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第10話:クロスルートを離れて

 次の日は遠出の準備、というよりほとんど休憩だった。狩りにも行かずに、ずっと街にいた。エルダは机で本に向かってることが多かったから、1人で散歩に出たりもした。小遣いも与えられて。


 1人でハーバーベアを狩りまくるのは相当なことらしく、エルダは近所の間でちょっとした有名人になっていた。エルダと2人の時も話し掛けて来る人はいたけど、俺1人だと「どういう関係なんだい?」とか聞かれたりした。

 別世界から来たとかいう話をエルダ以外にしてもポカンとされるだけだから、旅してるところを拾われたことにした。そしたら「兄ちゃんも大変だねえ!」と笑われた。


 今思えば、こっちに来て最初に出会ったのがエルダだったのはかなりラッキーだったんだな。その事実はなんか悔しいけど。



 昼間に、宿屋の部屋でゴロゴロしていたらエルダに買い物に誘われた。「ちゃんと遠出の支度もするわよ」とのことだった。


 船での移動になり、行った先は石をメインで並べる骨董品店だった。街の中腹辺りにあって、コレクターが買いに来るような感じの店だ。

 石が売ってあるのは、狩猟と同じように採掘で生計を立てる人がいたり、行商人が持って来たのを買い取って並べたりするらしい。


「私も行商人から直接買い取りたいのだけれどね、運良く会えることが少ないのよ」


 行商人が商品担いで街をウロつく時間も限らてれるんだろうな。一方のエルダは調査か狩りをしてることがほとんどだ。


「あんたさんなら、わざわざ安く仕入れんでも懐に余裕はあるんじゃないのかい?」


 行商人から買い取った値段よりも高くで売ってるであろう石屋のおっちゃんが言った。クマ狩りで名が知れてるエルダは、金持ち認定もされてるらしい。確かに逼迫してる様子はないけど。


「あら。同じものなら、極力安くで仕入れたいと思うじゃない?」


 分かったぞ。エルダは多分、守銭奴だ。たまに奮発して美味いメシを食うことはあっても、宿屋はあの薄っぺら布団のまま1週間過ごしたし、金が貯まってくのが嬉しいタイプなんだ。


「行商人と会う頃には欲しいものが品切れって人のために、ウチのような店はあるのさ」


「ごもっともね。感謝してるわ」


 その感謝の証を、行商人から買うより高い金を払うことで示すのか。悪く言えば転売だけど、流通の基本だからな。


「それで、何をお探しかい?」


「スリゼリウムの多い石はあるかしら」


 また変な名前の金属(?)が出てきたけど、火起こしとか電撃に使う粉の材料を買いに来てるのか。粉として売るのはご法度らしいから、石を入手して作るしかないんだな。


「そっちの方だよ。うちの商品はコレクション用なんだがね」


 店員は嘆くように横の方を指差した。エルダが石を何に使うかは察しが付いてるらしい。石マニアのための商品が火起こし用の粉にされるのは不本意だろうな。


 エルダは店員に色々聞きながら5~6個の石を買った。石とか金属にも色々あるんだなぁ。会計も終わり、石はエルダのタルリュックに仕舞ってから外へ。


「寝具を買いに行きましょう。あなたの分が必要だから」


「だな」


 確かに船にはエルダの分しかなかった。宿屋のやつは寝具というよりは単に厚手の布って感じだったけど、いいやつがあるといいなぁ。


 結論から言うと、なかった。上層部のお店に行けばあるらしいけど、貴族向けの家具屋は一介の旅人が入れるような所じゃないらしい。

 それでも「慣れないもので体を傷められても困るわ」と言われて、体育館のマットぐらい敷布団を買ってくれた。今更ながら、エルダの稼いだ金でエルダより上等な布団を使うのは気が引けるな・・・。


「それじゃあ、帰るわよ」


 船に戻り、真ん中にある小さい部屋に布団を積み込む。ここで寝ることになるんだけど、大して広くはない。既に敷いてある布団をエルダがずらして、スペースを開けた。


「さ、いいわよ」


 そこに置くしかないよな・・・物置も兼ねててエルダの勉強用の机と椅子もあるから、2人分の布団を並べたら足の踏み場がほとんどなくなってしまう。


「狭いけれど、我慢してね」


「それはいいけどよ」


 ここに並んで寝ることになると、狭さよりも別のものが気になりそうだ。でも雨風を凌げる場所はここしかない。畳まれたままの布団をとりあえず置いた。


「本当に、船で生活することになるんだな」


「ええ。心の準備をしておいてね」


 明日からはまた、新生活になりそうだ。



 その後は、宿屋でエルダが石を砕いたり電極付きのホーロー鍋みたいなので煮込んだり、それで出来たものをヤスリで削ったりして粉を作る様子を眺め、晩飯は外に出て宿屋へ。


「ここからランデス湖群って、どれくらい掛かるんだ?」


 他の街に行くにも何日も掛かるような世界だ。いつ着くか分からないまま船を走らせ続けるのも辛いから大体は聞いておこう。


「あなたがどれくらいのスピードを出すかにもよるけれど、普通だと3日ぐらいね」


「うお・・・極力飛ばすようにするよ」


「海に出れば、みんな散らばるから安心してスピードを上げられるはずよ」


 それに期待だな。今までは他の船とか岩にぶつかるのが怖くて飛ばせなかった部分もあるし。明日からいよいよ本格的に旅の開始、頑張るか。


 --------------------------------


 そして迎えた、次の日。


「それじゃあ、出発するわよ。船の方はお願いね」


「ああ」


 街を出て、船に乗り込む。今日はいよいよ、クロスルートを離れて本格的に旅に出る。エルダにとっては旅の途中でも、俺にはクロスルートがスタート地点だ。


 レバーを引いて、船を走らせる。今までは最初にある川に入ってゾナ湿地林に向かってたけど、そこを通り過ぎて、ひたすら北へ。


「さあ、スピードを上げて頂戴。目的地は遠いわよ」


「うっし」


 街から離れるにつれて他の船も広範囲に散らばり、ほぼ貸切に近い状態になった。道路じゃなくて海だからな。道は自由だ。レバーを引いて、加速していく。


「うおぉぉぉぉっ」


 風が気持ちいい。もちろん、スピード感も。事故る心配がないという安心が、気分を高揚させる。マジでこれは、高速道路に乗ったというよりは障害物のない平地に飛び出した感じだ。これまでの2倍以上のスピードで、船を爆進させていく。


「随分といい調子ね!」


 エルダが声を張って言った。ボートの駆動音と風で、普通に喋ると聞こえないからだ。


「気持ちいいなこれ!」


 俺も、上がってるテンションをそのままに声を張って答えた。こりゃ楽しいや。3日でも続けてられる。



 その後も爆進を続けてたけど、途中で腹が減った。


「なあ、メシにしないか!?」


「いいわよ! スピードを緩めて頂戴!」


 さすがにこれで食事はきつい。火起こしもできないしな。少しずつスピードを緩めて、エルダが「これくらいでいいわ」と言ったところで減速をやめた。


「ふぅぅ~~~っ」


 大きく息をつく。障害物がなくて爆進できる状態でも集中力は使ってるようで、ちょっと疲れた。


「さて、お肉を焼きましょっか♪」


 エルダがスタビリウム板を敷いて金属粉をまぶす。そこに海水を掛けて、点火。街で買った食糧があるうちは狩りの必要がない。それでもエルダは「これも頂いちゃいましょう」とか言って魚を1匹ピッと仕留め上げたけど。


 大海原(と言っても右には陸地が見えてる)での食事は、解放感のあるものだった。串に刺さった肉・魚・野菜を直火で炙って食べる。ほとんどバーベキューだ。

 そして、エルダは見た目も悪くないときている・・・悔しいけど、楽しい。もはや元の世界に帰る必要は・・・いかんイカン、そこは帰んなきゃダメだろ。でも、いざ帰る時になったら名残惜しいと思うのは避けられないだろうな。そこはもう、しょうがない。


「楽しんでもらえてるようで何よりだわ」


 本当に、悔しい限りだ。



 食事を終えて再び船を加速、北へと爆進を続けた。右側に見える陸地は、森が続いたり岩肌が見えたりと、色々だ。時速100キロは出てるだろうに何時間走っても陸続きで、何日も掛かるって言ってたし本当に広いんだな。これでも地図を見れば大半は海って言うんだから驚きだ。


 このまま今日はひたすら船を走らせ、途中おやつ休憩(食べたのはサンドイッチ)でスピードを落とした以外は、言葉通りひたすらに走り続けた。


 そして迎える、日没。空がオレンジに染まるなか、西の水平線に日が沈む。灯台とかレーダーがある訳でもないから夜は移動できない。船を完全に止めて、地形の突起2箇所にV字でロープを巻き付けた。


「んん~~っ。ちょっと体を動かしたい気分」


「は?」


 バシャン。


 エルダは、一番外側の服を脱いで頭から海に飛び込んだ。マジかよ・・・。でも、夕暮れの海水浴、なんか気持ちよさそうだな。


「あなたは来ないのー?」


「行く行く! ちょっと待ってくれ!」


 絶対足は着かない深さだろうけど、泳ぎは苦手じゃないし、最悪はエルダが助けてくれると思う。でも服は邪魔だ。パンツ姿ならもう何回か見られてるからいいや。服を脱いで、俺はゆっくりと足からだけど、船のフチから下りて海に入った。


「うおぉぉぉ~~っ」


 ちょっと冷たいけど、気持ちいい。とりあえず泳いで、エルダの近くまで行った。


「お魚がたくさんよ。見に行きましょう」


「え?」


 それでエルダは潜った。横じゃなくて下に泳ぐのか。海水浴気分でいたから魚を見るなんて考えもしなかった。水中メガネが欲しいけど、そんなもの無いよな。海に潜って、目を開けて見る。


 !


 エルダはもう底の方まで行って小魚と戯れていた。足が着かないどころかめっちゃ深いんだけど・・・。

 エルダがこっちを振り向いて、手を振って俺を呼ぶ。いやいやいやいや、そこまでの素潜りは無理だから。それを何とかジェスチャーで伝えようと適当に手を動かしていると、察してくれたのかこっち向かって来た。マジで速いな。人魚かよ。


 エルダがものの数秒で来る勢いだったので、水面に顔を出して待つ。本当に数秒でエルダは来た。


「潜るのは苦手?」


「ああ。俺はあんな深くには行けないから上からでいいよ」


 2~3メートル潜るぐらいなら普通に行けるけど、エルダの基準なら“苦手”になってしまう。エルダとか絶対1分は息もつだろ。一緒に泳ぐなんて無理だ。


「1回ぐらい行きましょうよ。私が連れて行くから」


「えぇ?」


 エルダに手を掴まれた。


「大丈夫大丈夫。ほら、息を吸って」


 エルダは軽くキュッと俺の手を引いた。離してくれる感じじゃないな。


「まあ、1回だけなら・・・」


 本音を言えば、まんざらでもない。マジで情けねぇ・・・。


「それじゃあ行くわよ」


 息を大きく吸って、海に潜った。エルダに手を引かれて、斜め下へと進んで行く。すげぇ、俺を引っ張りながらでもスイスイじゃん。薄手とは言え服が張り付いた状態でよくそんなに泳げるな、と思ったらその薄手の服が気になってきた。いかん、魚を見るために潜ったんだったな。そっちに集中しよう。


 魚は背中が銀に光ってるやつが多くて綺麗だ。それと、たまに鮮やかな青とか赤のラインが入ってるのもいて、色もある。俺たちが近付くとワーッと散らばったけど遠くまで逃げることはなく、近くで一緒に泳ぐ感じになった。凄いなこれ、スキューバダイビングとかってこんな感じなのか?


 底まで着いたところでエルダが手を離して、自由に泳ぐ感じになった。息の続く限りは堪能しよう。魚に手を伸ばして逃げられたり、岩の隙間を覗いたりして遊んだ。


 もちろんすぐに息はもたなくなる。ちょんちょんとエルダの肩をつついて、上を指差して戻る意思を伝えた。そしたらエルダはその手を掴んで俺の体を回し、仰向けにして背中に手を当てた。あ、まさか。と思った瞬間には、俺の体は水面に向かって急浮上を始めていた。


「ん゛ん゛~~~~~!!」


 背中を水に押され、ぐんぐんと上に上がっていく。こっちの方が自分で泳ぐより速いけどさぁ・・・! 水が鼻に入って痛ぇ!


「ぷはぁっ!」


 そのスピードのお陰もあって水面にはすぐに出れた。顔だけじゃなくて、全身が。


「おおぉぉぉ・・・!」


 今度は重力に引っ張られて落ち始めた。って、3メートルぐらい飛んでる! そのままどうすることもできなくて、背中からドボンと落ちた。えっと、こういう時は、全身の力を抜いて浮かぶのを待とう。

 目を開けると、水面が1メートル先ぐらいに見えた。良かった。これならすぐに上がれる。その前に下を向いてエルダの方を見ると、笑顔で手を振っていた。あいつ・・・。


「ぷはっ」


 今度こそ、普通に水面に顔を出すことができた。足の着かない場所で泳ぎ続けるのも疲れるし、船に戻ろう。


 船に上がって、普通の服と大して素材が変わらないタオルで体を拭く。エルダは、水面に顔を出しては潜るというのを何回かやってから、最終的に船のそばに顔を出してそのまま上がって来た。マジで何分も息が続くのな。


「どう? 楽しかった?」


「楽しかったよ。ありがとな」


 色々と言いたいことはあるけど、自力じゃ行けない所に連れてってもらえたのは良かった。体って、やっぱ鍛えるに越したことはないんだな。


「湯浴みなら中で出来るわよ? 布で拭くだけでは気持ち悪いでしょう。お先にどうぞ」


 エルダが、船の真ん中にある部屋を指差す。そっか、シャワーあるんだったな。


「んじゃお先」


 体を拭いたばっかりだったけど、このままじゃ海水でべたつきそうだから浴びとくか。水と金属さえあれば湯沸かしもできる世界でエルダがその機構を作ってないはずもなく、あったかいシャワーが出た。ふいぃ~~っ。



 2人ともシャワーを浴び終えて、晩飯。日はとっくに沈んでしまってるから夜のバーベキューだ。毎食バーベキューって何か凄いな。この世界で旅してれば当然かも知れないけど。


「これから行くランデス湖群には、何かあるのか?」


 世間話がてら、次の目的地について聞いてみた。湖はあるんだろうけど、水とか土を見るだけなのか、ゾナ湿地林みたいに祭壇とかがあるのか。


「ええ、あるわよ。とびっきりのものが」


「とびっきり?」


 エルダは随分と嬉しそうな口調で言った。何があるんだろ。


「この湖のうちの1つは、元々は街だったのよ。それが地盤ごと陥没して、やがては水没したの」


「は!? 水没!? 街がか!?」


 マジで強烈なのが来たな。街が水没って。


「ええ。街ごと沈んで、湖になったの。ランデス湖群は全体で見ると緩やかな丘になっていて、高い場所でも300メートル程度なのだけれど、火山なのよ」


「え、湖なのに火山なのか!?」


「正確には、かつては全て陸地だった所に多くの湖ができた。火山の近くというのは、湖ができやすいのよ」


「そうなのか。何でだ?」


「湖ができる過程は小さな水溜まりと同じで、低い場所に雨水などが溜まることでできる。火山があると噴火で出て来たもので地形が変わるのと、もう1つ重要なのが、地下のマグマ溜まりよ」


「マグマ溜まり?」


 地下にマグマが溜まってる、ってことか?


「マグマは、形成されてすぐに噴火する訳ではないの。マグマの通り道は地殻変動によるヒビとかだから、途中で道がなくて浮上が停止する地点がある。そこにどんどんマグマが溜まったものが、マグマ溜まりよ」


「地下でマグマがスタンバイしてるってことか・・・おっかないな」


「そして噴火すると当然マグマは外に出るから、マグマ溜まりだった場所は空洞になってしまう」


「だろうな・・・でも、どうなるんだ? 地面の中に空洞ができたら」


「潰れるわ。上から地盤が落ちて来て」


「マジか」


 言われてみれば当然だけど、そこまであっさり言われるとマジかと思ってしまう。


「マグマ溜まりは深い位置にできるから、その上にある地盤の重さには耐えられないの。地上から見るとその場所は陥没して低くなるから、そうやってできた窪地をカルデラと言うわ。そのカルデラに、雨水などが溜まって出来た湖が、カルデラ湖よ」


「うへぇ・・・」


 マグマが噴火した後の抜け殻が潰れて地盤ごと沈むのか。すげぇな。


「それで湖ができるのは分かったけど、何でそれで街が沈んだんだ? 街の真下にマグマ溜まりがないと沈まないんだろ?」


「実際にあったのよ、街の真下にマグマ溜まりが」


「マジか!」


 火山の頂上に街を作ったのか!?


「マグマ溜まりは、火口の真下だけにあるものじゃないの。マグマは地中奥深くで形成されて、周囲の岩石より質量密度が低いから浮上するのだけれど、横や斜めに動くこともある。さっきも言った通り地殻変動でヒビが入ったところを通りやすいから。

 ランデス湖群はその典型でね、火口も1つではないのだけれど、マグマ溜まりが広範囲に点在していたのよ」


「それで、あちこちにカルデラができて湖になったってことか」


「1度にまとめてできる訳でもないけれどね。カルデラはマグマ溜まりが消失するぐらいの大規模な噴火じゃないとできなくて、そういうのは何千とか何万年に一度とかの間隔になるから」


「そうなのか・・・」


 じゃあ、何千とか何万年に一度の噴火のたびにカルデラが増えていったってことか。そしてそれが運悪く、人類が街を作った後にも起きた。あとは雨水が溜まれば水没、か。


「ん・・・? そもそも水没する前に噴火があったんだろ? それは大丈夫だったのか?」


「大丈夫ではなかったわ。多くの犠牲者が出て、街の構造物も大打撃を受けた。だから生き残った人たちも土地を捨てて逃れたの。そして残った街だけは、カルデラの形成と共に沈んでいった。人類が火山について細かく調べるきっかけになったのが、この噴火よ」


「そうだったんだな・・・」


 噴火で街が壊滅して、更には水没。踏んだり蹴ったりだな。


「じゃあ何で火山の近くに街を作ったんだ? 真下にマグマ溜まりができるぐらいには近かったんだろ?」


 確か、クロスルートも火山から遠い高所だから首都にしたんだよな。疑問に思っていると、これに対する答えはエルダの口からあっさりと告げられた。


「当時は、噴火するまではそれが火山だと気付かなかったのよ」


「あ・・・」


 ハッとした。でも、そうか。元の世界でも俺が火山だと知ってる山はいくつかあるけど、なぜ知ってるかと言えば、それが火山だと教えられてるからだ。


「小規模な噴火は今でもたまにあるけれど、カルデラができるレベルのものは今から400年前、ハイドライル統一の数十年前が最後。これが、その街の壊滅に繋がった噴火よ。

 その前の大規模噴火は数千年は遡るとされていて、400年前の時点では地学が未熟だったから知る由もなかった。街が壊滅するほどの災害になるなんて、誰も想像できなかったのよ。そのとき既にあった他のカルデラ湖を見ても、それが地盤の陥没によるものだとは思い至らなかったでしょうね」


「だよな・・・」


 俺だって話を聞いて驚いたぐらいだ。街の近くに湖があったとして、自分たちの街も将来そうなるなんて、誰も予想できないだろう。街が壊滅するほどの災害も、経験しないと分からないはずだ。昔の人はマグマの存在さえ知らなかっただろうし。


「当時は鉱物の物流が今のように整っていなかったのも大きいわ。水虹から熱を生み出すには金属が必要で、それは火山でよく採れる。そもそも火山地帯は水虹を抜きにしても熱源が多いのよ。資源が豊富だから、必然的に人が集まるような場所なのよ」


 噴火することを除けば、か。エルダもその言葉が頭に浮かんでるようで、少し遠くを見るような目をした。生活に便利だから住んでたけど、運悪く噴火のタイミングで生きてた人が巻き込まれることになったんだな。


「じゃあ俺たちは湖群に向かってると同時に、火山にも向かってるんだな・・・」


 考えると、ちょっとゾッとした。


「安心なさい。湖群にある火口は全て水没しているわ」


「はぁ!? 火口が水没!?」


 何がどう安心できるのかも分からないけど、それ以前に火口が水没ってどういうことだ。


「噴火したマグマは火口付近に多く残るから、全てが冷えて固まると火口を塞ぐわ。空洞化したマグマ溜まりが潰れればカルデラになって、そこに雨水が溜まれば火口の上にも湖ができるのよ。

 火口からは熱いガスが出たりもするから溜まる前に揮発すれば湖にはならないけど、ランデス湖群の火口は全て水没しているわ。水温の高い湖もあるけれどね」


「ほええぇぇぇぇ」


 固まったマグマで火口が塞がって、溜まる雨水がガスで蒸発する分より多ければ湖になる、ってことか。


「あれ・・・? そもそもマグマって何なんだ? 固まるとか言ってるけど」


 なんか燃えてるやつがドバドバ出てくるイメージしかないや。


「マグマは、融点を超えて液体化した岩石のことよ」


「え、石なのかあれ!?」


 一瞬何を言ってるのか分からなかった。また新事実が出て来たぞ。それとも俺がロクに勉強してないだけか?


「融点の話は覚えてる?」


「あ、ああ」


 確か、その温度を超えたら液体になるってやつだな。水だと0度。


「惑星は中心に向かうほど温度が高くなって、地中深くは1000度を超える高温の岩石の場所があるのだけれど、海が近いと水分を得ることがあって部分的に融点が下がるの。それで液化したものがマグマよ。質量密度が下がるから少しずつ浮上してきて、それが噴火という形で表に出るの」


「へぇ・・・」


 聞いても難しいんだけど、水分吸って融点が下がるから1000度のまま液体になるのか。岩にも融点があって、それさえ超えれば液体になるんだな。1000度の液体ってマジか。


「それで、火口が水没してるとどう安全なんだ?」


「もちろん水没してる分だけ噴火の影響は小さくなるけれど、噴火の予測もしやすいのよ。湖底に火口があるものを火口湖と言うのだけれど、噴火が近い火口湖は水温が50度を超えるのと、強酸性も示すようにもなるからすぐに分かるわ」


「50度・・・!?」


 風呂より熱いじゃんか。湯気も出そうだな。けど、噴火の前兆が分かるんならちょっと安心する。


「そういえば東の方も火山なんだよな。西にも東にも火山があるのか? この大陸」


「ええ。そもそも大陸の端部というのは火山ができやすいの。岩石の融点を下げるための水分、つまり海が近くにあるのと、話せば長くなるけれど・・・大陸の東にはオリエン海溝、西にはオクシデ海溝があって、海溝の近くは水分が地中深くに運ばれやすいのよ」


「う・・・分かった、それ以上はいい。覚えきれん」


 さっきからあまりにも情報量が多すぎる。これ以上は無理だ。説明されたって理解できないし、そういうものだと思うことにしよう。


「それで、大昔に沈んでしまった街だから何か見つかるかも知れないんだな」


「ええ。さっきも言ったように噴火はハイドライル統一の数十年前。もし、複数に分けた石板が、その街、シンクタウンというのけれど、シンクタウンにも託されていたのなら、そのまま街に残っている可能性があるわ」


「ってことはまた」


「ええ。行くわよ、水没した街に」


 エルダが言うからには、外から見るだけじゃないだろう。行くんだ、湖の底へ沈んだ街に。



 今日も、エルダが本と睨めっこする脇で就寝。部屋が狭いぶん布団がすぐ隣だから、布団に入るタイミングがエルダとずれるのは精神衛生上助かるけど。



 --------------------------------



 朝起きると、隣にエルダはいなかった。外に出てるらしい。


「あら、おはよう」


「ああ」


 朝飯を焼いていた。元から積んでた食材と、獲って来たのか魚もある。体も髪も濡れてるし、朝っぱらから泳いだのか。


「船、動かした方がいいか?」


「とりあえず私がやるわ。あなたは食事をしながら目を覚ましておいて頂戴」


「助かるよ」


 正直、寝起きで運転はきつい。朝に弱いのも直したいな。エルダが船を動かし、火に影響が出ないぐらいのスピードで進む。


「あと2日で着きそうか?」


「そうね・・・このペースなら、2日後の日没前には湖群の南端に着くわよ」


 それは良かった。けど、聞いた瞬間に気になることができた。


「今どこにいるかなんて分かるのか?」


 あと2日で着きそうかなんて聞いておきながら、そもそもこっちも疑問だ。方位磁針みたいなのはあるけど、GPSはもちろんレーダーもない。陸地の景色も、様々ではあるけどこれといった特徴がある訳でもない。


「大体は分かるわよ。街を出てからの時間経過と船の速度で推測できるから。クロスルートから湖群までの距離も把握しているわ」


「なるほど・・・」


 確かにそれならできそうだけど、船の速度は体感だろ? よく分かるな。エルダならできそうな気もしてきたけど。


「じゃあエルダが寝てる間に船動かしたりすると分からなくなるってことか」


 基準になるスタート地点からの移動で居場所を特定してるってことは、そうなる。漂流したらヤバそうだ。


「そうでもないわよ?」


「え?」


 どういうことだ。寝てても体感で分かるとか言うなよ?


「時刻に対する日影の伸び方や夜間の星座配置で、位置の推測もある程度はできるわよ。でなければ、陸を離れて行った時に帰って来れなくなってしまうわ」


「ああ・・・」


 確かにこの大陸は広いけど、この世界も大半は海だ。大陸がこれ1つしかないことが既に分かってるってことは、実際に海に出た人がいるんだよな。陸の見えない場所で迷子になったら終わりだ。


「実際にかつては、新たなる陸地を目指して海に出たっきり帰って来れなくなる事態が相次いだわ」


「マジか!」


 実際に帰って来れなくなった人もいたのか。


「そこで発明されたのが、時計よ」


「時計? えっと・・・影の伸び方と時間を比べるんだっけ」


「そう。長距離の航海をするには、どうしても時計が必要だった。それも、かなり高精度の」


「ああ・・・あ? 日影ができるんなら、それで時間も分からないのか?」


 確か、日時計がそういう原理だったはずだ。


「日射を基にした時刻推測は、自分がいる場所の緯度経度が分かっている状態で成り立つものよ。自分の居場所が分からない状態では無理だわ」


「ああ~~~」


 それもそうか。日時計は、自分の居場所が分かってる前提か。居場所が分かってれば影から時刻が推測できて、時刻が先に分かってれば影から居場所が推測できるんだ。昔の人ってのはよく考えたもんだな。


「それでエルダも時計を持ってるのか」


「ええ。速度と経過時間を基にした推測は相対的なものになるから、移動に移動を重ねるとズレが大きくなるのよ。陸地を旅するにも、居場所の推測はできた方がいいからね」


 そりゃそうだ。迷う時は陸でも迷う。地図はあるから、もし迷っても自分の居場所が分かればどの方向に街があるかも分かるんだな。やっぱり俺、エルダがいなきゃ何もできないじゃん・・・。


 飯を食べ終わる頃には目も覚めて、船の操縦を代わった。と言っても、基本的に真っ直ぐ走るだけだから、2人で景色を眺めてるだけだった。



 そのまま昨日と同じように進んで、次の日もただひたすらに北を目指して、エルダの予想通り2日後の昼間に、デカい湖らしきものが陸地に姿を見せた。


「見えてきたわね。ランデス湖群よ」

次回:ランデス湖群

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