第3話:旅の準備
「お待たせ」
エルダが戻って来た。さっきまで着てた青緑のヒラヒラ民族衣装は手に持っていて、下着じゃなさそうだけどやたら薄手だ。あと、服と一緒に手に持ってるのはサラシか? 狩りが収入源らしいから必要なんだろうけど、俺がいることはサラシを巻く理由にならないのか・・・。
・・・気にしたら負けのような気がしてきた。
「なあ、これは時計か?」
エルダのシャワー中に見つけたものについて聞いた。時計だ。拳よりちょっと大きいぐらいのサイズで、電池カバーみたいなのが上に付いてたから開けてみたら、水が入ってた。水の補給口だったらしい。マジで、水で発電するんだな。その様子が目で見える訳じゃないみたいだけど。
時計の文字盤は、数字はないけど12等分するように点が打たれていて、そこまではこっちの世界と大体同じだけど、針は1本しかない。
「ええ。それが時計だと分かったということは、1日が24等分されてるのは同じなのかしら。それともそっちは12等分?」
お。こっちの世界も24等分なのか。
「24だ。ついでに、等分された結果は3600秒」
ここはどうなんだろうな。ついでに、“秒”が通じるのかも知りたい。
「そこも同じのようね。良かったじゃない」
同じだし、通じたな。水虹と水操術の存在以外は大体同じってことか。その“水虹と水操術の存在”で頭がパンク寸前だから、助かった。
「にしても、何で24等分にしたんだろうな」
ふと、気になったことを呟いた。これにエルダが反応する。
「あくまでこっちでの話だけれど、古代人が、元は日照時間を12等分していて、やがては1日を24等分するようになったそうよ。日照時間は日ごとに変わってしまうから」
「へぇ~」
俺のいた世界と同じかは知らないけど、ちゃんと歴史があるんだな。エルダはエルダで、水操術の全てを知りたいと言ってるだけあって博識だ。
「時間を分割するのは生活の上でやるとしても、なんで12等分だったんだろうな」
それを倍にして24にしたのは分かるけど、なんで最初は12だったんだろ。
「さあ? 一説によれば、古代の時点で既に一周を360度としていた背景もあるらしいわよ。確実に言えることは、3で割り切れる数字というところね。10や20では、必ずどこかで不便が出るわ」
「出るのか?」
うーん、12に慣れてしまったから分からん。一周も360度で覚えちゃってるし。
「あなたの世界でも12だったということは、きっと不便があったのよ。やっぱりそこは同じ人類だったということかしら」
あくまで“種族としては違う”っていう言い方だな・・・。
「か、も、な。 でも、分とか秒はないのか? これ、針1本しかないけど」
「分に秒? あるにはあるけれど、使うのは学者ぐらいよ?」
「は・・・」
そんなんで生活できるのか? と思ったけど、ここは狩猟社会だから学校とか会社がないのか。それなら必要ないのかもな。いやでも分ぐらいは欲しくないか? 針1本でも大体の時間は分かるけど、分針がないのは凄い違和感だ。
「あなたのところの時計は分を示す針もあるの? きっと、こっちよりも格段に時間が重要な文明なのね」
「毎日朝8時に特定の場所に行かなきゃいけないからな」
「まあ」
エルダはそこでわざとらしく肩をすくめた。なんて世界なのかしら、とでも言いたげだ。旅人からすれば、分単位で管理されるというのは窮屈かもな。
「そっちの方は、1年は何日なの? そもそも惑星の公転はあるのかしら?」
「365日だ。俺らの住む惑星も太陽の周りを回ってて、365日で1周するぞ」
エルダの口から“公転”の言葉が出たってことは、その辺も同じみたいだ。
「惜しいわね。ここは360日よ。でもこれだけ近ければ、あなたも馴染めそうね」
「何年もここにいるつもりはねえよっ」
「あははっ。そうだったわね」
エルダは歯を見せて笑った。“何年”どころか1年もしないうちに帰ってやるからな。
「あ、そうだ。月とか曜日はないのか? こっちでは1年を色々と区切ってるんだけど」
「そうなの? 特に名前を付けて区切ってはいないわ。ハイドライル王家による大陸統一を新暦のスタートにしていて、今日は新暦361年の、160の日」
「“160の日”って・・・」
「かつては衛星の公転周期に合わせて区切ることも考えたようだけれど、まばらになるからか廃止したようね」
「ああ~・・・」
確かに、こっちでも月の満ち欠けに合ってる訳じゃないからな。月末はいつも満月って訳でもないし、大晦日でさえ月の状態は毎年違う。
「その衛星の名前って、“月”か?」
「ええ、一緒ね。あなたもうここに永住できるんじゃない?」
「絶対帰ってやるからな!」
「ふっふふふっ♪」
全く・・・。
「それで今、“160の日”ってことは、もうすぐ夏なのか?」
聞いた瞬間に、“しまった”って思った。年のスタートの基準が王家による大陸統一の日だっけ。公転があるから季節もあるんだろうけど。
「ここは赤道に近いから四季はないけれど、北の方だと、そうね・・・春から夏に切り替わっていく頃だわ。よく分かったわね」
偶然合ってて良かった。大陸統一が冬だったんだな。
「赤道が近いのか?」
その割には言うほど暑くない。うだるような暑さでもおかしくないのに、半袖1枚なら普通に快適だ。この世界がそういう気候なんだろうけど。
「ええ、そうよ。地図を見ましょうか」
「おっ」
地図か。旅することになるんだから見とかないとな。
「ここが今、私たちがいるクロスルートよ」
指差されたのは、島の南西辺りの海沿い。島のざっくりした輪郭は縦横比3:2ぐらいの楕円だけど、海岸線は複雑で半島とか湾がいくつもある。島の南側1割か2割ぐらいが南半球で、大半が北半球。エルダが指差しているクロスルートは赤道よりも少しだけ上。
って、確かにデカいなこの島。赤道をまたいでいながら、地球で言うところの北緯45度ぐらいまである。“大陸”って呼ぶのも頷ける。そして大陸のそばにぽつぽつ小島がある以外は本当に島1つない。ほとんど海だ。
「それで、クロスルート、だっけ? には何しに来たんだ?」
「クロスルート自体に用事がある訳ではないけれど、周辺に水場が多いのよ。
まず、すぐ西には海。南東にはハーバー湖があるのと、北東にはゾナ湿地林。それから、少し離れるけど大陸中央の山脈との間にはアルコ渓谷があるわ」
エルダが最後に指差したのは、クロスルートから真東で、大陸中央の縦長の山脈とのちょうど中間。そこがアルコ渓谷らしい。それから、エルダの指はクロスルートの北東、さっきゾナ湿地林と言った場所に戻った。
「今はゾナ湿地林の調査中よ。アルコ渓谷とハーバー湖はもう行ってしまったわ」
「なる、ほど、な」
要は、調査したい場所の近くに滞在してるって訳か。
「にしても、水場が多いなんて、さすがは水操術ってのがある世界の首都だな」
「水が豊富だからこそ人が集まって大きな街になった、というのが正確なところだけどね」
それもそうか。水を操れて、発電も火起こしもできるんなら、水が多い場所に住みたくもなる。
「水虹管で回してる水は、海とか山の水なのか?」
「そうよ。ここクロスルートは海のそばだけれど、広い上に傾斜もそこそこあるから、東部はハーバー湖、西部は淡水化した海水を主として使ってるわ」
「ここ自体も1つの山なのか」
地図を見た感じ、確かにクロスルートの東端部辺りは山のゴツゴツが描かれてる感じがある。
「ええ。やっぱり偉い人というのは高い所が好きみたいで、王城も東部にあるわ。ついでに、水虹管の根元も」
水は上から落として配った方が楽だろうしな。海の水は低い土地でしか回さないだろう。
「東側の海岸にも山があるみたいだけど、そっちは首都にしなかったんだな」
地図だと大陸の東海岸にも山が並んでるように見える。それも、クロスルート近辺のより大きくて、縦の長さは3倍はある。
「火山なのよ、あそこは。鉱物資源があるから街はあるけれど、王族が住むには、ね」
「なるほど・・・で、いま俺たちがいるのはクロスルートの、その中でも西の方なんだっけ」
確かさっきの噴水公園が西部だと言ってたな。建物が多いのと水虹管ってやつのインパクトが凄くて分かりにくかったけど、言われてみれば、坂を登る方向に街が続いてた気がする。
「ええ。王城が近付くにつれて宿代がかさむのよ」
「だろうな・・・」
ふかふかのベッドで眠りたいってタイプにも見えないしな、エルダは。
「明日もゾナ湿地林に行くつもりよ。近場だし、一緒に行きましょうか」
「そうだな。いきなり“何日も掛けて次の街に”とか言われると待ってくれってなるけど、日帰りなら良いや。やっぱり、水を調べるのか?」
「まずはそうね。水質の調査は行われてきてるけど、生活用途の面が強くて、水操術として扱ったらどうなのか、という点では記録が少ないの」
「何か違うのか?」
「基本的に水虹密度で決まるのは確かで、それぐらいは毎日機械的に計測されてる。けれど、特定のミネラルが含まれていたら動かしやすいとか、そういった感覚的なものは、実際に自分で水を動かしてみないと分からないのよ」
「ふーーん」
難しそうなことやってんだな。俺は水操術が使えないから本当にただ付いて行くことしかできなさそうだけど。
「それからゾナ湿地林には、およそ400年前の人たちが遺した祭壇があるの」
「400年も前のか」
確か、大陸統一から360年って言ってたから、それより前の話になるな。
「昔のことを調べてどうするんだ?」
「水操術のことを知ろうとすると、どうしても歴史にも触れることになるわ。昔の人だって文字通り“人”だから、日照があれば時間計測に使うし、自分たちに水を操る力があればそれを調べる。水虹や水操術が存在していたことは昔から知られていて、当然、昔の人もこの力を活用して過ごした」
「その活用法が残ってるかも知れないってことか」
「そうよ。今は使われてない技術があった可能性も高いと言われているわ」
「そんなのもあるのか。何で使わなくなったんだ?」
「端的に言うと、伝承されなかったから。その理由は諸説あるけれど、危険だと判断して封じたか、自然災害で不本意に失われたかが主なところね」
「封印に災害か・・・それで、失われたものが簡単に見つかるのか?」
「簡単ではないわね。祭壇みたいに表に出ていれば別だけど、後は地面を埋まってるのを探すことになるから掘り起こすしかない。封じられたものについては、集団の意思に背いた異端者が密かに遺した可能性に賭けることになるわ」
「うえ・・・」
思わず嫌そうな顔をしてしまった。気が遠くなりそうだな。
「自分がやりたくてやってることだし、苦ではないわ。付き合わせて申し訳ないけれど」
「それは別にいいけどよ」
自分がやりたくてやってる、ってのがいまいちピンと来ないんだよな。
「ゾナ湿地林の調査が済んだら、クロスルートを離れて北の方にあるランデス湖群に行くわよ」
次にエルダが指差したのは、大陸の西海岸沿いの、南北位置は上から30%ぐらいの位置。湖群というだけあって、湖っぽい水色の丸がいくつもある。
「その時は、本当に旅になるんだな・・・」
なんか、身構えてしまうな。旅行なんて、学校の修学旅行ぐらいしかなかったし。
「ゾナ湿地林にあと4日か5日ほど掛かるから、それまでにここの土地を歩く感覚を身に着けておいてね」
「エルダの旅に付き合う感覚もな」
「あなたならではの観点に、期待しているわ」
「そりゃどうも」
どこまで役に立てるかは分からないけどな。
「なあ、いつから旅してるんだ?」
俺にとってはここがスタートだけど、エルダは違うだろう。クロスルートもゾナ湿地林も、通過点に過ぎないはずだ。
「聞かれちゃったわね。実はまだ、50日程度なのよ」
「50日? 意外だな・・・」
てっきり、もっと長いことやってるもんだと思ってた。とは言っても、それでも2ヶ月弱だ。冒険家からしたら短いかも知れないけど。
「元々はどこに住んでたんだ?」
「ここから南東の平野部にある街、フォルゾーンよ」
エルダは、ここクロスルートから海岸沿いを反時計回りに進んだ位置にある街を指差した。大陸最南端の岬よりは少し北西で、やっぱり海沿いにある。
「結構近いんだな」
もっと遠くから来てるもんだと思ってた。
「ええ。クロスルートはまだ、最初に立ち寄った街よ」
「え、50日もかけてか?」
「移動だけなら数日程度の距離だけれど、海や川で水に触れて来てるのと、中央山脈の南端部に立ち寄ったし、アルコ渓谷とハーバー湖の調査もしたからね。祭壇のあるゾナ湿地林は、もう15日ほどになるわ」
「そんなにか。時間が掛かるものなんだな」
こりゃ本当に、年単位での付き合いになる気もしてきたぞ・・・。
「ひとまずは近場のゾナ湿地林だから、その間にあなたもここでの生活に慣れるでしょう」
「慣れる前に帰りたいけどな」
「そこは保証できないわね」
だろうな・・・。
「あなたも湯浴みをしてきたら? 清潔は保って頂戴ね」
言われなくても風呂ぐらいは入るけど、この世界には1日ぐらいサボる奴もいるんだろうか。
石の壁にアルミかステンレスっぽい素材のシャワーが掛かっていて、そこから出るお湯を浴びて汗と汚れを流した。
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「とりあえず、ここの食事は普通に摂れるのね・・・」
「今更かよ・・・」
シャワーを済ませたところで夕食。昼飯と一緒に買っておいた分を食べる。どうやらエルダは水操術だけでなく、この世界の外からやってきた人間にも興味があるらしい。
「俺のいた世界に帰してくれるなら、いくらでもいるぞ」
「そうよね。あなた1人ではサンプルとして少なすぎるし・・・」
“サンプル”とか言うなよ。
「でも、もしその時が来たら私も一緒に行きたいから、やっぱり水操術の全てを知る方が先ね」
「そうかよ」
だったら尚のこと、中途半端な状態で帰る方法が見つかってエルダにはこっちに残って欲しいものだ。
「・・・マジで、星とか見えんのな」
空中にある透明の水道管(水虹管と言うらしい)のせいでボヤけてるのもあるけど、多少は見える。
「へえ。あなたのいた所にもあったのね。同じように光っているのかしら?」
「街の明かりで見えにくいのも多いけどな」
そう答えて俺は、運良くこの部屋の窓から見える月に視線を送った。
「お、月だ」
半月と満月の間ぐらいの、中途半端な状態だ。
「本当に、あなたのいた所にも同じものがあったのね」
「まあな」
確かに、すぐに馴染めそうではある。それはいいんだけど、
「なあ、その、“あなたのいた所”っていう言い方、やめてくれないか? なんか二度と帰れないみたいに聞こえるんだけど」
「いいじゃないの別に。他に言いようがないんだもの」
「お前なあ・・・」
「あなたの方こそ、“お前”って、私の名前はエルダだと教えたはずよ? それとも、あなたたちの種族は記憶力に乏しいのかしら」
“種族”ってのもやめて欲しいんだけど・・・まあいいや。ぶっちゃけ、同族だと思いたくないし。
「悪かったよ。エルダだな、エルダ」
「ええ♪ それで、あなたは? まだ聞いてないのだけれど」
「あぁ・・・」
そういや言ってなかったな。
「水前寺徹だ。長いから徹って呼んでくれればいい」
「スイゼンジトオ・・・? 確かに長いわね・・・それじゃあ、トオルね」
「ああ」
何だか変な感じだな。こんな訳の分からん世界に来て、偶然会った人と一緒に旅をすることになるなんて。よりによって、見た目だけは文句なしだから困る。
「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか。あなたも疲れてるようだし」
「そうだな。色々あって疲れた」
マジで、色々あり過ぎて疲れた。色々あったというよりは、この世界が色々と違い過ぎて話を聞くだけで疲れた。言葉が通じた分だけマシだと思うべきか・・・。
さて寝るんだけど、布団は2つ、そこそこ離れて敷いてあるけど、エルダと同じ部屋で寝ることになる・・・。水操術があるから、その気になれば壁の裏を通ってる水を壁ごとぶつけて来るぐらいはできそうだけど。
「じゃあ、明日からもよろしくな」
「ええ、おやすみなさい」
背を向けて、布団に入る。布団があるのはありがたいけど、うっすいなこれ・・・。床が石だから腰痛くなりそうだ。枕に至ってはただのタオルだし。
早くも床の固さが気になってきたけど、とりあえず落ち着けたな。水虹とか水操術とか、マジで訳わかんねえ・・・。目が覚めたら全部夢でしたとかないかな。ほっぺをつねってみたら、いってえけど。
「フッ・・・」
まさか、自分の身に起きたことが信じられなくてほっぺをつねる日が来るなんてな。ガキの頃だってしたことないぞ。
あっちの世界じゃ、今頃どうなってるかな。俺がいなくなって騒いでたりすんのかな。あ、やっべ、ケトルとフタ開けたカップ麺そのままだった。ま、誰か食うだろ。
こっちの世界にはカップ麺とかはなさそうだけど、エルダに見せたらどんな反応するんだろうな。って、何考えてるんだか。
寝付くのにちょっと時間が掛かったけど、脳の疲労もあってか気付けば俺の意識は眠りに落ちていた。
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翌朝。
「ん、ん~~~っ」
エルダの声だ。同じタイミングで目が覚めたらしい。エルダは立ち上がって水道に向かい、バシャバシャと顔を洗い始めた。エルダが起きてるそばで寝るとか何か怖いから、二度寝せずに体だけ起こした。やっぱ腰いてぇ・・・もうちょっといい宿屋にしてくれよ。
「さ、あなたも起きなさい。朝食ついでに買い物をするわよ」
「えぇ・・・」
結局昨日の晩飯で全部食べたからそうなるんだけどさ・・・外に出なきゃ無いんだったら朝メシいらないんだけど。
「はい、これで目も覚めるでしょ」
バシャッ。 ・・・ポタ、ポタ。
こいつ・・・覚えてろよ。
外に出た。
「朝から賑わってるんだな」
「魚はこの時間が新鮮なものが手に入るのと、それで人も出回るから、魚以外も売り手も店を開けるのよ」
「エルダみたいに買い物を一気に済ませたい人が多いんだな」
「あなたとは違って朝から活発な人が多いのよ」
「・・・」
たった1日でバレた。
「けれど、いちいち宿屋に戻るのが面倒なのは確かだから、外で食べてからそのまま出発するわよ」
パンにスープ、串に刺さった焼き魚を買い、適当な段差に腰を下ろして食べる。海のそばというだけあって魚が美味い。
しっかし、上にある透明な水道管(水虹管って言うんだったな)が気になる。文字通り、上水の水道管だからな。って、今、果物みたいなの通ったぞ。あれで配達もできるのか。
「さ、次は買い物ね。行くわよ」
エルダが立ち上がった。背中には、タルみたいな形をした箱を背負っている。
「買い物って何を買うんだ? 近場にしか行かないんだろ?」
事実、衣類は宿屋に置いて来ている。
「あなたの武器よ。丸腰じゃ不安でしょう?」
「ああ~・・・」
確かに、俺には水操術がないからな。でも剣とか斧を与えられても大したことできないぞ?
「あなた、狩りの心得は?」
「ない。槍を握ったことすらない」
「え・・・あなた、どんな所に住んでいたの?」
「刃物を持ち歩いてるだけで犯罪者になるような国だ」
「え・・・水操術もないのよね?」
「肉は家畜で賄うから狩猟なんてしないんだよ。凶暴な動物が人里に下りて来ることも滅多にない」
「そう・・・まあいいわ。普通の武器が扱えないのなら、水虹銃ね」
「スイコウジュウ?」
「水虹を反応させて、高圧の水を発射するものよ」
ふーん。水鉄砲みたいなもんか。
「ここよ」
武器屋でさえ朝っぱらから開いてんだな。さすがに客はいないけど。
「うおっ! この間ハーバーベアを10体狩って来た女じゃねぇか! 武器を新調すんのか?」
ハーバーベア? ハーバー湖周辺のクマだろうか。何にせよ、1人で10体狩ったら話題になるらしい。
「私は不要よ。連れの方に、武器をね」
エルダは俺を指差しながら言った。
「水虹銃を見せてもらうわ」
「そういうことか。あんたさん結構稼いでるだろう。見てってくれ。そっちにあるぞ」
武器屋が指差した方に向かう。確かに、銃っぽいものが並んでいた。ピストルぐらいの小さなものから、ライフルみたいなデカいものまで。
「まずは片手に収まるものでもいいでしょう。・・・これね」
エルダが手に取ったのは、電気ケトルぐらいのサイズで筒の部分が長いもの。銃口太いな・・・3センチはあるぞ。でも飛ばすのは水なんだよな。
「筐体は比較的軽い合金で、駆動部には水虹との反応が良いものを使っている。軽量な割には高威力になるわ。筐体の機械的強度が微妙だから長持ちはしなさそうだけど」
「ほう・・・詳しいんだな、あんた」
返事をしたのは俺ではなく武器屋の方だ。
「まあね」
エルダは相変わらず淡泊。
「防具も身に着けておきましょうか。あなたはどんくさそうだから、薄手のもので」
「悪かったな、どんくさくて」
「どんくさ“そう”って言ったのだけれど・・・」
そんなもん当たってるに決まってるだろうが。
鎧みたいなのもある中で、布っぽい感じのもあった。
「これなら、比較的強靭で身動きも制限されないわね」
エルダが手に取ったのはインナーみたいな感じの黒い服。“薄手”と言ってたけど比較対象は鎧なのか、普通のシャツの3倍の厚みはある。それと、エルダが両手でビヨンビヨンしてるから伸縮性もあるようで、多少の衝撃は吸収してくれそうだ。
「よし、これにしましょう」
その服と、下にもタイツ式のものを買い、その場で着た。パンツ見られるのを気にして躊躇ってたら“早くしなさいよ”みたいな視線を向けられたので開き直った。こいつも湯上がりはラフだったしな・・・気にしてたら旅なんてできないか。襲おうにも水操術で返り討ちにされるという事実は幸いだ。
「全部で6800ウォートだな。まいどありぃ。そいつは充填しておいたぜ。10発分だ」
10発か・・・でも普通の銃は6発だしマシな方か。水だし補充も簡単にできるだろう。カートリッジは交換式で、それも3つ買って満タンにしてもらえた。
「ふーーん、これで攻撃できるのな」
外に出て、買ったばかりの銃を見る。安全装置とかは無さそうだから、引き金には触れないようにして銃口を覗き込んだ。
「どれくらいの威力が出るんだ?」
「それくらいのものだったら、薄い石材を砕くぐらいはできるでしょうね」
「マジか!」
思わず顔から離してしまった。おっかねえ・・・銃だもんな。
「道中ちょっと練習しておきましょうか。いざという時に使えないと困るでしょう?」
「頼むよ」
「それじゃあ、食料を買って出発しましょう。あなたも、自分で食べる分は自分で持っておきなさい」
「はいよ」
まずはリュック・・・は無かったので背負うタイプのカゴを買った。エルダはマジでタルみたいな木箱を背負ってるけど、重かったからワラが編み込んであるものにした。鍛えないとな・・・。
食料と、ボトル入りの水もいくつか詰めて、準備完了。
「それじゃあ、街の外に出るわよ」
「よっしゃ」
何気にわくわくしてきたぞ。狩猟生活って、どんな感じなんだろうな。
次回、街の外へ(前編)