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第14話:失われた街シンクタウン(後編)

 俺たちは今、歩いて移動している。さっきは直接エルダが水を割いて湖の底まで行ったけど、シンクタニアが街に入れるよう洞窟があるらしい。

 と言っても、湖底の深さまで歩いて行けるというだけで、シンクタウンを歩くには水操術で水を除ける必要はある。そこも含めて、シンクタウンへのパスポートということなんだろう。船はシンクタウンがある湖に停めたまま、フィンデルの案内で陸地を進んでいる。


「じゃあ、フィンデルも水操術かなり使えるのか?」


 聞いてみた。なんせ、故郷の管理を任されてる身だからな。エルダ以上って言われても驚かな・・・いや驚く。あんなのが2人もいたら驚く。


「残念だが、儂では真上から湖底まで行くのは不可能だ。シンクタニアでも平均的な方でな」


「そうなんだな」


 平均ってのも意外だけど、それだけでリーダーを決めるもんでもないしな。


「実はエルダってシンクタニアだったりするんじゃないのか?」


 シンクタニア以外でエルダ並みに水操術使える人ってほとんどいないんだろ?


「分からないわよ。自分の家系がどんなだったかなんて」


 ま、そうなるわな。俺だって知らん。


「少なくとも、シンクタニアの血がゼロということはないだろう。混血なら無自覚も含めれば至る所におるし、水操術の能力差はシンクタニアの血があるかどうかによるところも大きい。純血の可能性もゼロではないぞ。低いことには間違いないが」


 まあなあ。400年もあって、1人でもシンクタニア以外と結婚する人がいれば純血じゃなくなる。逆に混血なら、1/32とか1/64もカウントするなら膨大に増えていく。


「シンクタニアそのものの定義も曖昧だ。純血なら漏れなくそう呼ぶが、混血の場合は、伝承を守る活動をしているかどうかぐらいしか尺度がない」


「そんなもんなんだな」


 これも、400年経った影響か。


「伝承のことを知ってて、守る活動をしてない人もいるのか?」


 これはちょっと意外に思った。悪く言えばサボリみたいなもんだし。


「そういった者は、伝承の内容を知らせてもよいと思っている者だ」


「あ、なるほど。活動をしてる人にも迷いがあるぐらいだしな」


「だが言いふらすのも控えておるようだ。そこが彼らの妥協点なのだろう」


 つまりは、みんなに知っててもらった方がいいとは思ってるけど、守ってる人もいるから勝手に教えないようにしてるってことか。封印された技術ってやつを誰も編み出さないなら余計なことを言う必要もない、とも思ってるだろうな。


 湖群から離れて、川もない岩場を進む。重要な場所への入口だから、水がなくて誰も通らない場所に作ったんだろう。ちょっと先に森が見えるから、あそこに向かってるみたいだ。そんな中、エルダが呟いた。


「シンクタニアの血が広く行き渡ってることは分かったけど、無虹人であるトオルとハイドライルの人との子はどうなるのかしらね」


「おいっ」


 いきなり何言いやがるんだ。こんなところでパパになるつもりなんてないぞ。そもそも知り合いはエルダしかいな・・・いや、余計なことを考えるのはやめよう。


 などと同様してる俺を余所に、当のエルダは真顔だ。冗談で言った訳でもなさそうで、フィンデルも真面目に答えた。


「それも、旅の途中で見つけていくといい」


「そう・・・」


 つまり、その答えはどこかにあるってことか。俺は何故ここに連れて来られたのか、元の世界に帰る方法はあるのか・・・って、意味があって連れて来られたんなら帰る手段がある保証はないけど。


「今の段階で分かっていることは、トオルは水操術を使えないこと、この世界の水や食物を摂取しても使えないままということね」


「ふむ・・・そうか」


 今エルダが言ったことを、フィンデルは知っていたのかどうか。残念ながら、今の反応からは判断できなかった。


「きっと、水虹を摂取しても生体反応には関わらないのだと思うわ。元から水虹がない体だから、そう考えるのが妥当ね」


「なるほど・・・」


 正解って意味なのか、そういう考え方もあるって意味なのか。


「確かにお主らなら、全てを見つけ出してしまうかも知れぬな」


 --------------------------------


 森のそばまで来た。ゴツゴツした岩も多いから、どっかに洞窟の入口があっても不思議じゃない。


「少し寄り道をさせてくれ。こっちだ」


 付いて行った先には、


「ヤット、少し来てもらうことはできるか?」


 男の人がいた。俺と同い年ぐらい?


「ん? どっか行く・・・って、人? 連れて来るなんてめずらし・・・え・・・!?」


 ヤットと呼ばれたその人は俺を見るなり固まった。


「見ての通り、無虹人だ」


「あ、あ・・・・・・」


 まだ固まったままだ。大丈夫か・・・? そんな状況を余所に、フィンデルはその人を俺たちに紹介した。


「孫のヤットだ。人数は多い方がいいから連れて行こう」


「あ、ああ・・・」


 俺はいいけど、まだ孫が固まったままだぞ?


「よろしくお願いするわ」


 エルダも固まってるヤットを気にすることなく挨拶。ちょっとは気にしてやろうよ・・・。



 硬直から立ち直ったヤットも連れて移動。


「へぇ~~。無虹人なんて初めて見た」


 俺の周りを回りながら、ジロジロと見てくる。


「でも別に普通の人だなあ。水虹がない以外は」


「そうやって人をジロジロ見るのがハイドライルでの普通なのか?」


「あーごめんごめん、珍しいものだから、つい」


 全く・・・。興味を示したものをじっくり眺めるってのは、どことなくエルダに似てるな。長いこと言い伝えを守ってる民族なだけはある。


 岩陰から、斜め下に向かって入る洞窟があった。大して広くはない。中は暗い。ヤットがポーチから小さな透明なボトルを取り出して、それをシャカシャカ振ると明かりが点いた。すげぇ、懐中電灯だったのか。


「これも、自前?」


 エルダが聞いた。


「そうだよ。これくらいはもうシンクタニアじゃなくても作れるけどね」


 しかも既に、シンクタニアも普通の生活の人に溶け込んでるからな。自分にシンクタニアの血があるか把握してない人も多いみたいだから、街で出回ってる物はもうどっちが作ったかなんて分からない状態だろう。


 洞窟は入り組んでいた。アリの巣みたいだ。多分、シンクタニア以外が洞窟に入ったとしてもシンクタウンには辿り着けないようにするためだろう。先頭を歩くヤットの後ろをフィンデル、その後ろに俺とエルダが並んで歩いている。


 15分ぐらいしたところで、行き止まりに着いた。と、同時に、池があった。


「この奥だ」


 なるほど。これがシンクタウンの湖の底に繋がってるのか。


「もしかして、泳いでいくのか・・・?」


 自信ないぞ。どのくらい距離あるかも分かんないのに。


「何を言う。儂らには水操術があるのだぞ」


「あ、そっか」


 水操術のことが頭から抜けてた。というよりは、こういうのを見ると泳ぐのがセオリーと思ってしまう。


「これで泳ぐって思考になるんだから、やっぱりハイドライルの人じゃないんだねー」


 珍しいものを見る目を向けるヤット。そうだよ、普通泳ぐんだよこれは。


 フィンデルが水を押しのけると、洞窟が続く形で道が開けた。傾斜を滑り降りて、奥へと進む。すげぇな。水が張られてて塞がってるのにそれをどんどん押しのけて進むのは。

 やがて、水平な道も終わって上り坂になった。もう、湖の底に来てるのか。


「どっはー・・・」


 水面って、下から見上げるとこんな感じなんだな。湖の深さのせいか、ヤットの持ってる明かりよりもずっと暗いけど。


「では、上がるとするか」


 フィンデルが更に水を押しのけて、空間ができる。上がってみると、ボロボロに壊れた小屋みたいなところだった。腰の高さまでしか壁が残ってない。

 水がのけられた空間は半径10メートルぐらいのドーム状で、なんか水族館のエリアにありそうな感じだ。


「ゆくぞ、こっちだ」


 フィンデルに付いてぞろぞろと歩く。水のない空気ドームも、俺たちに合わせて動いている。


「ヤット、代わってもらえるか?」


「いいよ」


 そう言うとヤットは、右手を肩の位置まで上げて「んっ」と声を出した。あ、水操術の交代か。誰かが水操術を使ってないと水が落ちて来るからな。


「次は私に回してもいいわよ」


「ありがとう、お姉さん」


 そうかあ。3人いればこんなこともできるのかあ。ずっと連続で使ってるとバテるけど、3交代なら休み休みできるから長く持つな。


「息子夫婦も連れて来た方が良かったのだが、生憎狩猟に出ていてな」


「十分よ。1人よりはずっと楽だわ」


 だよな。エルダ、マジでずっと1人で池とか湖の底に行ってたもんな。俺は水操術の面では戦力にならないし。


「お前さん、1人でここを調べ尽くすつもりだったのか?」


「ええ。あなたに会うことがなければね。何日掛かっていたことか」


 何日ってレベルじゃねえだろ・・・下手すれば100日は掛かる。


「え、調べるって?」


 今の会話に疑問を入れたのはヤットだった。シンクタニアでもない人がこんな所を調べて回るのはやっぱり珍しいのか。


「その娘は、真上から湖を割いてシンクタニアに行っとった」


「え・・・!?」


 あ、そっちか! 普通、遺跡を調べるにしたってそんなことはしない。増してやシンクタニアでもこの深さを掘り進めるのはできない人が多いみたいだし。


「すご・・・」


 ヤットは、またしばらく固まることになった。



 シンクタウンの街を歩く。本当に、遺跡と呼ぶのが正しいぐらいには廃墟になってるけど。たまに見上げなきゃいけない高さで残ってるのもあるけど、それも半壊以上だ。


「ここだ」


 着いたのは、やっぱりボロボロになっている建物。屋根もなく壁と柱も残骸の状態で、真ん中に長い階段があったみたいだけど、それも10段ちょっとで途切れている。


「その階段の上に祭壇があったと聞いている。かつては、ここをみなで集まる場所にしていたのだろう」


 それで階段が真ん中にあるのか。


「シンクタニアがここを離れたのは例の災いの後だが、災いを呼んだ技術を封じるに当たり、隠し場所の1つをここにしたという訳だ。シンクタニアでない者が来るのは不可能であることから、分かりやすい場所に記してある」


 フィンデルは、階段を上らず横に回り、その裏に向かっている。俺たちも階段の裏に回り込むと、そこに深く文字が刻まれてた。2行の分が、左右に1つずつ。


「お主は、読めるのか?」


 フィンデルがエルダに聞いた。


「ええ」


 ゾナ湿地林の石板も古い文字だったらしいけど、普通に読んでたな。


「こっちから読みましょうか」


 右側の文章に指を当て、なぞりながら読み上げる。


「“虹無き者、災いに抗う鍵となりし”」


「え、それって・・・」


 とまで言って口をつぐんだ。最後まで聞こう。


「“我ら、虹無き者の力引き出すこと、叶わず”」


 そこでエルダの言葉は止まって、


「右側はここまでよ」


 締めくくられた。最後の文字からエルダが指を離す。


「やっぱり昔は俺と同じように無虹人が来て、災いに対抗する力を持ってた、ってことか・・・?」


「恐らくは。けれど、その力を引き出せないまま終わってしまったようね」


 いきなりこんな所に飛ばされて来たんじゃ分からんよな。しかも現地人の方が水を自在に操れる力を持ってるときた。俺も今ちょっとした劣等感を抱いてるぐらいだ。


「もしかしたら、トオルにも隠された力があるのかも知れないわよ。何かない?」


「そんなこと言われてもなぁ・・・」


 この世界にも、方法が違うとは言え火も電気もあるし。ないものと言えばネットとかの通信技術だけど、それで何とかなる気はあんまりしない。世界中を巻き込んだ災いってことは、地球温暖化みたいな環境問題だろ? 別に地球の温度をスマホで制御できる訳じゃないからな。


「昔の人も引き出せなかった以上は、何らかの力を持ってるというのも推測に過ぎなかった可能性もあるわ。少なくとも、無虹人が来たことに何らかの意味があったと考えたのは確かなようね。いずれにせよ、どんな災いだったのかが分からないとこっちも考えようがないけれど」


 だよな。


「にしてもこれ、いきなり“虹無き者”、で始まるんだな」


 何の前置きもなく、虹無き者が存在すること前提って書き方になってるぞ。


「それに関しては、」


 フィンデルの声だ。


「他の場所に、”遠き彼方の世界より、その身に虹を持たぬ者現れる”、で始まるものがある」


「なるほど」


 俺たちがたまたま、こっちの方に先に来ちまったってだけか。分散して保管されてるんだったな。


「左の方は何て書いてあるんだ?」


 文章は2つある。右側が今の、無虹人に関することだった。左側は何だろう。


「読みましょうか。・・・“災いは、この世の全てを蝕んだ。多くの者が倒れ、世は死の大地と化した。我ら、これを二度と繰り返してはならない”」


 そこでまたエルダが壁から指を離した。


「災いってやつのせいで、たくさんの死者が出ちまったってことか」


「ゾナ湿地林で見たのと合わせれば、新しく作り上げた“生活を変えしもの”を使うことによって、その災いが起きてしまったということね」


 それでその“生活を変えしもの”を使うのを捨てて、災いを止めたってことか。


「その通りだ」


 フィンデルがそう言った。ヤットも含めて2人とも、少し表情が暗い。それを作ったのがシンクタニアだからだろう。


「それにしても、よく分かったわよね。災いを招いたのがどの道具だったかなんて。蒸気技術が確立されていたなら、色々なものがあったと思うのだけれど」


 その疑問に対して、フィンデルは少しの溜めを入れてから、答えた。


「どれが悪かったというのは簡単に見当が付くものだ。それぐらいのものが、かつてはあったのだ」


「そう・・・」


 わざわざ封印したぐらいだからな。何かがおかしいってなった時に、多分これのせいだって予想できるものがあったんだろう。


「それと同じものが、ここにもあるのかしら?」


 エルダが辺りを見渡す。湖の底だから石とか苔がほとんどだけど、真っ黒に錆び付いた金属みたいなのもある。使ってた道具の残骸だろう。


「保管はしておらぬが、朽ちた状態のものならあるかも知れぬな。失われた当時のまま手は入れておらぬゆえ」


「あったとしても、機構まで調べるのは無理そうね。噴火に巻き込まれた上で、何百年にもわたる水没だもの」


 原型を保ってるものがあるとは思えないよな。


「じゃあ、ゾナ湿地林の石板にあった“西の彼方”ってやつに、作り方が遺されてるだけか」


 それはそれで海の底だし、湖とは違って場所も特定できない。深さもケタ違いだろう。


「もう少し、歩いてみるか?」


「そうね。せっかく連れて来てもらったのだし」


 俺たちはその建物を出て、湖の底を歩き回った。誰かが水操術を使ってる状態を維持しないと水が落ちて来るけど、3人で交代しながらだと体力の心配もなさそうだ。みんな疲れてる風には見えない。


 歩きながら、エルダが話を始める。


「無虹人に何かしらの力があるかどうかは別として、気になるのは、トオルが今ここにいること自体ね」


「え?」


「無虹人がどれくらいの頻度で来ているのかにもよるけれど、もし、例の災い以来だとすれば、これから何か良くないことが起こるかも知れないということよ」


「ああ! そっか・・・!」


 そうじゃん。もし無虹人の出現が災いの予兆だったら、これから災いが起こるということになる。


 そこでエルダが、沈黙を続けていたフィンデルたちに声を掛ける。


「今の段階で、何かおかしいことは起きてないの?」


 フィンデルがエルダの方を向いた。立場上黙って俺たちの話を聞いてたみたいだけど、答えてくれた。


「今のところは無い。だが、無虹人が現れた事実が無視できないのは、お主の言う通りだ」


 フィンデルたちが俺に会ったのも今日のことだもんな。強いて言えば、今日無虹人が現れたことが変化ってことか。鍵だと思われてる俺自身が、何が何やらって感じなんだけどなぁ・・・。


 --------------------------------


 シンクタウンの散策も終わり、来た道をそのまま戻って来て、フィンデルとヤットとは森の出口で別れた。2人は拠点に帰るそうだ。


「私たちも、行きましょう」


「ああ」


 船に戻る頃には夕方か。明日からは、湖群の丘の上にある街モンス・コリスを目指す。なぜ、過去に無虹人は呼ばれて、今俺も呼ばれているのか。その答えが見つかるといいけど。

次回:丘の街モンス・コリス

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