第18話:森の水辺の街ヨーラー
翌朝。メシ食って早速出発。
「いやっほ~~~う!」
昨日は上りが多かったから下りが気持ちいい! 船の操縦にも慣れてきたし、行商人とかもいなくて貸し切り状態だ。分かれ道もあるけど、街を目指すならこのデカい川を進んでりゃいいだろ。
「ここは右よ! 曲がってね!」
ん? 何か言ったか? 結構スピードも出てるから聞き取れなかった。
「右よ! みぎみぎ!」
「さっきから何言ってんだ!?」
あ、横向いた時に首に当たる風も気持ちいい。
「だから右よ! 聞きなさい!!」
「え、右!?」
時すでに遅し。右には曲がれずに直進してしまった。・・・やらかした。
ノロノロと、逆走してさっきの分岐点まで戻る。
「くっそぉ~~。今日はずっと下りだと思ったのに~~」
「あなたが突っ走るからでしょう」
「だって街に行くんならずっとデカいとこ進んでりゃいいんじゃないのか?」
「本流をずっと下った先は海よ。モンス・コリスは途中に街があったけれど、ヨーラーは違うわ」
よく考えてから言いなさい、みたいな目をされた。絶対バカだとか思われてるんだろうな・・・そうなんだけどさ。
その後は分かれ道では慎重に、ってしてたら全部直進でガックリしながらもヨーラーを目指した。
「角度が緩やかね。ここでお昼にしましょう」
川下りは楽しいっちゃ楽しいけど、上流だと落ち着ける場所が少ない。結構下ってきたからか、メシ食いながら運転できるぐらいになった。
「キキッ」
「キキキッ」
時々、サルの声が聞こえてくる。襲っては来ないけど、ナワバリに入らないか見張られてる感じがして地味に怖い。
「話の通じないサルに囲まれて暮らすというのは、少し落ち着かないわね。ヨーラーの人たちは慣れてるのでしょうけど」
エルダは論理派だからな。あ、いや、武闘派でもあるのか。水を使われたら絶対に勝てない。
「言いたいことがあるなら話しましょう?」
「やめとく・・・」
サル以上にエルダが怖いんだけど。
「何を考えているかが手に取るように分かるわね・・・」
人を何だと思ってるのかしら、とでも言いたげな視線。サルだとは思ってないよ、サルだとは。
メシ食い終わった後はスピードを上げて、道を間違えないように気を付けながらヨーラーを目指して川を下って行った。
「おっ」
くねくねの川の先に、木とか岩で見えにくいけど街っぽいものがあった。
「あれがヨーラーね。思っていたより大きいみたい」
「モンス・コリスよりは絶対デカいな。あとなんか楽しそう」
一言で言えば、森の水辺のテーマパークって感じだ。視界は決して良いわけじゃないけど、街は背の高い森の深緑の中にあって、木々の間を縫うように巡る水虹菅も透明なせいか景観を損なうことはなく、むしろ流れる水がきらめくこともあって綺麗だ。
街の中の高低差は結構ありそうだ。この川を下ったまま街に入れるけど、奥行き方向は途中でV字に折れてまたのぼり。その谷から右ものぼりで、左が下り。俺たちは北側から街に向かってるから、中心の谷から見れば北・南・西がのぼりで東方面だけが下りってことになる。
でもこれはあくまで街全体をパッっと見た平均のイメージで、山の中だから地形が複雑だしコブみたいな突起になってる場所も少なくない。
「サルがいることを除けば、ゆったり過ごせそうね」
あれだけ木があれば街の中にもいるんだろうな、サル・・・。
ヨーラーに着いた。
「うっ、へぇ~~」
景色そのものはこれまでと変わらず森に囲まれた水辺だけど、ここが街っていうのが凄い。木が豊富にあるからか家は木造で、明るめの茶色のやつが多い。森に日差しが遮られるから少し暗いけど、ところどころにある木漏れ日も良い感じの雰囲気を出してる。
もちろん上には、水虹菅。なんか、不動産広告のキャッチコピーをマジで現実にしたみたいな街だ。街に入る前から見えてた通りに木と木の間を縫うように張り巡らされている。めちゃくちゃ接近してる、というかぶつかってそうなのもあるけど、木の方が後から成長してきたんだろう、よけるようにカーブしてまた上に向かっている。
水虹菅も中を流れる水も透き通っていて、その奥の木は少しぼやけて見えるけどそれがどこか神秘的だ。
「空気も綺麗で、気持ちが良いわね」
エルダが、目を閉じながらの大きな深呼吸の後で言った。だけどその開かれた目は、何かに違和感を持ってるような視線だった。その理由は、俺にも分かった。
「人、めっちゃ少ないな・・・」
家の数に対して人が少なすぎる。というかほとんど誰もいない。街に入ってからも船はゆっくり進めてるけど、無言でトボトボと歩いたり溜め息つきながら洗濯物を取り込んだりしてる人がいるぐらいで、モンス・コリスのような活気は欠片もない。
「広い街だし、とりあえず進んでみましょう」
「だな」
この辺だけご近所関係が悪くて殺伐としてるって可能性も無いわけじゃない。だけど・・・、
「ちょっとおかしいわね」
街の中心部が近付いても様子は変わらなかった。せいぜい、出歩いてる人がちょっと増えたぐらいだ。市場みたいなのがあったけど、みんながみんなシケたツラをしてる。
「買い物がてら聞いてみましょうか」
船を降りて、市場に向かう。小腹も空いてきてたしパン屋だ。
「見ない顔だな。外のモンかい」
先に向こうから話しかけてきた。
「ええ、そうよ。クロスルートから、モンス・コリスを通って」
エルダにとっての出発地はフォルゾーンってとこのはずだけど、俺に合わせたのかクロスルートから来たことにした。
「クロスルートからか。行商人じゃなさそうだが、観光か?」
「まあ、そんなところね」
水を調べに、というのも観光と言えば観光か。
「モンス・コリスでも思ったのだけれど、ここの水系って水虹密度が低いのよ。それがちょっと気になっててね」
「ああ、やっぱりそうなのか」
パン屋が溜め息混じりに言った。
「・・・何かあったの?」
エルダは、顔を横に向けて街の方を見ながらパン屋に聞いた。この街の様子とパン屋の反応、これが平常運転って訳でもなさそうだな。
「見ての通りシケてるだろう。どいつもこいつも体壊して寝込んじまって、比較的健康な奴も看病に付きっきりでこの有り様さ。王国から医者と調査団も来ててな、水虹がどうのって言ってたんだ」
「そう・・・やっぱりそうなのね」
「なぁエルダ、これって・・・」
モンス・コリスで低水虹症になってた子と同じことが大勢で起きてるってことか。そりゃあ街まるごと元気がなくなったりもする。
「この辺りはまだモンス・コリスと大して変わらなさそうだけれど・・・中心部まで降りてみましょう。南や西から流れてくる川との合流があるはずだから」
どっちかの川がおかしければ中心らへんはそれが流れて来るってことか。俺たちは北の方から街に入って来てて、まだ川の合流はない。
「ちなみに、これはいつ頃から?」
エルダがパン屋に聞いた。
「さぁな。いつの間にかって感じだ。少し前まではこんなこともなかったはずなんだが、本当にいつの間にか、気付けばこうなってたんだ」
「そう。ありがとう」
それで俺たちは船に戻って中心部に向かった。買ったパンをかじりながら、聞いてみる。
「西か南の川がおかしいとして、何でこっちまで暗い雰囲気になってんだろうな」
「中心部の活気が沈めば、自然とこうなるんじゃないかしら。見たところ、定期的に下りなければ必要最低限しか揃わなそうだし」
「そういえば大した店なかったな」
食い物と日用品は揃いそうだったけど、近所のスーパーみたいな感じで、それしかないから例えば服屋とか雑貨屋とかはない。
「北からも街に入れるのに、行商人はわざわざ中心部まで下りるんだな」
「そうじゃなくて、たぶん北から来る人がいないのよ。峠を越えてもモンス・コリスしかないし、東からのぼってくるのがほとんどじゃないかしら」
「あ、そっか。俺らが変なルートで来てるだけか」
確かに普通わざわざ峠越えなんてしない。ヨーラーは木材が豊富だけど、モンス・コリスの家はレンガだったし需要は少なそうだ。木なら他の場所でも採れるし、モンス・コリスへの行商は色んなものが集まるクロスルートの人に任せればいい。
中心部に向かって川を下っていると、途中でエルダの目つきが変わった。
「どうしたんだ?」
聞いてはみたけど、大体の察しはつく。エルダは離れた位置の水も調べられるからだ。
「ひどいわね。特に南側の川。これが50か100日ほど続けば間違いなく低水虹症になる人が出るわ」
「そんなにか・・・!」
コクリ、とエルダが首だけ縦に振った。真剣な目をしてるから、相当みたいだ。
「西の方はどうなんだ?」
「南よりはマシ、だけれどここよりは悪いわね。多分だけれど、南側の川との合流が途中にあって、混ざって街まで下りて来てるのよ」
そっか、合流があるのは街の中だけじゃない。むしろ山の方が複雑に合流も分岐もある。
「ってことはやっぱり、南側が怪しいってことか」
「そうなるわね」
街のほとんどが寝込むほどって一体どうなってるんだろうな。
「キキッ」
「キキキッ」
結局街の中にもサルは居たけど、もうどうでも良くなってきたな。
中心部に着いた。北・東・南からの川が合流する場所は大きな池で船も多くて、港みたいになっていた。
「早速南の方に行くのか?」
「その前に、話を聞いてみましょう。王国の調査団も来ているようだし」
船を降りて、さっきよりも大きめの市場に向かった。さすがに人出もさっきより多いけど、どこかシケてるのは変わらない。
「誰に聞いてみようかしら」
辺りを見回しながら歩いて、何か知ってそうな人を探す。観光客のふりという訳でもないけどキョロキョロしながら世間話してる人のそばを歩いて、耳を傾ける。
「しっかしどうなってるんだろうね、王国から人が来てくれたけど手こずってるみたいだよ」
「もう30日にはなるし、そろそろ何とかなってほしいわねぇ」
おばちゃんが2人、やつれかけた顔で話している。エルダが俺の方を向いて、“とりあえず当たってみましょう”って顔をした。手当たり次第聞いてみるのがいいかもな。
「こんにちは」
「あら・・・旅の人?」
「嬉しいけど、タイミングが悪かったわねぇ。ご覧の有り様だよ」
片方の人は肩をすくめた。文字通りにお手上げ状態って感じだ。
「こうなったのは、いつ頃から?」
エルダはさっきパン屋に聞いたのと同じことを聞いた。
「さあ・・・いつからだろうね。ちょっと前までは何ともなかったはずだけど、いつの間にやらこうなっちまってたよ」
答えもパン屋と同じだった。どれくらいの期間かもはっきりしないほどに、少しずつってことか。
「王国の調査団っていうのは?」
なんかエルダに任せっきりになってたから、俺からも聞いてみた。
「市長がクロスルートに遣いを送って、頼んでくれたんだよ」
「こんなに、酷い状態になってから・・・?」
確かに。この30日の間でも悪化したんだろうけど、国に助けを求めるのが遅い気はする。
「私らももう少し早く気付けば良かったんだけどね。本当に、気付けばこうなってたんだよ。しかも最初の頃は自分たちで何とかしようとして、水虹が減ってるっていうのは行商人が教えてくれたけど、山を調べに行ってもサルがギャーギャー鳴いて邪魔されるし、寝込む人ばっかりが増えてやっとこさ王国に泣きついたんだよ」
「そう・・・」
まあ、そんな感じなんだろうなって流れだな。事態が悪化する時の典型。ちょっとした沈黙になったけど、もう1人のおばちゃんが言葉を続けた。
「王国も、サルに邪魔されたりで中々思うように調べられないみたいだねぇ」
ナワバリ意識の強いサルだったからな・・・。でも、状況が状況だから、ちょっとぐらいは許して欲しいもんだ。
「分かったわ。ありがとう」
それで2人と別れた。
「どうする? 行くか?」
サルがギャーギャーうるさいみたいだけど。
「水が原因だということは分かっているからね。自分たちの種族の命が懸かっているのだから、多少は荒っぽいこともするしかないわ」
人間の都合だと言われればそれまでだけど、さすがに見殺しにはできない。
「日没が近付いたら真っ直ぐ帰って来ることにして、行ける所まで行ってみましょう」
「だな」
船に戻って、南の上流に向かって走らせた。
次回:南の森の調査