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第16話:低水虹症

 モンス・コリスに着いた日の夕方、具合の悪そうな子供を父親が運ぶ場面に出くわし、家まで上がり込んだ。エルダによると、低水虹症と呼ばれるものらしい。


「よくあることなの?」


 エルダが父親に聞いた。


「いやまさか。こんなことは2~3歳の頃以来だ」


「でしょうね」


 よく分からないけど、2人の口ぶりからすると滅多にないことみたいだ。エルダは父親に目を向けたまま固まって、次の言葉を待っている。


「実は、この子を狩りに連れて行ったのも今日が最初なんだ。ただ、気を付けてはいたし、これまでもずっと訓練していたんだが・・・」


 父親は、何がいけなかったんだろうかといった様子だ。聞いた感じだと、慎重にやっていたように思える。


「水操術を使ったのも、特訓の時と同じぐらいなのよね?」


「ああ。むしろ特訓の時の方が多かったぐらいだ。危なくなったらやめれば良いからな」


「ふーむ・・・」


 エルダが考え込む。


「この子が動けなくったのはいつ? 狩りに出てる最中?」


「いいや、帰りがけだ。そんなに無理をしてるようには見えなかったが、船で戻ってる途中でみるみる様子がおかしくなってな。街に着くころにはこの通りだ」


「そうなのね・・・となるときっと、狩りの初日という緊張感からきたものかも知れないわね」


「緊張感・・・?」


 エルダの言葉に、父親は腑に落ちてないような反応を示した。


「体内の水虹の乱れは、精神状態にも左右されるのよ。特に、体が未熟な子供は心労の影響を受けやすいわ。緊張の糸が解けた時に押し寄せてきたのでしょうね」


「そうなのか・・・この子は狩りに出るのを楽しみにしてたから緊張は無縁だと思っていんだが・・・」


「“楽しみ”も緊張の1つよ。負担にはなるわ」


 エルダはいつものように淡々と、目の前の状況に対する自分の推測を述べる。


「しばらく安静にして、水も多めに飲ませるようにすれば大丈夫でしょう。あと何回かは気分が悪くなることがあるかも知れないけれど、慣れてくれば問題なくなるはずよ」


「そうか、それは良かった。・・・すまないね、こんなことで世話になって」


「構わないわ。どうせ暇だったから」


「恩に着るよ」


 その後、両親の見送りを受けて家を出て、市場に戻った。結局俺は何もしてないけど、これで心おきなく晩飯を食えそうだな。



 晩飯も終わって宿屋に戻った。あとは寝るだけだが、エルダはいつものように机で本に向かうのかと思っていたら、石のシンクの方に行って水を流し始めた。


「気になってたんだけど、ここって水道から出る時点で水虹密度が低いのね」


「それは、クロスルートと比べてってことか?」


「ええ。クロスルートだけじゃなくて、私の故郷フォルゾーンや行ったことのあるオンラヴァよりもね。さっきご飯を食べたお店の飲み水がそうだったから気になってたのよ。

 街の水がこれじゃあ、低水虹症になる子供が出る訳だわ。無理をしなければ問題ないレベルだけれど」


 そこまで言うとエルダは水を止めた。


「子供だと低水虹症になりやすいのか?」


 なんか、さっきの子ももっと小っちゃい頃になったみたいだけど。


「ええ。2~3歳ぐらいまでの子は、無意識のうちに水操術を使ってしまうからたまになるのよ。それが本能に植えつけられるから、ある程度するとほとんどならなくなるわ」


「ああ、なるほど」


 幼くても水操術の力はあるから水を見るとやっちゃうんだ。子供だと体の水虹が乱れやすいみたいなことも言ってたし。で、無暗に水操術を使うと具合が悪くなるって体で覚えるから無意識下で使うことはなくなると。


「それにしても水って、本当に土地によって違うんだな」


「それはそうよ。ハーバー湖かゾナ湿地林かでも違うのに、ここは3000キロメートルは離れてるんだから」


「3000キロかあ」


 かなり離れた場所まで来たなあ。日本縦断できちまうじゃん。障害物のない海をひたすら直線で突き進んで来たからな。それ以前に、人が水を操れるようなとんでもない世界に来ちまったんだけど。


 --------------------------------


 翌朝。とりあえず市場に行ってパンとか焼き魚とかを買ってその辺で食べた。で、2~3日ここで過ごすことにしたけど、どうすんだろ。


「ただ休んでるのも退屈だから、少し稼ぎましょうか」


 ってことは、狩りか。


「そうだな」


 体も動かしておきたいし。

 モンス・コリスはこれまでのぼって来た丘の傾斜の途中にあって、東のずっと遠くには、この大陸中央の山脈っぽいものが見えている。しばらくは平原で、森も結構遠くまで行かないとない。


「この辺り一帯は、鳥とイノシシ、それから馬も出ると聞いたことがあるわ。もちろん魚もね」


 確かに昨日も、森じゃなくても色々いたからな。


「そんじゃ行こうぜ」


 船着き場のある池に移動。朝から狩りに出る人は他にもチラホラいて、他の船の真似をして川に出て、東に向かった。1分かそこらで街の端っこまで来た。


「あ、水虹菅。街の外から入れてるんだな」


 5~6本ぐらい東の方から街に向かって来る水虹菅があって、微妙に傾斜があるからあれで街に水を入れてるみたいだ。


「街で一番大きな池が船着き場になっているからね。船が頻繁に通る所は水質も良くないし、遠くから導入する必要があるのよ」


「そうなんだな」


 でもパッと見1キロはあるぞ。縦横とも数キロ以上でクモの巣状態のクロスルートと比べれば直線の5~6本なんて大したことないだろうけど、人も少ないから作るのしんどかっただろうな。


「せっかくだし、あの辺りまで行ってみましょうか。気になるわ」


 船を走らせ、緩やかな傾斜をのぼりながら東に進む。

 水虹菅の根元には2~3分で着いた。しばらくは街から出てる川の一本道だったけど、途中から分岐とか合流で入り組み始めて、大きめの池もいくつかあった。


「ここで汲み上げてるんだな」


 池から太いパイプが出てるのと、そのてっぺんに機械室みたいなのがあって街に向かって水虹菅が伸びている。これが100か200メートルぐらいの間隔で5~6個あって、街に水を供給してるらしい。


「さすがに有人管理してるわね」


 エルダは残念そうに舌を出した。人がいなけりゃ調べる気満々だったんだな。


「けれどやっぱり、ここは水虹密度が低いわね。ずっとこうだったのかしら」


 エルダは池の水を野球ボールサイズに取り出して言った。


「じゃあ他の街より水の質が良くないってことか?」


「そうなるわね。少し気になる程度、と言えばそれまでだけれど」


 エルダの目の前で、水がぷかぷかと浮いている。普通に水虹がキラキラしてるのは見えるし、目で見ただけじゃ違いが分からない。


「こういうことを肌で感じるための旅だから、来た甲斐があったわ」


 エルダは満足そうに笑みを浮かべて言った。水操術の全てってやつに対してどこまで役立つかは知らないけど、こういう細かいことも参考になるんだろう。


 全部で6個あった取水設備を全部見て回りつつ狩りもやって、上流の方に行ったりもした。エルダによると、この辺り一帯の水の水虹密度がこうなっているらしい。要は土地柄ってことだ。



 ちょうど夕暮ぐらいに街に戻って来た。


「今日は何を食べようかしら」


 昼は船で適当に食材を焼いたけど、夜は狩りの稼ぎで外食。エルダの料理美味いからたまには食べたい気もするけど、ここでは休憩するって割り切ってるのかもな。もちろん街の料理屋も十分に美味い。


「ねえ、ちょっといいかしら」


 エルダが店主に声を掛けた。


「ん? どうしたんだい?」


「この辺りの水って、水虹密度が低いわよね。ずっとこうなの?」


「ああ、それか。よそ者にはたまに言われるよ」


 なるほど、情報収集は酒場で、ってことか。店主は続けて答えた。


「ずっと住んでると気にならないけどね。外から来た人間が言うんだから、他より水虹が少ないのは確かだと思うよ。

 だけど、これが昔からなのかはちょっと分かんないなあ。水虹が少ないと言われることなんて昔は無かったような気もするけど、すまないね、頼りにならない記憶で」


「いいえ、ありがとう。邪魔したわね」


「食べ物も水虹が少ないんだろうけど美味しく食べてくれよ!」


「もう食べちゃったわ♪ ごちそうさま」


 エルダは空になった皿を掲げて店主に見せて笑った。


「ははは! ありがとうよ!」


 俺も食べ終わったので店を離れて宿屋へと向かう。すると、


「おお、いた!」


 大きな声を掛けられた。


「あら、あなたは・・・」


 2人して振り向くと、そこにいたのは昨日の父親だった。


「すまない、昨日みてもらった子供のことなんだが、あまり良くなる気配がなくてずっと苦しそうなんだ。低水虹症ってこんなもんだったか?」


「ん? あの子が?」


 エルダが首をかしげる。どうやら、昨日の子供が回復してないようだ。


「おかしいわね。丸1日経ってちっとも回復しないなんてことは無いはずだけれど・・・。水は飲ませていたのよね?」


「ああ。食事も、穀物を多少は」


「うーん、水源の水虹密度のこともあるし気になるわね・・・いいわ、ちょっと見せて頂戴」


「すまない、よろしく頼むよ」


 あれからも丸1日苦しんだままってのは心配だな。行ってみよう。



 その人の家に着いた。


「はぁ、はぁ・・・」


 子供はやっぱり苦しそうで、そばで母親が心配そうに看病している。


「本当に、昨日から変わっていないようね」


「あ、あなたは昨日の・・・」


 母親が横にずれて、近付いたエルダが覗き込むように子供を見る。


「・・・ここの水だと、低水虹症の治りが遅いのかしら。もっと幼い子はたまに罹るはずだけれど、どれくらいで治っているかしら?」


 これには父親が答えた。


「どうだろう・・・3日か4日ぐらいだとは思うけど、うちの子はもう10歳だから・・・」


「そう・・・4日と言われると、少し遅い気もするわね・・・」


 エルダは視線を落として考え込んだ。有意差のような、そうでもないようなと言った様子だ。


「さっき“ここの水”と言った気がするんだが、何か違うのか・・・?」


 父親がエルダに尋ねた。やっぱり、街に住んでる人は気付かないものみたいだ。


「ええ。ここは他の街、少なくともクロスルート、フォルゾーン、オンラヴァよりは、供給されてる水の水虹が少なめなの」


「え、そうなのか?」


「まあ・・・」


 2人は驚いた様子を見せた。家と狩り場の往復だけじゃ情報が限られるんだろう。


「それじゃあ、この子は・・・」


 母親が不安げな表情をエルダに向ける。


「治らないということは無いから心配は要らないわ。このままだと時間が掛かるというだけで」


「ホッ・・・」


 安堵の様子を見せる母親。


「とりあえず、水虹密度を上げた水を精製しておくから、それでもう1日様子を見ておいて頂戴」


「あ・・・ありがとうございます。通りすがりの我が家ために」


「構わないわ。個人的にも興味のあることだし」


 当人の前で“個人的興味”とか言うなよ・・・相手も気が楽になるのは間違いないだろうけど。

 エルダはその家の水道水を操り、他の街と同程度の水虹密度の水と、水虹が全くない水(無虹水って言うんだっけ)に分けて空いてたタルに入れた。残った無虹水はそのまま廃棄。それで俺たちはお暇して宿屋に戻った。


「水虹密度が低い影響が出てたんだな」


「そうみたいね。無理した時に体調を崩しやすいのと、治りにくいのの両方。ここでずっと育ってきたら避けられないわね」


 エルダは肩をすくめた。ここで育つと人の体としてそうなるみたいだ。


「とりあえず、もう少し上流の方まで調べてみましょうか」


「だな」


 川はずっと、大陸中央の山脈の方まで続いてる。今日の範囲でも湧き水はいくつかあったけど、川の大元の水源はまだだ。


「中央山脈の入口でさえ1000キロメートルはあるから、そことのちょうど間ぐらいが限度でしょうね」


「うげ、そんなにあるのか」


 あの子のことが気になるから明日は日帰りがいいけど、さすがに1000キロの往復はキツい。とりあえず行ける所まで、行ってみよう。

次回:モンス・コリスの水源

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