第34話:鉱山の街イグニフォール
「うおぉ・・・あれが火山か」
マリンダースを出て海をひたすら南に向かっていると、2日目の途中で山が見えてきた。西海岸にあるランデス湖群も火山だったんだけど、あれは視覚的には名前通り湖の集まりって感じだったから、この隆々とした景色の方が火山感がある。
山は海岸線に沿っていくつも連なってるみたいで、大陸中央の山脈よりは小さいんだろうけど、高さが同じぐらいありそうで迫力がある。しかも、ただの山じゃなくて火山か。火山って行ったことないんだよな。行ってみれば普通の山と変わらないんだろうけど、ちょっと身構えてしまう。
「このままどんどん進みましょう。山に入るのはイグニフォールの近くまで行ってからよ」
海の方が広いし一直線に進めるからな。山に入ると流れの強いとこじゃ休憩できないし、海の方が何かと気が休まる。迫力のある山々を右に見ながら、船を南へと進めた。
夕方。波が穏やかな入り江が見つかって、そこに船を入れた。
「それじゃあ少し泳いで来るわ」
バシャン。
相変わらずだな、あいつ・・・返事する暇ぐらいくれよ。
にしても、これが火山かあ。マジで普通の山と見分けつかないな。噴火の予兆が検知できるってのは安心だ。学問ってやっぱ必要なんだな。
エルダが何匹か魚を獲って戻って来た。道中すれ違った行商人から買った野菜と一緒に串焼きにして、食べる。
「イグニフォールは山ん中にあるのか?」
「もちろんよ。採掘場の近くにしなければ余計な移動が発生してしまうわ」
「ってことはそこまで上りかぁ」
「火山でも川はあるからそれでね。みんなが通るものだから大して険しくはないわ」
山のぼりはフリーグ氷河以来だから、気合入れないとな。
マリンダースを離れて3日目。イグニフォールを目指して南へ進む。
「あれがイグンマウンテンよ。この世界で最も高い標高を誇るわ」
エルダが隣に来て、山の方を指差した。
「あれかぁ」
確かに高い。海岸からの距離もそんなにないのか、見上げなきゃ頂上は見えない。世界一って言ってるから当然だけど、クロスルートよりも高い。
「これ上るのかぁ」
「街もメインの採掘場も5合目ぐらいよ。昨日も言ったように険しくもないわ」
ま、富士山も車で5合目までは行けるからな。
「私たちは単独でもっと上も目指すけれどね」
「おい!!」
結局行くんじゃんかよ! 5合目に街があるだけマシだと思うか。
最高峰を誇るイグンマウンテンも通り過ぎて、南へ向かう。ちょうど、昼飯を終えてちょっと進んだぐらいで、船の出入りのある川が見えた。
「あそこよ。イグニフォールの入口は」
「結構交通量あるんだな」
視界には10台ぐらいのボートが映ってる。
「大半は行商人ね。毎日の収穫をああやって運んでるのよ。朝に出発する人が多いから、これでも少ない方よ」
確かに、鉱山で採れたのは夕方に集まるだろうし。
「むしろ移動が昼スタートでいいのかよ」
「朝に帰って来る労働者もいるのよ。多くは安定した稼ぎのために組織的な管理下にあるけれど、自由に動き回るタイプの人もいるわ」
なるほど。そういうやつと個人間でやり取りしてる行商人もいるってことか。
「自由に山入って石採ったりしてもいいんだな」
「管理下にある採掘場は禁止されているけれど、それ以外は自由よ。私たちもそっちの部類になるわね」
良かった。密猟とかにはならずに済むのか。あれ、鉱山だと“密猟”って言い方はしないか? 密鉱? 密掘? 分からん。
他の船にぶつからないように気を付けながら、川に入る。
「うわ、めっちゃ石積んでんじゃん」
軽トラの荷台が埋もれそうな量の鉱石が、どの船にも載ってる。
「凄いわね。久しぶりに見たけれど、こんなものだったかしら?」
エルダも感心してる様子だ。やっぱ多いのかな、これ。
「エルダってここも来たことあったのか?」
確か、南にあるオンラヴァにはたまに行ってたらしいけど。
「いえ、オンラヴァのだけ方よ。あっちにも、イグニフォールで採れた鉱石が運ばれるから」
「あ、そうなんだな」
石積んでる船もそっちで見てたってことか。そもそも、オンラヴァに住んでる人がイグニフォールまで採掘に行ってるんだもんな。運ばれてくるのも当然だ。
「にしても凄い量だな」
10秒に1回はすれ違う船が、みんなして軽トラぐらいの量を積んでるぞ。山盛りにしてる人もいるし、よく沈まないな。
「昼でもこれだと、よほど調子がいいみたいね」
エルダがここまで言うってことは、やっぱり普段より多いみたいだな。
「それが却って、不安になってくるのだけれど・・・」
嫌な予感、というよりはもう、ターボドライバと同じ材料は使っていないでくれっていう感じだな。とにかく、行ってみよう。
久々の川上りが続く。けどエルダが行ってた通り勾配もカーブも緩やかで、これなら楽に進めるな。川幅も狭くない。
俺たちの他にも街に向かう船はあって、前を走るやつは野菜とか魚を積んでるから、物資の運搬って感じだ。それで石を積んで帰るのだろう。
鉱山ってもっとゴツゴツしたイメージがあったけど、森も見えるし意外と緑も多かった。茶色とか灰色でつまんないかもと思ってたけど、これならウロつき甲斐がありそうだ。
上り始めて2時間ぐらいが経って、さすがに景色にも飽きてきた頃に、その景色に変わり映えがあった。
「見えたわね。あれよ」
「街か!」
森を左から回り込んでる途中、そのカーブの先にそれっぽいのが見えた。急な山の斜面と、それに沿ってひっきりなしに並ぶ家。そのほとんどが斜面からせり出して下から骨組みで支えられてる。
「すっげぇ・・・」
これはこれで壮観だな。家の並びは全然規則正しくなくて、空きスペースに強引に増やしましたって感じの無秩序さだけど、それゆえの迫力っぽいものがある。
水虹菅も健在だ。斜面と同じ急角度で、クモの巣みたいに居住区の上に張ってる。あ、一応はそれなりに緩やかな場所にも街は広がってた。急斜面の方ばっかりに目が行ってた。けど、
「ラストスパートか」
緩やかと言っても“それなり”で、そこに向かうまでの最後の直線も角度がある。失速しないように、レバーを引いてギアを上げた。斜面に作られた街に向かって、真っすぐに駆け上がる。
「よっしゃ着いた・・・っ!」
チャリじゃなくてレバー引いただけで加速する船だから、最後の上りも楽しかった。
「さすがに船着き場は斜面を削って作ってるわね」
上り切ったあと、左の方に船着き場があった。そんなに大きな街じゃないけど、だからこそ街と同じ面積あるんじゃないかってぐらいに船着き場が広い。たくさんの鉱石を運ぶためだろう。
「凄いわね。まだ積んでるわよ」
岸の方では、鉱石を積む作業をしてる船もあった。もうすぐ夕方だってのに、これから移動か、明日の準備をしてるのか。
「本当に景気がいいみたい。街の活気も良い感じね」
岸に向かいながら街を眺める。下から見上げる格好になるけど、人の往来は見えて、人数も多いし声も聞こえてくる。どれも明るい声だ。
屈強な男たちばっかりなのかと思ってたけど、家族で来てる人もいるのか女の人や子供の姿も少なくない。単身赴任じゃなくて、オンラヴァとイグニフォールの両方に家があるって感じか。
街の活気に反して、俺たちの顔は冴えない。もしあの材料を使ってるんだとしたら、やめてもらうってほとんど無理だぞ。
船を停めて、陸に立つ。煙まみれで汚いのも覚悟してたけど、そんなことはなくて綺麗な空気だ。
「んん~~っ。とりあえず食事にして、宿を探しましょうか」
屋台街みたいな場所がすぐに見つかった。こっちの世界で言う飲み屋街みたいな感じで賑わっていて、多分毎日外食って人もいる。家族の姿も少なくない。
早速、適当な店で椅子に座った。
「随分と景気がいいのね? それともずっとこうだったの?」
エルダが近くのオッチャンに声を掛けた。こう見ると旅先での交流が好きな人にも見えるけど、エルダの場合ただの情報収集だ。いい感じで酒が入ってるオッチャンが気前よく答える。
「いいや、ここ最近の話さ! 掘削機が上等になってバンバン採れるようになったからな、作業も楽だし次から次へとザックザクよ! だっははははは!!」
すげぇな。もうノリにノッてるって感じだ。それはそうと、中身は気になる答えだった。掘削機が上等になったのか、そうか・・・。
「掘削機?」
何も知らないふりをして、エルダが聞き返す。
「そうさ! もう最近のは凄くってな、こっちはほとんど座ってるだけでバンバン掘れると来た。今では数も増えてこの通りよ。がっっはははははは!!」
デカい口を全開にして唾を飛ばしながら笑うオッチャン。何もかもが上手く行ってる時の反応だ。このオッチャンに限らず、街の人はみんな浮かれた様子だ。よっぽど楽に稼げてるんだろう。どうすんだよこれ・・・。
「あんたさんもやってみたらどうだ? 疲れる前にやめたってザクザクだからよぉ!」
「その“掘削機”を持ってないのだけれど?」
え、やる気か? エルダ。いや、違う。機械を見せてもらうんだ。
「北の方に行ってみるといい! 明日には始められるはずだぜ!」
「ありがとう、行ってみるわ」
オッチャンとの会話を終えてテーブルに向き直す。
「暗くなる前に行ってみましょう。朝に行くとそのまま働かされそうだわ」
「だな」
やっぱり機械だけ見るつもりだな。さて、鬼が出るか宝石が出るか。
店を出たあと早速行ってみた。北のはずれには、いかにも鉱山から帰って来ましたみたいな人たちが集まってた。作業着に、ライト付きのヘルメット。そんな装備の男たちが鉱石が山積みのトラックの荷台から降りている。
「って、車?」
船移動がメインのこの世界で、始めて見た。エルダは“クルマ”って単語を知らないはずだけど、俺の言葉は聞き流したのか普通に説明してくれた。
「陸地移動用のものよ。水をタンクに積んで、水虹と金属の反応によって熱を生み出して動力を得るの。身分の高い人が乗っているところしか見たことがなかったけれど、こんな形でも使われていたのね」
「言われてみれば、都合よく採掘場に向かう川もなさそうだしな」
鉱山労働にプラスして歩きで往復なんてやってられないか。更にトラックの後ろには、小さめのショベルみたいなのがあった。
「あれが掘削機のようね」
「ってことは、あれで洞窟の中まで入って掘るのか」
ショベルでガリガリ掘り進めていくんだろう。
「他にも道具があるようだけれどね」
ショベルの他にも、デカい横向きのドリルとか、巻き込まれたらミンチになりそうなグルグルの骨組みのやつもある。全部人が乗って操縦してて、水を積むタンクもある。ドリルの回転も、蒸気でやるのか。水と金属だけでそれができる世界だからな。
「ちょうど今日のお勤めを終えたところのようだし、見せてもらいましょう」
エルダが前に進む。労働者たちは、特に集合とかもないようでそのまま解散して街に散らばっている。いい汗かいた、とか言ってそうな晴れやかな表情だ。
みんな普通に帰ってるけど一応は監督者みたいな人もいて、まだこの場に残ってるようだから、俺たちはその人の方に向かった。
「ちょっといいかしら?」
「どうした。今日はもう終わったぞ」
「採掘の道具を見せてもらうことはできるかしら? 興味があるのよ」
「なんだ、そんなことか。だったら倉庫にある使い古しにしろ。どうせ処分するものだから持って行っても構わんぞ」
「あら、本当?」
また倉庫か。タダでもらえるのはありがたいけど。
「倉庫はあそこに見えているものだ。中にあるのは好きに使っていいぞ。我々の管轄区域に入ってもらっては困るのと、何かあっても責任は取れないがな」
「ありがとう、十分よ。 トオル、行きましょう」
その人が指差してた建物に向かう。絵に描いたような倉庫だ。
「かったい扉ね」
スライド式の金属の扉を、2人で押してスライドさせる。窓が小さくて薄暗かったけど、エルダが電気のスイッチを見つけてパチッと点けた。
「こりゃまた山ほど置かれてんな・・・」
さすがに人が乗るタイプの重機を縦積みにはしてないし、それなりに向きも揃えて並べてあるけど、とにかく数が多い。
「とりあえずこれを、外に出してみましょうか」
エルダが手を掛けたのは、正面にドリルが付いてるタイプの車。重機と呼ぶにはちょっと小さいか。とにかくこれが一番手前にあるから出しやすい。エルダが自分のタルリュックから水を出して、ドリル車のサイドに付いてるタンクに補給した。
「エルダ、操縦できるのか?」
「何とかなるでしょう」
あ、はい。
エルダは軽やかにそれに乗り込んだ。ドアとか天井はないオープンカータイプだ。1人乗りらしく席は真ん中に1つだけ。重機女子、初めて見たな。
ボタンかレバーが並んでるのかちょっと迷ったみたいだけど、最初の一手で起動してエンジン音が鳴った。
「それじゃあ、動かすわよ」
砂利道をゆっくり走ってるみたいな、ジャラジャラとした鈍い音を立てながらドリル車が前進。いま気付いたけど、タイヤめっちゃゴツゴツしてるな。ゴムがないんだ、この世界。サビサビに錆びた太いホイールだけで進んでるのか、これ。スピードはあんまり出ないんだろうな。だけど、
ギュゥイイイイィィィィン。
ドリルの回転はマジでえげつない。直進させるだけでトンネル掘るぐらい余裕だろうな。倉庫内にはちゃんとデカいのもあるし。
外に出たところで、エルダは一旦ドリル車を止めた。
「とりあえず普通に動くようね。明日、人のいないところに運んで分解しましょう」
確かに、使い古しとは言えもらったばかりの重機を鉱山の街でバラすと変に思われそうだな。エルダがそのまま操縦して船まで運んだ。サイズ的に半分ぐらいスペース食われそうだけど。
今度は水操術で、ドリル車が船に乗せられた。この重そうなのが水の力だけで浮かび上がる光景は、中々のものだった。あと船って、意外と沈まないんだな。
「今日のところは休みましょう」
飲食店と同じように宿屋も豊富にあった。行商人がたくさん来るからだろう。ただハズレを引いてまったのか、やたら狭かった。
机もビックリするほど小さくて、いつも何冊も本を広げるエルダは諦めたらしく、談笑スペースさえないから、それぞれシャワーを済ませたらもう横になるしかなかった。いつも1人で先に寝てるから、久々のこれはちょっと緊張する。
「この街はあまり上等な宿がなさそうだから仕方ないわね」
人の気を知ってか知らずか、仰向けで後頭部で手を組んだままそんなことを呟くエルダ。理由は別だけど中身自体は同感だ。あーでも確かにここ、布団薄くて腰痛ぇ。まだ痛くないけど絶対痛めるやつだ。
「エルダも安いとこには泊まれなくなったみたいだな?」
オズパーシーでふかふかの布団を買う前はうっすいタオルケット1枚だったのに。
「お陰さまでね」
負けを認めるような言い方が、ちょっとだけ気持ちいい。
「けれど、久しぶりにトオルと並んで眠れるから、たまには悪くないわね」
それに触れるのかよ・・・相変わらずの神経してんな。船の部屋も広くないから横並びで寝てるのは毎日だけど、久しぶりにタイミングも合わせられたって意味だろう。いつも黙々と勉強してるように見えるけど、1人だけ先に寝てるやつがいるのは寂しいって気持ちはまぁ分かる。というか寝てるやついたら俺は勉強する気になれないな。
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翌朝。
「いってててて・・・」
案の定、腰がちょっと痛い。けど思ってよりはマシだった。俺もこの世界に慣れてきたってことか。でもベッドは恋しいな・・・。
朝飯の後すぐに宿屋を出て移動を始めた。普通に船の方が広いからな・・・。
「一旦北西の方に行って、ここの湖を目指しましょう。落ち着いて作業ができると思うわ」
ドリル車の分解作業場所が決定。さっそく船を走らせた。
「ひゃっほーーい!」
街の出入口は一直線だ。出る時は、それなりの角度の川を下る。石積んで帰ってる人たちもみんな結構なスピードを出してる。
カーブが待ってるので減速して、そのカーブの先で分岐点を右に曲がった。よし、湖を目指そう。そんなに遠くない。
30分ぐらいで着いた。早速エルダがドリル車を船から降ろして、水操術のウォーターカッターで切り始めた。エルダの手に掛かれば、金属の塊だろうと解剖されてしまう。飛び散る水しぶきが、ドリル車の悲鳴に聞こえる。
ウォーターカッターを下ろし切ったところでエルダは水を止めて、上の操縦席の部分はもう用済みと言わんばかりに水で浮かせて遠くに追いやった。
「さあ、見てみましょう」
ケロッとしてるのがなんか怖いんだけど。
「駆動部は・・・ここね」
切った場所を2人で覗き込む。水のタンクから配管が出てて、分岐が多いけど大きいところは2つ、その片方はピストンで、もう片方は鋼鉄の風車(羽根車って呼んでるらしい)だ。
ピストンはタイヤの軸と連結してるみたいで、部品の先に歯車もあるから多分あれがシュポシュポ回って車が進むんだろう。羽根車はドリルの方にある。洞窟を掘り進めるやつだからかターボドライバよりもゴツい。
見た感じは、この世界の車はこうなってるんだなっていうものだった。俺が見たところが何かが分かる訳でもないけど。
なんて呑気なことが言えたら、どんなに良かったことか。
「・・・・・・」
エルダは沈黙。その理由はもう分かってる。
「水虹結晶・・・」
ターボドライバと一緒だった。ドリルと連結してる羽根車がある空間の内壁には、水虹結晶がこびり付いていた。ピストンの方にもちょっと付いてるな。
「当然、と言えば当然ね。船でも使われた駆動系がこっちに応用されないはずもないわ」
エルダは淡々と言った。いま訪れている鉱石バブルの不思議も、タネが分かってしまえばこんなものだった。
「海水じゃなくてもなるんだな」
確か船用のターボドライバは、塩を捨てるために蒸気に変えず捨てる排水がある。淡水だと全部蒸気に変えても良さそうだけど、どうなんだろ。
「反応材料に直接触れない部分は間接的に熱を受け取ることになるから、それで気化が遅れる部分の水が、既に気化した水蒸気からの圧力に押されるのでしょうね。全ての水を気化させるのは難しいから、排気口から水が垂れることもあると思うわ」
「そうなんだな」
じゃあ普通なら外に垂れるはずの水が、中で水虹結晶になってるのか。いや、水虹結晶ができてる分は、水虹がない水(無虹水って言うんだっけ)が外に垂れるのか。いずれにせよ、
「このまま使ってたら、やばいんだよな」
「・・・・・・」
間を置くエルダ。質問に答えきれない訳じゃないだろう。多分、この先どう動こうかというのを考えてる。その口が、重々しく開かれた。
「・・・この分だと、水虹菅で街に水を配るためのポンプも同じ機構なのではないかしら。海が近くにあって雨水の水虹密度が下がりにくいのが救いね」
そうか。ヨーラーは山の中だった。しかも、水源である川の水から直接水虹結晶が作られてた。それと比べてたら大きなラグが出るのかも知れない。
「けど、時間の問題なんだろ・・・?」
「ええ。そして、このまま同じような機械が増えていけば、加速する」
だろうな・・・。
「どうすればいいんだ? この機械を使うなって言うのは、無理なんだよな」
自分で言ってて、この希望は持ててない。あれだけウハウハになってる人たちをどう止めろって言うんだ。
「マリンダースでの反応を見たでしょう。あの時は、ターボエンジンなしでクジラを狩って帰ったのと、オリエントルカの群れが一緒だったことでようやく人々の意識が変わったのよ。実際にその目に見せないと、ダメなのよ」
「くっそ・・・」
どうする。陸のことなんかオリエントルカには分からないぞ。海の水虹密度なんてそうそう下がらないだろうし。
「悲しいことね。ターボドライバは、オリエントルカのように強くて賢い動物がいたことで使用をやめさせることができたのに、一方のこっちは、私たちがどんなに言葉を並べても、同じことができない」
「っ・・・」
エルダのその言葉に、俺もショックを受けた。オリエントルカは言葉を話せないから、ターボドライバ使ってる船を沈めるっていう野蛮なことをするしかなかった。だけどその“野蛮なこと”でしか、やめさせることができなかったんだ。
誰が悪い訳じゃない。みんな、人類の未来を思って便利な道具を使って生産性を上げている。だけど、だからこそ、言葉で説明するだけじゃそれを手離してもらうことができない。
さすがに実害が出たら使うのをやめるだろうけど、それまでは強い存在が半分脅す形で制限を掛けないとダメなんだ。この事実は、エルダの言う通りあまりにも悲しい。
「なんでだよ・・・」
もどかしすぎる。いっそのこと、全部承知の上で水虹結晶を作りまくる悪役がいた方がマシだった。これじゃあ、誰も責められない。
「どうすりゃ、いいんだよ・・・」
「・・・・・・」
エルダも、小さく首を横に振るだけだった。
「・・・慎重に行動しつつ、考えるしかないわね」
結局、何もできないってことか。でも焦って行動して失敗すれば、異端者扱いされて二度と話をさせてもらえなくなる。こうするしかない。
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何をする気にもなれず、2人して船でぼーっとしていた。ドリル車は、エルダが小さく切っていってスクラップにした。これなら街で捨てれると思う。
「なあ、この世界って、水虹結晶を作るたびに水虹が減ってくのか?」
今までの話からすると、そう聞こえてしまう。水虹結晶を溶かすことはできるらしいけど、それを無視すれば減ってく一方ってことか?
「そうでもないわよ。宇宙、主に太陽から供給される分があると本で読んだから、それよりも低いペースであれば、消費されても大丈夫なはずよ」
「けど、このまま行けば追いつかなくなるってことか」
「それは間違いないわね」
だよな・・・。どうにかして止める方法はないのか・・・。
「こうなった以上は、これよりも便利で、なおかつ水虹結晶が生成されてしまわないようなものを編み出すしかないわね」
「え・・・そんなことができるのか・・・?」
「やるしかないでしょう。でなければ、いずれメイミスが事態を把握して乗り込んで来るわ。言葉で解決しないとなれば、手段を選ばないでしょう」
「マジかよ・・・」
本人も言ってたからな、オリエントルカと同じ手段を取るって。陸地にオリエントルカと同じ存在がいない以上、その役目をメイミスが請け負う。人間同士であることもお構いなしに来るだろう。
「ひとまず、破片を捨てに街へ戻りましょう。これだけは手元に残して、ね」
エルダが手に持っていたのは、ドリル車のピストン部分にあった部品。
「これが、水虹と反応して熱を発生させる材料のようね。街でちらりと聞いたけれど、スチミウムと言うそうよ」
それにエルダが水を垂らすと、まるで熱いフライパンに水を垂らしたみたいに一瞬でジュワーッと蒸発してしまった。閉ざされた空間に蒸気が充満することで相当な圧力になるらしい。
「行きましょう。採掘の道具も買わなきゃね」
街には普通にスクラップ置き場があった。処分した重機とかで瓦礫の山になってる。
「この中に水虹結晶も埋もれてると思うと、かなりもったいない気がするわね」
「取り出したりってのは、やっぱしないのか? 800℃にしないと溶けないんだっけ」
「そうよ。可能ではあるれど、かなりの手間ね。この瓦礫ごと加熱して、中から出てくる水を集めるのは」
「うげ・・・」
確かに、溶かしたとしてどうやって回収するんだ。やるなら水虹結晶が付いてる破片だけを鍋に突っ込むとかだけど、考えただけで面倒くさそうだ。回収できたとして、あんまり綺麗な水でもなさそうだし。
「必要性に駆られたらやるのでしょうけど、そうなる前にメイミスが来るわね」
「だな・・・」
そもそも、必要性に駆られたらこのタイプの機械を使わなくなるんだし。
「ひとまずはこの金属、スチミウムを軸に考えることにするわ。かなりの反応性ね」
一瞬で水を蒸発させる石だからな。それで鍋作ったら火ぃ要らねぇじゃん。って、そもそもこの世界はコンロにも水を通してるんだった。やってることは一緒か。
「他にも良い材料がないか、探しに行きましょう。鉱石のたくさん採れる場所にいるんだし」
「うし、山に入ってくんだな」
今あるものを超える、新しいものを作る。俺には到底できそうにないけど、エルダならできる気がする。俺もできる限りのことは手伝おう。
次回:イグンマウンテン




