第30話:海で暮らす少女
「おや、この子らが人を連れ帰って来るとは珍しい」
オリエントルカが俺たちを運んで来たのは彼らの棲み処みたいで、たくさんのオリエントルカがいた。そしてそのうちの1頭の背中に、人が乗っていた。そいつは物色するような目でこっちを見て、なぜか俺に視線を合わせてから感心したように口をホの字にした。
「君、この世界の人間じゃないね」
「は?」
声が裏返ってしまった。何で一発で分かったんだ? ん、でも前も同じことあったな。ってことはこの人も・・・、
「あなた、シンクタニア?」
俺が思ってたのと同じことをエルダが言った。するとオリエントルカに乗ってる女はヒューゥと口笛を鳴らした。
「まさか、その言葉を知ってる人間がまだいたなんてね」
女が笑みを浮かべる。自らがシンクタニアだと明かす人はいないってフィンデルも言ってたからな。
「会ったのよ、あなたのお仲間に。シンクタウンで」
「あははっ。なぁるほど」
陽気に笑ってるけど、つかみどころがなくて不気味だな。
「お察しの通り、あたしはシンクタニアだよ。メイミスと呼んで欲しい」
やっぱり、フィンデルと同じシンクタニアだったか。本当に俺、というより水虹を持たない人を認識できるんだな。俺とエルダもそれぞれ名乗って、メイミスが話を続ける。
「それにしても、普通の人間がシンクタウンに行くなんて、かなりの物好きだねえ。しかも、無虹人を連れている」
興味深そうに俺たちを眺めるメイミス。ふと頭をよぎったんだけど、メイミスって歳いくつなんだろ。俺と変わらなさそうだけど、海のド真ん中でシャチと一緒に暮らしてるなんて。
「私は水虹や水操術のことを調べて回っているのよ。それでトオルとは、クロスルートで会ったわ。水虹菅から落ちて来たわね」
「そういえばそうだったな・・・」
いきなり投げ出されて公園の噴水に落ちたな。あれが懐かしいと思えるほどには、こっちでの生活も長くなった。
「水虹菅から? なかなか面白いね、君」
こっちは散々な目に遭った気分だったけど、傍から見たら笑えるだろうな。
「シンクタウンでは誰に会ったんだい? あたしの同族に会ったんだろう?」
「フィンデルという人よ。あと孫のヤットも」
「ああ、あの爺さんか。未だにシンクタウンの様子見を続けてるなんて律儀だねえ」
ニシシと歯を見せて笑うメイミス。こんなところで過ごしてるのに、知り合いは居るんだな。
「なあ、メイミスはずっと1人でここにいるのか? その割には仲間のことを知ってるみたいだけど」
直接聞いてみるとメイミスは、やっぱり気になるかーと言った様子で肘を自分の膝について頬杖もついた。
「そうだねえ。親は普通に街で暮らしてるけどあたしは飽きちゃってね、12歳の時に離れることにしたんだよ。どうせ狩猟生活だったし一緒さ。いつしかここに落ち着いちゃったけどね。人間、魚と海藻しか食べなくても案外平気なもんだよ。枕も気持ちいいし」
そう言いながらメイミスは、自分が乗ってるシャチの背中をポンポンと叩いた。マジか。
「一応は、街をいた頃の知り合いを見かけたら話しかけることは多いよ。あたしも4~50日に一度は陸に上がるからね」
なるほど、年がら年中海にいる訳じゃないのか。と言ってもそのペースだと年に10回も陸に上がってないぞ。
「あなたは、シンクタニアの言い伝えは気にしてない方なの?」
エルダが聞いた。シンクタニアの中でも、秘密を守る派とそうでない派がいるって話だったけど、メイミスは後者だろうな。こんな所にいたんじゃ、守れるものも守れない。
「そうだね。あたしは成り行きに任せてるよ。けど、」
と、メイミスがそこまで言ってから俺を見た。
「けど?」
「無虹人が来ちゃったからねえ」
意味深な笑みを浮かべるメイミス。
「え、俺?」
やっぱり、俺がこの世界に来たことに何か意味があるってことか?
「400年前に災いが起きたことは、フィンデルから聞いているかい?」
「ああ、聞いた」
「それに、文字でも見たわよ。ゾナ湿地林に石板が埋められていたわ」
「おや」
それも知っていたとはね、といった様子のメイミス。
「となると、シンクタウンでも見たんだろうね。この子たちが認める水操術の使い手だ、フィンデル1人では君を止めきれないだろう」
「むしろ案内してもらえたわね。彼自身も迷っているようそ。シンクタニアだけが知っていればいいのか、全ての人に知らせるべきか」
「ふーむ」
考え込むメイミス。確かに、隠されてるからこそエルダと俺は探してる。だけど、便利だったから使ってたもの。その存在を知らされて、使わずにいられるか。
「まあ、君なら構わないと思った面は強いだろうね。この世界の人間は、役に立つものは活用する傾向にある。使い続けるのは危険だとどんなに口で言ったところで、実際にその危機を経験してみないと分からないと思うよ」
「でしょうね。増して私たちは、過去にどんなものを作ってしまったが為にどんな災いが起きたのかさえ知らないのだから」
「知らせるべきか、知らせないべきか。どちらが良いかはあたしにも分からない。ただ、あたしはもうこの子たちと生きると決めたから、人類のすることで海に影響を出すことがあれば、容赦はしないよ」
メイミスがシャチを撫でる。完全に、人類を突き放すような言い方だったな。どうでもいいとまでは思ってなさそうだけど、海の生物の方を優先してるのは間違いない。
「同族にそんな態度を取るなんて、変わってるのね」
エルダは悲しそうな目でそう言った。メイミスも、そう言われることが分かってたかのように言葉を返す。
「自覚はしてるよ。生命体である限り、種の繁栄を第一に考えることは当然だからね。だけど、私たち人間にはケタ違いの知能が備わって、文明をここまで開花させた。
種の繁栄に協力しないことが本能に背く行いであることは確かだ。だけどこれは決してあるまじきことではない。私たち人間は、その発達した知能により、本能に背く行いができる生命体になったのだ。これを進化と呼ばずして何と呼ぶ。私に言わせれば、本能通りの行動しかできなくなることの方が退化だ。子孫を残し種を反映させるなんて、サルでもできる」
メイミスは目に力を込めて、強い口調で言った。自分の考えにかなりの自信があるみたいだ。正しいとか正しくないとかいう問題じゃない。“そんなの人として有り得ない”と言ったとしても、“だったら人間をやめる”と返って来るだけだ。
“生き物として有り得ない”と言ったとしても、“有り得ないからこその進化だ”と言われるだけだろう。子孫を残すなんてサルでもできる。本能に背けるからこその、進化。
「そう・・・」
エルダが視線を落として、またメイミスの方を見る。
「あなたはさっき、容赦はしないと言ったけれど、どこまでのことをするつもりなのかしら。オリエントルカが既に、人間への攻撃を始めたのだけれど」
そっか、そういう可能性もあるのか。人間よりもシャチと生きることを選んだから、メイミスがオリエントルカに頼んでターボドライバの船を壊してたかも知れないのか。
「船を壊し始めたのはこの子ら自身の意思だよ。あたしを君たちに会わせたこともね。あたしからは、現時点で特に干渉はしない。この子らが君たちに協力することも、もちろん止めない」
「現時点では、ね・・・」
エルダがその部分だけを呟くように復唱した。場合によっては動くってことか。
「危なくなったその時は、どうするの?」
迷わず聞いたな。メイミスは、しょうがないなーと言わんばかりに鼻で息をついて、真剣な目をしてこっちを見た。
「その時は、この子らと同じ手段を取らせてもらう」
「なっ・・・」
「・・・・・・」
つまり、人間への攻撃か。ターボドライバの破壊だけならいいけど、この様子だと街まで襲い兼ねない。
「手遅れになれば海の生き物のみならず人類、そして世界中の生命体が生きられなくなるのだから、当然だろう。もちろん、最小限にとどめるつもりだけどね」
メイミスが目から力を抜いて笑みを見せる。オリエントルカの群れと一緒に住んでるぐらいだから、メイミスもエルダと互角以上だと思った方がよさそうだ。というか、例の災いってそんなに波及するのか・・・。
「無虹人がやって来たということは、思ってるほどの猶予はないのかも知れないね。この子らが行動を起こしたのも納得だ」
「なあ、俺が来たことにはやっぱり意味があるのか?」
これは気になる。俺がこの世界に来たことと、400年前の災いが関係するのか。
「もちろん、ある」
「っ・・・」
やっぱりあるのか。でも、どんな意味が・・・?
「どんな意味があるかは、自分で考えたまえ」
「えー・・・」
まあ、簡単には教えてくれないか。
「心配せずとも、ここで普通に生きていくだけで君は役割を果たしていくことになるよ」
「え?」
生きてくだけで? それに、役割ってのが、あるのか。昔の人が引き出せなかったという、隠された力もあるかも知れない。けど、普通に生きてるだけでも果たせる・・・? 何だろう。いずれにせよ、
「俺は元の世界に帰りたいんだけど・・・」
ずっとここで生きていけって言われても困るぞ。
「もし、君がいなくても危機を回避できるような状態になれば、その願いは叶うかもね」
「え、マジ?」
「多分ね」
「多分かよ・・・」
だけど、“絶対無理”とは言われなかったから希望が持てる。帰る方法を知っててこんな態度を取ってるのかも知れないし。
「普通に生きていくだけで役割を果たせるって、どういうことだよ?」
って聞いても、教えてはくれないんだろうけど。
「それは教えられないなあ。下手すると君が妙に意識してしまって役割を果たせなくなる」
「ああ~・・・」
そういう意味で教えられないってこともあるのか。普通に生きていくだけで役割を果たせるらしいし。
「協力者が必要、とだけ言っておくよ」
「協力者ぁ?」
と言うと同時に、俺は無意識のうちにエルダを見ていた。エルダも俺の視線に気付いてこっちを見る。エルダにはもう十分過ぎるほど助けてもらってる。いなきゃ今頃レンガ積みの日々で熱中症で倒れてた。これからもよろしく頼みたいところだ。
「あなたさえ良ければ、このまま一緒に旅を続けさせて欲しいわ」
「うぉ・・・っ」
面と向かって言われると恥ずかしいな。とりあえず“俺からもよろしく”ぐらい返そうかと思ったら、メイミスに先を越された。
「既にその者がいるのなら、安心だね」
「え? ああ・・・」
やばい、タイミング逃した。もういいか。改めてよろしくとか言うの恥ずいし。でも、エルダがいてくれて良かったのは本心だ。何かのタイミングでまた言おう。
「理論上はあたしが協力者になることもできるけど、」
俺が色々と考えてるのを余所に意味深な笑みを向けてくるメイミス。どうせ協力なんてするつもりなんてないだろう。
「あたしはこの子らと一緒がいいからね」
「そうかよ」
ぶっちゃけついて来られても困る。エルダと2人の方がい・・・いや何でもない。
「いずれにせよ、危機が迫ってるのなら回避しなければならないわ」
「だな」
それができたら元の世界に帰れるかも知れないんなら尚更だ。とは言っても、どんな危機が迫ってるのかさえ分からないからイメージしにくいな。ターボドライバがダメだってことは分かったけど、スピードが出るからみんな使ってるんだし、今のままじゃ使わないよう説得しても聞いてもらえるか微妙だ。
「もういいかな。それとも、まだ聞きたいことがあるのかい?」
なんなら全部教えて欲しいとこだけど、そのつもりならもう教えてくれてるしなあ。エルダとアイコンタクトを取っても“これ以上は無理ね”という視線が返って来るだけだった。
「今日はありがとう。あなたの手を煩わせずに済むように頑張らせてもらうわ」
引き際だな。
「よろしく頼むよ。この子らも、君たちのことを認めてるみたいだしね」
それでメイミスは手を後頭部で組んで仰向けになった。シャチの背中で暮らすのって、どんな気分なんだろうな。
「さあ、街へ帰りましょうか。さっきターボドライバを壊してしまったから私が・・・あら?」
エルダが水操術を使う仕草を見せると、オリエントルカたちが集まって来た。もしかして、送ってくれるのか? 最初の時みたいに船の周りをぐるぐる回って不安を煽るようなことはせずに、飼育員に集まるイルカみたいな感じで、顔を見せながらチマチマと近寄って来てる。
「こうして見ると可愛いわね」
シャチ、間近で見ると結構可愛い。たまに口を開けると尖った歯が並んでるのが見えるけど、口を開けた姿もエサを求めてるみたいで可愛い。魚があったら間違いなく放り込んでる。さっきエルダと映画さながらの戦いを繰り広げた時とのギャップが凄い。
「運んでくれるの? ありがとうね」
エルダがシャチの頭を撫でる。すると気に入ったのか撫でやすいように頭を下げて応じた。マジで飼育員みたいだな。
何匹かとスキンシップを終えたところで、船が動き出す。これもこいつらの水操術なんだよな、凄ぇや。
マリンダースの方に向かってるのかと思ったら、
「あら? どこへ行くの?」
エルダがそんなことを言った。どうやら違う方角に向かってるみたいだ。海のド真ん中だから俺には分からないけど。他の街の方に向かってるのか、はたまた全然違う方向か。エルダに聞いてみようとしたら、後ろから笑い声が聞こえてきた。
「あぁーーっはっはっは!」
メイミスの声だ。俺たちを罠にかけたとかじゃなくて、純粋に面白がってるような笑い方だ。
「そのまま行ってみるといい! 手掛かりが見つかることだろう!」
手掛かり?
「どうやら、私たちを連れて行きたい場所があるみたいね」
船は、オリエントルカたちが起こす波に運ばれて動いていく。楽チンでいいけど、どこに向かってるんだろ。
「なあ、これどっちの方向に行ってるんだ?」
「東ね」
「東ぃ?」
それじゃあ完全に陸と反対方向じゃんか。一体、俺たちをどこに連れていくつもりなんだ・・・?
逆らっても仕方ないので、流されるがまま東に向かう。
「腹減ったな」
「何か獲って来ましょうか」
「え?」
バシャン。
エルダが海に飛び込んだ。魚でも獲りに行ったのか。行動が早いな。
「あははっ、こら、やめなさいって」
早くも1匹捕まえたようで、エルダは魚を片手に顔を出した。けどそれを自分へのプレゼントだと思ったのか、1匹のオリエントルカがエルダに近付いた。というかじゃれついてる。他のと比べて体が小さいし、子シャチか?
「ほら、あげるからいい子にしてて。トオルー! もうちょっと待っててー!」
「わかったー!」
エルダって地味に面倒見がいいから、ああやって無邪気に寄って来るのには弱いのかもな。いい弱点を見つけたかも知れない。
ちゃぷん。
「ん?」
こっちはこっちで、1匹がこっちに顔を向けた。
「あ」
魚をくわえてた。
「もしかして、俺に?」
もちろんシャチは喋れない。けど、早く取れと言わんばかりに、くいっ、くいっと突き出してくる。もらうか。
「サンキュな」
エルダには悪いけど、これをもらわないのもこいつに悪いからもらっとこう。シャチがくわえたやつだけど、焼けば大丈夫だろう。
みんな腹が減ってたのか、そこからは魚パーティーが始まった。それぞれ自分が食う分を獲ったり、船の方に差し出してくれたり。
「おいおい、これ以上は無理だって」
けど友好の証のつもりなのか、引っ込める気はなさそうだ。ひー。
「あっはははっ。あなた回るのが上手ねえ」
エルダはエルダで、子供のオリエントルカたちとじゃれている。子供とは言っても、オリエントルカ自体がデカいシャチだ。大人は5メートルだし、子供でも2メートルはある。よくそんなシャチの群れと一緒に泳いでられるな。
「ふぅ~~っ、楽しかったっ」
エルダが戻って来た。船に上がる前に後ろを向いて、今度は大人のやつに話しかける。
「あなた、さっきはよくもやってくれたわね?」
イタズラされたみたいな感じの言い方だ。
「おいおい、大人のシャチとも遊んでたのかよ」
「違うわよ。さっき私を海に落としたのがこの子よ」
「マジか!」
メイミスに会う前に戦ってたのがこいつか。水をドラゴンみたい動かしたり大波を起こしたり・・・それをやったまさにそいつが目の前にいるとなると、ちょっと怖いな。
「今度は、負けないわよ」
けどさっきの戦いのことなんて水に流したかのように、エルダはそいつの頭を撫でた。
がぶっ。
まさかの甘噛み。
「あっはははっ! またやってくれたわね?」
いや普通に血ぃ出てるけど?
「それじゃあまたよろしくね。どんなものを見せてくれるか、楽しみにしているわ」
エルダはまた頭を撫でる。何だかんだでオリエントルカの方も満更でもなさそうだ。昨日の敵は今日の友、ってか。戦ったの昨日じゃなくて今日だけど。打ち解けるの早すぎだろ。
エルダが噛まれた手をさすりながら船に上がって来る。
「大丈夫か?」
「大丈夫よこれくらい。見た目ほど痛くわないわ」
「ふーん」
噛まれた本人が言うんならいいか。エルダの体が異常に頑丈ってだけな可能性もあるけど。
「こいつらも普通にじゃれたりするんだな。意外だ」
戦いの光景もまだ記憶に新しいし、そんなイメージがなかった。
「オリエントルカに限らず、シャチは好奇心旺盛な生き物よ? だけど、彼らはじゃれてるつもりでも人は腕が折れることもあるから、気を付けないといけないわ」
「いや怖ぇよ」
でも、そうだよな。ライオンとじゃれつくようなもんだよな。打ちどころが悪いと簡単にポキッといきそうだ。
そのあとも俺たちは、オリエントルカに連れられるままに進んだ。もらった魚を焼いたり、エルダは海に入ったり、俺は昼寝したり。そうこうしてるうちに、日がが暮れた。今日中に着かないの?
結局、3日掛かった。彼らの水操術で動いてるから夜も進んだけど、スピードが普通に船を走らせるより遅かったこともあり、3日掛かった。この船に付けてたターボドライバを壊した以上は運んでもらうしかなく、いつまで運ばれるんだろうなあと思ってたところで、オリエントルカが波を起こすのをやめて船が止まった。
「着いたのか?」
「みたいね」
オリエントルカの様子を見ても、休憩って感じじゃない。まるで隊列を組むかのように、船の両サイドに規則的に並んでいる。水面だけじゃなくて、水中にもズラリと。
「何かするつもりか?」
「だと思うけれど。もう少し待ってみましょう」
するとすぐに、オリエントルカ船が沈み始めた。エルダが池でやるのと同じような感じで、両サイドに海の壁がそびえ立っていく。
「うおっ! 沈み始めたぞ!」
「下に行くようね」
冷静にそう言うエルダは、時計をじっと見ては、たまに視線を外して自分の影を見たりしてる。移動中もたまにああやってて、俺も時間を聞いたりしてたけど今の状況で時計見るのか。こうしてる間にも、船はどんどん下に沈んで行ってる。
「やっぱり、間違いないわね」
「何がだ?」
「今の私たちの居場所よ。正確な時計と、日射があれば予測できるから」
「ああ~~」
そういえばそんなこと言ってたな。自分の居場所を知るために正確な時計が必要だって。
「どの辺まで来てたんだ? まさか裏側とか?」
「そこまでは来てないわ。もっと掛かる距離だもの。けれど、これは・・・」
エルダが顎に手を当てる。何でもない海のド真ん中って訳じゃなさそうだ。船はもうかなり深い場所まで来て、水面は遠い光の点みたいになってしまった。激流のように速く、海の壁が上に流れていく。
「この辺りは恐らく、オリエン海溝ね。海底の谷間よ」
次回:オリエン海溝




