第13話:失われた街シンクタウン(前編)
「確かに、かつて街だった面影が残っているようね」
エルダは船のフチから体を乗り出して右手を湖に入れて、しばらくした後でそう言った。水操術で調べたんだろう。水の動きを阻害するもの(石の塊とか)があれば分かるらしいし。
「建物がまだ残ってるのか?」
「噴火の被害で壊れているもの、400年の間に朽ちてしまったものが大半のように感じるけれど、普通の湖にしてはあまりに瓦礫が多いし、壁や柱も少なくないわね」
さすがに、普通の湖に瓦礫とか柱がわんさかってことは無いよな。街が沈んだとかでもない限り。
「今日はどこまで行けるかしら。んっ」
エルダが軽く気合を入れ、水を割いて船が底へと向かい出す。“今日はどこまで”と言ったのは、1回でこの面積の散策をするのは無理だからだろう。さっき火口湖の底を見に行った時だって30分ともってない。
湖の深さは、さっきの火口湖と大して変わらなかった。と思う。高層ビルみたいに水の壁が出来上がってるからもう差が分からん。
「自分たちのいるところだけ水をのけてても、意味がないわね」
エルダが手を伸ばして再び「んっ」と気合を入れると、水が一気に開けた。学校の体育館ぐらいか。
辺りには、地面と似た色、グレーにちょっと黄土色を混ぜたような色の瓦礫が至る所にあった。あとは折れた柱とか、中途半端な高さだけ残って崩れてる塀や壁。廃墟になった街まんまだな。
「歩きましょう。そう長くはもたないわ」
そう言ったエルダの顔は早くもちょっときつそうだった。重い物をずっと支えてる感じに近い。水操術は頭で念じるだけでもできるみたいで、エルダが手を下ろす。下ろしててもキープできるにしろ、使う時に伸ばす癖が付くのは何となく分かる。
まずは背中の後ろ確認した。湖の端っこから始めたから壁だけど。特に何もなく、また前を向いて歩き出す。
瓦礫や崩れかけの壁が多いから、後ろに回り込んでみたり重なってるのをどかしてみたり。でもあんまり時間を掛けないように軽く確認する程度にしながら、てくてくと散策した。
「どっかに、ゾナ湿地林のと同じ石板があんのかな」
「かも知れないわね。また、地中かしら」
「おいおい、既に湖の底だぞ」
「人が住んでいた当時は地上だったから」
「そうなんだろうけどさ・・・」
昔は地上に出ていたとされる部分だけでも大変だってのに、地中まで調べるなんて無茶だろ。
「気に留めておく程度でいいわ。怪しいものを見かけたら細かく見ることにして」
んなこと言われてもなあ。ただ家が壊れてるだけにも見えるし、怪しいと思えば全部怪しく見えてしまう。あんまり1か所に時間を使ってられない。深入りしないように、かと言ってザルな目視点検にならないように、手足、そして目を使って廃墟と化した街を調べていく。やっぱサジ加減が難しい・・・。
15分か20分で、ひと通り歩き終えた。
「そうね・・・ひとまず上がりましょう」
ホントに辛そうだな。重い物を20分持ち続けたらこうなりそうな。
船に戻り、乗って、水の壁を下から崩してが船の下にゆっくりと戻していく。と思ったら足の踏み場がなくなったところで止まった。
「上がる前に、」
エルダが裸足になって船を降り、しゃがんで手を水に付ける。水操術を使ってるみたいだけど、見た目には変化がない。ってことは、
「地面の中を調べてるのか?」
「ええ。固い地盤だけれど、ちょっとした隙間を這わせてね。大きな空洞があればすぐに分かるわ」
なるほどな。でもあんまり無理しないでくれよ?
俺の心の声が聞こえたのかは知らないけど、1分もしないうちにエルダは立ちあがった。
「特に何もなかったわね。今度こそ、上に戻りましょう」
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「はぁ~、疲れたわ」
水面に戻ると、エルダはスイッチが切れたように寝っ転がった。とろんとした目で、こっちを見てくる。
「大丈夫か?」
「しばらく休めばね」
それでエルダは目を閉じた。大変だな、学者ってのは。こんなシラミ潰し作戦みたいなのをずっと続けてんのか。
さて、俺もちょっと休むかと思ったところで、
「お主ら、ここで何をしている」
「え?」
声を掛けられた。声の感じからすると爺さんだ。岸の方を振り向くと、マジで爺さんがいた。
「どうしたのかしら、こんなところに人がいるなんて」
謎の人物の登場にエルダも身を起こす。確かに観光客なんてほとんどいない。せいぜい、海の方に行けば行商人が船を走らせてるぐらいだろう。湖がデカいからここからでも数キロあるけど。
「人がいて珍しいと思ったのは、お互い様だ。この湖の下に行っていたようだが、シンクタウンを見に来たのか?」
下にいれば見上げるような水の壁も、上から見たら亀裂か穴だ。そんな所から船が上がってきたらそりゃあ声を掛けたくもなる。俺たちが返事をするよりも先に、爺さんは“やっぱりか”という顔をした。
「驚いたな、これほどの水操術を使えるとは・・・」
まあねえ。何十メートルあるのか知らないけど、それを割いて底まで行ってるからな。この世界の人にとっても規格外みたいでホッとした」
「しかもたったふた・・・ん・・・?」
爺さんの眉間にシワがよる。“たった2人”って言おうとした風だったけど、エルダ1人でやってたってことに気付いたか。いや、でもどうやって気付けるんだ。
「お主、まさか・・・!?」
「んん??」
爺さんは驚いてる様子だった。しかもなんか俺の方見てないか? 湖割いてたのはエルダなんだけど。そのエルダも、爺さんの様子を見て“どうしたのかしら”って感じの顔をしている。
「すまん、取り乱してしまったな。あまりに驚いたものでな、失礼した」
爺さんはバツの悪そうな顔をして、フーッ、フーッと軽い深呼吸をした。そして、俺の方を見た。やっぱり、俺の方を見てる。さっきの水操術はエルダだぞー。
「失礼ついでにもうひとつよいか。恐らく、素っ頓狂なことを言うことになるのだが・・・」
「はぁ」
気になってることがあるんなら、言ってもらった方がいいけど。
「もし、全然違うということであれば、すぐに忘れて欲しい。儂を狂言者か何かだと思ってくれ」
なんだろ。どうやら変なことを言い出すつもりらしいけど。
「お主は、この世界の人間か? 他のどこから来てはおらぬか?」
「なっ・・・!!」
なんだって? 今、俺がこの世界の人間かって聞いたか? 違う。もちろん答えはノーだ。違う世界から来たって方がイエスだ。
確かに素っ頓狂なことを聞かれた。でも、こっちはこっちで素っ頓狂な事情を抱えてた。人に言ったって“何言ってんだこいつ”と思われそうなことを。まさか、聞かれるなんて思ってもみなかった。
俺の反応は爺さんを納得させるには十分だった。
「やはりか・・・まさかな」
納得したというよりは、今の状況を把握しつつも信じられないといった様子だ。
「なんで、分かったんだ・・・?」
こっちからも聞いてみた。俺を見ただけで分かったぐらいだから、何かしら知ってるはずだ。
「儂は・・・沈みゆくこの街から逃れた民の子孫だ」
「なっ・・・」
マジか。地盤沈下で沈んでいって水も溜まり始めたのだから、逃げるのも当然だけど。400年前の出来事でも、こうやって実際にその子孫が生き残ってるんだな。驚いていると、エルダが口を開いた。
「いてもおかしくはないけれど、始めて聞いたわね」
地盤沈下の原因にもなった火山噴火での犠牲の方が多かっただろうし。
「名乗る者も少ないからな。自身がそうであることを認識していない者も多い」
400年っていうと日本だと江戸時代も初めの頃だ。自分の先祖の出身地なんて普通は知らない。そういうのを大事にしてる家系でぐらいしか残ってないだろう。
だからこそこの爺さんは、そういう家系である可能性が高い。俺が別世界から来たことを分かったし、特別な能力があるのかも知れない。
「シンクタウンの民の生き残り・・・あなたたちは、何者なの? どうしてトオルのことが分かったの?」
改めてエルダが聞いた。爺さんもわざわざ俺に“この世界の人間か”と聞いてきたぐらいだ、ちょっとは話したいこともあるだろう。興味がなければ察知するだけ察知して終了。何も聞かずに立ち去ればいい。
「儂らシンクタニア・・・当時の街の名はリムネルだったがいつしかシンクタウンと名付けられ、それにあやかり自分らをシンクタニアと呼ぶようになったのだが・・・儂らシンクタニアは、体内に水虹を持たぬ者、無虹人を認知することができる」
「無虹人・・・」
エルダがその部分だけを復唱した。
「と言っても、この老いぼれにとってもお主が初だ。時として、水虹を持たぬ者が現れるという言い伝えがあるだけでな。だからお主を目の前にしても、半信半疑であった」
それもそうか。いくら察知できるとはいえ実物を見たことがないんじゃな。実際に俺を見た時も、普通とは違う何かを感じるってところか? それとも、普通の人からは感じるものを俺からは感じなかったか。そこまで考えてふと疑問に思った。
「水操術って、他人の体の水虹のことも分かるものなのか?」
エルダはしょっちゅう川とか湖の水を調べてるけど、人ってどうなんだろうな。体の2/3は水分なんだけど。
「人に限らず、生物の内部にある水虹を感じ取ることは普通できないわ。体内の水虹の巡りは無意識下の生体反応にコントロールされていて、干渉できない。操ることはもちろん、感じ取ることも不可能よ。それを、この人たち、シンクタニアはできるようね」
それもそうか。水操術で人の血とか操れたら大変なことになる。感じ取ることもできないってことは、生体反応とやらでバリヤーみたいなのがあるんだろう。正直、感じ取られるだけでもなんか嫌だしな。
「儂らシンクタニアも操ることまではできぬ。感知できるのも、極端に水虹の少ない者、実態としては無虹人だけだ」
「そうなのね・・・」
エルダが考え込む。
「けれど、そこに意味がありそうね。無虹人という言葉自体、初めて聞いたわ」
「・・・勘がよいな、若き探究者よ」
爺さんは、観念したような、ちょっと喜んでるような、そんな感じの反応だ。
「聞かせてもらえる?」
「いいだろう。儂はフィンデルだ」
立ち話も難だから、と言わんばかりに、爺さん――フィンデル――は少し歩いて、切り株ぐらいの大きさの石に腰を下ろした。俺たちはも船のフチに足を外側に出して座る。フィンデルとの距離は3メートル弱ぐらいだ。
「昔から我らシンクタニアは、他の者と比べると水操術に長けており、技術開発の面でも一歩先を行っていた。外交をしないからそれを自覚できないし、ハイドライル1世のいたオンラヴァの方が水虹と金属の反応による蒸気技術発祥の地とされているがな」
噴火が400年前で、世界中の水虹菅が完成してハイドライルって国が誕生したのが360年前だよな。タイミング的には、噴火から生き残った人たちの生活も落ち着いて、ひっそりと暮らしてたところで水虹菅の整備が進んでたって感じか。
「そうだったのね・・・それで、あなたは今もこの辺りに住んでいるの?」
「そうだ。古くからの言い伝えも、ずっと守ってきているからな」
街がなくなってもずっと近くに住んでるぐらいだ。要人の子孫なのか、ルーツを重んじる家系だったんだろう。
「あなたの他にもシンクタニアが?」
噴火した場所からは離れたとは言え、生き残りがどこかに集まって今も生活を続けてる可能性は十分にある。
「人里離れた所で暮らす者は少ないがな。集落はいくつかあるがどれも10人はいない」
まあそんなもんか。大きい街も整備されてるし、400年も経ってしまえば。
「じゃあ普通の街にもシンクタニアは居るのね」
「無論だ。シンクタニアの血があるというだけで普通の者と変わらん生活をしているのがほとんどだ。その血があることを伝えられていない家系もあるだろうし、純血も減ってきていることだろう」
純血、っていうのはシンクタニア同士の子供ってことか。街に溶け込んで生活してればハーフもクォーターも生まれるだろうしな。
「どういった経緯で、あなたたちシンクタニアは普通の街で暮らすようになったの?」
確かに。外交をしないってフィンデルも言ったし、噴火に巻き込まれた上に街が水没したともなると場所は移すだろうけど、既に街が形成されてるところに飛び込むとはあんまり思えない。
「ここが、噴火の後のカルデラ形成により沈んだことは知っているな?」
「ええ」
「かつて、このリムネル、今はシンクタウンと呼ばれているからそう呼ぶが、シンクタウンでは数多くの技術が編み出された」
数多くの技術。それはゾナ湿地林で見た“西の彼方に封じ”られたものと関係あるんだろうか。とりあえず今は、フィンデルの話を聞いてみよう。
「さっきも言ったが、外交は全くせず自分たちだけで暮らしていた」
昔のことだし、そういう集落があっても不思議じゃない。世界的にもそんなに外交はなかったんだろう。380か90年前でやっとハイドライル1世が水の汲み上げ器を持ってクロスルートに来たんだから。
「噴火により多くのものが失われたが、生き残りによって、かろうじて動くものや製法をかき集めた。小規模な噴火は続いたからそれも難儀だったようだがな」
だよな・・・。でも、発明者の犠牲がゼロってことは無いだろうから、作り方だけでも見つからないとまた誰かが発明しないと同じものができなくなってしまう。
「復元できないものもあったが、何とかかつての技術は取り戻しつつあった。
しかし、いつまた大規模な噴火が起こるかは分からん。水没とは関係なしに、この湖群を離れて新たな拠点へ移動することにしたのだ」
また同じように、仲間や街、作り上げた技術が失われるのは嫌だからな。
「当然故郷が気になる者もいて、たまに様子を見に行く者がいる中で、地盤が沈下し、街に水が溜まっていく姿を見守ることにもなったがな」
それは・・・残酷な話だな。火山があるから離れたとは言え、故郷が日に日に、あるいは年々水に没んでいく姿を見るのはしんどかっただろう。
「生き残っていた人数は100もおらず、街一面に広がる水はどうしようもない。自然の成り行きでもあるし、抗うことはしなかった」
何キロもあるもんな、この湖。地盤沈下したとなると新しく雨水も流れて来るし、火山があるから住めないことも決まっている。
「生活によい場所を見つけ、大半の技術は手元に遺すことができ、その後もひっそりと暮らしていたのだが、やがて、ハイドライル統一の動きが始まることになる」
そこからか。クロスルートで水虹菅の整備が始まって、世界中にも広がっていく。
「当然ながらハイドライル1世らも、まだ自分たちの知らない場所に街があるのではないかと考え、多くの者を派遣し大陸中を調べ回った」
まあ、そうなるよな。せっかく考えた、永久に使える水道システムなんだから。多くの人に使ってもらいたいに決まってる。
「そして、シンクタニアの新集落にもクロスルートからの遣いが訪れたが、我らは既に自前の水の汲み上げ器を活用している状態だった。さすがに水虹菅はなかったがな」
そりゃそうだ。スイッチ1つで川の水を吸い上げられるなら大して不便もないからな。
「噴火の影響を受けて100人も残っていなかったこともあり、持ち掛けられたのはその場に水虹菅を作るのではなく、大きな集落への移住だった」
さすがに小さい集落には作らないか。デカい街で作りさえすればちょっと人が増えたぐらいじゃ何ともなさそうだし。
「移住そのものを呑むつもりはなかったが、シンクタニアは知的好奇心の強い者が多い。どのようなものを作ろうとしているかは気になって、そこから最も近かった、北にあるオズパーシーへと足を運んだのだ」
新しい名前の街が出てきたな。ここからだと、南がクロスルート、東は丘の上にモンス・コリスだったっけ。
「知っての通り、水虹菅が整備され始めているところだった。まだまだ数十メートル程度のものだったが、当時のシンクタニアも目を疑ったそうだ。水虹結晶をあそこまで繋げようとは思わないからな」
だろうな・・・。片手で握れるサイズを作るだけでも息切れするって話だ。
「途方もない作業になるのは確かだが、完成すればその恩恵は大きい。技術者魂に火が点いた我らは、一旦集落に戻って仲間を呼び、水虹菅作りに全面的に協力するようになった」
へぇ。じゃああの空飛ぶ透明の水道管作りには、シンクタウン―――当時の名前はリムネルか―――の生き残りも関わってたんだな。それで普通に大きい街に定住した人も出たんだろう。
「後は知っての通りだ。今でも全ての街に水虹菅がある。お主らは、シンクタニアのことを調べに来たのか?」
「あなたたちのことを知っていた訳ではないのだけれど、水操術や水虹について調べていることは確かよ」
「そうか・・・」
俺たちは昔のことを調べては居たけど、シンクタニアのことを知ってた訳じゃない。どうやらエルダも、かつてここに住んでた人たちが特殊な民族だったとは知らなかったみたいだ。
「けれど、意外ね。あなたたちシンクタニアのことは初めて聞いたわ。水虹菅の整備に関わったのなら、どこかに記してあってもおかしくないのだけれど」
いつもエルダは本を読んでいる。たくさん読んで来ただろうし、そのどれにも今聞いた話が載ってなかったってのは確かに気になるな。
「シンクタニア側から頼んだのだよ。自分たちのことは記録に遺さないようにと」
「まあ・・・」
できれば自分たちの存在はあんまり知られたくないってことか? 街に住んでる人も自分がシンクタニアだと名乗らないようだし、街に住まない人はもちろんひっそりと生きて行きたいだろう。
「我らは、力を持ち過ぎた」
「・・・力?」
フィンデルの言葉にエルダが聞き返した。シンクタニアは水操術の能力平均値が高いのと、技術力もあったと言ってたから、それか。技術と言えば、ゾナ湿地林の石板で見たことが気になるな。“我らの生活を変えしもの、我らに災いをもたらす”、だったか。
「水虹菅の考案はハイドライルの功績だが、我らには、彼らの持たない技術も数多くあった」
簡単に言えば、シンクタニアには発明家が多かったってことか。となると、ゾナ湿地林で書いてあったやつもシンクタニアの誰かが作ったものかも知れないな。
聞いてみるべきなのか否か、その辺はエルダに任せよう。アイコンタクトののちに、エルダが口を開いた。
「ゾナ湿地林で、誰かが編み出したであろうものが災いを呼んだと書いてあるのを見つけたのだけれど、それもあなたたちと関係があるのかしら?」
「っ・・・なるほど」
割と直球で聞いたな。隠そうとすると探りを入れる感じになるから印象も悪くなるとは思うけど。
「っ・・・・・・」
フィンデルも、この反応か。水虹菅作りに積極的に協力した民族の子孫で、その中でもしっかりと代々言い伝えられてきたであろう家柄みたいだし。フィンデルは半ば観念したように口を開いた。
「作り上げたものには、災いをもたらすものもあった・・・シンクタニアがハイドライル統一にも関わるようになり、我らの持っていた技術も当然広めていったのだが、活用する上で良くない影響も出たのだ。
それでハイドライルとも話し合い、悪影響の出るものは封じ、我らシンクタニアのことも民衆は子へ一切伝えないこととした。また頼ることがないようにな」
水操術も普通の人より使える発明家集団ともなれば、周囲に頼られることも、率先して色々やることもあったんだろう。
「そして我らだけが何を封じたのかを把握し、また同じことが起こることのないよう、言い方は悪いが監視のようなことを続けている」
なるほど・・・ゾナ湿地林の石板のまんまだな。シンクタニアは頭も良かったみたいだけど、普通の人が同じのを作り出してしまう可能性もあるからな。シンクタニアは自分たちから姿を消すことを申し出て、災いの再発だけは防げるようにと、今も生き続けてるってことか。
「・・・・・・」
エルダは少し考え込んでいる。聞くべきか、聞かないべきか。けど、ここまでの話になったから、聞くのも自然なことだろう。
「それは、どんな技術だったの?」
「・・・・・・」
フィンデルの反応は渋い。眉間にシワを寄せている。けど、断固拒否という訳でもなく、迷ってる風にも見える。
「意外ね。一蹴されるのかと思っていたのだけれど」
そりゃそうだ。聞くか聞かぬかの妙な駆け引きをするぐらいだったら、さっさと聞いて断られた方が手っ取り早い。
「無虹人に、シンクタニアの中でも優秀な者に匹敵する水操術の持ち主だからな・・・」
フィンデルはそう呟いた。俺は俺で特別な存在ってことになるのか。あと、エルダが“シンクタニアの中でも優秀な者に匹敵する”? ってことは、シンクタニアにはエルダぐらいのが何人もいたってことか。恐ろしいな。
けどシンクタニアからすればエルダの方が恐ろしいだろうな。エルダは水操術が使えて、(フィンデルが把握してるかは別として)頭もいい。それほどの人物が、色々と調べようとしている。もしかしたら、全部教えて仲間に引き入れよう、とか考えてたりもして。
「いいだろう。このシンクタウンにあるものだけは、見せてやる」
フィンデルの返事はこうだった。つまり、ゾナ湿地林みたいな石板はやっぱりいくつかあって、ここにあるものだけは見せてくれるってことか。
譲歩したってことは、俺、というよりは無虹人が現れたことと、エルダの存在に対して思うところがあったのだろうか。先祖代々の言い伝えをしっかり守ってきてるはずだけど。
「いいの? 私はシンクタニアではないのだけれど」
「迷った。というのが正直なところだ」
やっぱり、迷いがあったらしい。
「お前さんなら、全てを知った上でも封じてあるものを甦らせたりはしないだろう。だが、儂の一存で全てを教えることはできない。他の場所のことは、そこにいる者に任せよう」
「そう・・・では、遠慮はしないわ」
見せてくれるって言うんなら、見せてもらおう。
「けれど、他の人は? あなた1人でここを見ているのではないのでしょう?」
確かに。しかも、シンクタニアの故郷ともなれば尚更だ。
「儂に一任されておる。実際、他の者たちも迷いを持っている」
「と言うと?」
「あれから時は大きく流れた。シンクタニアが隠居しても、技術の進歩は進む。儂も街に寄ることはあるのだが、画期的なものが出れば積極的に使われる。もし、封じたものと同じものが作られた時、それを使うのを止めることができるのかが大いなる懸念だ」
「それは・・・どうでしょうね・・・」
と言ったエルダの顔は、“厳しいでしょうね・・・”と言っていた。当然だ。この世界の人たちは、基本的に人柄がいい。まだクロスルートしか見てないけど、治安は信じられないぐらい良い。殴る蹴るどころか言い争いさえ見たことがない。
けど、人柄がいいからこそ、みんなのために便利なものは作るし、積極的に使う。災いとやらが起これば考え直すだろうけど、“このままだと災いが起こる”とだけ言われても止まってくれないだろう。いっそのこと災いの中身も共有した方が、再発を防げる気もする。
「昔の判断にケチを付けるつもりはない。当時の者は、“これを使うとまずいことになる”と伝えるだけで、止まってくれたのかも知れぬしな」
その辺りの変化は、400年という時間か。そもそも、当時の人は実際に災いを経験してる。“危険だと言われたらやめよう”という意識が根付いててもおかしくない。根拠もなく“危険だ”と言われただけでも尻込みしてしまうだろう。それが段々薄れていくのが、風化ってやつなのかもな。
「とにかく、ここのものは見せよう。もしお主らが我らにとって強力な味方となり得るのであれば、他の土地を守る者も同じ決断をするだろう」
なるほど。ここで知ったことを踏まえてどんな行動をするかも試されるって訳か。迷いがあったとはいえ長いこと伝承を守ってきた民族から、余所者が大きな譲歩をもらってしまったな。
次回:失われた街シンクタウン(後編)




