第20話:エルダ 対 ボスザル
街の南側の山で水虹密度が低い川を辿った先は、ヨーラーモンキーというサルの棲み処だった。そこに着いた俺たちが見たのは、水操術がないと作れないはずの水虹結晶の山と、それをいくつか宙に浮かばせているボスザルの姿だった。
「ボァァァァァーーーーーーーッ!!」
「うっ・・・!」
凄い声だ。ナワバリを侵略してきた俺たちに対して、明らかに怒っている。
「悪いけれど、こっちも退くことはできないわ」
エルダも本気だ。
「街の水虹密度が低いのは、ここで水虹結晶を大量に作られたことで無虹水ばかりが流されたせいね」
水虹結晶は、水の中の水虹を一点に集めて氷みたいに固めたもの。元の水の大半が、水虹が入ってない無虹水と呼ばれるものになる。
「それを、自分たちの水だけは確保して、街に向かう川に流してるってことか・・・」
なんて奴らだ。
「人間を狙うことまでは意図してない可能性が高いけれど、実害が出ている以上は放置できないわ。水虹は、私たちにとって命も同然だから」
そうだ。既に街には低水虹症で寝込んでる人がたくさんいる。このままじゃ命にも関わる。
「にしても、サルが水操術使うってマジかよ」
「サルにだって知能はある。人間が水操術に気付いて活用したのと同じように、彼らが使い始めてもおかしくはないわ。実際に見たから言えることだけれど」
マジかよ・・・。
「とは言え、あの1匹だけとなると、突然変異で生まれたようね。水虹結晶を作れるようになったのも、ここ最近のことかしら。
いずれにせよ、あれがオスかメスかは知らないけれど、今後の交配で増える可能性は大いにあるわ。そうなればヨーラーどころか、人類そのものが危ない。もちろん、他の生物も」
「ど、どうにかなるのか・・・!?」
恐る恐る、エルダの方を見る。
「幸いにも、嗜好品のようだから彼らの生活に影響は出ないはずよ。やめさせることは不可能じゃないわ」
「ボァァァァァーーーーーーーッ!!」
「・・・話が通じれば、だけれど」
おい・・・これもうどうしようもないだろ・・・。ボスザルは水虹結晶をこっちにぶつけてくる気マンマンだ。エルダも諦めたように溜め息をついて、ゆっくりと池の水を取り出した。
「あれを放置すれば何十年後かには人類はこの大陸に住めなくなる。彼らも自分たちの方が大事でしょうからこちらも同じ。話が通じないのならば、駆除するしかないわ」
エルダに躊躇はなさそうだ。人の命どころか人類の存続まで懸かってるんだ。“サル1匹たりとも殺すな”なんて言うのは、無理だ。
「ボァァァァァーーーーーーーッ!!」
「覚悟なさい」
エルダとボスザルの戦いが、始まった。ビー玉サイズの水虹結晶が大量に飛ばされ、それをエルダが水で撃ち落とす。
「そんなに粗末に扱うのなら、作るのをやめてもらえないかしら」
「ボァァァァァーーーーーーーッ!!」
ドスドスと走ったボスザルが池に着いて、エルダと同じように水を扱い始めた。マジで、水操術を使ってやがる。人が魔法みたいに水を動かすことに慣れてきたのに、今度はサルだ。ツッコミを入れる気力さえ失せる。
しかも、現実には居なさそうなデカいサル。違う世界に来てしまったんだなと、改めて思った。ただただ、目の前の光景が信じられない。人とサルが、お互いに水を操って戦っている。
「っ・・・」
「ボァァァァァーーーーーーーッ!!」
勝負の方は、エルダが優勢に見える。
「せっかくの水操術を、結晶作りにしか使っていなかったのかしら。ナワバリの防衛は家来任せ?」
そうか、あいつ自身が戦うことがなくて水操術に慣れてないんだ。自分はひたすら水虹結晶作ってバラ風呂の気分で過ごしてたんだろう。
「シャシャッ」
「シャーーーー!」
ボスの劣勢を見かねたのか、周りのサルたちが動き出した。
「トオル! 自分の身は自分で守りなさい!」
「ああ!」
エルダの足を引っ張る訳にはいかない。街のことがこいつらのせいだと分かったからには遠慮はいらねえ!
ポアァン! ポアァン!
空振りすることも多かったけど、血が見えることに気後れせずに、俺は水虹銃で応戦を続けた。エルダの方はと言うと、
「はぁっ!」
船の上に立ったまま、水操術の攻撃でボスザルを何度も地面を転がしている。相変わらず有利に進めてるように見えるけど、ボスはボスでしぶとく何度も立ち上がって来る。
「さすがにタフね。これはどうかしら」
エルダが取り出したのは、いつしか電撃を見せてくれた小袋だった。金属粉が入ってるやつ。あれを使うつもりか。
「大人しく倒れなさい」
エルダは、いつも串焼きの時に敷いてる金属板を池に落として、それに乗って、水操術で波を起こしてボスザルの方に向かった。手には、長い串も持っている。ボスザルの攻撃も、迫って来る小ザルたちも薙ぎ払い、ボスザルまであと数メートルのところで着地して、粉を投げ、すぐさま水をぶつけた。
「ボゴァァァァァァァァァァァァァ!!」
ボスザルの全身を覆うように薄紫のプラズマホールみたいなのが発生して、敵は大声を上げた。吠えているというよりは、完全に悲鳴。かなり苦しそうに見える。
「シャァーーーーッ!!」
小ザルたちがそこに迫るが、エルダに動じる様子はない。
「私たちにも、守らなければならないものがあるのよ」
小ザルを水で薙ぎ払ったエルダは、長い金属の串を回転しないように投げた。そして、
「ゴァ・・・!!」
奴らが集めていた水虹結晶を集めて、金槌で打つように串にぶつけて、ボスザルの喉元に突き刺した。
「ァ、ァ・・・・・・」
ボスザルはその場でしばらく固まって、それからゆっくりと体が後ろに傾いていって、どさり、と倒れた。
「・・・・・・」
エルダが、こっちに背中を向けたままボスザルを見下ろす。何を思っているのかは、分からない。
「キキッ」
「キキキ・・・」
小ザルたちは、ボスがやられたことで固まり、すっかり意気消沈してしまったようだ。それでも、
「キキーー!」
仇と言わんばかりに、エルダに対して威嚇する奴もいた。だけど、
「まだ続けるの? やるというのなら、容赦はしないけれど」
「キ・・・」
エルダに睨まれて、その場で動けないままだった。
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エルダが船に戻って来た。もう、サルたちは威嚇してくる様子もない。動かなくなったボスの周りに、そろそろと集まっている。
「なんか、後味は悪いな・・・」
「争いなんて、こんなものよ。私だって、手荒な真似をしないで済むならその方が良かったわ」
だけど、話が通じなかった。文字通りサルだったから。
「水操術を使う力を手にしながら、その濫用によって他の生物に及ぼす影響まで考えることができなかった。彼らの一番の反省点よ」
力だけを手にした、純粋な動物。あいつらも、人間を滅ぼしてやろうとまでは思ってなかったはずだけど、やってたことはそれに向かうものだった。警告しようにも、奴らは俺らを侵入者扱いするだけだった。
「街に戻って、長か、王国の人に報告しましょう。ヨーラーモンキーの監視は続けた方がいいわ」
「だな」
ひとまずこれを溶かして凌ごうと、水虹結晶を積めるだけ船に積んで俺たちは帰路についた。
次回:休息




