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第11話:ランデス湖群

「見えてきたわね。ランデス湖群よ」


「うお・・・」


 まず現れたのが、デカい湖が1つ。この湖1つで市の総合公園よりもデカそうだ。陸地は海のそばでも砂浜はなくて、全体的に白・黒・灰色の岩場みたいな感じ。緑は無い訳じゃないけど、少ない。

 それと、海から離れるにつれてゆるやかな丘のようになっていて、その途中にも湖があるみたいで、斜面の途中に段差があるように見える。


 そのまま船を進めて、ある程度近付いたところで減速。


「この辺に止めればいいか?」


「いいえ、船のまま湖に入るわよ」


「は? どうやってだ?」


「こうやってよ」


「うおっ!」


 エルダの返事とほぼ同時に船が浮かび上がった。いや、水ごと上がった。


「落ちないようにね」


「っ・・・と」


 そのまま船を乗せた水はアーチを描いて、最後にはゆっくりと湖に着地した。


「これで移動が楽になるでしょう? 歩くには広いもの」


「そうだな・・・」


 それはいいんだけど、やる前に言ってくれよ。

 それにしても広い湖だな。向こう岸は随分遠くて、向こう岸の陸地もすぐに途切れてまた湖があって、それが水平線になっている。“湖群”って言うからには、これが延々と続いてるのか。


 とりあえずここの水を調べるんだろうなと思ってエルダを見ると、さっそく水を両手ですくっていた。


「きれいな水ね。それに、繊細さと力強さの両方を兼ね備えている」


 水操術を使って、エルダはすくった水を両手の上で浮かせた。基本的には球状だけど表面にはきめ細かな波がゆらゆらと揺れている。力強さはよく分からないけど、確かに繊細に見える。当のエルダはあんまり繊細じゃなさそうなのに。


「何か言った?」


「何でもない」


 口には出さなかったはずが、人の邪念を感じ取る嗅覚でもあるのか? ちょっと怖いんだけど。


「ここの湖全部調べていくのか?」


 湖群と言うだけあって既に湖がたくさんありそうだけど、どうすんだろ。


「水については直接肌で感じたいというだけだから、通り掛かりに見て回る程度よ。溶け込んでる成分の配分次第で様々だけれど、似ているものも多いでしょうから」


「“様々”って、火口の有る無しだけじゃないのか?」


「もちろんよ。水の受け皿となる大地も、同じように見えても少しずつ違うのだから」


 エルダは、誇らしげな笑みを見せて言った。なんか嬉しそうだな。俺が水に興味を示したからだろうか。化学の先生が脱線して語り始めた時の雰囲気に似てる。

 この辺り一帯の地面は基本灰色で、濃淡ぐらいの違いはあるけど、その微妙な違いで水質も変わるってことなのか。


「せっかくだから、この湖群を通って北にあるシンクタウンを目指しましょう」


「だな」


 海をひたすら走るよりはペースが落ちるけど、1日2日を急ぐような旅じゃない。1日2日で終わるような旅じゃあ、ないんだよなぁ・・・。北に向かって、船を進めていく。


「上の方には行かなくていいのか?」


 水没した街は湖群の北端だと言ってたから、適当にジグザグ進みながら行ってもいい。エルダなら、火口湖とやらに行きたいはずだ。


「後で行くわ」


 エルダは、一応は火山であるこの丘の頂上を指差して言った。


「実はこの丘から内陸の方に進めば、モンス・コリスという小さな街があるのよ。だからシンクタウンに先に行ってから、のぼることにするわ」


「お、街があるのか」


 丘の上の方に次の街があるらしい。シンクタウンが海岸沿いにあるなら、のぼるのは後でいいかもな。新しい街の情報が入ったことにテンションが上がりながら、俺は船を進めた。


 車ぐらいのスピードは出る船だけど、向こう岸に着くまでには2~30秒ぐらい掛かった。エルダが水操術で水の橋を架けて船に乗ったまま隣に湖に移ることになったけど、この水の橋が、随分と高かった。


「湖ごとの水質の違い、実際に目に見えるわよ」


 エルダが高く架けた水の橋を上がると、湖群を遠くまで見渡せた。


「うおぉぉ~~~っ」


 壮観だった。本当に、水玉模様みたいに湖が並んでいた。ずっと遠くまで、水玉模様が続いている。1つ1つの水玉がデカくてその間の隙間は細いから、大半は水だ。もちろん、湖は規則正しく並んでいる訳じゃなくて、大きさも間隔もバラバラだ。

 そして、エルダの言う通り、色までバラバラだった。赤とか黄色はないけど、青系と緑系の絵の具で作ることができる色はこの湖群で網羅されてるんじゃないかって思えた。文字通り、いろんな色の湖がある。


 海から離れる方向はやっぱり丘になっていて、湖がデカいから傾斜はかなり緩いけど、湖同士を繋ぐ小さな川や滝もあったりして、上から下に水が流れるようになっている。


「上からの景色、楽しみね」


「だな」


 山と呼ぶには低い丘だけど、この丘の頂上からの景色はかなり良さそうだ。


「エルダが旅に出た理由、少しは分かった気がするよ」


「そう? それは良かったわ」


 なんかこう、今の旅は、修学旅行で遊びの部分だけ切り取った感じだ。興味ない場所の見学とか感想文とかがなくて、自由に遊べる感じ。


「格別でしょう、初めて訪れる場所というのは」


「ああ」


 リアルが充実してない訳じゃないけど、その辺で遊ぶぐらいのことしかしないし、それこそ旅行なんて修学旅行しかなかった。そこに不満はないけど、こうやって壮大な景色を見せられると、もっと見たいと思ってしまう。旅の目的を忘れるつもりはないけど、これぐらいの楽しみはあってもいい。エルダの作った水の橋を下りつつ、聞いてみた。


「エルダは、旅に出る前はどうしてたんだ? フォルゾーンって所にいたんだろ?」


 エルダが旅に出てからは半年も経ってない。それまでは故郷にずっと住んでたんだろう。


「狩猟で生計を立てていたわ。これでも、街で一番の稼ぎ頭だったから」


 “これでも”っていう台詞がいらないぐらいには、エルダの水操術を見てきた。あれが凡人レベルじゃなくて安心したぐらいだ。


「あとは、空き時間で趣味のことをね」


 その返事をしながら、エルダはひと塊の水を持ち上げた。趣味っていうのは水操術のことらしい。


「東の火山の南端部にはオンラヴァという街があって、周辺の山には狩猟以外の目的でもたまに行っていたわ」


 今度は、金属粉の入った巾着袋を掲げながら言った。つまり、石の採取か。


「で、それだけじゃ物足りなくて旅に出たってことか」


「そういうこと。それに、出回ってる文献だけじゃ限界があって」


 エルダは口を尖らせ気味に言った。時間よりも情報の方が物足りないって感じだな。機械とか電気はあるけど、ITはないし文献とやらも手書きだ。未知の領域を求めて旅へ、ってことか。学者らしいっちゃ学者らしい。エルダなら1人でも大丈夫だろうし。


「街に残って欲しいとかは言われなかったのか? 一番の腕だったんだろ?」


「言われたわよ。嫌というほどに。家族だけじゃなくて、街の人たちの食糧も獲っていたから」


 だよな。街には服屋もあるしレンガ積みもいる。その人たちの分の食糧も狩り担当が獲って来る必要があるはずだ。


「けれど、私にもやりたいことがあったから。自分でも、抑えきれなかったの。村で一番だったのが、幸いしたわね」


「腕尽くで止めようなんて考える人はいなかったってことか」


「みんなには悪いけれど、これは私の人生だから」


 エルダはゆっくりと目を閉じて、残してきた人たちに申し訳ないという気持ちを滲ませて言った。


 “やりたいことがあるから、みんなごめん”、か。正直なところ、そういう気持ちになったことがないから分からない。街で一番の力があったらみんなの役に立って感謝される方が充実しそうに思えるけど、エルダには窮屈だったのかもな。



 話をしてる間に、次の湖のそばまで着いた。今度は最低限の高さで水の橋が架けられて、それを渡る。高い位置から見た時は水の色がバラバラに見えたけど、近くで見ると分かりにくい。


「スピードは緩めないでいいわよ」


 エルダは船のスピードに構わず水を取り出して遊んでいる。器用だな・・・。


 そうやって湖から湖へと移り、時には海と繋がって湾になってる部分も通りながら、海岸沿いの湖を乗り移りつつ北を目指した。1つの湖に掛かる時間は平均すれば20~30秒ぐらいだけど、1分以上掛かるデカいやつもあった。


 そんな調子で進んでいると、いつものように次の湖に移ろうというところで、エルダの眉がピクリと動いた。


「次のところ、火口があるわね」


「マジか!」


 すぐそばに海だぞ? 低い山とは言え頂上の方にあると思ってた。


「じゃあ熱くなってたりするのか?」


 エルダの話だと、火口からガスが出てると温度が上がって、噴火直前には50度にもなるらしい。多分、船で乗り移る前に水操術で向こうの水を調べたんだ。


「いいえ、普通の温度よ。言ってなかったのだけれど、火口湖には、マールと呼ばれる特殊なものもあるの」


「マール?」


 何だそれ?


「底に火口があるという点では普通の火口湖と同じだけれど、形成の過程が違うの。具体的には、普通の火口湖はマグマ溜まりが抜けた空洞が潰れて形成されるけど、マールは、水蒸気噴火で地形そのものがえぐり取られてできたものよ」


「水蒸気噴火?」


 また新しい用語が出て来たぞ。何だ?


「地下水源が豊富な場所で起こるもので、水とマグマが直接接触すると、大量の水が一気に気化して水蒸気になる。その時に1700倍の膨張を伴うから、空間が制限されている地下だと爆発して地面を壊すのよ」


「え、爆発するのか!」


「するわよ。実際に黒い噴煙も上がる。だから水蒸気爆発とも呼ぶのだけれど、マグマが原因で起こったものは区別して水蒸気噴火と呼んでいるわ。

 爆発そのもので地面がえぐれて、そこに水が溜まって湖になったものがマールよ。普通の噴火だと外に出たマグマが固まって火口を中心に丘陵が形成されるけど、水蒸気噴火ではそうはならないから、低地のままなの」


「そうなんだな・・・」


 色んなことが起こるんだな。爆発で地面がえぐれて湖の器ができるってのは直感的に分かりやすいけど。


「水が熱くなくても、火口があるって分かるんだな」


「実は、底の方の一部だけ、局所的にだけど数度水温が高くなってたのよ。それから、硫黄と塩素に、サーテニウムの濃度も高くなってる。恐らく、その辺りが火口ね」


「サーテニウム? ・・・成分ってやつか」


 金属の名前だけこっちの世界と違うんだったな。というか、底の方の水まで調べてたのか。水操術ってのは凄いな。エルダ自身も凄いんだろうけど。


「ええ。湖ごとに差があるのは色の違いで見てもらった通りだけれど、火口があるとやっぱり特徴的になるのよ。火山ガスが溶け込むから硫黄と塩素が混ざるのと、加えて、土地によりけりだけどランデス湖群ではサーテニウムが多めになる」


「ふ~~ん」


 こればかりは、そういうものだと思うしかないな。


「もちろん、他の湖と比較して、という程度だけれどね。ちなみに噴火が近付くと硫黄と塩素が濃くなるわよ」


「怖いこと言うなよ・・・」


 噴火前に予知できるってのはありがたいけど。


「それにしても、水操術があるとは言え、よく成分まで分かるな」


「サーテニウムや塩素を溶かした水を用意するのは、そんなに難しいことではないから」


 エルダは、何のことはないって感じで言った。モデルになる水を自分で作ったことがあって、それを動かした時の感触と似てるから目の前にある水の成分はコレ、ってことか。色んな水を実際に作りまくることでエルダの脳内図鑑は出来てるらしい。

 本人は好きでやってるんだろうけど、気が遠くなりそうだな。しかも、作るだけでは飽き足らず現地に赴こうだなんて。


「あと、触らなくても分かるのもすげぇや」


 これから隣の湖に移ろうって時だったから、当然エルダはそっちの水には触ってなかった。でも考えてみれば、直接触ってない水を動かすなんてしょっちゅうだったな。今更か。


「直接ふれていた方が疲れにくくはなるけど、これくらいの距離ならね。それに、向こうへ移動する前にどんな成分があるかは調べておかないといけないでしょう」


「確かに・・・」


 自然にある湖だから大丈夫だろうけど、船を着地させてから“変な成分がありました”、では遅すぎる。直接手で触るなんてもってのほかだな。


「それじゃあ、行きましょうか」


 エルダが、マールと呼ばれる火口湖に向かう水の橋を架けた。


「え、大丈夫なのか?」


「問題ないわ。溶け込んでるガスの量に対して水の方が膨大だから、火口付近を除いては普通の湖と変わらないし、魚だって住んでるわよ」


 ピシャン。


 マールの方で、魚が大きく上に跳ねた。エルダがやったらしい。ビチビチ動いてるから打ち上げただけで殺してなさそうだ。


「んじゃ、行くか」


 水の橋を渡り、マールとやらへ。


「・・・確かに、普通だな」


 エルダの言葉通り、火口があるなんて分からないぐらいに普通の湖だった。色も普通だし、魚も見える。


「中心の辺りで、止まってもらってもいいかしら」


 さすがにここを一気に駆け抜けはしないか。エルダが「ここでお願い」と言った所で止まると、エルダは船のフチから身を乗り出して右手を水の中に入れた。


「感じるわ。燃えるような感覚を」


 エルダが呟く。目は開いてあって、真下に伸ばすの手の先の、湖の底に焦点を合わせてるかのようだった。火山ガスが混ざってるだけあって、燃えるような感覚がするらしい。


「そういう水を使うと水操術も変わるのか?」


「もちろんよ。水を動かす時の感覚も変わるけれど、金属粉末を組み合わせた時はもっと変わるわね」


「火とか電気を起こす時のか?」


「そうよ?」


 エルダは右手を湖に入れたまま、俺の方を振り向いて笑みを見せた。どうやら、話したいらしい。


「まず、硫黄、塩素、サーテニウム、水の4つが揃っている時点で、水素を発生させやすくなるわ」


 水素っていうとあれか。H2か。


「水素というのは火があると燃えるし、そうでなくとも水虹密度が非常に高い物質よ。水操術で操れるほどに」


「え、操れるのか?」


 って聞いた瞬間、自分でも分かった。そもそもネーミングが“水素”じゃん。水素と酸素でできてる水が水操術で動かせて、酸素は動かせない。だったら水素が動かせるはずだ。


「気体だから空気と混ざるし制御は難しいけれど、室温でも気体なのと、水蒸気よりも質量密度が低くて水虹密度は高いから扱いの幅が広いわ。それで、可燃性があるから水虹と金属の反応に水素そのものも加わって、大きな熱や火が得られやすくなるの」


「へえ・・・とにかく、火山ガスからは水素が取り出せて、水素があると火も付きやすいってことか」


「そんなところね」


 なんか妥協された気がするけど・・・どうせ理解できないからいいや。


「そんな火山ガスがこの湖の底から出ている訳だけれど、」


 いつになく、エルダが目を大きめに開いている。これは、あれだ。


「どう? 興味ある?」


「え? いやぁ~・・・」


 思わず、目を逸らしてしまう。湖に沈んでても火山なんだろ? しかしエルダは、そんな俺の様子を楽しむようにこう言った。


「あなたにはなくても、私にはあるの」


 くっそ・・・。


「だったら最初からそう言えよ」


 こうして見ると確かに、エルダは街のみんなの役に立つことより自分のやりたいことを優先するタイプだな。


「何か言った?」


「なんにも言ってねぇよっ。調べるんだろ。船止めればいいのか?」


「船は止めて欲しいけれど、調査は明日にしましょう。日没も近付いてきているし」


「ああ・・・」


 確かに、日は結構西の方に行ってる。空はまだ青いけど、


「午後の4時と半分を過ぎたところよ」


 今から湖の底に行くのはキツいか。移動の疲れもあるし。岸に船を寄せて、適当な突起にロープを巻き付ける。今日はここで一泊だな。


「でもちょっとだけ、中に入ってみようかしら」


 バシャン。


 エルダは上着を脱いで湖に飛び込んだ。相変わらず元気だな。

 明日はこの湖で、ゾナ湿地林と同じように水操術で水を掻き分けて底を目指すんだな。火口があるらしいけど、どうなってるんだろうな。

次回:火口湖の底

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