第32話:ターボドライバの真実
3日後。今日には陸に戻れるはずだ。さすがに1週間近く海で過ごすと陸が恋しい。何十日も連続で、それもシャチの背中で過ごしてるメイミスの気が知れない。
起きるとエルダの姿はなくて、外に出ると朝メシ前から泳いでた。子供のオリエントルカとじゃれ合ってる。相変わらずだ。
俺が起きてきたことに気付くと、エルダはオリエントルカに別れを告げてこっちに来た。そのまま船に上がろうとしたエルダだったけど、服の裾を1匹のオリエントルカに咥えて引っ張られた。
「あら、どうしたの?」
エルダが振り返ると、そこへまた別の1匹が近付いて来た。何かの機械を咥えている。
「これは・・・ターボドライバ?」
オリエントルカが咥えて持って来たのはターボドライバらしい。確かにマリンダースの倉庫にあったやつもこんな感じだった。
「くれるの?」
エルダがそう言うと、オリエントルカは受け取って欲しいと言わんばかりに顎を軽く何度も突き出した。
「いい子ね。ありがとう」
エルダがオリエントルカの頬を撫でる。するとオリエントルカも満更でもなさそうに頬をエルダの手にすり寄せた。それと同時に、キュゥ~~ッという音が聞こえた。何だ今の。イルカの鳴き声っぽかったけど、まさかオリエントルカの・・・?
「あら、かわいいわね」
エルダがまた頭を撫でる。そしてまた聞こえる、キュゥ~~ッ。マジか。こんな鳴き声なのかシャチって。すげーギャップだ。
エルダがオリエントルカの口から直接ターボドライバを拾い上げ、それを俺が受け取る。
「うわ重っ」
10キロはあるな。とりあえずその辺に置いてる間に、エルダも上がって来た。
「そういや船に付けたのはエルダが壊したんだっけ」
「ええ。それをするかを試されてたみたいで」
あの時、エルダが船から落とされた後また船が衝撃を受けた。あれでターボドライバを壊してたらしく、戦いもそこで終わった。
「マリンダースに戻ってから調べるつもりだったけれど、移動中にできそうね」
運んでくれるオリエントルカには悪い言い方だけど、移動中は暇だからな。
エルダがまたオリエントルカの頭を撫でながら「マリンダースまでお願いね」と伝え、船が動き出す。彼らの手を借りて移動中に、こっちはターボドライバの分解だ。形はタルっぽい輪郭で、サイズは炊飯器を2つ横に並べたぐらい。あと尻尾みたいな感じでスクリューが付いてる。
「できそうか?」
「とりあえず真っ二つにしてみるわ。復元も必要ないし簡単よ」
“とりあえず”でこの金属の塊が真っ二つにされちまうのか・・・。エルダは海水を使って、それをジュオォーーッとぶつけて、まずはスクリューを切り離しにかかった。ウォーターカッターみたいな感じだ。そしてスクリューを切り離したあと、同じように本体を切る。
作業はすぐに終わった。エルダが水を止めると、床の上にはパックリ開いたターボドライバが残った。水を使ったから濡れてるのと、水虹との反応で蒸気を作るための材料があるからか、湯気も出てる。
それでも中の様子はよく見えた。思ってたよりは単純で、半分は何もない空洞、残りの半分は鋼鉄の風車みたいなのが何重にもなって並んでた。多分この風車と一緒に、外に付いてたスクリューも回るんだろう。
まあそれっぽい見た目をしてて、普通の、ターボドライバじゃないやつとの違いは、そっちも分解して見比べないと分からないだろう。いま俺とエルダの視線の先のものがなければ。
「・・・驚いたわね」
空洞側の底面に、光るものがあった。光を出してるんじゃなくて、宝石みたいに反射してる。
「これ、水虹結晶か・・・?」
ガラスコーティングで覆うように付いてるそれは、今までも何回か見た水虹結晶に似ていた。
「不均一だから、人の手で付けた訳ではなさそうね。第一、意味がない」
否定しなかったから水虹結晶なんだろう。エルダの言うように、この水虹結晶のコーティングはゴツゴツしてて不均一だ。触るまでもなく分かる。
「じゃあ、ターボドライバを使ってて出来たものなのか?」
「その可能性が高いわね。恐らく、これに使ってる新種の金属というのが、水虹との反応がかなり強いのよ。取り込んだ水の大半を蒸気にしてしまうから、その圧力で排水の一部が水虹結晶になったのかも知れないわ」
「排水? 蒸気にならない分の水もあるのか?」
今、“大半を蒸気にする”って言ったな。水を蒸気にしてからそのゴツい風車っぽいのを回してるはずだけど、取り込んだ分全部を蒸気に変えてる訳じゃないのか。
「ええ。反応するのはこれに触れている部分だけだから、」
エルダが、微妙に色が違う部分の場所を軽くつつきながら言う。こいつが新種の金属ってやつか。
「間接的に温度が上がって蒸気になる部分も多いけれど、3割ほどは海水のまま捨ててしまうの。海水を取り込む関係上、全てを蒸気にすると塩だけが残ってしまうから、それが中に残らないように、濃い海水として外に出すのよ」
「あぁ~。そっか、塩捨てなきゃいけないのか」
ってことは3つある突起は、給水と排水と排気か。ターボドライバ全体の左半分は空洞で、右半分はゴツい鋼鉄風車の山。突起は左端に上下1つずつと、右端の下に1つ、ピョンと外に出る形になってる。
「けれどこれは、かなり攻めた設計になってるわね。塩まで残ってるわよ」
「溶けきれなかったってことか?」
「そうよ。水に溶ける塩分量にも限りがあるから」
それもそうか。水にドバドバ塩突っ込んだらいつか溶けなくなる限界がくるよな。
「じゃあ蒸発した分が多すぎて塩が溶けきれてないのか」
「ええ。それと同時に、多くの水を気化させる分だけ中の圧力も高い。給水口の径が広いから元の給水量も多いわ」
エルダは、少し気の毒そうなものを見るを目を、ターボドライバに向けている。
「かなり無茶させてるわね、これ。長持ちしないわよ。中に塩は溜まっていくし、排水口は水虹結晶の形成で塞がっていく。ある程度劣化したら交換して、古いのはあの倉庫に置くようにしたのね」
よく見たら、排水口の突起への入口辺りにも水虹結晶が付いていた。スピードを出すための犠牲、ということか。
「単なる金属材料だけなら、多少の無駄遣いもいいのだけれど、」
エルダは真っ二つになってるターボドライバを、片方を上から重ねて閉めた。あんまり見てられなかったのかも知れない。
「水虹結晶ができているということは、水虹も失われているわ。ターボドライバごと倉庫に放り込むから戻っても来ない。それにオリエントルカたちが気付いたのでしょう。使い続けていたら、間違いなく海の生態系に影響が出るわ」
「そうだったんだな・・・」
いつか誰も住めない海になってしまう。そんな状況だったのなら、漁船を沈めてでも人間に警告する彼らの気持ちは分かる。言葉も通じないし。いま俺たちに協力してくれてるこいつらは、どんな思いで船を運んでくれてるんだろうな。
「じゃあ大昔の“災い”ってやっぱり、水虹が減り過ぎて世界中がヨーラーみたいになったことか・・・?」
「その可能性が濃厚になってきたわね・・・。この新種の金属が使われ始めたから、無虹人であるあなたが呼ばれたのではないかしら」
「そうなのか・・・」
タイミング的にはそうだよな。俺がこの世界に来てから30日ぐらい経ってて、ターボドライバの登場はその更に20か30日前って話だけど、しばらく使われて影響が出始めるまでのラグだろう。
「でもなんで、水虹結晶を作り続けたんだろうな。ヨーラーみたいになり始めたらさすがに止めないか?」
水虹結晶を作りまくることで人が死んでいったとする。当時の人は低水虹症のことを知らずに別の病気だと思ってた線は、もうない。無虹水の常温固体を作ろうとした記録がフリーグ氷河にあったから。
人が死ぬ原因が水虹結晶作りにあると分かれば、未来に遺すためとはいえ続けないだろう。“災い”なんてことを起こしてまで」
「それなんだけれど・・・」
エルダが、船の床板のどれかに焦点を合わせてるであろう目をして言った。この口調は多分、単なる予測じゃなくてほぼ確信に近いものを持っている。
「恐らく、一時期に大量に作ったのよ。水虹結晶を」
「え?」
水虹結晶を、大量に・・・? でも、それってできないんじゃないのか。
「どうやってだ? エルダでさえ疲れるほどやっても片手で持てる程度なのに」
やり過ぎると人がバタバタと倒れていくからこそ、10年も時間を掛けてやったんだろう。
「作ってしまったのよ、きっと。水虹結晶を作る道具を」
「え・・・」
一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。水虹結晶を作る道具を、作った。心の中で改めて呟いて、ようやくそれが頭に入ってきた。
「それって、まさか・・・」
今この世界に、水虹結晶を作る道具なんて出回ってない。昔はあったのに今はないとすれば、考えられる理由は1つだ。
「“我らの生活を変えしもの、我らに災いをもたらす。我ら、これを西の彼方に沈め、災いの再来を封じる”」
エルダが言ったのは、ゾナ湿地林の石板に書かれていた文言だ。当時の人たちの生活を変えたものが、災いをもたらした。だからそれを封印した。“西の彼方”とやらに行っても、どんなものを作ってしまったかって情報があるだけだろう。
エルダが、空を見上げた。ここには水虹菅はないけど、街の中を縦横無尽に巡る水虹菅がイメージできてることだろう。俺だってそうだ。
「あれだけの量の水虹結晶をつなぎ合わせたものを、住民総出で10年掛けたからって、最後まで作り上げただなんて、実物を目にしなければとても信じられないものよ。きっと10年掛けたというのは、封印した道具を悟られないようにするために意図的に塗り替えた記録ね。
当時多くの死者が出たのは、水操術の使い過ぎではなくて、一度に大量の水虹結晶を作ってしまったがために大陸中で水虹密度が落ちたこと。ヨーラーで見たみたいにね」
そうか・・・。ヨーラーは、川の水虹密度が落ちたがために多くの人が低水虹症に倒れた。あの時は上流でヨーラーモンキーが水虹結晶を作りまくってたのが原因だったけど・・・、
「人間が作ってしまったのね。水虹結晶を量産できる道具を」
エルダは少し切なそうに言った。でも、これが真実なんだろう。人類トップクラスで水操術が使えるエルダでさえ、あの量の水虹結晶は有り得ないと言ってるんだ。どっちの方が可能性が高いかと言えば、水虹結晶の量産機があったことだろう。便利なものがあれば使ってしまうから、シンクタニアは封印したんだ。
「当時どころか、今の技術基準で言っても画期的なものよ。化け物のような天才が編み出したに違いないわ。だから二度と発明されないと思って封印したのでしょうね」
「だけど、副産物として水虹結晶ができる機械ができてしまった」
「ええ。時間の問題だったとは、思うけれど」
技術は進歩する。新しい材料は発掘されるし、千年に1人の天才だって、千年に一度は生まれる。早かれ遅かれ、人類がこの問題に直面するのは避けられなかったんだ。
「となると、俺たち無虹人や無虹生物の役割は・・・」
「水虹を必要としない生物の繁栄でしょうね。水操術を捨てろと言われたのよ、私たちは」
「っ・・・」
でも、そうだよな。海や川の水から水虹がなくなっても、俺は低水虹症には罹らない。多分遺伝もするんだろう。そういう存在が増えれば、低水虹症を気にする必要がなくなる。同時に、水操術は使えなくなっていく・・・。
「昔の人が“無虹人の力を引き出すことができなかった”と判断したのは、無虹人が増えるよりも先に道具を捨ててしまったからでしょう。実は無虹人の血を引く人もいるかも知れないけれど、その効果を把握するなんて無理でしょうね」
エルダはやけにサバサバしている。でも、頭の中では色々と考えてるんだろう。俺も、頭の中は色んな考えが飛び交いまくってる。
「トオル、元の世界には帰りたい?」
聞かれた。真っ直ぐな目で。
当然だ。俺の役割は、無虹人の血を広げていくことだ。もしかしたら今後、また無虹人が来るかも知れない。けど、それでも俺の役割が消える訳ではない。俺は、ここで生きろと言われている。
協力者は必要だし、普通に生活してれば達成できるし、知らない方が自然にできる。メイミスの言った通りだな。はは。
でも。
「俺は・・・」
俺にだって、自分の人生がある。いきなり別世界に連れて来られて、こっちで家庭作って生活しろと言われても、はいそうですか分かりましたとは行かない。
「・・・・・・」
一応は、役割とか関係なしにエルダとここでずっと暮らしていくのも悪くないとは思ってる。けど、やっぱり二度と帰れないは困る。普通の高校生をさせてくれ。
それに、エルダに向こうの世界を見せてやりたい。スマホとか電車とかに興味を示すだろう。俺がこっちを案内してもらった分、今度は俺が向こうを案内する番だ。ショッピングモールとか遊園地に行くのも楽しそうだ。
「俺は、帰りたい。この世界の人たちには申し訳ないけど、俺は、ここで生きていくつもりはない」
そう答えると、エルダがニコッと笑みを見せた。
「じゃあ、そうしましょう。その代わり、これから起きそうな問題は片付けて、誰にも恨まれたりすることの無いようにするわよ」
エルダは自身に満ちた目で言い切った。その自信が、どこから来てるのかは分からない。でも、頼もしかった。どうすればいいのかも分からないのに、エルダには絶対に何とかなるという確信があるようだった。
「・・・この先、起こりそうな問題って・・・?」
ちょっと恥ずかしくなって、目を逸らしながら言った。エルダも俺の方を見るのをやめてから、言う。
「ターボドライバに使われてた新種の金属は、イグニフォールで発見されたと漁師が言っていたわね。イグニフォールというのは鉱山のある街で、この世界で使われている金属の多くはそこで採掘されているの。
マリンダースの漁師も使っているということは、イグニフォールにある機械でも既に同じのが使われてる可能性が高いわ。とりあえず行って、状況を確認しましょう」
「なるほど・・・」
これで終わりじゃないのか・・・ま、しょうがないな。新材料が発掘されて使われるようになったんだから。
「でもその前に、マリンダースのターボドライバね」
「だな。・・・あれはもう使わないように頼むしかないんだよな?」
「それが難儀なんだけれど・・・クジラ、狩って行きましょうか」
「クジラ?」
「ええ」
「そんなに食いたいのか?」
「そうじゃないわよ・・・それがない訳でもないけれど・・・」
ちょっとバツの悪そうな顔をするエルダ。滅多に見せない表情だから新鮮だった。
「ターボドライバによるスピードアップは相当なものだから、普通に頼むのでは“何で使っちゃいけないんだ”という話になってしまうわ。海の水虹密度がちょっと減る、程度の説得で使うのをやめてもらうのは難しい。はっきりと分かる実害が出ないと、人の行動は変わらないものよ」
「いつか人が住めなくなるって言われても実感湧かないしな」
この世界は悪事を働くような奴はゼロだけど、便利なものは使いたい。それを使うなと言ったら“何言ってんだこいつ”って反応になるんだろう。
「今マリンダースの人たちの共通認識は、クジラの漁場に行ったらオリエントルカに襲われる、よ。そこで私たちが、実際にクジラを持って帰って、ターボドライバがなければ襲われないことを示せばいいの。1回じゃ説得力に欠けるけれど、何度もやってれば誰かが真似するわ。クジラを食べたい人は多いのだから」
「それでクジラ以外の漁でもターボドライバを使わないように言えばいいんだな!」
「そうなのだけれど、そっちはすぐには上手くいかないかも知れないわね」
「あぁ~・・・クジラ以外だとまだ襲われていないんだもんな。そっちは変えてくれないか」
「でもクジラの漁場でターボドライバを使うのをやめたのを見たら、この子たちは一度、他の漁場でもターボドライバの船を襲うはずよ。そのくらいの賢さは持っているから。そうなれば漁師の人たちも、ターボドライバを使うのをやめていくでしょうね」
「なる、ほど、な」
言葉を話せないオリエントルカにとって、ターボドライバを使わせない手段は、使ってる船を壊すことだ。でもそうなった時に人が取る行動は、ターボドライバをやめるんじゃなくて漁場を変える。実際、クジラは諦めて他の漁は続けてる。
ターボドライバがなければクジラ漁ができることを教えて、今度はオリエントルカが、クジラ漁以外のとこにワンパンチ入れれば誰もターボドライバを使わなくなるってことだな。間接的だけど、こうするしかない。
「という訳で、クジラの漁場までお願いできるかしら。それから、今度人を襲う時は、船を壊さない程度にしてね」
エルダが頭を撫でながら、オリエントルカに頼む。
「キュゥ~~~ッ」
もう完全にエルダに懐いてるな。無駄に母性あるからなエルダ。あの表情で頭撫でられたら、確かに気が抜けてしまいそ・・・待て、余計なことを考えるな。
こっちが話してることは理解できるのか、それとも偶然ルート上だったのか、クジラの漁場を通ったらしくエルダが1頭仕留めた。網とかは無いしそもそも船の動力が壊れてるけど、オリエントルカが一緒に運んでくれた。こいつらにとってもクジラは餌のはずなのに、偉い。
マリンダースの街が見えてきた。果たして、ターボドライバを使うのをやめてもらうことはできるか。
次回:説得