表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/49

第39話:合金開発

 水虹結晶が溶ける800度でも錆びない配管が必要で、銀だと上手くいったけど、普及用の低コスト版を目指したツーツリウムを使うと、ダメだった。そこでエルダが言ったのは、合金にしてみるということだった。


「いま使われているスタビリウム鋼も、普通だと腐食してしまうものを合金にしたものだから」


「合金・・・」


 そういやそんなこと言ってたっけ。いつも使ってるスタビリウム板も、こっちの世界でいうステンレスも合金って話だしな。


「でも、何混ぜればいいのか分かってるのか?」


「それは手当たり次第にやるしかないわね」


「マジかよ・・・」


 ゴールが見えてきたと思ったら、これだ。ツーツリウム、何で800度で錆びちまうだよ。それさえなければと思うけど、そう上手くいかないのが世の中か。本気で気が遠くなってきたぞ・・・。


「まずは、いま使われている合金の添加材料からやってみるわ。すぐに見つかるといいわね」


 すぐには見つからないことが分かってるような言い方はやめてくれ・・・。



 そこからは、地獄のような日々が続いた。合金にするには融点1700度とかいうツーツリウム溶かさなきゃいけないから溶鉱炉のある工房も借りて、溶けた姿は文字通りの地獄。

 そこに他の金属も突っ込んで、合金を作っては800度で錆びないかを試し、ダメだったらまた溶鉱炉で金属の配合を変えるか別の材料を添加するか。


 俺の役目はツーツリウムの量産で、釜とか装置は起きてるあいだ稼働させるから酸化ツーツリウム結晶とか炭の補充だ。あとは、エルダに頼まれた金属を買いに行ったりもした。ついでにメシも。


 エルダは、溶鉱炉で金属を溶かしては合金を作り出すのをただひたすらに繰り返した。作ってはダメ、作ってはダメが続き、正直見てる方が音を上げそうだったけど、それでもエルダは止まらなかった。夜更かしすることもままあったけど、睡眠はそれなりに取ってるようだった。


 そんなある日、いつものように先に寝ていると、いきなり何かがのしかかってきて目が覚めた。


「うおっ! ・・・って、エルダ!?」


 というかそれ以外にない。いや、ちょっと、え・・・!?


「ん・・・トオル・・・? ごめんなさい、ぼぅっとしていて間違えたみたい」


 あ、間違えただけか。驚かしやがって。


「なあ、エルダ疲れてないか? あんまり無理すんなよ」


 今もほぼ倒れ込むような感じだったし、暗いなか間近に見える顔も、決して健康的とは言えない。


「そうね・・・少し、疲れが溜まってきているわ」


 良かった。それは素直に言えるみたいだ。こういうタイプの人って、ぶっ倒れるまでやったりするからな。


「・・・って、早く降りてくれよ」


 重いとか言うつもりはなくて、むしろ感触は良いんだけど、だからこそ困る。


「あら、ごめんなさい」


 ゴロン、とエルダが横に降りた。で、そこで止まった。いや自分の布団に・・・とは思っても、まんざらでもない本心は否定できない・・・。エルダが降りたことで物足りなさを感じたとまで言ってしまってもいい。合金作りに必死になってるってのに、こんなことを考えてしまうなんて、俺がガキだからか・・・?


「やっぱりいいわね。2人というのは」


「っ・・・なんだよ急に」


 ほんとに急に何なんだよ。こっちは悶々としてるって言うのに。


「こうして、疲れた時もしっかり息抜きできるもの」


「まあ、そりゃ・・・な」


 1人で淡々と合金作りと実験を繰り返して、しかも上手く行かない日々が続いて食事も寝る時も1人とか、俺だったら確実に発狂する。というかそうなる前にリタイアする。


「終わりは中々見えないけれど、いつか必ず成功させて見せるから、そしたらまた温泉に行きましょう?」


 視界の端で、エルダの顔がこっちを向いたのが見えた。それにつられて、俺も体を回してエルダの方を見る。エルダは疲れの色が残る顔で、うっとりした笑みを見せていた。これが片付いたら、また温泉に。いい考えだ。“そうだな”って答えようとした。けど、いざ言おうとしたところで気が変わった。


「それ、明日じゃダメなのか?」


「え?」


 不意を突かれたのかエルダは驚いた。けどすぐに俺の言ったことを理解したようで、また笑った。


「そうね。今更1日を無駄にしても大して変わらないし。・・・明日は、休息にしましょうか。付き合ってくれるのよね?」


「もちろんだ。海でも温泉でも、好きなとこ行って遊ぼうぜ」


「んっふふふ♪ 楽しみね」


 久しぶりの、エルダの屈託のない笑顔。水虹結晶のことは解決させなきゃいけないとしても、学問のことは忘れて毎日狩猟とか採掘で稼ぐだけ稼いで遊んで暮らしたい、とも思ってしまう。エルダの性格上それは無いんだろうけど。


「心配してくれてありがとう。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 それでエルダは目を閉じた。自分の布団に戻ってくれなんてことは微塵も思わなかった。この近い距離感が嬉しい。



 --------------------------------



 次の日は、本当に何もかもを忘れて遊び呆けた。仕掛けたら放置しても良いようなやつまで一切触れず、遊びに行った。

 朝っぱらから海で泳いだ。沖まで出て潜って魚の群れと戯れた。砂浜でバーベキューをした。森の水辺で昼寝した。エルダが手懐けたクマに乗って疾走した。温泉には日が沈み切ってから入った。星が綺麗だった。


 めちゃくちゃ楽しかった。エルダも、昨日までの疲れはどこへやらといった様子で体を目いっぱい動かして遊んでた。元々そういうのが好きなタイプなんだろう。疲労も精神的な面の方が大きかっただろうし、使命から離れさえれば遊び回っても休息になったみたいだ。イグニフォールの街に戻ることもなく、そのまま温泉近くの湖で夜を明かすことになった。


「今日は楽しかったわ。やっぱり、あなたといると楽しい」


 エルダの顔色は、昨日よりもずっと良い。


「あなたはどうなの? 私といて」


「え、俺?」


 てかそれ聞くのかよ・・・そういうのも相変わらずだな。男として、という意味はなさそうだけど、家族同然ぐらいには思ってくれてるのかな。とにかく、これは正直に答えよう。


「俺も、エルダといて楽しいぜ。今のやつが片付いたら、また今日みたいに遊ぼうな」


「ええ♪ これからもよろしくね」


 こうして、休息の1日を終えた。



 そこからはまた、合金作りと800度蒸気流しの日々が続いたけど、前みたいにエルダの顔に疲れが出ることはなかった。一向にして上手く行くものはできなかったけど、慣れもあるのか俺も気楽に過ごせるようになった。それどころか、エルダの作業を間近で見て、訳が分からないなりに“次はどんなブレンドにするんだろう”と楽しむようになってきた。


 どんなブレンドにしても錆びまくるんだけど、目も当てられないほど真っ黒になってることもあれば茶色にとどまってることもあって、全く変化がない訳でもない。そしてその結果を受けてエルダが次のブレンドを考えて、また作る。次第に、あまりにひどく真っ黒になることは無くなっていった。


 そしてあの休息日から8日後、その時が来た。


「あ」

「・・・・・・」


 いつものように825度までやって配管を切ったら、そこには錆びがなかった。開けたら当然のように錆びてるのを100回は見てきたから、突然のことで驚いた。エルダも何秒か固まってた。


「錆びて、ない」


「・・・のようね」


 もしかして、成功か・・・!? 本当に喜んでいいものかと、エルダを見る。もちろんこれを目標にやってたんだけど、頭の中でどこか、“気の済むまでやれればいい”って思いもあったのかもしれない。


「フゥーーーッ」


 エルダが息をつく。表情は、穏やかだ。


「・・・もう少し、長時間やって様子を見ましょうか」


 ぬか喜びしてはいけない。そんな言い方だ。でも、これで一歩前進って言い方でもあった。錆びは、目に見えないだけでごく表面にはある。どれくらいのペースで進行していくかの差でしかない。これまでは30分でやってたけど、突破したなら長時間、耐えてもらわなきゃいけない。


「もう一度やって、今度は思い切って夜まで放っておいてみましょう。この時間からだと、そうね・・・10時間」


 今はまだ昼飯より前だ。10時間後に確認して、結果がどうあれ寝るのがいいな。


「よし、じゃあ次仕掛けたら休憩にしようぜ」


「ええ」


 いま切ったやつを溶接でくっつけて、また水を流した。出口からは蒸気が出て来る。これで、夜まで放置だ。



 夜になり、いよいよ開ける時が来た。


「・・・・・・」


 さすがのエルダも、緊張した面持ちだ。もう2週間半はこれをやってたんだから、当然か。水を止めて、水操術を使って配管を切っていく。そして、その内側が姿を見せていく・・・。



 錆びはなかった。



「おぉ・・・」

「・・・・・・」



 使う前と同じように、綺麗な金属の色をしていた。もちろん、水虹結晶も付いていない。


「おぉ・・・おぉ・・・!!」


 興奮のあまり、俺はガッツポーズを作っていた。


「いいんだよな、いいんだよな・・・!!」


 ぬか喜びじゃ、ないんだよな・・・! エルダは呆然としたように固まっていたけど、少しまだ呆けた部分を残したまま、呟いた。


「・・・これだけやって目に見えないレベルなら、十分だと思うわ・・・」


「おぉぉ・・・!!」


 くぅ~~~~~っ! やっと、やっとできたんだな・・・! 考えるよりも先に、体が動いてしまった。


「いよっっっしゃああああああああああああああ!!」


 俺は両手を突き上げて、文字通り手放しで喜んだ。これは、爆発せずには居られない。もちろん俺はちょっと手伝ってただけだけど、人が、それも毎日一緒に過ごしてるエルダが挑戦してるのを見てきたから、俺は嬉しい。気付けば、また体が勝手に動いてた。


「ちょっと、トオル・・・!」


 どうやら俺はエルダに抱きついてしまったらしく、困ったようなエルダの声が聞こえた。あ、やっべ。なんて思いもしなかった。喜ぶこと以外の感情を全て忘れてしまった。


「やった、やったぞ・・・!」


 俺は冷静になって事態を把握するまで、エルダの背中に回した手でがっしりとエルダを押さえて、何度も揺さぶった。考えることを放棄しているながらに、エルダが大して喜んでないのは感じ取っていたから、自分のことなんだからもっと喜んで欲しくて、ゴールを決めたサッカー選手にするように何度も何度もエルダの体を揺さぶった。


「・・・・・・」


 エルダは依然として固まったままで、なんで人のことでそんな喜んでるんだって感じだったけど、俺があまりに喜びを爆発させるものだから折れたのか、呆れたようにひと息ついたあと、ゆっくりと俺の背中に手を回して抱きしめ返してきた。


「そうね。ありがとう」


 そのまま俺がクールダウンするまで抱きしめ合ったままだった。俺はずっと雑に体を揺さぶってたのに、エルダは嫌がる様子ひとつ見せず抱擁を続けてくれた。疲れてただろうに申し訳ないと、後から思ったものだ。



 さすがの俺もエルダの冷静さを前に落ち着いてきた。


「あ、わりぃ・・・」


 状況に気付いてすぐに体を離すと、エルダも手の力を抜いてするりと抜けた。今度は、俺が突然離れたことで、エルダが驚いたような顔をしている。


「本当にありがとうね。トオル」


「あ、いやぁ・・・」


 顔を合わせ辛くて目を逸らす。エルダは気にしてなさそうだけどめっちゃ抱きついてしまった。


「でも、本当にできたんだよな・・・!」


 まだ興奮は完全に冷め止んでなくて、声が大きくなった。


「一応はね。耐用日数を調べる必要もあるけれど、機械の寿命を延ばすというのはじっくりやればいいことだから」


「うっし・・・!」


 もう1回、今度は小さくガッツポーズ。本当に、できたんだ。


「先のことは、この街の人たちに託しましょう。合金の作り方さえ教えれば、きっとできるわ」


 エルダにも俺の喜びが移ったのか、やり遂げたような清々しい顔をしていた。やり方は見つけた。だから後はみんなにそれを使ってもらうだけ。


「明日は早速、この合金を使って掘削機用の配管と、羽根車も作るわよ」


「ぬぉぉぉぉぉ・・・!」


 そうか、まだ材料が見つかっただけか・・・! もう完全燃焼の気分なんだけど、これでまだ続きがあるのを平然と受け入れるエルダが凄いな。始めから分かってやってたんだろうけど。


「1日あればできるから、それをみんなに見せてやり方も教えて、」


 やり方も教えて・・・?


「また温泉に行きましょう?」


「うぅぅぅぅぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 もう夜中だっていうのに、また叫んでしまった。でもこれが叫ばずにいられるかよ。でも当のエルダが至ってクールで、「本当に凄い喜びようね・・・」などと呟いている。


「けれど、頑張った甲斐があったわ」


 エルダはまだぶつぶつ言ってるけど、絶賛絶叫中の俺にはもちろん聞こえない。けど多分、聞いてた方が良かったであろうことを言ってたんだろうなあと思う。


「あなたにそこまで喜んでもらえて、私も嬉しいわ」

次回:新合金実践

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ