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第27話:第2の都市マリンダース

 次の日の朝から山をくだり、マリンダースを目指した。海沿いにある街で、海までおりたら大陸を時計回りで南東に進めばあるらしい。4日ぐらい掛かるそうだ。


「マリンダースには何があるんだ?」


 鍾乳洞に氷河と続いたから、次は何があるのかと期待してしまう。


「特に何かがあるという訳ではないけれど・・・マリンダースはクジラが名物よ」


「クジラ?」


「ええ。マリンダース東の沖合にクジラの漁場(りょうば)があって、人気の食材なの」


「へぇ~っ」


 食えるって話は聞いたことあるけど、食ったことないや。


「私も旅に出る前はたまに行商人から買って食べてたけど、美味しいのよ。現地だと新鮮でもっと良いって話よ」


「そんなウマいのか。俺も食ってみたいな」


「んふふ、楽しみね」


 今度は見て楽しむ要素じゃなくて、グルメか。それはそれで旅の醍醐味だな。あと気になるのが、


「あったかいんだよな? マリンダース」


 これだ。南に向かうから良くなると思うけど、どんくらいなんだろ。春の訪れぐらいはあるといいなあ。


「それはもちろんよ。オズパーシーよりも温かくて、海で泳ぐこともできると思うわ」


「おお、よっしゃ」


 オズパーシーよりあったかいなら上等だ。“泳ぐこともできる”は、エルダは多少冷たくても泳ぐから参考にならないけど。



 山をくだりきり、海岸に沿ってマリンダースへと向かう。あったかくなってる実感は肌では感じにくいけど、ふと気付いた頃に、“お、ちょっとあったかくなってる”と思えるぐらいには、変化があった。一番わかりやすいのは朝で、部屋の中はストーブがあるから変わらないけど、外に出た瞬間の体感が全然違う。


 2日目の夕方には、(まだちょっと冷たいけど)泳げるようになり、その夜ついにストーブはお役御免になった。3日目はもう半袖1枚で過ごせるようになって、やっぱり夏だったんだと改めて思うことができた。


 そして、4日目。


「今日の午前中には着くと思うわ。お昼はクジラね」


 エルダが右手の人差し指を立てながら、上機嫌な様子でそう言った。よっぽどクジラがお気に入りらしい。こっちも期待が膨らむ。


 11時を回るかどうかというタイミングで、街が見えた。


「あれがマリンダースか?」


「ええ。予定通り着いたわね」


 久しぶりの人里だな。オズパーシーとここの間も船はそれなりに見掛けたけど、やっぱり街のそばはたくさん行き交ってる。

 地形としては、街よりも南側は高い山が多そうなのと、西は南と比べたらなだらかだけど、中央山脈に向かうように標高を上げながら起伏が続いてる。街自体は、クロスルートとは違ってあまり大きな高低差は無さそうだ。


 近くまで来ると、クロスルートの次に大きいというだけあって、確かに大きな街だった。少なくとも水平線までは続いていて、車ぐらいのスピードが出る船で縦断するにも5分は掛かることになる。横幅も同じくらいだ。


 一番手前にあった船着き場に船を停めた。うっし、陸地だ。


「少し早いけれどご飯にしましょう」


 ホントに珍しいな、エルダが食べ物にここまでの意欲を見せるのは。



 早速、歩いてて見掛けた食堂に入った。だけど・・・、


「あら? 置いてないの?」


 お目当てのクジラはなかった。頼もうとしたら「悪いけど今は無いよ」と返された。“困ったもんだよ”って様子で両手を開いて肩まで上げる仕草も取ったから、扱ってないんじゃなくて何らかの理由で手に入らないみたいだ。


「知らないってことは旅のモンかい? 実は最近、クジラの漁場で事故が相次いでて誰も行かなくなっちまってるんだよ」


「そうなの? 残念ね・・・」


 エルダが、見るからに残念そうな顔をした。よっぽど楽しみにしてたらしい。俺も残念だけど、正直あんまり現実味がなかったからポカンとしてる。


 エルダはすぐに、顔を上げて真剣そうな顔に戻った。


「海難事故が続いてること自体は気になるわね。いつ頃から?」


「もうここ50日ぐらいの話さ。貴族も好むからこの街の稼ぎ頭だったんだけど、それが仕入れらんなくなってホント参っちまうよ」


「そう・・・何か分かってることはあるの?」


 クジラのためというよりは、水にまつわることで気になるからって感じだな。エルダらしい。


「ああ、原因は分かり切ってるよ。オリエントルカだ」


「「オリエントルカ?」」


 エルダと俺の声が重なった。そんな言葉初めて聞いた俺とは違って、エルダは“あのオリエントルカが?”って感じの反応だった。


「オリエントルカって何だ?」


 置いてけぼりになる前に聞いてみた。


「シャチよ」


「シャチ?」


「ええ。この世界にシャチは2種類いて、広範囲に生息しているのを普通のシャチとして、マリンダース東の海にいるものは知能と力が共に優れているから、区別するためにオリエントルカと呼んでいるの」


「ふーーん」


 2種類だけって少ないなという感想はさておき、オリエントルカはシャチの1種らしい。


「彼らは肉食で、クジラを食べることもあるから出てもおかしくはないけれど・・・」


「クジラも食っちまうのか、すげぇな」


「シャチは海における食物連鎖のトップよ。その優れた知能と力から、他の海洋生物を逃さず喰らう。反撃を受けることがない訳ではないけれど、捕食されることはまずないわね」


「やっぱシャチって強ぇんだな」


 イメージ通りだ。


「クジラの漁場に出てもおかしくないんなら、襲われてもおかしくないんじゃないのか?」


 なんせシャチだ。サメみたいなもんだろうから、遭遇したら普通にやばい気がする。


「そうでもないわよ。シャチが人を襲うことは滅多にないわ。それが何十日も続くというのは、明らかに異常ね」


「そう・・・なのか?」


 食べる食べない関係なしに、獰猛そうなイメージがあるけど。


「まず、シャチは人を食べないわ。彼らの好みじゃないみたいね」


 え・・・でもまあ、そうか。エサになるんなら襲って来るはずだから、エサにはならないって前提は必要だな。


「そしてシャチ、特にオリエントルカは、その優れた知能から無益な殺生はしないのよ。通りかかった船を攻撃しても人間しかいないというのは既に学んでいるから、攻撃して来る個体はいないはずよ」


「でも、船が来れば敵だと思って迎撃するんじゃないのか?」


「彼らが身の危険を感じればそれも有り得るけれど、私たちにシャチを食べる習慣がないから、人からシャチへの攻撃も何十年もないはずよ。こっちはこっちで、シャチを食べても美味しくないことを先人が確かめているから」


 つまり、お互いにエサにならないからお互いに攻撃しない。相互非干渉ってやつか。


「それに、人間の船を狙うなら、最近だけじゃなくてずっと前からやってるわ」


 そっか・・・何十日か前までは普通にクジラ漁ができてたんだよな。


「外のモンなのに詳しいな姉ちゃん。オリエントルカが人間を襲うなんて、ずっとなかったことさ。どうしちまったんだって、漁師もみんな頭抱えてるよ」


「本当に、オリエントルカの仕業というのは確かなの?」


 漁船がシャチに襲われて沈没。俺としては違和感はないけど、エルダがここまで言うんだから相当なことなんだろう。


「ああ。命からがら逃げ帰って来れた奴が言ってたよ。天気が良くて風も穏やかだったのに、突然霧に包まれて、波も荒れて、最後には奴らの群れが現れたって」


「えぇ?」


 おっちゃんの言葉にエルダが首をかしげた。


「オリエントルカってのは荒れた所にいるもんなのか?」


 エルダとおっちゃんに交互に顔を向けながら聞いてみた。先に返事をしたのは、エルダ。


「それが難しくってね。遭遇することが少ないし、海の王者と言われるだけあって、オリエントルカにまつわる話は色々あるのよ。

 穏やかな海にもいるはずなんだけれど、荒れた海を好むとか、彼らの怒りは嵐を呼ぶとか」


「いかにもありそうな話だな」


 だけど、どこまでアテになるかは微妙だ。


「でもまぁ、襲って来るぐらいだから人間に対して怒ってるのかも知れないね。なんせ、彼らのエサであるクジラを持ってってるんだから」


 おっちゃんが半分笑うように言った。それはあるかもな、と思ったらエルダは疑問で返した。


「けれど、捕獲量はコントロールしているのでしょう?」


 そっか、絶滅しても困るもんな。生態系への影響もあるし。


「それも人間の取り決めだからねえ。オリエントルカが納得してるかは別問題さ」


「それはそうだけれど・・・」


 それだけで人間を襲うのかしら、といった様子のエルダ。何秒が首をかしげたまま固まったあと、何かを決めたように手をパンパンと叩いた。何を決めたかなんて、決まり切ってるけどな。


「分かった、行ってみるわ。自分の目で直接見た方が早いもの」


 ま、エルダならそうなるよな。船壊されても帰って来れるし。


「おい、正気か!?」


 当然、エルダの水操術を知らないおっちゃんの返事はこうなる。


「本気よ。不思議なことを確かめるために旅をしているんだもの」


「命まで懸けるこたねぇだろ・・・!」


「問題ないわ。これでも水操術一本で狩りをしているのだから」


 今の台詞にはちょっと驚いた。まさか自分から明かすなんて。エルダがこんな態度を取るのは珍しい。


「そうなのか。とは言ってもだなぁ・・・」


「多少の危険は覚悟の上よ。これを保留にしたまま何十年も生きていくつもりはないわ」


「おいおい・・・もう止めないからな」


 さすがに諦めたみたいだ。言って聞くようなタイプじゃないからな、エルダは。


「あんたさんほど肝が据わってるのは、漁師でもあんまり見ないな」


「そうでもないわよ。肝が据わってるからこそ、命を懸ける限度が存在することもあるわ。彼らは漁師なのだから、街に魚を届けることが使命のはずよ」


 エルダの使命は、謎を追うこと、か。


「そうか・・・無茶すんなよ」


「どうかしらね」


 そこでパタンと、店のドアが閉まって俺らは外に出た。


「それじゃあ漁師に、クジラの漁場を教えてもらいに行きましょう」

次回:シャチをたずねて

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