第19話:南の森の調査
「キキッ」
「キーキー!」
南に船を走らせると、5分もしないうちにサルが騒ぎ立てて来た。
「マジで鬱陶しいな。この辺一帯ナワバリにしてんのか?」
「けれどおかしな話ね。これだけ水虹密度が低ければ彼らにも影響が出るはずなのに」
「確かに・・・何で無事なんだろうな」
「さあ? ある程度南に進むと別の水系になるから、そっちの水を飲んでいるのかも知れないわ」
「別の水系ってことは、違う湧き水から出てるのか?」
「イメージとしてはそうだけれど、海を除いて連続した水で繋がってなくて、お互いに独立してるのよ」
「ああ、前にもそんなこと言ってたっけ」
「それでも地理的に近ければ大きな差が出ることは無いはずだけれど・・・」
エルダは難しい顔をして、そう呟いた。
「キキッ」
「キキー!」
やっぱりうるさいな。
「でもサルも、一応は考えてるんだな。水虹の多い水を選んで飲んでるから何ともないんだろ?」
「考えてるかどうかは分からないけれど、体調に影響が出るレベルで水虹密度が下がれば、本能でそれを避けるようにするはずよ」
「それもそっか」
サルだって生き物だ。腹壊したりすれば同じ水は飲まないか。相変わらず続くサルからのブーイングを浴びながら、船で川を上って行った。
最初の分岐点。正確には川のぼり中だから合流地点か。どっちに進もうかとエルダを見る。
「とりあえず左に行ってみましょう」
さすがのエルダも勘に頼るしかないみたいだな。
「キキー!」
「キキキー!」
サルからのブーイングは続く。
「一旦引き返して、今度は右に」
「え?」
なんだろ。極力サルが少ない方を選ぶとか? 言われた通り、船を旋回させて引き返し、今度は右の方に行った。
「キキキー!」
「キキー!」
「キキキキー!!」
「うわっ!」
なんだ!? 明らかにサルが怒り出したぞ。しかも、
「シャーーーー!」
「マジか!!」
1匹こっちに迫って来た! こっちがナワバリのド真ん中か!
「ちょちょちょちょちょちょっ・・・!」
慌てて船を旋回させる。
「何をしているの。こっちに進むわよ」
「はぁ!?」
でもエルダは本気だった。川の水も取り出して臨戦態勢に入ってる。わけを聞きたいけど、
「シャーーーー!」
サルが突進して来てる。最初の奴に続いて、3匹、4匹と。
「ここを通してもらうわよ」
エルダが右手を前に振ると、宙に浮いていた水の塊が散らばってサルを襲った。攻撃を受けたサルたちは転がって、すぐに立ち上がったけど、今のが効いたのか「シャーー!」と威嚇するだけでこっちに来なくなった。
「なあエルダ、さっき引き返したのって」
「彼らがより騒ぐ方を選ぶためよ」
「やっぱりか・・・でも、何でだ?」
邪魔されて調査しにくいはずなのに。
「邪魔されにくい場所の調査は王国に任せましょう。それで30日経って解決していないのなら、怪しいのはこっちよ」
「じゃあ奴らのナワバリを突っ切って行くしかないのか。そっちに原因があるなんてツイてないな」
仕方なく、荒ぶるサルのブーイングを受けながら進み続けた。進むにつれサルが増えていって、新しく来た奴は特攻して来るし、エルダが水操術で追い払うけど、いよいよ同じ奴も何度も挑んで来るようになった。けどこれは、奴らの棲み処が近付いてることも意味している。
「シャーーーッ!」
「シュァーーーーッ!!」
もう混戦状態だ。ハエみたいに群がって来るサルどもをエルダが水操術で薙ぎ払っている。サルも懲りない。エルダの攻撃も強くなってケガする奴が出てきてるけど、止まる気配が全然ない。
「トオル」
「何だ?」
手伝って欲しいってことか? この数なら無理もない。でも俺に水操術は使えないし、あるものと言えば・・・、
「水虹銃を構えなさい」
「なっ・・・」
サル相手にか・・・?
「このまま行けば、間違いなくもっと数が増えるわ。彼らの食糧があるかも知れないし、子供を守っている者もいるでしょう。何をしてくるか分からないわよ」
「マジか・・・」
棒で殴るとかならまだしも、銃だぞ。でも確かに、
バキッ!!
サルは俺の腕の倍は太そうな枝も平気で折ってる。かなり腕力あるぞあいつら。襲われたらヤバそうだ。仕方なく、俺は水虹銃を取り出した。
一応はエルダが1人で無双して銃は使わないで済んでいる。そうこうしているうちに、湖のほとりに着いた。
「シャーー!」
「シャーー!」
「シャァーーーッ!!」
湖の中心に向かうことで襲われなくなったけど、客席中からブーイングが飛んでるスタジアムみたいに、100匹どころじゃない数のサルが湖を囲む森から吠えてきている。こっちには届かないというのに湖に飛び込む奴もいた。
「・・・・・・」
俺もエルダも黙ったまま、船のスピードは下げてゆっくり進む。湖には、来た方とは反対側にも川があるみたいだ。湖がてっぺんで、川は前も後ろも下り。
「不思議ね。・・・湖そのものの水虹密度は、悪くないわ」
「は?」
どういうことだ? この辺り一帯の水虹密度が低いんじゃなかったのか?
「街に向かう方の川だけが、異常に低い。と言うよりは、彼らの取り分になるものだけを普通の水準に保ってるのかしら」
「は・・・えっと、なん・・・」
これはもう聞くしかない。ワケが分からん。
「こんなことは自然には有り得ないわ。一番怪しいのは、彼らね」
エルダは俺たちにブーイングを浴びせてくるサルを見回しながら言った。
「まさか・・・サルがか?」
「他に考えようがないもの」
「でもどうやってだ?」
「分からないわ。見に行きましょう」
エルダはそう言ったけど、どことなく、自信がありそうな顔だった。誰かの手下になってるとかじゃなくて、サルが自分たちで・・・?
「このまま進むわよ。船を思いっきり飛ばしなさい」
「ああ」
この先は水虹が普通にある川ってことは、奴らの棲み処がある。湖の端、川になるところにはもうサルが集まっていて、既にバシャバシャと何匹かこっち目がけて飛んで湖に落ちた。
「邪魔ね。まとめてどきなさい」
「おい・・・!」
エルダはかなりの量の水を湖から取り出していた。4トントラック10台分ぐらいか。間髪入れず、エルダはそれを待ち構えてるサルたちにぶつけた。
どんな大雨でも聞いたことがないような音がして、サルの悲鳴も飛んで、木も何本も折れた。エルダが木を折るとこまでするなんて初めて見たけど、なりふり構ってられないってことか。目は真剣そのもの。どこか怒ってるようにも見える。本当に、サルたちが水虹を奪ってるのか? そうだとして、どうやって。
船を飛ばしてるのと、エルダの容赦ない攻撃でぐんぐん進んで行った。サルは骨でも折れたのか、立ち上がれなくなる奴もたくさん出てる。何もしなければ邪魔されるし、それで引き返せば街は元に戻らない。やるしかないんだろうな、きっと。
終点にはすぐに着いた。さっき湖より小さな、教室ぐらいの広さの池だ。そして・・・、
「なっ・・・あれ・・・・・・」
目に映ったのは、ひときわ大きな木の根元にある、宝石の山。あれは・・・。
「水虹結晶ね」
エルダが静かにそう言った。確かにあれは、水虹結晶だ。でも、なんでここに。
「やっぱり誰かがサルを手下にしてるんじゃないのか? こんなのサルには無理だろ」
「・・・あなたたちの世界では、人が人から物を奪うのが珍しくないと言っていたわね」
「え? ああ」
今その話をするのか?
「でも、こっちでもゼロじゃないんだろ?」
「そうだけれど、こんな大それた真似をする人間がいる可能性よりも、・・・」
エルダが言ってるのは、人がサルを手下にして水虹結晶を集める可能性は低いってことか。それよりも有り得ることは、何だろう。と考えていると。
ドォォォォォン!!
巨大な岩でも落ちて来たような音がした。
「うわっ、何だ!」
「・・・・・・」
音がした方を見ると、
「は・・・!!?」
デカいサルがいた。これまでのサルとは比べ物にならない、クマみたいにデカいサルが。まさか、ボスザルか!?
「まさかこんなに大きなサルがいたなんてね。驚いたわ」
全然動揺してる素振りも見せずに、エルダが言った。態度に出ないだけで驚いてるのは本当みたいだけど。
「それよりも、・・・」
「ん?」
エルダが「驚いた」と言ったことでそっちに向けていた顔を、ボスザルの方に戻した。そしたら・・・、
「お、おい・・・!!」
「水操術を使うサルがいることの方が、よっぽどの驚きね」
ボスザルは、水虹結晶をその場でプカプカと浮かばせていた。
次回:エルダ 対 ボスザル