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千億の光、遍く世界を見守り  作者: マツヒラ・カズヒロ
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オスナブリュック事件 5

三隻の戦闘巡洋艦と六隻の駆逐艦からなる救援部隊を率いる若き俊英ルドルフ・フォン・ヴァルテマール少将は、通信回線から流れてくる威勢のいい自由主義的革命歌を足でリズムをとりながら、部隊を動かすべきか動かさざるべきかを小部隊の司令官用にあつらえられた豪勢ではあるが小ぶりな指揮座にて逡巡していた。

いや、彼としてはすぐにでも部隊を動かしてオスナブリュックを救援する腹つもりであった。しかしここで邪魔をしたのがいわゆる派閥の倫理とかいう代物であった。

彼の直接の上司に当たるテオーデリヒスハーフェン駐留軍司令官オットー・フォン・リウドルフィンガー上将は一軍の司令官であると同時に大貴族リウドルフィンガー侯爵家一門の当主であり、帝国最大の派閥であるトヴェーリ公爵率いる門閥保守派の次鋒とも称される政軍財三方における大権勢家であった。

今回は彼と練習艦隊司令官マーチャーシュ・ラースロー少将との確執が根底に存在すると思われがちだが、実際は違うもので、オスナブリュックの艦長代理を務めている人物の親、すなわちヴァイクセル伯爵との確執であった。

帝国中枢において数は少ないものの確固たる存在感を醸し出している帝国改革派の領袖たるヴァイクセル伯爵は、門閥保守派から見れば目の上のたん瘤そのものであった。

下級貴族はもちろんのこと、テオドール大帝の改革以降力を増しつつある臣民層に多大な支持を得ている彼らは、今でこそ小ぶりな勢力で済んではいるものの、時がたつにつれ力を増し、主要派閥とまではいかなくとも門閥派の影響力をそぐ勢力になることが目されていた。

そこで上将は領袖のヴァイクセル伯爵の娘を海賊に殺させることでこれから先伯爵が有力貴族と結び影響力を拡大するのを遅らせようとしたのである。

「自分の利益のために味方すら見殺しにしようというのか!!下種どもが…!!」

ルドルフはこのことを聞かされた時、激昂を含ませながら唸ったという。

もっとも、彼が言葉に激昂の意を含んだのは、彼の経歴を考えれば当たり前のことではあったのだが。

ともかく、七月十五日午後三時十七分現在、ルドルフは部隊をすぐにでも動かせるよう整え、救援の準備を整えつつ待機していたのであった。

「参謀長」

ルドルフは足でリズムをとるのを止めて斜め後ろで待機していた参謀長シュッツハイム准将を呼びつけた。ついに彼の心中が決まったのである。

「はっ、如何様にございましょう」

「戦闘巡洋艦ラ・ピュセル、駆逐艦ヴォイティヒ三四六、ヤストションプ八八七、ハルバッハ四五九にオスナブリュックの周囲に進出し、同艦の乗員の救出と護衛を行うように伝達しろ」

参謀長は嫌なものを見る表情をした後、すぐさま元の表情に取り直した。

「閣下、お言葉ですが上将閣下より指定位置に待機命令が出されているのはご存じのはずでしょう。閣下がこれ以上の栄達をお望みのようでしたら、どうかご再考を。」

「参謀長、帝国軍とは何のためにあるか?皇帝陛下とその所有物たる帝国を守るために存在するのだろう。リウドルフィンガー上将は自分の利益故に軍に所属しておきながらそのことが頭から抜け落ちたのだろうな。そのような命令、従えるか。」

「な、な、な・・・」

参謀長はルドルフの上官への悪口に慄きながら、顔面を怒りによって紅潮させた。

「め、命令に従わぬのみならず、上将閣下に対し侮蔑の言を・・・・!!」

「上将閣下は自分とその派閥の利益のために将来の軍の中核となるべき人材を見殺しにしようとした、これといくばくかの証拠さえ集めてしまえば上将とその取り巻きどもはどうなるのか、お前が一番知っているはずだろう?」

ルドルフは参謀長を睨みつけながら、彼の未来を暗示した。

「…こ、このことは上将閣下に報告させてもらうこととする!提督のおっしゃったことが提督自身に降りかからぬよう、せいぜい祈っておくとよろしいですな!」

参謀長は捨て台詞じみた言葉を吐き捨てると、足早にブリッジから出ていった。

ルドルフはそれを呆れた目で見ながら、通信用端末をさっといじくった。

「レンベルクか。今のを聞いていただろう。」

その連絡先は、別室にて彼の業務を担っていた彼の副官レンベルク少佐であった。

「はい。今回の命令に関するいくつかの証拠は全て取り揃えてあります。」

「うむ。これであいつらも顔を真っ青にすることだろう。」

「現地企業並びに貴族からの贈収賄の証拠も念のため準備しておきますか?」

「いや、それと同時に諸々の失言の音声ファイルも準備しておけ。徹底的につぶしておこう。準備ができ次第軍三役、太政大臣殿に対して秘匿通信で送信してやれ。無論、奴らの取り巻きどもの分も忘れずにな。」

このときルドルフは悪辣な微笑を浮かべていたことであろう。

「かしこまりました。それと今流れている曲についてなのですが。」

「何だ、勇壮で如何にも士気高揚に向いてそうな曲調ではないか。今の帝国軍にはない要素がこの曲には込められているぞ。」

ルドルフは現在進行形で艦内を流れる革命歌に対して自分なりの評価を副官に告げた。事実として流れてきた曲こそ敵性音楽そのものではあったが、ルドルフと同じように足でリズムをとったり、中には鼻歌を歌う者も出てることから、清涼剤として彼の部隊では機能していたのは間違いのない事実であった。

「・・・ともかく、敵性音楽を再生したことが分かったら後々から厄介なことになりかねませんから、帰投する前に曲のログをすべて消しておいてください。流した者にも何らかの処置もお忘れなく。」

「うむ、しかし、音楽を流すというアイデアはある意味奇抜ではあるのだがな。これを提案した者に一度はお目にかかりたいものだな。」

そう言ってからルドルフは端末をいじくり、副官との通信を終えた。

再び正面を向いた。スクリーン越しではあるが、アントファガスタの外惑星群と千億もの星々、そしてそのスクリーンの下でせわしなく働く環境のスタッフが、稀有壮大な革命歌を背景音楽に何名か見えた。

今頃シュッツハイムの奴はリウドルフィンガーに報告していることだろう。だが同時に彼の終焉も間近に近づいているのだ。

ルドルフはふふ、と彼のこの後の落ちぶれようを思い浮かべて笑った後、再び前を見やった。

「ヴォイティヒ三四六、ヤストションプ八八七、ハルバッハ四五九に連絡!直ちにオスナブリュックの周囲に展開次第、同艦の救出を行え!指定宙域にまで曳航完了次第、直ちに海賊討伐に取り掛かる!」

ルドルフは凛とした、細身の剣のごとく透き通った声で命令を下した。

数分後、彼の眼前のスクリーンには、帝国の国章たる七つ首の龍が描かれた駆逐艦が三隻ほど、遭難した快速巡洋艦を救出すべく、スラスターを吹かせて前方宙域へと消えていった。

天暦一五三三年七月十五日、オスナブリュック事件は万事解決の様相を見せつつあった。


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