第28話:シャチをたずねて
マリンダースの名物とされるクジラを食べるべく街の食堂に行ったら、ここ50日は仕入れられない状態が続いてるということだった。
原因ははっきりしていて、クジラの漁場に行くとオリエントルカというシャチに襲われるからだそう。しかしエルダが言うにはオリエントルカが人を襲うのは有り得ないらしく、直接確かめるためクジラの漁場に行ってみることにした。
まずはその漁場の場所を聞くために、港で作業をしてる漁師に声を掛けた。
「こんにちは」
「こんにちは。どうかしたのかい?」
「クジラ漁に行くとオリエントルカに襲われると聞いたのだけれど、そうなのかしら」
まずはそこから確認。いきなり“クジラの漁場はどこ?”って聞くのも変だからな。
「お嬢さん旅のモンかい。タイミングが悪かったねえ。そのことで俺たちも困りきってるところさ」
「そう・・・」
既に聞いた通りだな。エルダが次の言葉を考える間が開いたところで、漁師がボヤくように言った。
「せっかく良いエンジンが入って勢いが付いたってトコなのに、ほんとタイミングの悪い話だよ」
「良いエンジン?」
エルダが聞き返した。エンジン、ってことは船か。船のエンジンが改良でもされたんかな。
「ああ。これも最近出てきたものでね。イグニフォールで新種の金属が発掘されたらしくて、その実力を試すとかで50日ぐらい前からそれを使ったエンジンが支給されたんだ。
これがまたスグレモノでな。加速もいいし最高速も1.5倍は出るもんだから、ターボドライバって名前まで付けてみんな喜んで使ってるよ」
「それはまた凄い話ね」
確かに凄ぇな。新しい金属が見つかっただけで1.5倍か。今使ってる船はどんなに飛ばしても時速100キロちょっとぐらいだから、それが150までになったってことか。これはデカい。イグニフォールって単語は初めて聞いたけど、文脈的に土地の名前っぽいな。
「で、それが出て来た矢先にオリエントルカに襲われるようになったってことか」
「そういうこった。参っちまうよホント」
漁師が大げさに肩を落とす。聞いてくれよぉ、って感じのパフォーマンスとしての仕草だ。これに対して、エルダも唸る。
「う~~~ん、あまりにもタイミングが合い過ぎているけれど、金属材料ひとつでオリエントルカが襲って来るとも考えづらいし、他の要因の可能性も十分にあるわね」
「だよな・・・」
どうしたもんかねえ・・・。
「それに、襲われるのはクジラ漁だけなのよね」
「ああ。もっとも、クジラの漁場が彼らの棲み処に近いってだけかも知れないけどね」
この手の理由って案外単純なこともあるしな。
「でもまあ、海の象徴たるオリエントルカが怒ってるんだ。きっとこれはもうクジラを獲ってはいけないという思し召しなんだろうねえ」
半分諦め気味に漁師が言った。美味しい食材、そして街の人にとっては生活費の元にもなるものが、手に入らなくなるのはキツいな。
「クジラの漁場を教えてもらえる? 行ってみようと思ってるの」
「え・・・お前さん正気か?」
さっきも見たようなやり取りだ。当然っちゃ当然だけど。
「ええ。これでも水操術には自信があるから、危なくなったら帰って来るぐらいのことはできるわ」
これまたさっきと同じように、自分から明かしたな。しかも今度は、目の前に海があるから、それを使ってクジラも真っ青になるような噴水を打ち上げ、開いた傘のようにドーム状の屋根を作って海上に雨を降らせた。
「なんと・・・こりゃタマげた・・・」
漁師は、轟音に振り向いて俺たちに背中を向けたまま固まった。顔は見えないけど、開いた口が塞がらないことだろう。当然、派手なことをしたから周りの視線も海に向いた。俺らの近くにいて実行者を認知してる人は、エルダも見ている。
「生きて帰って来ることはできるわ。もし既にオリエントルカの怒りが冷めているなら、みんな知りたいでしょう?」
今のを見れば、いくら相手がシャチでも逃げることはできると分かってもらえるだろう。漁師はこっちを向いて、まだ驚きを隠せない様子で言った。
「クジラの漁場はここの船着き場からずっと真東だ・・・ターボドライバじゃないなら、2時間ほどになる・・・」
「ありがとう。行ってみるわ」
漁師と別れ、早速船に乗り込んで東へと向かった。
「行くのはいいけど、襲われたらどうするんだ?」
最悪は逃げることができるにせよ、それでは解決しない。
「まさか、退治するとか・・・?」
そもそもエルダなら、船を壊される前に退治できる。
「退治はできないわ。クジラが手に入らなくなっても人類は死なないから、嗜好品のために彼らは殺せない。ヨーラーの時とは訳が違うのよ」
そっか・・・あの時は、放っておけば間違いなく人類に影響が出る、というか既に出てたから、ああしたんだ。
「上手いこと、私たちが彼らの害にならないことを伝えられれば良いのだけれど・・・」
「伝えるって・・・どうやって」
相手はシャチなんだろ?
「私にはやっぱり、オリエントルカが一方的に襲って来るとは思えないのね。彼らは賢いから、直接対話はできなくても上手く伝える術はあるはずよ。ひとまず、会いに行ってみましょう」
「エルダがそう言うんなら、いいけど」
とにかく、行ってみないことには始まらない。
船を出してから2時間が経った。だけど反応なし。もう30分ほど東に向かってみたけど、やっぱりオリエントルカは出なかった。その代わり、
バシャン。・・・・・・バッシャーーーーン。
クジラがいた。
「おぉ・・・! マジでクジラだ!」
すげぇ。漁場に来たから当然なんだろうけど、クジラだ。初めて生で見た。ずっと潜ってるのか姿を見せたのはそれっきりだったけど、俺たちが漁場に到着したのは間違いないみたいだ。
にもかかわらず、オリエントルカが出る気配は一向になかった。
「変ね・・・街の人の話だと、クジラ1頭捕まえるチャンスもなくオリエントルカに襲われると思ったのだけれど・・・」
「そんな感じの言い方だったよな・・・でも、全然出ねぇぞ」
普通の魚なら、いる。海は綺麗で、深いから底は見えないけど、光が届かなくなるとこまではっきり見える。レストランのおっちゃんが言ってた霧とか荒波もなくて、かなり穏やかだ。
「・・・今日は出て来る気分じゃないのかしらね。人を襲うのをやめたというのなら、それでもいいのだけれど」
「どうする? もうちょっと待つか?」
「帰りましょう。このまま待っててもきっと無駄ね」
「はいよ」
俺もそんな気がする。イワシみたいなのがたくさんいるけど、漁をする気にもなれずそのまま帰った。
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次の日は、朝から行った。
「うーん、今日も不発?」
エルダが、ちょっとむすっとした様子で呟く。昨日帰ったあとも漁師に聞いたら、この辺に来れば確実に出るって行ってたのに、出ない。
「適当にウロついてみるか?」
「いいえ。何だか、それも無駄な気がするわ」
エルダはきっぱりと言った。もうちょっと、あっちこっちと試しに動いてみても良かったけど、意外だ。
「エンジンを変えてみましょうか」
「エンジン?」
「ええ。さすがに、私たちがここに来ていることにオリエントルカが気付いてないというのは考えにくいわ。だったら漁師との違いは船よ。マリンダースの漁師はみんなターボドライバを使っているから、あれがオリエントルカにとって不都合なのかも知れないわ」
その線で考えるしかないか。少なくとも、試してみる価値はある。
新種の材料とやらを使ってればそれを感知できるのかも知れない。動物って、妙にそういう見分けができることもあるし。
「またトンボ返りで申し訳ないけれど、戻りましょう」
「りょーかい」
エルダと一緒にいると気の長い作業をやることもよくあるけど、慣れてきた。街の名物になってるクジラが獲れないままってのも嫌だしな。
港に戻って来た。けど・・・
「船を貸してくれだぁ? 冗談やめてくれよ。壊されると分かってる場所に行くのに貸せないよ」
そりゃそうだ。俺たちがオリエントルカのとこに行こうとしてるのは、もう大抵の漁師が知ってる。
「2回も無傷で返って来てんのが奇跡だ。もうやめといた方がいいよ」
この反応からしても、出るはずなんだよな、オリエントルカ。
「だったら、使ってないターボドライバはどこかにある? スピードが出る方が楽だし」
さすがに、“ターボドライバがないとオリエントルカが出ないかも”とか言っても、“はぁ?”と返されそうだから誤魔化したな。
「ああ、それならあの中に転がってるよ」
漁師は倉庫を指差した。
「まだ改良の段階にあるらしくてね。寿命が短いから古いのがいくつも転がってるはずだよ。1回ぐらいなら動くだろう」
「ありがとう。そうするわ」
倉庫には勝手に入ってもいいらしいから早速入って、箱とかよく分からん機械が無造作に置いてある中、船で使うエンジンらしき物も見つかった。
「あったのはいいけど、どうやって船に付けるんだ?」
「そんなに難しくなさそうよ。他の船を見る限り」
ちゃっかりその辺見てたのか。
船に戻ると確かに、エルダは作業を5分ぐらいでちゃっちゃと終わらせた。確かに普通の交換作業だった。使った工具はドライバーとスパナだけ。
「それじゃあまた明日、行きましょう」
「おう」
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次の日も朝から、船に乗り込んで出発。
ブオォォン!
「うおっ!」
すげぇ! すげぇ加速だ! 最高速は1.5倍って話だったけど加速は倍はあるぞ。
「このまま、クジラの漁場を目指しましょう」
「うっし」
今までにないスピードで、船を突っ走らせる。ハンドルコントロールが大変だけど、ちょくちょくエルダが「ちょっと右」、「今度は左」とか言ってくれるから、多分間違えずに進めてると思う。
「ん・・・?」
1時間ちょっと経ったぐらいだろうか、少し、視界が霞んできた。目をこすってみても、変わらない。もう1回ゴジゴシとこすっても、一緒。というより悪化して白くなってきた。これは・・・霧?
「エルダ・・・?」
エルダが無言で立ち上がり、左の方に移動したあと進行方向正面をまっすぐに見た。その表情は真剣そのものだ。霧が少しずつ濃くなっていく中、エルダは静かに呟いた。
「来る」
次回:激震、海の王者オリエントルカ




