第35話:イグンマウンテン
「まずはここにしましょう」
今日から本格的にイグンマウンテン入りだ。街の人に聞いた採掘ポイントを地図に印で付けて、そこに船を走らせた。ちょっとした池のそばに小さい洞窟がいくつもあった。
「少人数で採掘して回る人もいるから、それなりに形になっているようね」
集団採掘の管轄区域外ならどこで何をしようとも自由らしいから、よく採れるポイントはこうやって洞窟になってるらしい。ご自由にお採りくださいって感じの公衆採掘所と化している。
「早速行くわよ」
エルダが水操術で採掘道具を降ろす。街の労働者が使ってるような大きいのじゃなくて、台車ぐらいのサイズの立ち乗りタイプだ。ドリル車とショベルが1つずつ。ショベルには後ろにちょっとした荷台も付いてる。
「あなたはそっちをお願い」
「おう」
俺が任されたのはドリル車。ショベルは難しそうだからな・・・。
「うっし」
早速乗ってみる。乗るスペースは、縦横とも靴3個分はあって余裕がある。ハンドル部分にボタンとかレバーとかが付いてる。
「赤いのが起動レバーよ。それを上げれば全体のシステムに水が行きわたるわ」
「これだな」
普通の機械でいうところの電源スイッチか。ちょっと固かったけど、それを上げるとプシュォォォォッと音が鳴った。電源が入ったみたいだ。
「あとは何となく分かるでしょう。適当に操作してみて」
「ああ」
見るからに、前進・後退レバーとスピード調整ボタン、そしてドリル用のダイヤルだからな。ちょっとやってみたら、予想通りの動きをした。
「準備は万端ね。行きましょう。荷物はここに置いて頂戴」
エルダが自分のかかとの後ろにある荷台を指差した。既にタルリュックが乗っていて、俺も背負っていた自分の荷物を置かせてもらった。洞窟の深さは分からないけど、水とかパンのために戻って来るの面倒だからな。
洞窟は高さも幅も2メートルはあったので、2人横並びで進めた。明かりは、乗り物の正面にライトが付いていた。結構強い明かりだ。
洞窟は基本的に一本道で、脇道への分岐も多かったけど、どれもすぐに突き辺りになるような短さだった。メインの通路も、1分もしないうちに終点に着いた。
「とりあえずこっちでやるわ。待ってて頂戴」
「おう」
ドリルでやったって石が散らばるだけだからな。
「えっと、スチミウムの鉱石は、これね」
エルダが狙いを付けて、ショベルでガガガッと削る。
「俺が回収するよ」
「お願いするわ」
エルダが削り落とした石を回収。スチミウムって呼んでた金属は普通に銀色だったけど、この石は白黒グレーが混ざったカクカクのまだら模様だ。
「これが金属なのか?」
「いいえ。金属って天然ではほとんどないのよ。酸化物や炭化物、水酸化物の形で鉱石中に存在しているわ。溶かしたり電気を加えたりして分解するの」
「電気で?」
ああ、ホーロー鍋で薬品に漬けて煮込んでたやつか。
「水に漬けると水虹と反応して電子が分離するというのは覚えてる?」
「ああ。いま思い出した」
「・・・それで、電子が抜け出て残ったはプラスに帯電しているから、別で電源も用意しておいて回収するのよ。粒子として少しずつ、だけれど」
「ほえぇ~~っ」
それで薬品に電極2つ漬けてたんだな。金属ってそうやって取り出すのか。現実世界がどうかは知らないけど。
「とにかくそれは外に持って行くわよ。後ろに入れておいて」
その後も、エルダがいくつか石を採取した。途中で交代して俺もショベルを動かしたけど、結構難しかった。でも慣れればそんなに苦じゃなくなって、楽しめた。
作業を終えて外に出た。ドリル車は出番がなかったけど、ショベル2つにするほどの量は採らないし、念のため持っておくって感じだろう。遊びでちょっと壁削ったけど。
「それじゃあ、まずはこの鉱石からスチミウムを取り出すわよ。手伝って」
エルダが向かった先は船の、いつも寝床にしてる部屋。敷布団代わりのマットをめくり、床下収納を開けた。ホーロー鍋と、それを乗せる用と思われる台が取り出される。
「これで石を薬品に漬けるのか?」
「そうよ。加熱した方が反応が早く進むから、ちょっと準備が必要だけれどよ」
そう言いながらエルダは、長い金属ホースみたいなのも取り出した。金属とは言ってもアコーディオンみたいに波打ってるタイプで、曲げることもできそうだ。加熱するために川の水を導入、というのは水虹のことだろう。
「こいつの中に水虹と反応するやつが入ってるのか?」
ホースの先端にはノズルが付いてる。
「そうよ。これを川に入れれば、鍋を置く台まで水が運ばれてくるの」
で、もちろんそこでも加熱されるって訳か。ノズル本体は水虹と反応しない材料になってるだろう。
「あなたはそっちを持って行って頂戴」
「はいよ」
鍋と台を手に取り、運ぶ。地面に置いていいらしい。鍋は見た目に対して内側が浅く、やけに厚底だなと思ったら連結部みたいなのがあった。台にもそれっぽいものがあったので、台を経由してこの鍋の厚底部分にも水が入ってくるらしい。台だけ熱くして間接的に鍋を加熱するのも非効率だしな。
エルダがホースを台のに繋いで、ノズルがある方を川に持って行った。ガスの代わりに水で済むってのはホントに便利だよな。ちなみに排水は熱くて川には戻せないから、出口のノズルはその辺の砂利に投げ出す形になっている。
エルダが川まで着いてノズルを入れると、水が送られて来たのかホースがうねうね動いた。これでこっち側のバルブを開ければ、鍋本体にも水が入って熱くなり始める訳だな。
エルダが鍋に採れたての石と薬品を投入して、バルブも開けた。(火は点かないけど)火力はバルブで水の流入量を調整すればいいらしい。ますますサバイバルには打ってつけだな。薬品じゃ料理はできないけど。
「あれ? スチミウムってのがあるのに泡とか出ないんだな」
大半が石とは言え、スチミウムがある部分だけでも水虹と反応しそうなもんだけど。
「さっきも言ったでしょう。鉱石中には酸化物として存在するのよ。それを剥がすために薬品に漬けて電気もかけるの」
「そうだったっけ・・・難しいな」
でもそんなこと言ってた気もする。鍋には宙吊りになってる電極が2つあって、今は薬品にも浸かってる状態だ。燃料の水は発電用にも分岐されてて、エルダがスイッチを入れたからもう電気が来てる。後はほっとくだけで電極の片方に金属が付いていくらしい。
「ふんふふんふふーん」
こういう作業が好きなのか、エルダは気分上々だ。ぐつぐつ鳴ってるよく分からん液体に石突っ込んで鼻唄とか、完全にマッドサイエンティストだ。
時間が掛かりそうだから魚焼いて食ってたら、エルダが立ち上がってこっちに来た。魚はもう1本焼いてある。
「気が利くわね。頂くわ」
「終わったのか?」
「ええ。いま冷ましてるところよ」
鍋の方を見ると、電極が取り出されててミニハンガーラックに吊り下げられてた。
「あれに、スチミウム、だっけ、が付いてるのか」
「そうよ。本当に凄いわね。鉱石を離れたスチミウムが付いていく電極の方は泡だらけで、薬品の減りも早いから常に補充が必要だったわ」
「それでめっちゃ湯気出てたのか」
魚食ってる間すげー湯気出てんなとは思ってたけど、鍋のぐつぐつだけじゃなくてスチミウムと反応した分もあったのか。そもそも水虹との反応が良いって理由でターボドライバとかに使われてるやつだもんな。
そのお陰で乾くのも早くて、魚を食い終わる頃には電極は乾ききっていた。2つあるうちの片方は、綺麗な銀色になっていた。
「これがスチミウムか」
「純粋な金属はこの色をしていることが多いわね。綺麗でしょう」
「へぇ~~~」
こんな石の中から、こんな綺麗なのが出せるんだな。
「さっそく水に漬けてみましょう」
エルダは大きめのコップを持ってて、それに川の水を汲んだ。さっき使ってた鍋はまだ薬品が入ってて、自然に揮発するのを待つらしい。
「じゃあ、いくわよ」
コップを地面に置いて、テカッテカにスチミウムが付いた電極を漬ける。
ジュゥワァァァァァァァァ・・・!!
「うわっ!」
えぐっ! 一瞬で沸騰し始めた! もはや泡と湯気で電極本体が見えない状態になって、やっと収まったと思った頃にはコップの中に水は残っていなかった。
「はぁーーっ。さすがに凄いわね。密閉した配管の中で使ったらどうなることやら」
エルダはケロッとした様子で言った。もちろん、これを使った結果がターボドライバなり今イグニフォールで使われてる機械だ。風船なら蒸気でパンパンになったら膨らむし割れるけど、ガチガチの配管だとそうはならず圧力が増えるらしい。圧力が増えるってのがいまいちイメージできないけど、深海の水圧でペチャンコになるのと一緒らしい。何パスカルって数字さえ一緒なら、気体か液体化の差は微々たるものだってエルダが言ってたな。
「配管の方もよく割れないな」
水蒸気の体積は水の1700倍、だっけ? ガチガチの配管の中なら圧力1700倍だろ?
「材料次第では厚くすれば数百メガパスカルぐらいは耐えるわよ。一応は排気もあるから、内部圧力は配管径で調整できるわ」
「だったら水虹結晶ができないように調整して欲しかったもんだな」
「本当にね」
エルダが肩をすくめる。どうしたものかしら、って感じだ。
「水虹結晶ができてしまうこと自体を気にしてないのね。実際、影響が出るまでに何年かかるかも分からないし」
「ってことは、配管太くして圧力減らしても無駄ってことか」
「性能が落ちると使ってもらえないでしょうね。私にとっては、水虹結晶が無駄に形成されないことも含めて“性能”なのだけれどね」
それが皆にとってそうとは限らないのが、悲しいな。
「じゃあ、水虹結晶ができちまってもその中でまた溶けるようにするとか?」
機械を捨ててスクラップまでされると水虹結晶を取り出すのは無理だけど、機械を使ってる最中に溶かして排水できるんなら大丈夫なはずだ。
「それで考えてみようかしらね・・・どうせなら温度をもっと上げてみましょうか。水虹結晶の融点は800度で、配管は1500度以上だから」
「800度・・・」
もう想像できない温度だな。1500度オーバーとかなる溶鉱炉って手ぇ突っ込んだらどうなるんだろ。
「管内でスチミウムを配置してる位置から離れてる水が、熱を受け取る前に蒸気に押されて水虹結晶になっているのだから、みんなあっためて蒸気にしてしまえばいいのよ」
エルダは半分やけくそ混じりに言った。
「やってみなきゃ分からないこともある、ってか」
「そういうことね。トライすることは重要よ。幸いにも、淡水の道具だから全て気化させても問題ないわ」
「お。しかも海水の道具はオリエントルカが止めてくれるのか?」
確か、海水を使う道具は塩が残るから排水に塩を混ぜてるって話だった。淡水は蒸発させても固形物が残らない。
「少しは希望が持てそうね」
そう笑うエルダは、何だか上機嫌だった。
新タイプの機械作りは、既に出回ってるやつを改造する形で始まった。改造用のやつを街で買い漁ってまた山に入り、人里離れた場所へ。船はもうミニショベルやらドリル車やらでいっぱいだ。廃車でも運んでる気分だった。
池が近くにある採掘場に着いて、作業開始。石はまだ、さっき採った分が残ってる。
「まず、何も考えずにスチミウムを増やしまくりましょうか」
「そんな単純でいいのいか?」
「最初のうちは壊してしまうこともあるでしょうね」
「マジかよ・・・」
水操術ウォーターカッターで配管をこじ開け、デフォルトでスチミウムがある所に追加で小石ぐらいに砕いたスチミウムを散りばめ、街で買った掃除機サイズの溶接機で再び密閉。
「それじゃあ行くわよ」
スイッチを入れて水を導入。
ボォン!!
「うわっ!!」
壊れた。部品の継ぎ目の部分が、内側からせり上がって亀裂が入る形で壊れた。蒸気だろうか、煙が出てる。
「ビビったぁ~・・・」
「壊れちゃったわね」
舌を出して、“やっちゃった♪”みたいな顔をするエルダ。いやそれで済ませんなよ。
「何事もトライアンドエラーよ」
今日だけで5回は煙が出た。そして壊れていく機械たち・・・。さすがにスクラップを作りまくる訳にもいかなくなったのか、ちょっとした配管の部品とかで試していくことになった。
「反応室の容積と配管の内径、スチミウムの表面積と水の供給量からある程度は計算できるから、後で本番用にも合わせられるわ」
エルダはケロッと言ってるけど、もはや俺は付いて行けない。エルダ自身にとっても簡単ではないらしく、ペンを片手に紙と向き合いながら唸ってることも多かった。A4ぐらいの紙が数時間の間に何十枚も消化されていくのは、見てる方が頭がどうにかなりそうだった。俺にできるのはもう、周辺が散らからないように物を整理することだけだった。
晩飯。エルダは、休むと決めた時はきっちり休むタイプだ。
「どうにかできそうか?」
俺は何にもできてないけど。
「まあ、なんとかね」
「ついでに、理屈を聞いても?」
「・・・」
エルダが妙な間で俺を見る。うん、説明されても理解できないことは自分でも分かってるよ。
「・・・まず、水虹結晶ができてしまう理由から言うわね。色々と分かってきたから」
「お、おう」
「水虹同士が結びつく圧力は10メガパスカルよ。普通の圧力の100倍ね。一度ここまで圧縮された水は、圧力を戻した時に水虹結晶と無虹水に分かれるの。
10メガパスカルでの水の沸点は311度よ。この温度以下で10メガパスカルの状態になると水虹結晶ができるのは避けられない。だから圧力よりも先に温度を上げる必要があるのだけれど、水と水蒸気が共存する状態で温度を上げるには、圧力が上がることで沸点も上がるのを待つしかないから、10メガパスカルかつ311度になるのが避けられないの。そうなった後で気化すると、水虹結晶と水虹のない水蒸気、無虹蒸気とでも言いましょうか、それができてしまって、水虹結晶は中に配管にこびり付いて無虹蒸気は排気されてしまうみたい。それでこの世界の水虹密度が下がってしまうのね」
「はぁ・・・」
うん、やっぱり分からん。ごちそうさまでしたって感じだけど、おかわりも言ってないのにエルダは続けた。
「一応、10メガパスカルになる前に全ての水を気化させれば免れるわ。気化した後なら10メガパスカルを超えても結晶化はしないから。けれど、そうするには水の流入量を減らすしかなくて・・・」
「減らすしかなくて・・・?」
相変わらずさっぱりだけど、策はタンクから送り込む水の量を減らすことらしい。
「水の使用量を減らすということは、機械のパワーを落とすことになるわ」
「あ・・・」
これは直感的に納得がいく。水を使ってドリル回してるんだから、流す水を減らせばパワーは落ちる。
「じゃあ、どうするんだ・・・?」
さっきエルダは、“まあ、なんとか”って言ってたけど。
「最初に言った通り、水虹結晶が溶ける800度以上まで上げるのよ」
「あ、ああ・・・」
確かに言ってた、けど。
「気化した後でも水虹はあるのだから、それがスチミウムと反応して温度は上がるわよ。圧力も一緒に上がるけれど、800度以上なら水虹結晶にはならないから、まとめてちゃんと水虹のある蒸気になってくれるわ」
「なるほど・・・」
頭がこんがらがってきたけど、結局は水虹結晶が溶ける800度にしちまえってことか。
「でも、何で誰もやってなかったんだ?」
「うーん・・・今使われているやつも割と最近できたものだそうから、劇的にパワーが上がって満足してしまった可能性があるわね。黙ってても、いずれは800度オーバーのものを作るかも知れないわ」
「でも、それは早くに完成した方がいい」
「そういうことね」
その新しい発明を、エルダが作るのか。なんかいきなり、目の前にいる人が超人に見えてきた。いやもちろん、今までもエルダの超人っぷりは見てきたけど。水操術でクマとかシャチと戦うのとはまた違った超人って感じだ。
「すぐにできそうなのか?」
「ここにも1つ障壁があって、配管の継ぎ手の部分ね。温度と一緒に圧力も上がるから、壊れる可能性が高くなってくるわ。
水との共存がない完全な水蒸気なら温度と圧力の自由が効くから、確実に水虹結晶を溶かす温度、配管の耐久性、取り出せるパワー、これらを見ながら決めることになるわね」
「うへぇ・・・」
すげぇな。まさに発明家って感じだ。
「今日はもう疲れたわ。頭も整理させたいし、泳ぎましょう」
「は?」
寝るんじゃなくて泳ぐのか?
バシャン。
気付けば上着をほっぽり出して池に飛び込んでた。意味わかんねぇ・・・息抜きか? エルダの脳内は色んな意味で未知数だな。
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翌朝。朝メシの後、エルダは早速作業に取り掛かった。入れ物と配管を選んでスチミウムを突っ込み、水を流す。計算とズレることがあるのか、不満そうな顔で「う~~ん」と唸ったりしている。
「いけそうか?」
こういう時って、邪魔しない方がいいのか、話しかけた方が気分転換になるのか。分からないけど、声をかけたくなってしまう。
「ええ。150度をスタートに少しずつ温度を上げていってるところよ。羽根車のパワーが計算と合わないこともあるけれど、最悪は温度も圧力もうんと上げればいいから」
「ふ~~~ん」
声をかけてはみたものの、何も分からないから大した反応もできないんだよな・・・。
「心配してくれてありがとう。嬉しいわ」
うわ、バレた・・・。ちょっと恥ずかしいなこれ。
「きっと作り上げてみせるわ」
とりあえずしばらくは、黙って見守るか。気分転換したくなったら向こうから話しかけてくるだろう。
そこからもエルダは少しずつスチミウムを追加して羽根車を回す作業を繰り返してたけど、途中でやけに驚いたような顔を見せた。
「これは・・・」
「どうかしたのか?」
エルダが思いっきり目を見開いてる。ここまでの表情を見せるのは珍しい。
「水操術で中の蒸気や水の圧力を確認してるのだけれど・・・」
お、おう・・・そういやそんなことできるんだったな。
「それが、どうかしたのか・・・?」
「え、ええ・・・」
歯切れが悪い、というよりは本当に驚いて言葉を失ってる様子だった。本当にどうしたんだ?
「水と蒸気の共存状態で温度と圧力を上げていってると言ったのは覚えてる? 今400度を目指していたところなのだけれど、途中で水と水蒸気の区別がつかなくなったのよ」
「は・・・?」
水は水で、水蒸気は水蒸気じゃないのか? 液体と気体で、目に見えて違う。
「圧力が上がる度に、水操術で扱う感覚が近付いているような気はしていたけれど、ついには一緒になってしまったわ・・・」
エルダは、自信なさそうに開いた手を見つめている。水は水、水蒸気は水蒸気で個別に操れたものが、その境界線がなくなったってことか?
「初めてね・・・スチミウムが小さな表面積で大量の水を気化させられるから、できるんだわ。圧力を上げるには空間を制限する必要があるから、これまでの材料だと敷き詰めてもここまでは上げられなかったのよ」
ってことは、スチミウムだからこうなる、ってことか。だからって壊れたりはしていない。今も水は供給しっぱなしでドリルは回ってるし、排気管から蒸気も出てる。
「排気してるやつもそうなのか?」
聞いたら、エルダはゆっくりと首を横に振った。まだちょっと落ち着きを取り戻してない感じだ。
「排気から出てる分は普通の水蒸気よ。羽根車で圧力が落ちるから。その羽根車に向かう途中のものが、今言った、水と水蒸気の区別がつかない状態になっているわ・・・」
「そうなのか・・・」
もちろん、ガチガチの配管に囲まれてるから中は見えない。ガラスなら見えるだろうけど、割れるから無理だな。
「・・・・・・」
エルダは無言で、スイッチを押して機械を止めた。
「・・・とりあえずこれも蒸気と呼ぶことにしましょうか。このまま、800度まで目指してみるわ」
大丈夫か? ちょっと虚ろな感じだけど。と言っても、やる作業自体はそんな難しくないか。水操術ウォーターカッターで反応室(?)をこじ開けて、スチミウムを追加して、溶接機械でまた閉じる。これまで何度も繰り返してる作業だからエルダにはお手の物だろう。
まず最初の手順。水操術で配管を切って開ける。水鉄砲どころじゃない勢いで水を当てて、金属の配管を切り裂いていく。
「・・・少し、頭が冷えるわね」
反射する水しぶきを浴びながら、エルダが呟いた。マジでちょっと放心状態に近かったからな。
水を止めて、追加のスチミウムに手を伸ばす。小石が3つぐらいだ。切った部分を開けて中に入れようとした時、エルダの手が止まった。
「・・・・・・」
「うわ・・・」
理由はすぐに分かった。開けた配管の内側が、がっつり錆びていたからだ。茶色を通り越して真っ黒になってる場所もある。
「すげぇなこりゃ・・・」
ボロボロだ。ウォーターカッターの勢いで削れたのか、黒い錆びの粉が中に滅茶苦茶に散らばってた。どう見たって、このまま使い続けてたらいつか壊れる。
「高温による腐食かしら・・・あるいは、あの水と蒸気の区別がつかない状態になったからなのか・・・」
エルダが見つめる先は、真っ黒に錆びた配管。
「こっちも、ね・・・」
羽根車の方も、蒸気の出口側はそうでもないけど、入口側は真っ黒になっていた。
「今使ってる機械で温度を上げられない理由は恐らくこれね・・・腐食してしまうから限界があったのよ。これを何とかしないと、800度にはできないわ・・・」
「何度だったんだ? 今のは」
「計算上では375度よ」
「マジか・・・」
まだ全然じゃん。ここへ来て、新たな壁かよ・・・。
「これも腐食しにくい合金のはずなのだけれど、この温度になると耐えられないようね」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ・・・?」
ていうか、どうにかなんのかよこれ・・・あと400度上げなきゃいけないんだろ。
「作るしかないでしょう。800度でも腐食しない材料を」
「おい・・・」
いくらなんでもそれは・・・いや、諦めるなんて考えちゃダメだ。俺はなんにもやってないクセに。
「とにかく、色んな合金を作って試していくしかないわね」
またトライアンドエラーか。見てるだけでも気が遠くなってきそうなのに。どこまで試練が続くんだ。
「まずは純粋な貴金属で試すわよ。高価だから使われないというだけで、みんな腐食には強いから」
「お、貴金属」
金とか銀のことか? この世界では何て名前になってるか知らないけど。確かに金とか銀なら錆びるイメージがない。
「移動しましょうか。貴金属が採れる場所はイグンマウンテンの8合目付近にあるから」
「8合目・・・!?」
ってことは、山登りか。上等だ。未来を変える発明の材料、採りに行こうじゃんかよ。
「エルダは少し休んでなよ。これは俺が片付けとくから」
これくらいのことはさせてくれ。エルダには、エルダにしかできないことがある。
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」
エルダは片手を頭に当てながら部屋に向かって行った。水でも蒸気でもない状態が生まれたのと、800度にほど遠い温度での錆び。しかも、趣味の領域を超えて使命もある。これまでだって疲れを見せることはあった。さすがのエルダも何ともない訳じゃないだろう。
1人でも運べるものを船に乗せ終わる頃に、エルダが部屋から出て来た。もう普段通りの落ち着いたエルダに戻ってる。
「後は私がやるわ。船を出す準備をして」
「ああ」
全部積み終わる頃には船のエンジンもあったまり、出発。地図を見るエルダの指示に従って船を進める。
「貴金属が採れる採掘場は全てイグニフォールの管理下にあるから、付近の場所で適当に掘ってみるしかないわ」
「マジか。宝探しみたいだな」
「見つけること自体は難しくないと思うわ。ただ、含有量が低い鉱石ばかりだから量が必要になるわね」
「採りまくるしかねぇってことか」
貴金属を集めるんだから、そんくらいの労力は割くさ。
半日は掛かる距離らしく、ひたすら船を進めるだけになっている。火山とは言え緑も多いから、景色はそんなに殺風景じゃない。分かれ道をいくつか通ったところで、しばらく一本道になるとエルダが言った。
「考えを整理したいから、船をお願いね」
「いいぜ、任せろ」
エルダは部屋に入って行った。今までずっとエルダは一緒に外にいることが多かったけど、移動時間も効率良く使うならこれがいい。船が進む向かい風もあるのに操縦しながら紙とペンで計算なんて無理だからな。こういう風にはっきりと役に立てる場面ができるとホッとする。
ちょうど日が傾いた頃に、次の分かれ道に着いた。地図を見る限り左に行けば船を停めれそうな池があるけど、エルダに聞いてみよう。部屋に入ると、気付いたエルダが振り向いた。
「そろそろ着くかしら?」
「ああ。次の分かれ道って左でいいよな?」
「ええ。その先に池があるようだから、そこで夜を明かすことにしましょう」
エルダもペンを置いて立ち上がった。わざわざ作業を止めなくても、と思ったけど、外に出るなり大きく背伸びをしたから、休憩モードみたいだ。
池に到着。だいぶ緑が減って岩肌が見える場所が多くなってるけど、グレー1色にはまだ遠い。落ち着いて眠れそうだ。そんなことを考えてると、エルダが遠くを眺めるような目で右の方を見ていた。
「何かあるのか?」
見た感じゴツゴツ岩しかなさそうだけど。あと霧も出てるな。
「ええ。とびっきり良いものがあるわよ。付いて来て」
「んん?」
なんだろ。もしかして貴金属の塊とか? エルダに付いて行って砂利の斜面を登ると、奥の景色が見えて来た。確かに、とびっきり良いものだった。
「ラッキーね。温泉よ」
おお、温泉!
次回:温泉