覚えられちゃったみたいなのよ」


「は・・・」


「群れに出くわすと何頭かは逃がすことになっちゃうから」


 ちょっと待てよ。イノシシに顔覚えられてビビられてんのかよエルダ。


「私が川から水を出せば逃げるでしょうね。あなたが近付く分には大丈夫だと思うけれど、どうする?」


「・・・・・・やめとく」


 イノシシとタイマンとか、無理。ってことはウサギかぁ・・・。


「もっと上流だと私も支流ヘはあまり行ってないから警戒されないはずだけど、ウサギのつもりだったから」


「あー・・・」


 だよな。練習ってぐらいだから大人しい動物の方が簡単だし。だけど・・・、


「スマン、場所変えてもらっていいか・・・? こっちだとウサギはペット・・・愛玩動物のイメージが強くて、殺すのにかなり抵抗があるんだよ」


「そうなの? それじゃあイノシシにしましょうか。ウサギに襲われることはないから、そこに慣れてもらう必要もないし」


「悪い。助かる。エルダの助けがないと多分イノシシは無理だ」


「構わないけれど、イノシシぐらい1人で対処できるようになってもらうわよ?」


「う・・・」


 マジかよ・・・。



 船の所まで戻り、上流を目指して再出発。


「あ。そこのあなたたち! これどう? もっと上に行くから手放したいの!」


 通りすがりの船にエルダが声を掛けて、さっきのウサギを渡した。女の人がウサギの死骸を片手で掲げて“これどう?”と聞く姿は、ちょっと恐ろしかった。慣れるしかない、か・・・。


 ウサギを渡し終えると、船は再び上流を目指して進み始めた。イノシシ狩りかぁ・・・ウサギは無理だって言ったのは俺だから、やるしかないな。

次回:街の外へ(後編)

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