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第38話:800度への挑戦

 銀の配管ができた。いま鉱山労働者たちが使ってる金属だと温度を上げるのに限界があって水虹結晶ができてしまうから、絶対に錆びない銀を使って水虹結晶が溶ける800度まで上げて、この世界にとって必要な水虹を機械の中に残留させずにしっかりと戻せるようにすることが目標だ。


 銀じゃ値段が高いからエルダがツーツリウムという材料での普及を考えてるけど、原理検証はマジの純銀でやる。銀で作った配管の中に、スチミウムという、水に触れるだけで尋常じゃなく発熱する金属をエルダが入れていく。このままだと水に流されてスチミウムが外に出てしまうから、2本の配管を連結させる間に同じく純銀の網を挟み込み、溶接器でくっつけて1本の配管にした。


「いよいよだな」


「ええ。まずは今の材料でもできる300度からよ」


 300度ってだけで俺の想像を超えてるんだけどな・・・。しかも最終目標は800度とか、感覚はとっくに麻痺しきってる。


 300度での動作チェックはすぐに終った。


「圧力も計算通りだし、問題ないわね」


「そういや水操術で圧力わかるんだったな・・・」


 当たり前のようにやるもんだから、この世界の人なら誰でもできるのか、エルダにしかできないのかもサッパリだ。少なくとも、事前の計算は誰にでもできるものじゃなさそうだけど。


「次、325度」


 これも、この次の350度もあっさり終わった。


「もう水虹結晶はできちまってるのか?」


「少しはあるはずだけれど、まだ薄すぎるから中を開けて直接見ないと分からないわね。これまで見てきたものは何十日と使い続けてきたものだから」


「あ、そうなんだな」


「800度でやる直前だけ、実際に開けて確認してみましょう」


 それで800度でやった後で溶けてるか、だな。


「スチミウムはやられちまわないのか?」


「酸化されてしまうとは思うけれど、それでも発熱が続くということは酸化スチミウムも水虹との反応が強いというでしょう。本当に珍しい材料だわ」


 だからこそ、馬力が出るからみんな使ってるってことか。


「さあ。ここからは375度、これまでの材料では耐えられない領域よ」


 おとといの川辺の実験では375度で配管がボロボロに錆びてしまった。銀に代えたことで、耐えられるか。スチミウムの配置を終えたエルダが、ゆっくりと水のバルブを開ける。グォーーッという水の流れる音がする以外は特に何もなく、さっきまでと変わらない。そんな中、水操術で中の様子が確認できるエルダは、さっきまでより格段に真剣な目つきをして銀の配管を見つめている。


「・・・やっぱり、水と水蒸気の区別がつかなくなっているみたいね」


 水が蒸発すると1700倍の体積の水蒸気になるらしく、密閉されてると膨張できない代わりに圧力が上がって、圧力が上がると沸点も上がるから、中ではグツグツいいながら温度と圧力が同時に上がってるらしい。もちろん同時に、水が減って水蒸気が増えていってる。

 そんな中、水が完全に蒸発しきる前に、水と水蒸気の境目がなくなってしまったとエルダは言っている。水操術で扱う感覚としても、水とも水蒸気とも違うんだとか。


 その辺のことは俺には分からないけど、とにもかくにも375度でやろうと思ったら普通の配管だと錆びてしまう。その温度だと水虹結晶は溶けない。そもそも水虹結晶ができないようにするには圧力を落とせばいいらしいけど、水蒸気の量を減らすことになるから機械の馬力が落ちる。作業効率の落ちる機械は誰も使ってくれない。だから800度で動かして、水虹結晶ができても溶かして水虹も一緒に排水、かつ馬力も向上するものを作らなきゃいけない。


 区別がつかないとは言え名前は必要だから蒸気と呼ぶことにして、実際に出口から出てるのは水蒸気っぽい湯気だった。湯気は勢い良いけど、スチミウムのある場所から流れて来る間に圧力が下がるのか、水も少しポタポタと垂れている。


「羽根車はないけれど、出口に向かうまでの間に温度も圧力も多少落ちるわよ」


 おお、バカなりに考えたことが当たってちょっと嬉しい。

 ドリル車には羽根車と呼んでる、鋼鉄製の風車みたいなのがあるけど今回は銀が800度で錆びないか確かめるだけだから配管しかない。それでもスチミウムを離れるとちょっとは冷めて戻るらしい。1分ぐらい排気を眺めて、エルダがバルブを閉めた。


「フーーーッ。ひとまず375度が作れたわね。毎回開けて中を確認するのも面倒だから、壊れるか800度になるまで進めましょう」


 多分壊れはしないと思う、といった希望的観測も含んだ言い方だった。まあ実際、前のやつもすぐには壊れなかった。開けてみたらボロボロに錆びてただけで。もし錆びが進行するならどっかのタイミングで穴が開くだろうから、それの有る無しで判断してもいい。どのみち800度までやったら開けて確認する。


「じゃあ次は、400度ね」


 トングみたいな道具で管内にスチミウムを追加して、また水を流す。出口からは、同じように蒸気と水。


「・・・だいぶ計算と合わないわね。水と水蒸気の境界がなくなって1つの流体となったことで、色々変わってきたわ」


 その台詞の割には、エルダに困ったような表情は一切なく、むしろ気分が乗ってるようにも見えた。


「大丈夫なのか?」


「ええ。スチミウムを増やせば温度も圧力も上がることに変わりはないわ。ただ、計算に修正が必要なだけで」


 サラッと“修正”とか言うよな、エルダって。実際できるんだろうけど。


「どうやって修正するんだ?」


 銀とか金を使わなきゃ配管が錆びるってことは、誰もやったことないんだろ? 今までの理屈が通じないものをどうやって計算するんだ?


「実測値を集めるしかないわね」


「は」


 今何て言った? それは“計算”なのか?


「少しずつ、スチミウムの量を増やして、スチミウムの合計表面積、配管の内径、水の供給量、それに対する反応後の温度と圧力、これらをワンステップずつ記録に残していく。そうしたらそのうち、傾向が見えてくるはずよ。配管の内径は固定だから、スチミウムをこれだけ増やしたら温度と圧力がこれだけ増えるというのがね。それを基に、新しく計算式を作るわ」


「は」


 開いた口がふさがらなかった。確かにそうするしかないんだろうけど、やってることってもう教科書に載ってる公式を作るようなもんだぞ。

 でも、そうか。エルダは学者だ。しかも今、これまでにないものを作ろうとしてる真っ最中だ。公式の1個や2個ぐらい、副産物として出るんだ。


 400度のつもりでやったものは430度を超えたらしい。でもひとまず次は、元の計算式で425度狙いのスチミウム量にするそうだ。何回かやらないと“傾向”ってやつが見えてこないのだろう。


 そのまま銀の配管に穴が開くこともなく、600度を超えた。計算の精度も上がって、プラマイ15度に収まるようになっていた。


「ちょっと休憩しましょう」


「だな」


 とりあえずは順調。実験しながら動かしてたツーツリウム精製の方も特にトラブルはなさそうだ。


「お腹がすいたわ。フォーファイビウムを売って少し贅沢しましょう」


 いつものように笑みを見せるエルダ。いつも一緒にいる人が今日は特別超人に見えてたけど、スイッチを切ればやっぱりいつものエルダだった。凄いことをやってるのに本人がこれだから、こっちの方が反応に困る。かと言って“オッケー! オッケー! イケるんじゃね!?”みたいなこと言われても困るけど。



 昼飯の後もエルダはどんどん温度を上げて行って、ついに800度をやる時を迎えた。


「一旦中を確認してみましょう」


 ジャラジャラとスチミウムを外に出して、溶接でくっつけてた2本の配管を水操術ウォーターカッターで切って分離。早速切り口を覗いてみた。


「おぉ! 錆びてない!!」


「ふぅ。無事だったようね」


 まず、銀は無事だった。さすがだ。それで、水虹結晶はどうだろう。まだ融点より低いから、内側にちょっと付いてるはずだ。


「うっすらとだけれど、ちゃんとあるわね。ほら」


 エルダは、切った配管の断面を俺に向けてきた。パッと見じゃ分からないから、配管も受け取って望遠鏡を覗くみたいに目を近づけた。


「あ、あった!」


 確かに、内側のところにちょっぴりと、ガラスコーティングみたいな感じで透明の膜があった。1ミリの半分もないぞこれ。


「あとは800度でこれが溶けるかどうか、やってみましょう。800度ちょうどでは溶けない可能性があるから、825度までやるわよ」


 配管を再び溶接してくっつけて、スチミウムをバラバラと入れていく。温度上げるはずなのに少ないなと言ったら、溶接で水虹結晶ごと溶けるから、念のため300度でもう1回やって水虹結晶を析出させる、とのことだった。たっぷり1分やって、結晶も確実にできただろうから今度こそ800度へ。


 ゴクリ。と俺は唾を飲み込んだ。とは言え見てるだけだし、作業もエルダの様子も今までと全く変わらない。これまで通り、水が流れて出口から蒸気が出て来る。


 何事もなく終わって、同じルーチンで825度も始まった。確実に溶かすために、10分以上放置するらしい。その間にツーツリウム作りの釜を見に行く。と言っても、化学反応を使ってるから水を投入する訳にもいかず、水操術で調べることはできない。見えるのは、ガラス管を通っていく淡い黄緑の液体だけだ。


「これは何なんだ?」


「塩化ツーツリウムよ。蒸気で取り出すのだけれど、沸点が130度だから冷めて液体になって流れていくの」


「へぇ~~~」


 ガラス管を流れて次の釜に向かう黄緑の液体を眺める。


「これも水操術で動かせるのか?」


「できなかったわ。水虹密度が低いみたいね。液体で、色もかなり淡いけれど、水とは全く違う物質なの」


「そうなのか・・・」


 見た感じ色付きの水にしか見えないんだけどな。塩化とは言え液体の金属ってことは、水銀みたいなやつだと思えばいいんだろうか。


「さ。ちょっと休憩したら銀の方の水を止めるわよ」


 水は問題なく流れ続けてるみたいだから、一旦外に出て腹ごしらえしてまた工房に入った。エルダがバルブを閉めて水を止める。


「それじゃあ、行くわよ」


 いよいよ、緊張の時だな。果たして、水虹結晶は溶けてるのか。エルダが、ウォーターカッターが慎重に配管を切っていく。長く感じた15秒ぐらいで切り終わって、食い入るように2人で断面を見た。


「・・・やったわね」


「うおぉぉぉ!! 溶けてる!」


 気のせいなんかじゃないだろう。さっきは見えてたはずの水虹結晶が、今度はなかった。溶けた。溶けたんだ!


「この温度と圧力なら、羽根車の馬力も歴然の差でしょう。後は、比較的多く採れる材料で同じことができるかよ。羽根車にも腐食しないものが必要だからね」


「それをツーツリウムでやるんだな!」


「ええ。精錬の手間を含めても、銀よりは桁違いに安くできるわ」


 おお・・・! なんか、すごいテンション上がってきた。こんなことって、あるんだな。



 ツーツリウムを作る釜ずっとグツグツ言いっぱなしで、エルダがちょくちょく酸化ツーツリウムと炭を投入している。塩素はサブの釜に海水を補充すればメインの釜への供給が続くらしい。寝る直前のギリギリまで稼働させてたのを、止める。


「さあ、開けるわよ」


 完成品のツーツリウムができるという機械には上にのぼるための階段があって、のぼってみると、蓋が付いてて上から開けられるようになっていた。ここから取り出せるらしい。早速エルダが開けた。


「おぉ、これか」


 中にはデカいるつぼみたいなのがあって、そこに、ちょっとゴツゴツしてるけど金属の塊みたいなのが入ってた。


「取り出してみるわよ」


 エルダが機械のスイッチを押すと、ガチャコンガチャコンいい出して、中の金属だけがリズムを刻みながらせり出してきた。底から押し上げられてるらしい。


「って、デカっ!」


 冷蔵庫よりもデカかった。確かに階段で装置の上までのぼって来たけど・・・まさかこの高さほぼ全部だったなんて思わなかった。表面のゴツゴツは目立つけど、全体的に見ればきれいな円柱だ。これがツーツリウムってやつなのか。


「これを下におろすわ。離れてて」


 エルダは水操術で大量の水を持って来た。こんなデカい金属の塊も水で運べるのか。と思ったらさすがのエルダもきつそうだった。少し顔をしかめて、前に伸ばす手も重い物持ってるみたいにプルプル震えてる。


「ふぅぅっ」


 終始ゆっくりで、最後もそっとツーツリウムを横に寝かせて着地。エルダは息をついて腕を揉み始めた。


「とりあえずこのまま、作ってみましょう」


 水操術ウォーターカッターで切るのはお手の物のようで、エルダはサクサクツーツリウムを加工していった。なんか、彫刻みたいだ。


 15分ぐらいで配管が完成。これだと、この塊からあと3~4個は作れそうだ。


「さあ、続きは明日にして、今日はもう寝ましょう」


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 次の日、昨日の銀と同じように、早速ツーツリウム配管での実験が始まった。果たして、こいつは800度まで耐えられるのか。


 昨日と同じ300度から始まった。


「腐食してもすぐには穴が開いたりはしないでしょうけど、進めるだけ進めて後から中を確認しましょう」


「だな」


 いつ錆びるか分からん状態で逐一開けて確認するのは面倒だ。穴開いたってそこから蒸気が出るだけだし。


 作業は順調に進んだ。昨日と同じ事やるだけだし、未知の領域に挑んでた昨日とは違って今日は既に修正された計算式もある。途中で1回休憩は挟んだけど、わりと淡々と800度と、最後の825度までいった。とりあえず、穴が開いたりすることはなかった。


「あとは、内側が錆びてないかだけだな」


「そうね。もっとも、ツーツリウムはすぐに酸化されるから外側もごく表面だけは既に錆びているけれどね」


 そう言ってエルダは、持ってた棒で配管をコツンと叩いた。そういや、ごく表面にだけできる酸化ツーツリウムの安定性が高くて、中まで浸食されないって話だったな。


 休憩がてらたっぷり30分は825度で放置して、止めた。早速、エルダが配管を切り始める。そして、姿を見せてきたのは・・・。


「・・・マジか」


「まあ、そう簡単には行かないわよね」


 錆びだった。ガッツリ錆びていた。


「ツーツリウムも、800度までやると色が変わるほど酸化されてしまうようね」


 エルダは気を落としたようにも見えるけど、どこか“やっぱりか”という感じも滲ませている。旅に出る前も遊びで色々やってたみたいだし、この程度のことは10や20は経験してるんだろう。


 沈黙になるのが嫌だったのと、素朴な疑問でもあったから聞いてみた。


「なあ、外側も酸化ツーツリウムがあるって割に色はそのままだけど、どう違うんだ?」


「形成される酸化層の厚さよ」


「厚さ?」


「ええ。ごくごく薄いと元の金属の色がそのまま透けて見えるけれど、厚くなってくると、酸化金属の本来の色が見えてくるようになるの。黒いものが多いから、例えば、新品の銅貨は綺麗な色をしているけれど、長いこと空気に触れることによって茶色くなってきて、しまいには黒くもなる。あれは、表面の酸化銅が厚くなっているからよ」


「ああ~~~~」


 なんとなく分かった。確かに、新品の十円玉は綺麗だけど、錆びたやつって茶色いし古いのは黒ずみもある。あれは錆びが浸食して酸化銅の色が見えてきてたってことか。


「でもなんで内側だけ錆びたんだ? 800度の蒸気が流れてれば外もめちゃくちゃ熱くなるんじゃないのか?」


「それは私も気になっていたのよ。確かに、酸素と水とでは、相手を酸化させる力に差があるわ。けれど、酸素の方が強いはずなのよ。それが、結果はこの通り。温度そのものよりも、中を流れていた流体、水と水蒸気の区別がつかなくなったあの状態、が影響していた可能性が高いわね」


「えっと・・・つまり、その状態になったら金属を錆びさせやすくなるってことか」


「ええ、恐らくは。外の酸素とは違って流体自身が熱いのと、圧力が高くて分子が密集していることが効いていると思うわ。いずれにせよ、短時間でここまで腐食するようだし、ツーツリウムはこのままじゃ使えない」


「だよな・・・」


 頼みの綱も、ダメだったか。


「ど、どうするんだ? 銀を採りまくるしかないのか・・・?」


「それは現実的ではないわ。銀の鉱床がそんな簡単に見つかるとは思えないもの」


「じゃ、じゃあ・・・」


 他の金属を探してまた考える、しかないのか・・・。と考えたところで、エルダの口から出た言葉はこれだった。


「合金にしてみるわ」

次回:合金開発

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