第36話:温泉
一泊する場所に決めた池の近くに、温泉があった。砂利の斜面を登った先で、見下ろす限り3つ。どれも何十人もは入れそうなほど広い。船から見えてたのは霧じゃなくて湯気だったのか。
「それじゃあ、入りましょう」
早速斜面を下り始めるエルダ。相変わらず行動が早いな。
「じゃあ上がったら呼ん…」
「ほら、早く来なさいよ」
「は?」
先を譲って船に戻ろうとしたら呼び止められた。“何してるの?”みたいな顔で手招きしてる。いやそれはこっちのセリフなんだけど。
「いやいや、同時には無理だろ」
確かに3つあるけどさ、湯釜は。
「別にいいじゃない。普段泳ぐ時と同じ格好なんだし」
あ、下着ありってことか。いやでも下着だろ。いつもほっといてるけど、たまに一緒に泳ぐのも緊張すんだぞ。
「何を気にしているのよ」
こっちに向かって歩き出したエルダ。ありゃ引き下がらないな・・・しかも別のとこに入るって選択肢もなさそうだ。温水プールだと思って一緒に入るか・・・湯気出てるけど。
温泉のそばまで下りて、エルダはいつもの上下繋がりの下着、俺はパンイチになり、早速入る。自然と、間に2人ぐらい入れそうなスペースは開いた。
「あっつ・・・」
普通に温泉っていう温度だな。42度か3度ぐらいか?
「いいお湯ね~」
緊張した様子もなくくつろぐエルダ。おっさんのごとく後頭部をフチに当てて仰向けになってる。湯気が大して仕事してくれない中サラシ巻いててくれてるのが救いだ。・・・っと、あんまりジロジロ見るのはやめよう。
「明日からまた大変だから、じっくり休まないとな」
気を紛らわせるために喋ることにした。俺はただのお供だからちっとも大変じゃないけど、エルダはそんなことはない。
「ここに温泉があって良かったわ~。てっきり池が集まってるのかと思ってたから」
「地図じゃどっちか分かんないもんな」
というか、温泉だとは思わないから池だと思い込んでしまう。
「トオルもじっくり、身体を休めて頂戴ね」
「俺は大したことしてないけどな」
「あら、そんなことはないわよ」
ぱしゃり、と音を立ててエルダが体を起こした。無意識のうちに顔が動いて目が合った。
「あなたのお陰で、1人よりはずっと楽に旅ができているわよ」
「お、おう・・・」
そう言われるのは嬉しいけど、同時に恥ずかしいからやめてくれ。エルダってこういうのは普通に言うからずるい。目を逸らしたいけど、エルダの目の引力が凄くてできない。
「それに、一緒にいて楽しいし」
だからやめてくれ。でも、何となくは分かる。1人で延々と旅するなんて俺には無理だし。男友達でもいいから誰かがいないと絶対続かない。エルダは1人旅も楽しめそうな性格してるけど、1人よりも良いって思ってもらえてよかった。友達扱いだとは思うけど。
「やっぱり、あなたが元の世界に帰る時は、私も行きたいわ」
「え」
あ、しまった。“え”とか言っちまった。
「嫌なの?」
「いやいやいや、そうじゃなくって」
いきなりそんなこと言うから驚いただけだ。ホントずるいよなこいつ。
「あっちには水虹がないから、大丈夫かなって思っただけだ」
別にこれも嘘じゃない。
「そうなのよね・・・何とかなるといいのだけれど・・・あなたはこっちの水や食べ物を口にしても平気だし」
エルダが顎に指を当てながら言う。結構真剣に考えてる風だ。それから何秒かして、指を離してきっぱりした顔でこう言った。
「もしダメでも、行くけれどね」
「はぁ??」
いやいやいやいや、今まで低水虹症になった人たちを見る限り、ただじゃ済まないぞ。水虹が一切ないんだから。
「あなたに会えなくなるぐらいだったら、死んででも僅かな可能性に賭けるわよ」
「うお・・・」
おいおいおいおい・・・真顔で何言ってんだよ。いや嬉しいけどさ、どういうつもりで言ってんのか分かんねえ。エルダにとってはそこまでするのも“友達”かも知れないし・・・。
「あなたとの生活は気に入ってるの。ずっと続けたいと思うじゃない」
“思うじゃない”って言われてもだな・・・何て返せばいいんだよ。
「あなたは、自分の世界に帰りたいと思っているのよね?」
「そりゃあ、まあ・・・」
こっちでの生活も楽しいけど、さすがに二度と帰れないってのは困る。
「だったら、私が行くしかないじゃない」
「いや、そうなんだけどさ・・・」
なんでそんな当たり前のように言えるんだよ。
「す、水操術だって使えなくなるかも知れないんだぞ?」
言っても無駄だとは分かってるけど、苦し紛れに言ってみた。
「構わないわ。問題も解決して、水虹や水操術のことを全て知った後なら」
やっぱり無駄だった。ていうかいつの間にかエルダがめっちゃ近くに来てる。手を伸ばせば太ももが触れる距離だ。
「も、もし全部上手くいって、こっちの世界にも帰れるようにもなったら、一緒にな」
もうこう言うしかない。でも出来たとしてどうするか・・・はその時に考えよう。山にでも住んでもらうか外国人を拾ったことにするか。
「ありがとう。嬉しいわ」
エルダは心の底から嬉しそうに言った。俺もこういう性格になりたかった・・・傍若無人って文字通りの“いい性格”なんだな。
「ん」
ふと、エルダが何かに気付いたように視線を下げた。俺の手?
「うわっ」
掴まれた。エルダの手って結構柔らかいんだな。じゃなくて!
「あなたも結構力が付いてきたんじゃない?」
あ、筋肉チェック? なんか二の腕とか上腕をグッ、グッ、グッと握られてる。まさかのボディタッチ。温泉入りながらやらなくてもいいだろ。自然と俺の視線もエルダの腕を見てしまう。というか腕を見てないと危険だ。普通に重いもの持てるクセに、めっちゃ柔らかそうだよな。力入れたらガチガチになったりすんのかな。
「こっちはどうかしら」
「おい・・・」
ようやく手を離したかと思ったら、今度は腹を触ってきた。指4本を揃えて腹とか胸をぐっと押してくる。めっちゃくすぐったい・・・。
「旅を始めた頃は弱っちそうだったから見違えたわね」
「う・・・・・・」
これでも学校の体力テストは中の上ぐらいなんだぞ・・・狩猟社会のなかじゃ弱っちいのかも知れないけど。実際、水操術抜きにしてもエルダに勝てないしな。
「あんまりベタベタ触んなよ・・・」
ただでさえ一緒に温泉っていう状況なんだからこれ以上はやめてくれ。
「あら、失礼したわね」
やっと離してくれた。
「それじゃあ、あなたもどうぞ」
「は?」
エルダが手を差し出してきた。こうすればお互い様って言いたいのか・・・? 会えなくなるなら死んだ方がマシとか言う割にはあんまり意識して無さそうで、エルダの頭の中がさっぱり分からない。疲れる・・・。
「いや、やめとく・・・」
筋肉的な意味でエルダの腕がどうなってるか気になるのも確かだけど、触ったら他の場所まで触りたくなっちまうのは避けられない。
「あらそう? ならいいけれど」
エルダは腕を戻して、自分でぷにぷに揉み始めた。少なくとも、力を入れなきゃぷにぷになんだな。
「本当に良い温泉ね。それっ」
スイーーー。エルダが泳ぎ始めた。まあ、貸し切りだしな。平泳ぎでもすんのかなと思ったら、身体を反転させてラッコみたいになってこっちを見た。
「ほら、トオルも早く」
「あ? ああ」
せっかくだし、俺も泳ぐか。自分も体を動かしてないと、1人泳いでるエルダのお尻とかに目が行っちまいそうだ。
スイーーー。俺もすぐに追いかけた。そのまましばらく、泳いだりゆっくり浸かったりして過ごした。温泉で泳ぐのって、背徳感があってちょっと楽しいな。
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「んん~~~~っ。いいお湯だったわね」
「だな」
こっちは色んなことが気になって100%満喫はできなかったけど。でも下着ありとは言え混浴で楽しかったという本音は否定できない。湯上り気分のまま歩いて船まで戻って、シャワーでサッと流して新しい服も来た。さてメシだ。食料を買ってなかったけど、エルダが水操術で瞬殺するから汗をかくこともなかった。
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次の日。
「そろそろ、採掘できそうな場所を意識しながら進みましょう」
出発から1時間ぐらい、貴金属が出る領域まで来たらしい。そこからは普段よりも遅め、30キロぐらいで船を進める。後はエルダの選球眼次第だ。20分ぐらいで最初のポイントが決定。
「この辺りにしましょう。考えてても仕方ないわ」
掘らなきゃ石は採れないからな。適当な場所に船を停めて、ミニショベルとドリル車を降ろす。洞窟はないから岩肌を直接削ることになる。
「さあ、始めるわよ」
次回:貴金属採掘




