第29話:激震、海の王者オリエントルカ
クジラの漁場でオリエントルカという種類のシャチに襲われる事故が相次いでいると聞いて、俺たちはその海域に向かった。
不発が2回続いて、ターボドライバと呼ばれる、最近発見された新材料を使ったものに替えてもう一度来たら、辺りが霧に包まれ始めた。
少しずつ、少しずつ霧が濃くなっていく。視界が真っ白になりそうだ、と思った頃にはエルダの姿さえ見えなくなった。
バシャン!
「おわっ!」
何だ! めちゃくちゃ揺れたぞ! 思わずハンドルから手を離す。もう船も止めよう。このまま触らなきゃ自動で止まるはずだ。
「噂通り、といったところかしら」
霧の中から、慌てている様子を微塵も感じさせないエルダの声が聞こえてきた。エルダはいつも通り冷静だけど、今の状況はいつも通りじゃない。船にぶつかる波の強さも頻度も上がってきて、これからまさに嵐になるって感じだ。
「エルダ、何とかできるか!?」
「転覆はしないようにするわ。けれど、霧は・・・」
「霧は・・・動かせないのか・・・?」
「これくらい濃ければ、動かせるはずなのだけれどね」
「え、それって」
動かせるはずなのに今はできないってことか・・・!?
「彼らが出る時は嵐になるというのも、あながちデタラメではなかったようね」
「おい、エルダ・・・!? おぉわっ!」
船も相変わらずぐわんぐわんに揺れてて、俺はもうハンドルが付いてる箱の部分にしがみついてる。
「私が霧を晴らせないのは、抵抗を受けているからよ」
抵抗、だって・・・!?
「ぐっ・・・!」
ダメだ、もうまともに喋れる状態じゃない。この揺れに振りほどかれないようにするのが精一杯だ。
「この波も、自然に起きているものではないわ。凌ぐのもひと苦労よ」
え・・・自然に起きてる波じゃない・・・!?
「ぐっ! ・・・おっ・・・!!」
くっそ、しかもエルダでさえ抑えきれないってどういうことだよ。
「ここまでコントロールが効かないのは初めてよ。かなりの力を持っていると思った方がいいわね」
波を止めようとしてるエルダに対して、荒れさせようとしてる存在がいる。その相手が自然じゃないなら・・・いやまさかそんな。
「一瞬だけ力を入れて霧を晴らすから、自分の目で確かめてみなさい」
おい、ちょっと、待て。
「スーーーーッ・・・」
エルダが思いっきり息を吸う音が聞こえた。やる気だ。
「はっ!!」
次の瞬間、真っ白だった視界が一気に晴れて、青い空と海が広がった。波も止まって、今までのことが嘘みたいに静まり返った。すぐに立ち上がることはできなかったけど、しゃがみ込んだまま周りを見た。
「は・・・!!?」
シャチに囲まれていた。3匹とか4匹じゃない。20匹は居る。サメみたいにヒレを水面から出してぐるぐる回って、イルカみたいに飛び跳ねてシャチとしての白い体も見せて、俺たちを取り囲んでいる。
「サルでも使えたのだから、当然と言えば当然ね。増して相手は、最も知能の高い海洋生物」
「マジ、かよ・・・」
またすぐに、波が荒れ始めた。霧はまだ消えたままだけど、これ全部水操術でやってるのかよ・・・。俺はただ固まることしかできなかった。
「勝てる、のか・・・?」
こいつらのボスシャチがいるんだろ・・・?
「勝ち負けを決める状況にならないことを祈って。1対1ならまだ何とかなりそうだったけれど、この数相手では、ね」
「え」
今、“この数”って言ったか?
「1頭1頭の思考がシンクロする訳でもないから、かなり複雑な力を受けているわ」
「お、おい・・・!!」
こいつら全員水操術が使えるのか!? エルダの顔も珍しくかなり険しいものになっていた。本気か、これ。逃げようにも囲まれてるから無理だ。
「けれど何だか、試されているような感じね」
「試されてる?」
「ええ。最初は敵意がはっきりしてたから沈めるつもりだったみたいだけれど、試してみる価値があると判断したのかしら、こちらを試すような力の使い方になってきたわ。彼らがその気になればこんな船すぐに壊せるでしょうし」
試されてる、か。エルダの水操術を見て試す気になったってことか? そもそも何で人間を襲ってるのかも分からないけど。
「で、合格できそうなのか・・・?」
恐る恐る、聞いてみた。エルダは、険しい表情を変えないまま、口を開いた。
「これからが本番のようね」
エルダがそう言った直後、一段と波が強くなった。
「くおっ」
「あなたは部屋に入ってなさい。水虹銃が通用する相手でもないわ」
「マジか・・・!」
でも、そりゃそうだ。相手はこんな波まで水操術で起こすんだ。水を飛ばすだけの銃なんて跳ね返されるに決まってる。
「じゃあエルダ、頼ん…うわっ!」
またグラリと、大きく揺れた。耐え切れず俺は尻餅をついた。這って移動した方がいい。
振り返ってみると、シャチの群れのうち1匹が、跳ねながらジグザグに動いて迫って来ていた。俺に背中を向けるエルダが、立ったままじっと構える。俺はキョロキョロと周りを見たけど、船に向かって来てそうなのはあの1匹だけだった。
いよいよあと3~4回跳ねたらこっちまで着くという所で、そのシャチは大きく跳ねると同時に大量の水を纏った。螺旋を描く細い水の柱が5本、自分の周りでぐるぐる回して。
そして、口を大きく開けて牙を見せながら、水の柱を全部こっちに飛ばしてきた。
「エルダ!!」
ついに牙を剥いて来た。だけどエルダが言うには、俺たちを、いやエルダを試そうとしているらしい。
攻撃を仕掛けてきたのは1体だけ。水面から大きく跳ねると同時に水の柱を5本、螺旋を描かせながら飛ばしてきた。一直線にこの船に向かって来る。
それに対してエルダはすかさず両手を前に出した。同時に下から海水が上がってきて敵の攻撃にぶつける。互いにキャノンみたいな勢いの水だ。バシャン、というよりはドォンに近い鈍い音がして、花火みたいに水が散らばる。こっちまで飛んで来て、俺は2秒だけの大雨を浴びたみたいになった。
「何をしているの! 早く中に入りなさい!」
「あ、ああ!」
目の前の戦いを見ていて動くのを忘れていた。エルダは俺に声を掛けた直後すぐに前を向いて、次の攻撃の構えを取った。邪魔にならないように俺は引っ込んでおこう。悔しいけど、水虹銃でどうにかなる相手じゃない。
そこからはただ、外で繰り広げられる戦いを呆然と眺めることしかできなかった。
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海の王者とも呼ばれる、オリエントルカ。事実として彼らはこの海に天敵がおらず、彼らを仕留め得るのは武器を持つ人間のみ。けれど互いに食物の対象外であることから、実質的な相互非干渉となっていたはず。強いて言うなら、餌となるクジラを獲り合う程度だ。しかしそれも、私たち人類が漁獲量を制限することでオリエントルカへの影響は与えないようにしてきた。
ところが彼らはここへきて、人間への攻撃を始めた。私たちも同じように敵意を向けられたけれど、水操術での抵抗を見せると彼らは次第にこちらを試すような力の使い方になってきた。そして今、直接ぶつかり合うことで試されている。
準備運動と言わんばかりの最初の一撃を跳ね除け、まだ外にいたトオルに中に入るように言った。彼らの狙いは私を試すことにあるから、流れ弾さえ後ろに行かないようにすればいい。それができるかを試される可能性はあるけれど。
水面上に出ていた相手は次第に落下を始め、そのまま頭から水中に入ると同時に今度は1本の太い、ドリルのような形状で回転もしている水を、山なりにうねらせてきた。凌ぎきれなければ船は壊れる。そのくらいのつもりでは居るらしい。
「フーーーーッ」
こちらも対抗し、先の尖る形の相手の攻撃に合わせ、口の開く渦を同じ回転方向で出して、吞み込ませた。しかし相手も水操術を使って応戦する。丸呑みすることはできず、その場で水を押し合う格好になった。
「っ・・・・・・」
彼らの力は、想像以上だった。いま水を押し合っているのは、確かに1頭からの力しか感じない。他の者は、この場に波を立てているだけだ。私は波を抑える方にも水操術を使っており、それを相手も感じ取っている。こっちに集中しろと言わんばかりに、1対1で押し合っている水が強い力を受け、劣勢になった。
やむなく、波を抑えるのは諦めて目の前に集中する。当然波は強く荒れ始めた。トオルには悪いけれど我慢してもらうしかない。
押し合っていた水は拮抗状態に戻ったが、相手が力を抜いたことで終わり、こちらが押し切る形で放物線を描きながら海に落ちた。
相手は水中に潜ったままだった。周りの者たちは変わらずこちらの周囲を巡回しながら、時折跳ねたりしている。いま私の相手になっている1頭の居場所を、水操術で探す。周りの群れが荒れる波を作っていることもあり制御がしづらく、難航する。
しかし、こちらの意図を察知したかのように急に群れの動きに合わせて泳ぎ始めた者がいたため、それだと分かった。1頭に狙いをつけて水で追っていると、それも察知されたようで、その1頭は水面から大きく跳ねて再び攻撃を仕掛けてきた。
距離はある。しかし数が多い。無数の大蛇が迫るように、荒れる波の上で水が何度も弧を描きながらこちらに向かって来る。
これを凌ぐこと自体は可能だけれど、相手の意図が分からない。このまま攻防を続ければ、おそらくこちらが先に力尽き、水操術が使えなくなる。この場で私が試されているもの、彼らが人間への攻撃を始めた理由を掴まなければならない。
前者については考えても仕方がない。私がいつまで凌ぐことができるか、あるいは力尽きるまでに何かに気付くことができるかを、試しているに違いない。彼らを全滅させることが不可能なことぐらい、彼らも分かっているだろう。
では何故、彼らは人間への攻撃を始めたのか。周りの群れが起こしている荒波を利用して無数の水の大蛇をかき消し、考える。
現時点で分かっているのは、ターボドライバを付けた船でこの海域に来ると襲われること。人間への攻撃を始めたとは言え、街まで襲っては来ない。
単純に考えればターボドライバだけれど、他に何かないのだろうか。もう1つ単純なのは、私たちにクジラを獲らせないため。ターボドライバのない船で襲われなかったのは、50日間ターボドライバの船しか来てないことで漁船じゃないと判断された可能性もある。
けれどクジラが理由であれば不可解なことがある。いま私が試されていることそのものだ。問答無用で船を沈めればいい。それだけでクジラを獲るなというメッセージは十分に伝わる。何か他に、私たちに伝えようとしていることがあるのだろうか・・・。もしかして、本当にターボドライバが? けれどそう結論付けるにはまだ早い。もう少し考えてみよう。
思考の方に意識が流れているうちに、船の両側から大波が押し寄せて来ていた。これもまともに受ければ船は壊れる。街までは襲って来ないながらも、ここへ来た漁師は例外なく沈めていきている。もし彼らにクジラ以外の理由があるのなら、いずれは他の漁場、そして本当に街まで来ることも将来的には有り得る。何としてもここで、突き止めたい。
「はぁ・・・っ!」
迫る大波に対抗するように、こちらも波を作る。それぞれの波がぶつかり合い、ただでさえ荒れていた海が更に揺れる。トオルは・・・無事だ。何とかしがみついて、頭を打ったりせずに済んでいる。
視線を海に戻すと、相手は水面から跳ねて出て来ており、その巨体をゆっくり回しながら尻尾を天に向け、そのまま振り下ろし、海に叩きつけた。同時にまた大波が迫る。今度は1つだけだけれど、見上げるほど高い。弾き返せなければ、この船は大量の水を浴びる。
「フーーーーーーッ・・・」
私は360度、全方位から水を集めた。ドームを作るように船を覆い、更に真上に水を集めていく。狙うのは、迫り来る波の上半分。とにかくあの波の高さを削りたい。
「ハァ、ハァ・・・」
強力な水操術を使い続けたことで疲労が溜まってきた。これを凌いだ後、次で決着を着けなければならない。着けきれなければ、こちらがやられる形で着くことになる。しかしまだ、彼らが人を襲う理由が掴みきれていない。
けれどまずは、あの波だ。集めた水を放ち、大波の高い位置を撃ち抜いた。しかし相手の水操術により修復が図られる。けれどその分は波が薄くなっていることを感じ取れた。もう一発、更に一発と撃ち抜いて波を削る。修復されるたびに薄くなり、削れる量も多くなってきた。次でもう、波ごと消せる。
「はっ!!」
渾身の思いで、こちらも大波を作った。これで、ひとまずこの場は凌げる。問題は、そこからだ。なぜ、オリエントルカは人を襲うようになったのか。彼らは、私たちに何を伝えようとしているのか。
やっぱり、ターボドライバだろうか。単純な話だけど、あれを付けた船を襲うことで、使うのをやめさせようとしている可能性はある。その理由として考えられるのは、使われている新種の金属材料が有毒であること。今はまだ影響が出てなくても、将来を見据えて警告してきていることは十分に有り得る。
「っ・・・・・・」
戦いながらでは頭が回らない。限界も近い。この場で私が示せるのは、彼らの目の前でターボドライバを壊すことだけ。あの大波を消した後で、やってみよう。
間もなく、お互いの大波がぶつかり合う。しかし相手側の方が薄いためこちらに分がある。そのまま補強されることなく波はぶつかり合い、大きな音を立ててこの場を揺らした。そして目論見通り、こちらの波の方が打ち勝って押し返すことができた。しかし、
「ハッ・・・」
押し返した波が海面まで到達するよりも前に、その波から相手が跳ね上がって来た。そしてまた同じように尻尾を振り下ろし、着水と同時に波を立てた。さっきよりも大きな。
「・・・・・・」
これはもう、凌げない。どれほどダメージを減らせるかの勝負になる。トオルがいるから、船の転覆や大破は防ぎたい。それと、相手が痺れを切らしたような振る舞いになってきているから、防御と同時に海に潜ってターボドライバを壊してしまおう。それぐらいの体力は残っている。
「ハァ、ハァ・・・ハァ・・・ッ!」
相手が起こした波を直接操作しに行ったが、やはり押し返されてしまう。向こうも相当水操術を使っていたはずなのに、まるで衰えていない。まさか、これほどの力をオリエントルカが持っていたなんて、思いもよらなかった。もし、彼らが街を襲うようになったらひとたまりもない。
「っ・・・!」
何とか、船の大破は防げそう・・・? 大波に覆われ、船に丸ごと影が差す。押し返すのは、もう無理だ。ターボドライバを壊すだけの体力を残して、最後の抵抗をしよう。上を見上げたまま目だけでトオルの方を見ると、不安そうな顔で私を見ていた。・・・ごめん。
「どこかに掴まってて!! 来るわよ!!」
声が聞こえたかは分からないけれど、私の口の動きから察したようでトオルが慌てて動いた。せめても、船は壊さずに守らないと。
波が落ちて来る。視界が完全に波で覆われる。最後の抵抗として、海水を集めて真上に飛ばした。やはり凌ぎ切れず、私は波に呑まれた。
水の勢いに逆らえず、流される。こんなことは始めてだった。いつも、水を操るばかりだったから。どんなに勢いよく向かって来たものでも、意のままに操れた。それが今は、どうにもできずに流されている。体も思うように動かせず、もどかしい。船は・・・まだ、碌に目が開けられる状態ではない。
しばらくすると、水の流れが落ち着いた。私は、海中を漂っている。首だけを動かして周りを確認してみる。彼らは変わらず、周囲を泳いで回っていた。さっきは見えていなかった分も含めてかなりの数がいた。
船は・・・あった。一部、粉々に砕かれていて破片が散らばっているけれど、全壊は免れていた。ターボドライバが残っているかどうかも、確認しよう。
残された力で水を操り、自分の体を船へと近付ける。すると、オリエントルカに動きが見られた。1頭、恐らくさっきと同じ個体が、こちらに向かって来た。私を、どうするつもり・・・。けれど丁度いい。彼の目の前で、ターボドライバを破壊しよう。急がないと、追いつかれる。
船底に、ターボドライバも残っていた。もしかすると、彼が意図的に残しておいたのかも知れない。私が気付くかどうかを試すために。ならば、望み通り壊すまで。
オリエントルカが迫る。このままでは私が船に着くよりも先に追いつかれる。けれど、あれを壊すだけならば離れていてもできる。
「っ・・・!!」
最後の力を振り絞り、局所的に水圧を上げて海水を押し、ターボドライバを破壊した。それと同時に、自分の体も押し出して、
「ぷはぁっ!」
海面から顔を出した。
「はぁ、はぁ・・・」
船に手を掛け、呼吸を整える。オリエントルカは・・・?
「エルダ!!」
「っ・・・!」
トオル・・・!?
「大丈夫か!! しっかりしろ!!」
次の瞬間には手を掴まれていた。なりふり構わずといった様子で、トオルが私の体を強引に引き上げる。気付いた頃には私は、船上に横たわる格好になっていた。
「はぁ、はぁ。トオ、ル・・・」
「ったく、無茶ばっかりしやがって」
怒っているようで、心配そうに私を見下ろしている。
「話は、あとよ・・・」
私は体を起こして、自分が引き上げられたばかりの海の方を向いた。
「おい、まだ・・・」
「戦いはしないわよ。もう体力が残ってないわ」
「じゃ、じゃあ・・・」
トオルの不安そうな声。彼らが私たちを切り捨てると決めてしまえば2人とも海の藻屑となってしまうから、無理もない。ターボドライバを破壊したことで彼らの反応がどう変わるか。それは、目で見るよりも先に体で感じ取った。彼らの水操術によって荒れていた波が収まり、船の揺れが穏やかになったからだ。
「ハァ・・・。合格、なのかしらね・・・」
船の周囲を泳いで回っていた者たちも、その動きを止めた。視覚的にはまた何かしてきそうにも見えるけれど、敵意は全く感じない。
「なあ、何かしたのか・・・?」
トオルも直感的に、もう攻撃されることがないことを感じ取ったようだ。
「ターボドライバを破壊したわ。彼らは人間にあれを使ってもらいたくないみたいね」
「そう、なのか。そういやあれ付けなかったら襲われなかったもんな」
「理由は・・・分からないけれど」
「今はいいさ。とにかく無事で良かった」
トオルは心の底から安堵しているようだった。人にここまで心配されるのは、もう久しいものだった。
ここで不意に、突然船が揺れ始めた。
「うわっ! 何だ!」
「彼らの水操術でしょうね・・・。私たちを、どこかに連れて行こうとしてるみたい」
「え!? どこかってどこに・・・!」
「分からないわ」
こうなったらもう、連れて行かれるがままに行くしかない。
「逃げるのは、無理なんだよな・・・?」
「あれほどの水操術が使える相手がこれだけいるのよ。ターボドライバがあったって逃げ切れないわ。今度こそ沈められるわね。
「だよな・・・」
けれど、彼らとはもう戦う必要がなくなって安心した。体を起こしているのが辛くて、再び横に倒す。頭が、あぐらをかいていたトオルの片膝に乗ってしまった。
「お、おい・・・」
困ったような声を出すトオル。申し訳ないけれど、このままでいさせてもらおうかな。
「少し借りるわね。疲れてるのよ」
「はぁ。別にいいけどよ」
「ありがとう」
それで私は目を閉じた。トオルの足は、筋肉量に乏しく脂肪分の柔らかさがある一方で、骨格の固さもある。けれど、木の板に頭を置いて寝るよりはずっといい。普段寝具代わりに使っているタオルよりも、ずっといい。
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オリエントルカからの試練は無事に合格? したみたいで、船は沈められずに済み、船ごとどこかに運ばれている。太陽がほぼ真上だから方角も分からない。エルダなら分かるんだろうけど・・・人があぐらかいてるのを枕にして寝ちまった。
「スゥ、スゥ・・・」
めっちゃ寝付くの早かったな。1分も掛からなかったぞ。でも、あれだけの戦いの後だ。疲れてるんだろう。
本当にさっきのは凄まじかった。もう映画みたいにドカーンドシャーンって感じだった。水の神様の怒りでも買ってしまったんじゃないかとさえ思えた。もしかすると、オリエントルカたちの怒りは買ってるのかも知れないけど。
いつも思うけど、こんな細い体でよくあんなことできるよな。水操術抜きにしても俺より力あるけど、腕も細い。触ってみたら筋肉質だったりするんだろうか。気になるけど・・・触れないな。
「んー・・・」
あ、指動いた。ホントにほっそいな。
にしても、目のやり場に困る。更に言えば手足のやり場にも困る。あぐらかいてるうちの左膝を枕にされて、迂闊に動かせない状況だ。このままエルダが起きるまで待つのは辛いって。
しょうがない、下ろしてしまおう。床は木の板だけど、何とかタオルには手を伸ばしたら届いた。畳んだ状態で自分の左スネの辺りに置いて、申し訳ないと思いつつもエルダの頭を抱えてゆっくりと下ろした。
「ん・・・・・・」
お、起きるな。起きないでくれ。
「スゥ、スゥ・・・」
・・・セーフか、助かった。心臓に悪ぃ・・・。俺もちょっと、疲れてきたな。あんな激しい戦い、見てるだけでも気力を消耗すると言い訳をさせて欲しい。自分の布団で横になると、思いのほかあっさりと寝付くことができた。
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「ん、ん・・・」
声が聞こえて目が覚めた。ごろんと回って横になったまま見ると、エルダも今起きた様子だった。
「どこまで、来たのかしら・・・」
エルダが目をしばたたかせながら手でこする。エルダの寝起きなんて珍しいな、と思えるほど俺の頭も覚醒しておらず、こっちはこっちでのっそりと立ち上がることになった。
外に出ると、そのタイミングでちょうど船は止まった。周りにオリエントルカがたくさんいる光景で、寝ぼけてたのもすっかり覚めた。そういや俺らって、どこに連れて来られたんだ・・・?
「オリエントルカの、生息地帯かしら」
確かに、なんかこう、シャチの楽園みたいな感じだ。俺もシャチだったら、ビビることもなくこの中を優雅に泳げたんだろうか。
ほとんどのシャチが自由に泳ぎ回っている中で、1頭だけこっちに向かって来るやつがいた。あれ・・・? 背中に何か乗ってる・・・?
「おや、この子らが人を連れ帰って来るとは珍しい」
人だった。
次回:海で暮らす少女